8 第二の事件 -5-
「ヨハネの首をください」
と父王に頼む、悪女の役を演じる忍を想像しようとしてみるが。無理だった。
いや、これもうイジメに近くない? あの子にそんな役ムリでしょ。
そう思って。
イジメなのだと、思い当たった。
それは。私の方を一瞬見た、星野志穂の勝ち誇ったような表情にも表れていた。
「分かったよ、職員会議にはかけてみる」
吉住先生は根負けしたという表情をして、立ち上がった。周りの委員たちから歓声が上がる。
なんだかんだ言って、この先生は面倒見がいい。その辺りが、長年にわたり我が校のアイドルとして生徒の支持を受けるポイントなのだろうか。
「けどな。俺は、出来ると約束はしないぞ。最終的には理事長の判断になるんだし。校長や教頭も何というか」
十津見先生は何とか説得できるかなあ、と小さく呟く。
「十津見先生くらいは説得してくださいよ」
思わず口を出してしまった。
吉住先生はこの学校に勤続二十年、十津見はまだ二年。年だって吉住先生より下だ。いくら相手の態度が大きいと言っても、先輩男性教師としてそこは威厳を見せていただきたい。
「人のひとりごとを聞くな。するよ、説得」
吉住先生はちょっとイヤな顔をして。
それから、ニヤリと笑う。同年代の男の子のような笑い方だ。
「あのな、雪ノ下。そんな口ばっかりきいてると、男はみんな逃げていくからな。少しは優しくしろ。お前、妹に女子力で負けてるぞ」
なっ、なんですと! この教師、私が昨日、婚約者と決裂したと知っているような口ぶりではないですか!
「よ、吉住先生。何を根拠にそんなことを」
つい、声がうわずってしまう。
「んー? お前の妹は、あれはモテるタイプだ。俺がゲーセンでゲットした美少女フィギュアを賭けてもいい。お前の年ごろになったら追いかけてる男が五人や六人じゃ済まないんじゃないのか? 十津見先生がさぞ渋い顔をするだろうな」
そう言って笑う。
「ところで雪ノ下。お前、今まで男に言い寄られたことあるか?」
「せ、先生。そういう質問は、セクハラですよ」
心の師、ウーマンリブの闘士、家庭科担当の市原正子先生の口調を再現しつつピシャリと返すが。動揺が口調に出ている。
この前まで小学生だった忍の方が、私よりモテるですとお!? からかわれていると分かっていても、癪である。
「そ、それに。お見合いなら、したことあります、十七回!」
「って。お前、その年でそんなに婚活して、しかも全部破談なのか?」
カワイソウな人を見る目で見られてしまった。
「からかって悪かった。強く生きろ、雪ノ下。きっといつか、お前の良さを分かってくれる男が現れる。俺が思うに、ソイツはたぶんマゾだから、SMクラブを中心に婚活しろ」
「先生っ! 市原先生に申し上げますよ!」
思わず声を大きくしてしまう。清らかなる女子校でSMクラブとは何事か。
何でこんなオッサンが学校のアイドル?! みんなだまされてるよ! 奥さんも含めて!
まったく、だから男ってモノは厭なのよ!
「市原先生に怒られるのは勘弁してもらいたいな。じゃ、この企画については早急に職員会議に通すから」
吉住先生は、提出されたたくさんの企画書を持って会議室を出て行った。
まあ、ほとんどの企画は問題なく承認されるだろう。時間がないのは、先生方だって分かっているはずだ。
爆弾は、ひとつだけ。
「あのう。本当に大丈夫なんでしょうか?」
星野志穂が私の傍に来て、こちらを見上げる。
その顔に、『何このBBA、ちっとも役に立たないじゃん』と書いてある気がするのは、今の私が機嫌悪いせいじゃないと思うよ?
「志穂さん。千草お姉さまにそんな言い方をするのは、筋が違うわよ」
三田村心がキッパリと言う。
「出し物についてはクラスで決めたことんだから、クラスの責任でしょ。それに許可を出すのは学校。お姉さまは助言しただけです。そこをはき違えるようじゃ、助言を受ける資格はないわよ」
さすが、実行委員長。しっかりしている。
星野志穂は悔しそうな顔をする。まだ若いのう。顔に出しちゃいかんよ。
そんな彼女に。
「吉住先生はああ見えても、責任感があるし、生徒思いですから。きっと上演できるように頑張って下さるわ」
一応、フォローらしきことは言っておく。
それから。
「妹が、足を引っ張らないといいのですけど。急に配役が変わったようね。あの子は引っ込み思案だから、向かないのじゃないかしら」
思いきり。棘を、放った。




