9 百花園生気質 -1-
撫子の話は夕食後に聞けた。
聞いて呆れましたよ。驚くなかれこの女。
衣装合わせの途中でトイレに立った際、漏れ聞こえた会議室での実行委員の話し合いに不穏なものを感じ、ずっと廊下で立ち聞きしていたのだそうである。
瀧澤撫子にモラルなし。そんなこと、とっくの昔に知っていたはずだが、またしても思い知らされるとは。
「追いかけていってね。初めはちょっと怖がられたんだけど」
無理もない。あんな扮装をした上級生のお姉さまが走って追いかけてきたら、私だって怖い。百花園に新たな妖怪伝説が誕生してもおかしくない、そんな走りっぷりだった。
「私も、千草さんキライなの。あの方、ちょっとハッタリが過ぎると言うか、はっきり言うと偉そうよね? と申し上げたら、後はもう面白いようにいろいろと話して下さったわあ」
それをよく、当の私の前で嬉しそうに報告できるな。
そして、相変わらず人の噂話を思い出す時のコイツは、夢見る乙女の表情をしている。この女は、ある種のヘンタイではないかと前々から思っていたが、それが確信に近くなった。
「忍さんについても、いろいろ聞かせてもらってよ。何から話せばいいかしら?」
「何があるの」
私はうんざりした。
この分では、かなりの量の情報を撫子は手に入れている。それは玉石混淆、役に立つものからどうでもいいものまで。いくらでもあるだろう。問題は、それをどうやってすくい上げるかである。
前にも言ったが、こいつは情報収集力は凄まじいが、洞察力はお粗末だ。ただ貯めこむだけで満足しているファンタジーのドラゴンのようなもので、持っている情報の価値を本当には理解していない。
彼女にとって情報はお金のようなものだ。持っているだけで楽しいし、時にはより多くの情報を手に入れるために交換もする。
ただ、それだけ。
その情報を元に、考えたり行動を起こしたり。そういうことは、瀧澤撫子の行動範疇の中にない。
「分かった。それじゃ、三つ教えて」
私は言った。
無制限にこの女から情報を引き出そうとするのは危険だ。後で何を代価に要求されるか分かったものではない。
その分、質問は慎重に。神経を研ぎ澄ませたうえで、選択しなくては。
「まずは。志穂さんの見た小林夏希って、どんな子だったのかしら。亡くなる前に、変わった様子はなかったの」
単純にして基本的なこと。亡くなった子がどんな子なのか、私はまだ知らない。
星野志穂が、彼女の死を悼んでいること。妹の忍と彼女が仲が悪かったこと。知っているのは、その二つだけだ。
「あら。そんなことでいいの」
撫子は大きな目を意外そうに見開いた。
「志穂さんと夏希さんはね。それほど深い付き合いではなかったみたいなの」
撫子は言った。
「テニス部の一年生どうしで仲良くなって、クラスでは一緒に行動して。でも、それだけね。気が合わないということはなかったみたいだし、友人として好意を持っていた。でもまだ、深い悩みを言いあうような仲じゃなかったの」
まあ、そうだろうとは思う。
出会って、半年。まだお互いのことを知ったばかりと言ってもいい。
彼女たちの友情は、これから深まるところだったのだ。
「変わった様子、というところだけど」
撫子は首をかしげる。
「夏希さんたちのグループの主な話題はね、この学校に関する不満だったみたいなの。学校や、クラスや、部活や、寮や、先生や、お姉さまたちへの愚痴。そういうのを言いあう付き合いだったみたいなのね」
「ふうん」
まあ。
この学校での生活は、小学校時代のものとはだいぶ違う。
家からは離れなくてはいけないし、先生も含めてほとんどが女ばかりの世界だ。現代社会における、仮想空間と言ってもいいだろう。一般社会とは違う成員による、違う規範の存在する社会。ある意味ここは、ファンタジックな異世界だ。
まあ。組織というのはどこも、よそから見ればそんなものかもしれないが。
それにしても。半年間の主たる話題が環境への愚痴、ということは。
そのグループの構成員たちについて、一定のパーソナリティーを予想することはできる。
神経質であること。ストレスをためていること。
排他的で、柔軟性に欠けること。小心であり、かつ攻撃的であること。
彼女たちは、この異空間に放り込まれたストレスを。愚痴を言い合う、という非生産的な行為で解消しようとし、またそれによって互いの結びつきを強めたのだ。
「それでね。前期の途中からおかしいと思うことはあったみたいなのね」
頬を紅潮させ、幸せそうに撫子は話を続ける。
「何か心配事があるんじゃないか、って。志穂さんも、お友だちの弓香さんという人も考えていたみたいなの。でも、理由は分からなかった。聞いても、夏希さんは教えてくれなかったのですって」
撫子はそこまでで口を閉ざす。
第一問の答えはここまで、ということらしい。




