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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
52/211

11 突然の来客 -4-

 何か相手を致命的にへこませることを言ってやろうと、口を開きかけると。

「もうすぐ、文化祭があるそうですね」

 とまた、唐突に言われた。

 さっきの話題転換が直角カーブだとしたら。今度は道路がジャンプ台になっていたのかと思うくらいの話の飛びっぷりである。


「そうですが。何か」

 虚を突かれて、そう冷ややかに答えるのが精一杯だった。落ち着け、私。負けるな。

 彼はじっと私を見て。

「君は、魔女の扮装はしませんね?」

 と、訊ねた。

 魔女! なんでよりによってそれ。まさか十津見、バラしたのじゃないでしょうね。


「しません!」

 思わず反射的に答えてしまった。

 すると相手は真面目な顔のままで、

「それでは、妖精はどうですか」

 と重ねて聞いた。


 私は眉をひそめる。

 魔女と。

 妖精。

 このワードは、何だ?


「しませんけど」

 私は。今までとは違った目で、彼を見直す。

 彼の表情は陰鬱で。でも。私の答えに、少しだけホッとしたように見えた。

「そうですか、それは良かった」

 うなずいてから。彼は、じっと私を見つめる。

「やっぱり、ここに君を置いておくのは不安だな。君、やっぱりすぐに僕のところへ来ませんか。今から僕の妻ということでいいです」


 私は呆れた。何言ってるの、この人。

「失礼ですが、意味が分かりません」

 私はツッコんだ。


 彼は暗い顔のままで、

「僕にも分からないんです。だから困っている。せめて、顔が見えればいいんだが」

 と、意味不明なことを言った。

 どう返したらいいか、分からないでいると。

「文化祭に参加するには招待券が必要なようですが。一枚、もらえませんか」

 と、またまた唐突に言われる。つながりがあるような、ないような。もう、わけが分からん。


「どうしてそんな物が欲しいんです」

 ここへ来たのは、もしかしてそれ目当て?

「文化祭に来たいからですが」

 当たり前のように言われた。まあ、それはそうだろうけどさ! だから、そういうことを聞きたいんじゃないってば。


「女子高生がお好きなんですね。それとも、お目当ては女子中学生でしょうか」

 厭味たらしく言ってやる。私も、嫌な女だ。

「別に嫌いではないですね」

 フツーに返事がくる。そんなとこ正直じゃなくてもいい。


 返事をする気もなくなったから黙っていると。

「ダメですか? それなら、別のところから手に入れますが」

 とか言っている。

 おい! 他に当てがあるのかい! そして、だったらなぜ私に聞く!


「他にくれる方がいるなら、その方からもらってください」

 私の声はもう、氷点下だった。

「わざわざお声をかけていただかなくて結構です。それで婚約の件ですが」

 何とか話を戻して、円満に破棄しようと思ったのだが。


「言えば、もらえると思いますが。出来れば、君からもらいたいです」

 私の言葉を無視して、困った顔でそう言われた。

 

 無視すんな。と思ったけど。それなのに。

「どうしてですか」

 と、聞いてしまった。

「どうして私じゃないといけないんです」


 ああ。その言葉は、自分に問いたい。どうして、そんな質問をしているのか。自分で自分が分からない。


「理由ですか」

 彼は意外そうに言った。

「そうだなあ。そうですね。君という人に興味が出たからかな」


 はい?


「君は、友人でもない下級生の死に憤って、危険を顧みず何かを為そうとしている。そういう君という人に、興味が出たんです。なので、誤解されたまま僕の前から消えられるのは面白くありません。今日はそういうお話をしに来ました」


 それは何だか。宣戦布告みたいにも聞こえる。

 

「そういうことですから、君は僕の婚約者でいてください。いや、一番いいのはこのまま僕と事務所へ帰ることですが。どうしますか」


 私は。凍りついたように、動けない。

 何だこれ。告白なのか、一応。それともプロポーズのし直しか。意味不明なのも程があるんだけれど。


 ちょうどその時、ノックの音がして。返事もしないうちに十津見が引き戸を開けて顔を出し、

「時間だ」

 と冷たく言った。ここは刑務所の面会室か。

 そして看守役がハマりますね、先生。ぜひ転職してください。


「今日はここまでだ。もう帰ってくれ」

 乱暴に追い立てられ。

「不粋だな。君という男は、本当に不粋だ」

 言いながら彼は、私を振り返り。

「どうしますか、千草さん。僕と帰りませんか」

 と。散歩にでも誘うように、気軽にプロポーズの言葉を重ねた。


 訝しげに私をにらむ十津見の冷たい視線があることが。かろうじて、私に冷静を装わせた。

「行けません。私、卒業まで学校を離れません」

 混乱していて。筋道立ててものが考えられないけれど。

 頭が追いつくより先に、口がそう答えている。

「でも。招待券は、お送りします」

 

 それを聞いて、克己さんは少しだけ難しい顔をして。

「そうか。今、来てくれれば安全を確保できるんだが。君がそう言うなら、仕方ないですね。確か今の日本では、略奪婚は禁止ですよね」

 そんなもの、確かめるまでもなく禁止だろう。


 それから、

「では、彼女を頼む。気を配っていてくれ」

 十津見に依頼。というかほぼ命令。

「生徒は彼女だけではないのでね。特別扱いは出来ない」

 と、即座に断られていたが。


「では、さようなら千草さん。身の回りには十分気を付けて」

 最後にそう挨拶して、静かなる我が学び舎に訪れた嵐は、十津見に付き添われて去っていった。


 私は、気が抜けたようになって。

 克己さんを校外へ放り出してから戻ってきた十津見に、部屋の外へ追い立てられるまで。そこでぼんやり、突っ立っていた。


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