表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
64/211

14 警告 -1-

 薫を帰して、ロビーから立ち上がる。

 今度は妹を探さなくてはいけない。今日は忙しいな。遅くなったけれど、大丈夫だろうか。もう、ママに電話しちゃってなければいいけど。


 一年竹組の教室をのぞいて見たが、妹の姿はなかった。

「千草お姉さま。忍さんなら、買い物に行きましたよ」

 桜花寮の下級生が、私に気付いてそう教えてくれた。

 買い物というのは何かと思ったら、百花祭の芝居の衣装がまだ完成していないそうで、その材料の買い出しなのだそうである。担任の先生に付き添われて、忍と間島美空と、もう一人衣装係の子で出かけているそうだ。


 星野志穂の姿もなかった。そのことを聞くと、実際にはこの出し物は間島美空の差配で回っているのだという返事が返って来た。

「星野さんは、あのう。あんまり積極的でないというか」

 成程。

「分かるわ。実行委員会でもそんな感じよ」

 と言って、相手を安心させてやる。ついでに、さりげに彼女の株を落としておく。

 覚えていなさい星野志穂。妹を階段から突き落とした罪は重い。こうやって、徐々に足元をすくってやるから覚悟しておきたまえ。


 しかし、どうするか。

 実行委員会の方へ行けば、いくらでも仕事はあると思うが。向こうに行ってしまうと、今日中に妹を捕まえるのは絶望的になる。

 かといって、いつ帰ってくるのか分からないものを、ぼーっと待つというのも非生産的だし。と思った時。


 前庭の方から明るい声が聞こえて来た。昇降口前に、大人が二人、一年生が三人のグループが現れる。生徒はみんな、大きな買い物袋を抱えていた。

 後ろからついて来るのは、一年竹組の担任の嵯峨野浩美先生。まだ二十代の若い優しい先生だ。

 あと。さらにその後ろにいて、不機嫌そうに歩いている無駄に背の高い男は。

 十津見。


 途中で偶然会ったのか。まさか、ついて行ったわけではないだろうけど。

 楽しそうに笑ったり話したりしている女の子たちを、害虫でも見るような目で見ている。どれだけ文句をつけたいのか。

 いいじゃん、楽しそうなんだし、前庭で話すのは校則違反じゃないし。あと、うちの妹をつけ回すのはやめて下さい。


「あ、お姉ちゃん」

 昇降口の前で待っていたら、忍が私に気付いた。

 よく笑っていたせいか、頬に赤みが差して元気そうだった。ウン。こういう顔をいつも見られたら、お姉ちゃんはとても安心する。

「どうしたの?」

「うん、ちょっとね」


「忍……さん。先に行ってるね」

 美空たちは、忍に声をかけ、私に頭を下げて挨拶をしながら教室の方へ去って行った。

 私たちだけが、昇降口に残される。私は妹を、生徒用ロビーに誘った。本日、二回目の入室だ。


「昨日、ママからメール来てたでしょう?」

「え。ああ、うん」

 忍はきょとんとしている。

「返信した?」

「うん。事件のこと、心配してるみたいだから、学校も考えてるみたいだから大丈夫だよって」


 そうだったのか。それはまた、母の心配性の火に油を注ぐようなことを。

 忍の単純な学校への信頼の言葉では、母を納得させることは不可能だろう。


「私の方に電話が来た」

 ため息をついてから。そう言う。

「アンタの校則違反のこと、だいぶ心配してた。全部、くだらないちょっとした校則に引っかかっただけだ、って説明しておいたけど」

 忍は赤くなって、ありがとうお姉ちゃん、と小さく言う。


「運が悪いとは思うけど。アンタも、気を付けなさいね。先に言っておくけど、ママがまた、転校のこと言ってた」

 その言葉に。妹の肩がびくん、と揺れる。

「転校したくないんでしょ?」

 忍は黙って、首を縦に振る。

 先ほどの姿を見ていなかったら。そんなにも、小学校で辛い思いをしていたのかと思っただけだけど。


「百花園は好き?」

 と尋ねると。さっきよりも力強く、妹はうなずいた。

「友達もいるし……。先生も、優しい」

 下を向いて、小さい声で、頬を赤くして忍は言う。

 うん。ここが好きなのよね、忍。

 アンタがそう思ってくれてるなら、私も嬉しい。

 

 それが本当なら、の話だが。


「ねえ。星野志穂さんのグループとうまくいっていないんでしょう?」

 そんな風に現実を突きつける自分。

 

 先程、同じ声で薫を追い詰めた。

 そんな私は、ひどく冷たい人間だと思う。


「階段から突き落とされたって聞いたわよ。ケガをしないで済んだのは運が良かったけど、ちょっと間違ったら大変なことになっていたわ」

 まあ。撫子の情報通り、十津見に抱きとめられて助かった、ということだとすると、運がいいと言ってしまっていいのかどうか疑問が残るが。


「忍。アンタ、本当に大丈夫なの」

 私は。無慈悲に問いを重ねる。

「小林夏希さんについて、いったい何を知っていたの」


 忍の顔が強ばる。顔色が一気に白くなる。

 それはそのまま。一週間前の対話と同じだ。

 やはりこの子は、何かを知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ