8 第二の事件 -4-
「これでなきゃダメか?」
吉住先生が言う。
「ダメなんですか?」
星野志穂は話が違う、というように私の方を見る。
「これならいい、ってお姉さまに言われたんです」
アッサリ先輩を売るとは、いい度胸だな。
まあ、それはともかく。私は自分の発言の責任を取らなくてはいけない。
「問題でしょうか」
さも意外そうに、目を見開いて言う。
「一年竹組の皆さんが、一所懸命考えて練習した演目です。認めていただけないのですか」
「何だ。百花園の魔女が裏にいたのか」
吉住先生は困ったように私を眺める。先生! 教師が生徒をあだ名で呼ぶのは、良くないと思います!
そして何で、どの先生もその名前を公式のように使うのか。言わないのは十津見くらいだ、腹立たしいことに。
「雪ノ下なあ。今の状況が状況だ。これはまずいんじゃないのかな。そう思わないか」
難しい顔で言う吉住先生。
「どこがでしょう。理不尽な暴力に真っ向から取り組んだ、良い脚本だと思いますが」
チラリとしか読んでないけど。
「一年竹組の皆さんは、二日でこの脚本を直したんです。熱意もあると思います」
そこのところは、力を込めて主張できる。
「それは分からないでもないけどなあ」
吉住先生は提出された台本をめくった。
「星野。本当に、これやりたいのか?」
「ホントにダメなんですか?」
星野志穂はそこが気になってたまらないらしい。
「大丈夫だって言ったのに」
私の方を恨めしそうに見る。
それ、百花園ではNG。どんなにお姉さまが悪くてもNG。
まあ、昔も私はそこのところが納得できなくて、いろいろヤンチャもしたものですが。
「志穂さん。お姉さまにそんな言い方は失礼よ」
三田村心がすかさず注意をする。うむ。ナイスパス、心さん。そういうことを言ってくれる人がいるから私は、
「いいのよ、心さん。私の考えが足りなかったの」
と、心の広いお姉さま面が出来るわけである。
「吉住先生」
私は先生に顔を向ける。
「ダメなんですか。志穂さんたち、こんなに熱意があるのに可哀そうです」
私の考えではない。彼女たちが自発的にやっているのだ、というところを強調し、すがるように言ってみる。
吉住先生はううん、とうなり声をあげた。
「そう言われてもなあ。これは、俺の一存でOKは出せないよ」
「そんな」
私はここぞとばかり女子力を発揮して、途方に暮れたように言う。
「顧問の先生が味方になってくれないのでは、志穂さんも一年竹組の皆さんも、頼る人がいなくなってしまいます」
一年生たちが困る、というところを強調する。
「先生。時間もないですし、何とかなりませんか」
三田村心が言葉を添えてくれる。星野志穂も吉住先生をにらみつける。
「ああもう。お前ら、脅迫するなよ。雪ノ下、後輩を煽動するのはやめろ」
先生は両手を上げて、たまらない、という声音で言った。
「そんなことはしていません」
心外な。脅迫などと人聞きが悪い。
「お願いしているだけです」
「お前のは脅迫だ。まったくもう」
吉住先生は台本をめくりながら、ため息をつく。
「妹が主役だから、やらせてやりたいのはわかるが。そうゴリ押しされても、最終決定はここでは出来んぞ」
え? 忍が主役?
私は仰天した。あのおとなしい子が? 衣装係じゃなかったっけ?
あわてて台本をめくり直す私の横で星野志穂が、
「先生、主役はヨハネですから。サロメは主役じゃありません」
と言った。
忍がサロメ? あの、万年地味なうちの妹が。そんなド派手な役を?
イメージに全く合わない、その配役は。
台本の一番初めのページに、確かに印刷されていた。




