13 ガラスの靴の少女たち -1-
翌朝も、薫は部屋から下りて来なかった。昼食の時間にも姿が見えないので、さすがに同学年の子たちに確認してみる。授業には出ていたが、途中で具合が悪くなり、今は保健室で寝ているとのことだった。
昨日の夜から何も食べていない。具合も悪くなろうというものである。様子を見ようと保健室に行こうとしたら、寮母さんに呼び止められた。
「雪ノ下さん。お母様から連絡が来ていますよ。昼休みの間に電話をしてほしいって」
う。
昨日、母からメールが来ていたのだが。薫のことで頭がいっぱいで、他のことを考えたくなかったので、気付かなかったフリをした。
だが寮にまで電話をしてくるというのは、母もだいぶイラついている。これも無視した場合、さすがに反動がコワい。
仕方なく、寮母さんから臨時で携帯を返してもらい、着信履歴をチェックした。うっわー。母からのメール着信がハンパないことになっている。途中から、あえて見ないようにしていたからな。早目に電源落として寮母さんに預けちゃったし。
覚悟を決めて電話をかける。コール一回で通話がつながった。
「も、もしもし?」
「千草ちゃん?」
母の声がとがっている。はっは、だいぶ怒ってますよこの方。
「どうしたのよ。昨日、何度も電話とメールしたのに、返事くれないで」
「ごめんなさい。えーと、昨日は寮長の仕事で忙しくて。携帯を見る暇がなかったの」
嘘ではない、嘘では。
電話の向こうで、母がため息をつく。
「責任感が強いのは千草のいいところだけど。無理しちゃダメよ?」
私は素直に礼を言った。まあ、大体にしてうちの母は親ばか気味というか、私たち姉妹を美化して捉えている傾向があるのだが。それでも、心配してくれていることはありがたい。
「ねえ」
母の口調が変わった。いよいよ本題か。何が来ても誤魔化し倒す。
その覚悟で次の言葉を待つと。
「忍ちゃんのことなんだけど。あの子大丈夫なの?」
そっちに行くと思ってなかった質問が来て、不意を突かれた。
「し、忍? 忍がどうかした?」
「だって。学校から何度も何度もメールが来るのよ。校則違反をしました、って。まだ後期が始まって十日しか経ってないのに、三回も。あの子、どうしちゃったのかしら。もしかして、悪い友達が出来たんじゃないかと思って心配で。不良グループなんかに、無理やり入れられちゃったんじゃないの? 千草ちゃん、何か知らない?」
不良グループって。また、百花園には不似合いな単語が出て来たな。まあ、でも確かに。あの晒し場ラッシュでは、母が心配するのも無理はない。
「大丈夫だと思うよ、校則違反の件は」
私はとりあえず、母を安心させておくことにする。
「違反者の名前は張り出されるから、私も見たけど。ママ、違反内容見た? うちの学校、ただ廊下や階段でしゃべってただけで校則違反になるのよ。次のも、外で着替えて外出なんてみんなやっていることだし。忍は運が悪かっただけでしょ。たまたま見つかっちゃったんでしょうね」
三回目の、風紀を紊乱したとかいうのはよく分からないけど。
母は少し黙る。パソコンで、メールの内容を確認しているのかもしれない。
「そう。あまりガタガタ言わない方がいいのかしら」
「校則違反の件はね。大したことじゃないと思うよ」
だが。問題は違うところにあるのだ。
私は軽く息を吸い込んでから。出来るだけさりげなく聞こえるように、次の質問をする。
「忍は? なんて言ってるの?」
妹自身が、そのことをどう捉えているのか。
教室で陥っているらしい窮状を。体の不調や、その他抱えているらしい問題を。
ほんの少しでも、母にもらしているのか。私はそれが知りたい。
「それが、まだ聞いていないのよ」
答えは期待外れだった。
「ほら。忍ちゃんはデリケートなところがあるから。下手に問い詰めたら、何も話してくれなくなっちゃいそうでしょう。だから、千草ちゃんから事情を聴いてからにしようと思って」
ほほう。お母様は、妹はデリケートだが私はそうではないとおっしゃいますか。
私だってデリケートな年頃の、夢見る乙女ですよ!
「ねえ。大丈夫なの?」
母の口調が少し変わる。
それで。最初に予期した質問が来ると分かった。
「何が?」
とぼける私。
「分かってるんでしょ」
母の声に苛立ちがまじる。さすがに白々しかったか。
「あんな事件が続いて。ママ、心配よ。今度はあなたたちが巻き込まれるんじゃないか、って。文化祭も、中止になるかと思ったらやるそうじゃない? 校外で起きた事件だから学校には関係ない、って説明の手紙が来たけど、とても安心できないわ。事件が解決するまで、二人とも家に帰って来ない?」




