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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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13 ガラスの靴の少女たち -5-

「で、でも。だけど、だけど……」

 薫は震えている。私たちの間を隔てている小さなテーブルが。カタカタ言うほどの勢いで、震えている。

「もし、分かってしまったら。私だって分かってしまったら、フェアリーが怒るわ。怒って、きっと今度は私を」


「薫さん」

 私は。静かな声で繰り返した。

「信じて。私は、あなたの名前は決して言わない。あなたの身が危なくなると思ったら、あなたが隠れる手伝いもする。だから、あなたは考えて。私を信用するのか、フェアリーを信用するのか。どちらを選ぶのかを」


「お姉さまと……フェアリー。どちらを選ぶのか……?」

 薫は。途方に暮れたように呟き、しばらく下を向いて黙り込む。

 それから、

「ダメ。やっぱりダメです」

 絶望したように首を横に振る。

「警察なんて行けない。怖い。先生方も……。もし、十津見先生に分かったら、どんなに怒られるか」


「そんなところには持って行かないから、安心して」

 初めから、私の中にその選択肢はない。十津見にこんなモノを持ち込んだら、また風紀の紊乱がとかいう騒ぎになるだけだ。そうでなくても、男の教師相手に援交だとか妊娠だとか、話しにくいし。

 小百合がいつもお世話になっている、町の警察の少年係の係長さんのことも考えたが。やはり男の人だし。これまでのことを最初から話すのも面倒だし、信じてもらえるかもあやしい。


 女性教師がいいだろう。冷静沈着で、大騒ぎせずにやるべきことをやってくれる人。

 家庭科の市原先生? 落ち着きはあるが、話が途中で女性の自立とかにスライドしそうだな。今はとにかく、迅速な行動が必要なのだ。私の担任の山崎孝子先生も、親切な良い先生だが。これだけ大きな問題を、ひとりでさばける度胸があるかは疑問だ。

 理事長辺りに持ち込むか? いや、面識もないのにどうやって。


 父が日本にいればな。きっと私の話を聞いてくれ、いろいろ動いてくれたと思う。

 だけど、父は上海……の本社にいればまだいい方で、大概はアジアの思い切り辺鄙な奥地に「幻の食材」だの「幻の織物」だのを探しに行っている。連絡すら、取れるかどうか。そう思って、心の中でため息をつく。


 頼りになる人を頭の中でリストアップしていくうちに。不意に、ももの破れたズボンをはいた、身だしなみが良く長身の三十男の顔が浮かんでしまって、私は思わず動きを止めた。

 薫が不審な顔をするので、咳払いをしてあわてて誤魔化す。


 克己さんか。

 彼は、信頼できるのだろうか? 

 そもそも彼は、私の話なんか聞いてくれるのだろうか。

 出会ってこの方、真っ当な会話が成立したことがなかった気がするんだけど。

 

 それでも。私が、頼めば。

 例えば、しばらくの間、薫と私をかくまってほしいとか、そんなことを頼めば。きっと手を貸してくれる。

 根拠のない確信が、何故か胸の中にある。


 私は顔を振って、急いで彼の面影を振り落した。

 克己さんのことは選択肢の一つとして考えておくべきだろう。だが、今はまだ情勢はそこまで切迫していない。彼は、最後の切り札にするべきだ。

 今、私が相談すべき相手は……。


「薫さん」

 不意にぴったりの人物を思いついて、私は声を上げた。急に名前を呼ばれて、薫はビクリとしている。

 それを無視して。私は言葉を続けた。

「まあちゃ……いや。保健室の、朝倉先生はどうかしら」


 まあちゃんなら。全校生徒の体の好不調を知っている。私が渡す情報と思いあわせて、何か新しい推論を導き出すことも可能かもしれない。薫の胎内の命のことも。養護教諭のまあちゃんなら、何かいい方法を考えてくれるかも。

 それに彼女は。職員間の、いろいろな派閥とは無縁な人だ。彼女なら、他の人間の顔色をうかがうことなく最善の処置が出来るのではないか。


「朝倉先生……?」

 薫は。何か考えるように、ぼんやりとその名を繰り返した。

「ダメかしら」

 私はたずねる。もっとも、彼女が反対しようとも。今、相談すべきは朝倉真綾だという結論を捨てるつもりはなかったが。


 薫は。しばらく黙っていた。それから。

「どうしても、誰かに言わなくちゃいけないなら……」

 と、小さな声で言った。それは肯定、ということでいいんだろう。


 良かった。少しほっとする。

 これもまあちゃんの人徳か。私は信頼できなくても、まあちゃんなら任せられるのだろう。


「とにかく、薫さんは体を大事にして。アレはなるべく使わないようにした方がいいわ。そして、出来れば告白する勇気を持ってほしい」

 最後にもう一度。祈りを込めて、そう語りかけてみるが。薫は下を向いて、否定的な言葉をつぶやくばかりだった。



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