12 買い物に行こう -6-
薫は必死だった。目には涙が浮かんでいる。
「薫さん。騒ぐと、人が来るわ」
私は。小声で言って、彼女を落ち着かせようとする。
薫はまた。怯えたような表情をして、私から手を離した。
ブラウスがぐしゃぐしゃになってしまったけれど。私はそれを、責める気になれなかった。
「だって……。それじゃ、私。何のためにあんなことを」
絶望したように彼女は呟く。
それでまた、ピンと来てしまった。そうか。そういうことなのか。
「援助交際の報酬が、あの薬なのね?」
私の質問に、薫は答えずにうつむくけれど。その表情が答えになっている。
あれが欲しいばっかりに。この子は、知らない男に身を任せてきた。教師に見つかる危険を冒して、無断外出して。
そんなにまでして、あれが欲しいのか。自分を追い詰める薬なのに。
あんな姿で知らない男の車に乗ることを、楽しんでいるようには見えなかったのに。それでも。そんなにも、あの薬が必要なのか。
「ダメよ。アレはあなたに渡せない」
私は。無慈悲に言う。
薫が必死になればなるほど。あれが渡してはいけない薬なのだと分かる。
私の言葉を聞いて。薫は、声を上げて泣き始めた。もう、誰かに聞かれても構わない。そんな泣き方だった。 私はその肩に手を置く。
「薫さん。あなた、病院に行かなくてはダメよ。それに、先生や……少なくとも、親御さんには告白しないといけないわ。警察にも、言わなくちゃあ。あなたの知っていることが、今、学校で起きている事件の手がかりになるはずよ」
「病院……なんて……行けない……」
薫はしゃくりあげながら言った。
「お母さんにも、言えない……。だって、私……」
声が。くぐもって。聞き取り辛くなる。
「私……。夏から、生理が……」
私と小百合は。顔を見合わせた。
どちらの顔からも、血の気が引いていたと思う。
ちょうどその時、門限十分前を告げるチャイムが寮内に響き渡った。その音に、薫はビクリと顔をあげ。止める暇もなく、怯えたウサギのように走り去ってしまった。
後には、茫然とした私と小百合だけが残された。
薫は夕食に下りて来なかった。
彼女の同室の小堀真由が、
「薫、具合が悪くていらないって。熱とかじゃないみたいなんですけど、頭痛がするって」
と伝えた。
寮母さんは心配して、何かあったらすぐに呼んでほしいということと、おにぎりを作るから部屋に持って行くようにと彼女に話していたが。私たちの胸には、暗い澱が淀む。
食事が終わった後は、買い出し物品の配布とお金の清算に時間を取られる。といっても、責任もって引き受けた仕事だし、立て替え分は返してもらわないと死活問題なので、ちゃんとやらなくてはならない。
やっと全員の分が終わった時には、午後九時近くなっていた。
部屋に帰る途中で、下半身に違和感を感じて私は立ち止まる。
「ちょっと、トイレに寄ってくる。小百合、先に帰っていて」
うん、とうなずいて小百合は部屋へ向かう。
四六時中、寮でも学校でも顔を突き合わせていると、例のあの、ゾロゾロとトイレに向かう女子文化が自然と消滅してくれて助かる。やはり、トイレでくらい一人になりたいものだ。
部屋に戻ると、小百合はスマホでゲームをやっていた。十時には携帯を寮母さんに預けなくてはいけないから、それまでに軽くプレイ、というところだろうか。
横を通り過ぎる時に。
「始まった」
と、ため息のように言う。
別に言わなくてもいいのだが。こういうことは、何となく口にしたくなるものである。
「あー。買い出し、間に合ってよかったな」
「うん」
うなずいて、梯子に手をかける。
ゲームをする手を止めて。小百合が、ごろりとベッドに横になった。
「アタシの方は、やっと落ち着いてきたけどさ。でも」
こちらも、ため息をつくように。
「生理になってて良かったなって、初めて本気で思ったよ」
その口調には実感がこもっていて。
「本当ね」
思わず、同意してしまった。
生理になるようになってからこの方。こんな面倒くさいものはないと思い、女に生まれて損をした、男だったら良かったのにと思うこともあったけれど。まさか、生理が来たことにホッとしてしまう時が来ようとは。
私たちは幸せである。生理が来なくなるようなこととは無縁に、のん気に学生生活を謳歌していられるのだから。
「なあ。薫のこと、どうするの」
ベッドの下の段から、小百合の声がする。
「うん。放っとくわけにはいかないから。何とかしなきゃ」
「そうだよな」
私の言葉に、うなずく小百合。
今日のことで、援助交際と薬物がやっと一つの線でつながった。
だが、まだやるべきことはいくらでもある。
薫は、今すぐにでも助けが必要な状態だし。
薬で女の子たちを操って、望まない援助交際に駆り立てているヤツ。
そいつを、探し出さなくてはならない。
私の胸は煮えたぎっている。
私たちの大切な姉妹。おとなしい薫をあんな風にしたヤツを、絶対に許してはおけない。
まずは、薫を何とか説得して病院に連れていかないと。
そのためにはどうしたらいいのか。懸命にそれを、考えた。




