6 後手を踏む -2-
「こんなところで、何をなさってるんですか?」
思いっきり不審そうな顔。そりゃそうだ。私たちはいつの間にか、三年生の教室近くまでたどり着いていた。用もないのに上級生がウロウロしているのは、大変不自然な場所である。
小百合は一瞬黙ったが。すぐに胸を張った。
「アンタの得意顔を見てやろうと思ってさ! 提案、受け容れられたようだな。十津見のお気に入りになった気分はどうよ。気に入られると、あの陰険男、少しは便宜図ってくれんの? アタシだったら、死んでもゴメンだけどね!」
よりによってこの女、ターゲットにケンカ売ったんだけど! 何考えてんだ、脳筋女! アホか!
私はため息をついた。こうなったら仕方がない。肚をくくろう。
「小百合さん。いい加減になさい」
私は。声を張り上げて、ぴしりと言った。
小百合の目が真ん丸になる。私は構わずに、追い打ちをかけた。
「下級生に対して言いたい放題。それが最上級生のすることですか。友人として情けないわ。恥をお知りなさい」
「ちょ、ちょっと千草」
小百合の口がポカンと開く。その顔は莫迦に見えるからやめろと、一年生の時から再三言ってやっているのに。物覚えの悪いヤツ。
「ごめんなさいね、大森さん」
私は小百合を無視して、大森穂乃花に顔を向け、丁寧に頭を下げた。
「私が悪いの。この人が貴女に失礼なことを言ったと聞いて、何とか謝らせようと思ったのだけれど。余計に不快な思いをさせてしまったわね。ごめんなさい」
必殺! 友を斬り捨て自分だけ前に進む技!
すまぬ小百合。しかし大義のためだ、わきまえよ。甘んじて犠牲となってくれ。
私は小百合を振り返り。思い切り、見下げた表情を作る。
「莫迦につける薬はありませんね。呆れ果てたわ」
ここのところは、掛け値なしの本音だから演技の必要がなくて楽だ。
小百合は愕然とした顔をして。
それから。
「千草のバカやろおお~~! 冷酷非情女~!」
とか叫びながら、走り去ってしまった。失礼な。私は野郎じゃない。まあ、後で何かエサを与えれば懐柔できるだろう。
こうして私は、大森穂乃花と二人きりになった。
「あの。お姉さまは」
「昨日、保健室の前でお会いしましたわよね」
私はニッコリ微笑む。
「雪ノ下千草です。お見知りおきくださいね」
彼女はとまどった顔をする。
「私のこと、知ってらっしゃるんですか」
それはもう。思いっきり挙動不審だったからね。
「とても可愛らしい方ですもの。記憶に残りますわ」
そう言って、私は微笑み。
次の瞬間、核心に切りこむ。
「貴女とはもっと、いろいろなことをお話したいわ。たとえば、『フェアリー』のこととか」
相手の表情がこわばる。白い顔から、更に血の気が引く。
「どうして、それを……?」
唇から。うわごとのように漏れる声。どうやら、ビンゴだ。
「どうして。どうして分かるの。分からないって言ったのに。守ってくれるって、言ったのに……」
混乱した顔。怯えきった目。もう一押しで、彼女は落ちる。
私は。彼女の方に一歩踏み出し。動揺した彼女を絡め取ろうと、手を伸ばす。
それを。
「穂乃花さん。先生がお呼びよ」
後ろからの声に邪魔された。
何人かの三年生がやって来て。不思議そうに私と穂乃花を見ている。
彼女はハッとしたように後ろを振り返り。そして、挨拶もせずに走り去ってしまった。
残された三年生たちはその背中を呆れたように眺め。それから、
「お姉さま、御機嫌よう」
と申し訳程度に挨拶して、立ち去った。
私はひそかに歯噛みした。
獲物を捕らえそこなった。分かったのは、彼女が「フェアリー」を知っていることだけ。
しかし、逃してしまったものは仕方ない。
とりあえず標的はハッキリした。近いうち、もう一度彼女を捕まえ、知っていることを吐かせよう。
撫子に相談して、そのための罠を考えなくては。
あー、小百合も何とかしなきゃ。コンビニの限定まんで、買収できるかな?
そんなことを考えながら、三年生の教室に背を向けた私は。
次の日に起きることを、まだ予想もしていなかった。




