14 警告 -3-
翌日。いよいよ百花祭前日ということで授業は午前のみ。午後いっぱいは、準備に当てられる。
その中で。私の頭は、ぐちゃぐちゃだった。薫のこと。忍のこと。もう、抱えきれない。
事件から手を離す時期なのかもしれない。この問題は、私なんかが解決するには大きすぎたのだ。
小百合と撫子にも相談した。二人とも、まあちゃんなら適任だろうと賛成してくれた。
「大げさに騒ぎ立てたりしないだろうし。生徒のこと、考えてくれそうだもんな」
「でも、固有名詞を出さないで相談するのは難しいのじゃありませんの?」
その辺りは。私の演技力勝負というところだろうか。
昼食後。みんなが準備のため寮を出たところを見計らい。例のバッグを持って、こっそり保健室へ向かう。
ドアをノックすると、はあいと明るい返事がした。
この部屋はいつも明るい。白を基調に内装が調えられているせいもあるし、日当たりが良いせいもある。
だが、何よりもその印象を強めているのは、この部屋の主ではないかと思う。まあちゃんのまとう雰囲気は。いつも明るくて快活だ。
「あら、雪ノ下さん。また会ったね。どうしたのかな、百花祭の準備疲れ?」
私は首を横に振った。
まあちゃんは、不思議そうな顔をする。
「どうしたのかな? 元気ないよ。ま、座って座って。お茶入れてあげるから、一緒に飲もう。ちょうど、他に誰もいないのよ。カモミールとラベンダー、どっちが好き?」
私はカモミール、と答えた。こっちの方が薬臭いんだけど、ラベンダーの香りは強いのでちょっと苦手なのだった。
それにしても。よっぽどひどい顔をしているのかな、と私は苦く思う。ラベンダーとカモミールと言ったら、どっちも不眠によく効く、鎮静系の代表選手だ。
湯沸かしポットがしゅうしゅう言い出し、カモミールのやわらかな香りが保健室に広がる。先生はピンクのチェックの可愛いティーカップを私の前に置いた。自分は色違いの、ライトブルーのチェックのカップを手に持っている。
「さてさて、どうしたのかな。ずいぶんと深刻な様子だけど」
私の前に座るまあちゃんは笑顔だ。
その明るい笑顔は落ち着くけれど。いざとなると、さすがの私もちょっと切り出しにくい。何しろ、これからする話は。半端なく重いのだ。
「言い出しにくそうだね」
まあちゃんは少し思案するように、白いあごに細い指を当てる。爪には、ほのかなオレンジ色が乗せてある。
「よし!」
彼女はポン、と手を打った。
「それでは専門の相談員さんに出て来てもらいましょう。ちょっと待ってね」
カップをそのままに立ち上がる。
相談員? うちの学校にそんなのいたっけ。
私の戸惑いをよそに。彼女はスタスタと部屋の端に行った。書類棚の上に、パペット人形が五つほど飾ってある。まあちゃんはそれを一つ一つ手に取った。
「うーん。誰がいいかなあ。フレイアさん。それとも、ワイルド・ジョージ」
赤い華やかなドレスを着た若い女性のパペット。西部劇の保安官姿のパペットを両手にとって見比べ。それからどちらも元の場所に戻した。
「マジョスターかなあ。あ、コドリーくんは、ここに入ってましょう」
片手に魔女のパペットを持ち、反対の手でヒツジの顔の人形を、置いてあった白い箱に頭から詰めてしまった。魔女の人形を持って歩きかけた彼女は、急にまた棚を振り向く。
「はい? 呼びましたか? ああ、貴方にお聞きしてませんでしたね、深森博士。え、博士がいらっしゃるんですか? うーん、マジョスター、どうする?」
なんか人形と会話してるんですが。どうしよう。乙女だとは思っていたが、まあちゃんがここまで乙女だったとは。
スミマセン、人形萌えは幼稚園までだった私です。その後はまあ、友達と付き合いのツールとしていくつかの人形を所有してはいましたが、そんなに愛はなかったというか。そんな私に、ちょっとキツイよこの光景は。
「オホン。それでは、今日はこの深森博士が相談を承ろう」
カエルっぽい顔をした、白髪のおじいさん人形が私の前でしゃべる。ああ、いや。もちろんしゃべってるのは、まあちゃんなんだけどさ。
「まずは名前を教えてください」
名前って。いや、まあちゃん、私のこと知ってるよね?
「雪ノ下さん。博士は心理学の権威だから、キチンと挨拶して、話を聞いてもらってね」
フツウの声で私に言うまあちゃん。
あああ、設定厨でしたか。我が校随一の悩み相談適任者と思われたまあちゃんに、こんなディープな一面があったとは!
しかし、好意的に解釈すれば。これもきっと、私をリラックスさせようとしてくれているのだ。そうに違いない。決して、まあちゃんの趣味とかいうだけの問題ではあるまい。うん。多分そう。そうだといいなあ。
という具合に、私は自分を無理やり納得させ。流れに身を任せることにした。




