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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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12 買い物に行こう -1-

 克己さんの来訪は、それはもうセンセーションを引き起こした。

 何しろ、彼は長身である。脚長い。顔立ちも整っている。服装も立派。スペックだけは良いのである、一瞥したところでは。

「あれはいったい誰?!」

「千草さんの何?!」

 という、女生徒たちの叫びを。巻き起こしますな、それは。


 寮に戻った私は、みんなに取り囲まれて質問攻めにあい。それはそのまま、明日教室で再現されることであろう。

 断言してもいい。この騒ぎの前で、忍と十津見の噂など吹っ飛ぶ。妹の醜聞を、体を張って打ち消す私。何て妹想いなのかしら。あは、ははは。


「婚約者です、一応」

 十重二十重に囲まれての攻撃に耐えきれず、私は白状した。

 撫子が悔しそうな顔をする。自分だけが独占していた情報が公開されて価値が下落したのが面白くないのであろう。知るか、そんなこと。私は自分が可愛い。


 キャーッという女の子たちの嬌声が、私の周りで上がる。

「結婚なさるんですか、お姉さま」

「年上ですよね! 何歳差なんですか?」

「どうやってお知り合いになったんですか?」

 はっはっは。餌に群がる肉食獣のようだよ、君たち。


「あの。あくまで暫定で、この話はなしになるかもしれませんから」

 予防線を張っておく。ここまで大事になってから破談になっては、私は学校中の笑い者である。


「千草さん、ひどいわ。私に秘密にしているなんて」

 撫子が涙目で訴えてきた。

「そんなことをおっしゃっておいて。学校にお相手が押し掛けてくるほどの仲なのではないの。何でも話し合えるお友だちだと思っていたのに」

 こいつに何でも話すのは、余程のバカだけだと思う。


「お相手のご用件は何だったんですか?」

「お姉さまに会いたくていらっしゃったの?」

「お名前は?」

「何をやっている方なんですか?」

「いつ結婚なさるの?」

 あー、もう。


 猛獣たちから逃げ出すには、いくらか個人情報を流出させざるを得なかった。そこで、主に淑子叔母さんの情報を流すことで、二人の出会いの責任を取ってもらうことにする。


 仲人好きな叔母がいて、私に見合いを強要してくること。

 相手は、叔父の仕事つながりの年上男性が多いこと。

 今日訪れた男性とは一応婚約中で、交際届も提出してあるが、本当に結婚するかは未定であること。

 特に最後のところは力を入れて主張しておいたが。みんな、あまり理解してくれていない気がした、何となく。


 克己さんの用件が何だったか? そんなの、答えられるわけあるか。だって。私にだって、分からない。

 あれはいったい何だったのか。思い出すと、頬が熱くなってくる。


「僕の婚約者でいてもらいたい」

 って。

「今から僕の妻ということでいいです」

 って。

 どういうことなのか。


「君という人に興味が出てきたからかな」

 やわらかい色の目で、私をじっと見た。あのまなざしを思い出すと、心臓の鼓動が早くなる。

 

 あれ、ちょっと待って。それって、今までは興味がなかったってこと? むむう。それはどうなんだろう。私の頭は混乱してくる。この問題に関して、私はお手上げだ。こういうことに慣れていない。

 何が本当で、何が嘘なのか。私にはサッパリ、分からない。


 それでも。小林夏希に会おうとしたが、それはあのサイトには関係なく、援交目的でもなかったという。そんな根拠もない言葉を、信じたいと思っている自分がいて。

 それが正しいことなのか、ただの愚かなことなのか。自分では判断できなくて。

 そんな自分に、ひどく戸惑う。


 誰もいない部屋に戻った私はまっすぐに二段ベッドの梯子をのぼって。思い切り、布団にダイブした。

 毛布の暖かな感触が。少しの間、渦巻く胸の想いを忘れさせてくれた。


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