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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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13 ガラスの靴の少女たち -2-

 やはり来たか。

 母は元々、全寮制の百花園に私たち姉妹が入ったことを快く思っていない。高校卒業までは手元に置いておきたかったらしい。長期休暇で家に帰ると、やたらに『家に一人でさびしい』と言われる。まあ、父も仕事で海外出張が多いし、母の気持ちも分からなくはないのだが。


「あのね、ママ。何度も言ってるけど、私は百花園を離れる気は」

「はいはい、分かってるわよ。千草は決めたことは翻さないものね」

 ため息が電話口から聞こえる。

「まあ、あなたは卒業も近いし。系列の大学への推薦も決まっているし、仕方ないかとも思うけど。忍はね、やっぱり近所の公立に転校させた方がいいかと思うのよ」


「ママ」

 つい。声がとがった。

「忍だって、自分で考えてこの学校に来るって決めたんだから」

「でもね。それって、お姉ちゃんに憧れた気持ちが大きいと思うのよ」

 母は言った。

「あの子も、小さい時からのお友だちが多いこっちに戻ってきた方が楽しいんじゃないかしら。違反が多いのも、学校になじめてないからじゃないかと思うのよ」


 母は。やっぱり、気付いていない。

 忍が、小学校の時の友達とうまくいっていなかったことも。だからこそ、私の誘いに乗って、熱心に百花園に行きたいと主張したことも。

 私たちの母は、悪い人じゃない。愛情も深い。でも、その目は見たいものしか見てくれない。


「ママ。忍は本当に、ここに来たくて来たんだよ」

 私も。母に負けない鋭い声で、言い返す。

「話をちゃんと聞いてあげて。心配してるのは分かるけど、ママだけの考えで無理やり転校させるようなことは、私は絶対反対するから」


 私にも、迷いはある。

 先週、話した時の忍の様子。もし、あの子がこの学校で薬物や、援助交際に手を染めてしまったのなら。ここにいるのが本当に良いことなのかどうか、分からない。

 それでも。母だけの考えで、無理やり妹の人生を変えるのは。やっぱり違う、と思う。


「千草ちゃんが学校が好きなのは分かってるわよ」

 母はたちまち、ウンザリしたような声音になった。

 まあ、この問題は。私がここに進学したいと言った、六年前から何度も議論してきたことだから無理もないが。

「そりゃ、ママだって無理強いはしたくないわよ。でも、こんな事件が起こっているとね。忍ちゃんはまだ小さいんだし、やっぱり心配よ」


 そう言われると返す言葉もないが。

 私の口から言うのも筋が違うと思って、今まで黙って来たけれど。雲行きが悪いようなら言わなくてはならないだろう。妹が地元の学校には行きたくなかったわけを。

 でも、まずは母と忍が直接話さなくては。


「分かった。ちゃんと話してね。じゃ、そろそろ午後の授業の準備をしなくちゃいけないから」

 電話を切ろうとすると。

「あ、ちょっと待って」

 と言われた。

「文化祭ね。学校から招待券が送られてきたんだけど、残念だけどママ行けないのよ。仕事が入っちゃって」


 私たちの母は、基本的には主婦なのだが。年に数回、イラストレーターの仕事をしている。独身の頃は、マンガを描いたりもしていたらしい。それもボーイズラブとかいうヤツを。

 私が生まれてからは、時間のかからないちょっとした仕事だけを受けるようになったようだが。


 数年前に、『美少年探偵・天心院蓮華シリーズ』という小説の挿絵を引き受けたところ、これがヒット。シリーズ第一作の『美少年探偵・天心院蓮華 颯爽登場』は、アニメ映画化されることにまでなった。

 もちろん、ヒットしたのは作家先生の力であり、母のイラストの力ではないのだが。それでも、自分のデザインしたキャラクターがアニメになって大画面を動く、という事態に当時の母はかなり興奮し。私たち姉妹も映画館に連れて行かれた。


 読書好きの友人の評によれば、天心院蓮華の推理はなかなか華麗なモノらしいが。

 私は、大画面いっぱいに映し出される、母のデザインしたキラキラしい美少年の姿にうんざりし、開始十分で寝た。そのため美少年探偵の推理は未見のままである。

 まあ、それはともかく。天心院蓮華は今も元気に事件を解決し続けているので、仕事というのもそのことだろう。


「奥寺先生(小説家)がね。新作で、使いたい場所があるんですって。で、ぜひ実地でその場所を見てほしいって言われてね。打ち合わせも兼ねて今度の土日、そこへ行くことになってるのよ」

 そして。うっかりさんである母は、その日が私たちの学院祭だということを失念していたということであろう。


 行き先を聞いたら、とんでもない山奥らしい。だからこそ、ミステリーの舞台になるのかもしれないが。

 その山奥の里にある老舗旅館に泊まるのだとか。


「分かった。私は構わないよ、今年は実行委員長でもないし」

 というか。克己さんも来る気らしいし、母が来ないのはむしろありがたいというか。

「ゴメンね。パパも例によって日本にすらいないし。悪いと思うんだけど」

「大丈夫。ママは頑張って美少年探偵のイラスト描いて」

 ちなみに。BL色濃厚なイラストを描くのを生業にしている母がいるという事実は、撫子には絶対に聞かせられない私の人生のトップシークレットである。


 電話を切って、寮母さんに戻すともう午後の授業が始まる寸前だった。忍に注意してやらないと、と思う。

 母は私が思うとおりにならない分、忍に余計にかまいたがるから。心の準備をさせてあげないと可哀相だ、と思った。


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