12 買い物に行こう -4-
「剣道部の下級生が見たんだって。チャラい男とデートしてるとこ」
「チャラいんだ」
やはり、他人のこういう話題には食指が動いてしまうな。女の性だ。
「ちょっと意外だったなあ。まあちゃん、そういうの莫迦にしそうかと思ってたから。真面目そうな人が好みかと」
不思議そうに言う小百合。私は、
「恋愛となると、この人がこんな人を、という意外な相手を選びがちよね」
とか論評してみたりする。
だけど、そもそも。私たちは保健室にいる時の、仕事中の彼女しか知らない。実は、男の好みは案外派手好きなのかも。
まあ、あの保健室のハーブの山とぬいぐるみの飾りっぷりからして、彼女の内面がかなり乙女なことは間違いないと思うが。百花園の卒業生ではないそうだけど、女子校にぴたりとハマる個性の持ち主ではある。
そういう彼女にチャラい男性、というのは確かにピッタリ来ない気はするが。恋愛というのは、本当に分からないモノなのだ。百花園で他人の恋愛を見続けた結果の、それが私の結論である。
「まあ、千草もオジサンと付き合ってるしな」
私のところに飛び火したよ!
「まあちゃんの彼氏より、千草の彼氏の方が年上じゃないの、きっと」
ううう。反論できないところが辛い。まあちゃん先生の彼氏が、彼女と同年代であれば確実に克己さんの方が年上である。
何てことだ。先生より年上の男性と付き合ってるとか。私、異常すぎる。
気付いた事実が自分に都合が悪かったので、私は話題の転換の必要を感じた。
何かないか、何かないか。キョロキョロと目を泳がせ、
「あら? あの子、見覚えない?」
最初に目についたものに飛びついた。
直後。その人影に、本当に見覚えがあることに気付いた。
派手な色の短いスカート。同じく、派手なニーソックス。そんな恰好のところを、見たことがあるわけじゃないけれど。
あの髪型。肩から伸びる細い腕。ほっそりした胴体と、やっぱり細い脚。あれって。
「おい、あれって薫じゃない?」
小百合も気付いたようだ。
浦上薫。我が桜花寮の、おとなしく真面目な四年生。
それがどうして、あんな恰好で、こんなところに。
「アイツも外出許可出してたの?」
「違うと思う」
答える私の声は固い。寮母さんのところに置いてある外出記録簿に記入していたのは、私だけだった。
今の百花園では、外出自体が難しい。はっきりした目的と、緊急性のある外出でなければ認められないし、基本は教師同伴のはずだ。私と小百合が二人でフラフラ歩いているのは、近場の買い物だからである。二人(しかも片方が小百合)だったから、というのもあるだろう。
だから。あんな恰好でする外出に、許可が下りるとは思えない。
薫は融通の利くタイプではないし。教師をだませるような嘘をついたとも思えない。
「アイツ、同室誰だっけ」
小百合が押さえた声で聞く。
「真由さん」
私も押さえた声で言う。
小堀真由は美術部生だ。美術部は百花祭には毎年力を入れる。
今年も部員は、毎日門限ギリギリまで学校に残って準備をしている。
「無断外出か」
小百合が呟き、足を速めた。
「止めるよ。今、こんなことしてる場合じゃないだろ」
うなずいた私に、小百合は持っていた荷物を渡した。
両手に重たい荷物を持った私の脚はぐんと遅くなるが。
ナップザックと竹刀だけになった小百合は速足になる。
「薫!」
歩み寄りながら。道路の向こう側にいる相手に向け、彼女は大声を上げる。
「何してんだ、そんなところで!」
その声に。弾かれたようにこちらを振り向く顔は。派手にメイクされていた。
私たちの知っている薫に似合わない、その毒々しい色合いは。
まるでピエロのようで、ひどく痛々しかった。
道を渡ろうとした小百合を遮るように。黒い車が走り抜け、薫の前で停まった。
「小百合」
私は後ろから声をかける。
「急いで」
小百合も急いでいる。それは分かっている。しかし間が悪く、左右から来る車が切れない。
薫は運転者と、何か話している様子だった。彼女は一瞬。不安そうに、私たちをチラリと見る。
路線バスが来て、視界が遮られた。
そして、それが通り過ぎた時には。黒い車も、薫の姿も消えていた。
「か、薫は?!」
小百合が狼狽した顔で振り返る。
「ヤバい、千草。交番って、駅前だっけ。アタシ、走って行ってくる!」
そのまま走り出しそうになるのを。買い物袋を腹にぶつけて止めた。
「うげえ。いってぇ。千草、何てことを……」
「落ち着きなさい。ナンバーは覚えてる」
車種も多分、分かる。遠目だけど、後ろの表示が読み取れた。車に興味のない私でも聞いたことがある、そこそこ名前の通ったスポーツカーだ。




