8 第二の事件 -1-
「男なんて、みんな死んでしまえばいいのに」
呟いた私の方を、泉屋のクッキーをむさぼっていた小百合が振り返る。あんなことがあったのに、ちゃんとクッキーを買ってきた私って、友達思い。
「何か、久々に聞いたな、そのフレーズ」
ほむほむほむ。クッキーをかじりながら言う小百合。年頃の乙女が、物をほおばりながらしゃべるな。
「そうか。一週間で終わったか。まあ元気出しな、千草。お前が男と付き合うことの方がおかしかったんだ。天変地異が起こる前に平常に戻って良かった」
何ですか、その感想!
「何よその言い方?」
「だって。別れたんだろ」
来たー、小百合さんのど直球攻撃!
痛いよ、厳しいよ?
「別に。別れたわけじゃ」
私は。むすっとして横を向く。
「じゃ、何でそんなに荒れてんの。夜まで帰らないって言ってたくせに、午後早々に帰ってくるし」
くそー、小百合のくせにツッコんでくるとは!
「元々、お付き合いしていたわけじゃありません」
ちょっと婚約してただけだ。
小百合は見透かすような目で私を見る。それから。クッキーの缶を、私の方に差し出した。
「まあ食べな。食べて元気だしな。人生いろいろあるさ」
それ、私が買ってきたんだけどね!
もちろん遠慮する気などないから手を出す。丸い輪っかの形のが、ジンジャーがきいていて美味しいの。
「けど、残念。フラれる前に一回見たかったな。千草の相手」
「フラれてません!」
そこのところだけは、声を大にして言いたい。
「私の方が、もうお付き合いは出来ないと思ったんです」
「やっぱ付き合ってたんじゃん」
ああ言えばこう言う。ウルサイなあ、放っといてほしい。
「撫子に言っていい?」
言うな。傷口を広げるな。頼むから。
「スゴイねー、恋って恐ろしいねー、千草がこんなに女の子っぽくなるなんて」
白濱小百合。お前に好きな相手が出来たら、思い切りイジメてやる。覚えとけよ。
私はベッドに上がり、ごろりと寝転がる。
制服はもう、部屋着に着替え済みだ。ワンピース、まだ紙袋の中だけど、いいや、もう。別に。
「今日はもう寝る。起こさないで」
「オッケー。夕食の時に起こすから。寮長さまがお祈りしてくれないと、みんな食事できないじゃん」
「あんなの。いいじゃない、代わりにやっておいて」
寮長の仕事なんて。普段は、食事のたびに『今日の食事に感謝して祈りを捧げましょう』って皆に言うだけなんだから。
「分かった。寮長は恋の病で起きて来られないって、副寮長のイチゴに言っておくわ」
私はガバッと起き上がった。
この女、タチ悪いな。まだ、大森穂乃花の前で見捨てたことを怒ってるのか。
「やめて。絶対、やめて」
「じゃ、起きて、ちゃんと食べなよ」
下からこっちを見上げて、笑っている。
食べるのが回復薬って、小百合らしい発想と言えばそうだけど。友情七割、意地悪三割といったところの友の気遣いを。
鬱陶しくも有り難くも感じながら、私はベッドでふて寝した。




