6 後手を踏む -3-
土曜日、朝。晒し場で、私たちは呆然とその名前を見つめた。
大森穂乃花、停学及び自宅謹慎。
理由は校則違反の場所へ立ち入ったため。書いてあることはそれだけだ。
それでも、異様に重いその罰が。書かれた以上の理由があることを想像させる。
「やられたわ」
私は歯噛みする。昨日のうちに、何としても彼女から事情を聴いておくべきだった。
彼女が何か知っていることを、ようやくつきとめたのに。見逃してしまったのは、私のミスだ。
「どういうことかしら」
撫子が目顔で私に説明を求めてくる。
「どうもこうもないわよ」
私は髪を揺すって、声を落とす。
「状況から想像できることは一つだけ。彼女は花売りの尻尾をつかまれたのよ」
生徒の売春は、学校側にすれば何としてももみ消したい事実のはずだ。
彼女がドラッグにも手を出していたかどうかは分からない。だが、売春の事実をつかんだ時点で学校側は隠蔽を考えた。その結果がこの、『校則違反による停学処分』。
おそらく、彼女はこのまま退学届を出し、転校していくことになるのではないか。彼女の行為を公にしないことを条件に、保護者と学校で話を付けて。
学校側は、分かっていない。援助交際に手を染めているのは、大森穂乃花一人ではないのに。彼女という蔓をたどって、根っこまでたどり着かなくては意味がないのに。それを、みすみす手離してしまうなんて。
「テニス部から二人」
撫子が呟く。何だか嬉しそうだ。
「そこが病巣かしら?」
私は冷めた目で撫子を見やる。彼女は情報収集力は一流だが、洞察力となると難がある。そんな簡単な結論なら、警察の皆さまや陰険十津見やらがとっくに真相をつきとめていると思う。
「そんなことを言っていると、花恋が泣くわよ。撫子さん」
そう言っておくに留めておく。テニス部部長、坂田花恋は桜花寮の五年生だ。
「そうねえ。花恋さんには、薬物にもお花屋さんにも関係ありそうな話はないわねえ」
撫子は残念そうに言う。それでも先輩か。鬼! こいつこそ真の鬼女! 同じテーブルで五年間食事をした姉妹としての情も、面白い噂話に比べれば価値がないのである。こういうのこそ魔女というべきで、私は決してコイツの仲間ではない。そこのところ、世間はちゃんと認知してほしいと思う。
「ヤな感じだな」
昨日の(私による)斬り捨て事件をまだ根に持っている小百合が、ぼそりと言った。
「穂乃花とは反りが合わないけど、こういうのって何か違うと思う」
私はうなずいた。
罪を憎んで人を憎まず、という言葉もこの世にはあるというのに。
罪ごと人もぶった切るようなこのやり口。どうしてもある男を思い浮かべずにはいられない。
生徒指導担当、風紀委員会顧問、十津見恭祐。今回の処分は、限りなくアイツが絡んでいるニオイがする。
百花園の根元にしっかりと絡みついた、この黒い影を探るのに。あの教師が邪魔になりそうな気が、激しくした。
しかし、そんなことには関わりなく。授業はあり、それが終わったら学院祭実行委員に顔を出さなくてはならない。
私たちのクラスの企画、「地獄の門」は問題なく受け入れられる。(差し戻しなどしている時間がないのが実のところであるが)
だが、他のクラスでは紛糾しているところが多く、集まった委員たちの大半は困り顔だった。
委員長である心の依頼を受けて、各クラスの状況を聞くことになる。大半の生徒は、テーマの変更にとまどって、新しい出し物を考えなくてはならないと思い込んでいるようだ。
そんな時間、あるわけないじゃない。あり物の企画を、いかに衣替えするかが実行委員の腕の見せ所なのだ。
「お好み焼き屋さんはそのままでいいと思いますよ。あえて言えば、お花飾りを多くしてみたらどうでしょう。白い花で。メイド喫茶は、派手な装飾をやめて黒を中心に飾り付けをなさったらいいんじゃないでしょうか。吹奏楽部は、明るい曲を暗い曲に差し替えて。最悪、最後の一曲を『小林さんに捧ぐ』として、しんみりしたものにすればいいんじゃないかしら」
などなど。みんなにアドバイスを続ける私。ああ。疲れる。
百花園の秩序として、先に相談を持ちかけてくるのは上級生から。徐々に下級生に移り、最後に一年生たちが残る。
「あのう。私も相談に乗っていただいていいでしょうか、お姉さま」
くせのある黒い髪を肩まで伸ばした小柄な女の子が寄ってくる。ええと。見覚えはあるけど、誰だったか。
「一年竹組、星野志穂です」
相手から名乗ってくれた。




