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第七節 部活動⑥...バタフライ、演じる、真っ二つ、来学期の雛枝

 バタフライ族。

 考えてみれば、俺の知っている人の中で、初めての虫の名前の種族名だ。

 種族名からして、恐らく「平民」だと思うけど、まさか真っ先に「子供誘拐事件」の容疑種族として挙げられるとは。「平民」の中でも「貴族」に近い上位種族なのか。


 しかし、蝶水さんが容疑者か。

 俺も疑うのはしたが、犯人だと思いたくない。

 万一の為にあき君を彼女に付けさせたが、「記録」の監視からも(のが)れる程の幻惑系魔法操者なら、今は逆にあき君の身が心配だ。

 軽く探りを入れたいが、俺自身は念話が使えない。雛枝に頼んで連絡しても、まだ俺に隠し事をしている雛枝がどこまで素直に答えてくれるか、未知数だ。


「雛枝、あき君に連絡を取ってもらえない?」

 やはり探りを入れる事にした。


「蝶水を疑ってるの、姉様?」

 が、雛枝が焦りを帯びた表情で俺を睨んできた。

「蝶水の事はよく知ってるよ!あたし、氷の国(こっち)に来てから、ずっと一緒にいるんですから!

 蝶水は犯人じゃない!疑うのをやめて!」


 ちょっと意外。

 側で見た限り、俺はてっきり雛枝が蝶水さんを嫌っていると思っていた。

 けど、いま彼女を庇っているって事は鬱陶しく感じているが、信頼もしているってところかな?


「お嬢の気持ちは小生もよく分かります。

 ですが、こういった類な事に私情を...」

「黙れ、千草!テメェが余計な事を姉様に吹き込まなければ、姉様が変な疑いを持たなかった!

 テメェは本当に...」


「雛枝!」

「!」


 また雛枝がヒートアップする前に、大声で彼女の言葉を遮った。

 そして、俺は振り向いて、雛枝と向き合える。


「『私にやらせて』と何度言えば分かるの?」

 雛枝の両肩を掴んで、おでこもくっ付いてから彼女を睨み返した。

「もう喋るな。後でまた()()()()()()。」


 睨み合う双子、しかし雛枝の両目が少しずつ力が抜いていき、最後は「うん」と頷いた。

 はぁ...ちょっとした事で癇癪(かんしゃく)を起こす子供を相手にしている気分だ。


「あき君に連絡を取ってくれ、雛枝。進展状況が知りたい。」

「え、それだけ?」

「あぁ、そうよ。

 そろそろみんなと会う時間を決めておきたい。」

「蝶水を疑ってるの?」

「私はそんな事を言った?」

「...いいえ。」


 まぁ、言ってはいないが、疑った。だから、雛枝にあき君の方と連絡取らせて、現状確認しようとした。

 雛枝が蝶水さんとグルだと考えていない。けれど、蝶水さん個人がシロという証拠もないので、用心するに越したことはない。

 そして、千草さんも...


「蝶水の方と連絡しては、ダメ?」

「むっ!」


 わざわざそんな訊き方...蝶水さんをまだ疑っている俺にとって、そんな訊き方をしてきた雛枝も疑う対象になってしまうのに。

 言葉って難しいな。読心術(テレパシー)のヒスイちゃんがいれば、一発で俺の真意を全部雛枝に伝えられたのに。


 ...いや、やっぱり今はヒスイちゃんがいない方がいい。

 俺が実は雛枝をも疑っている事が知られたら、話がもっとややこしくなる。


「そんなにあき君と念話したくないの?」

 矛先逸らし!

 嘘をつかず、雛枝に「蝶水さんと連絡させたくない」という俺の考えを隠し、言い方を変え、「あき君と仲良くして欲しい」という思いを前面に押し出して言う。

「幼い頃の記憶のない私だから、せめて同じ思い出の二人には仲良くなって欲しい。

 それがどうしても嫌なの?」


「姉様...」

 雛枝の両手が裾を強く掴んで暫く、力強い顔つきを見せた。

「姉様がそこまで言うのなら、あたしもあき君の事を許し...たい、と思う、わ。」

 しかし、途中からまた()()無い表情になった。


 ホント、子供なんだから。何でそんなに昔馴染みに反感を持てるのか、逆に理由があるじゃないかって勘繰りたく...あー、あったな。

 あき君の話によると、守澄奈苗は白川輝明と再会する約束があった。

 雛枝の話によると、白川輝明は別れも告げず、急にいなくなった。

 そして、その中心人物である守澄奈苗は「記憶喪失」して、真実が闇の中...


千草(ちぐ)さん、バタフライ族の話を続けましょうか。」

 嫌な事から目を逸らした。

 答えの出ない問題より、目の前の問題だ。

「まず、犯行可能な時間帯を教えてください。」


「守澄さんは()()()()なお方ですね。」

「そう?単純にまだ蝶水さんと仲良しになっていないからだと思いますか。」

「そですか。

 時間帯についてですか。実は『昼夜変時』にしかそれが可能だと、ほぼこじ付けのような推測です。」

「『昼夜変時』、午前午後6時のあの10分間のみ?」

「はい。非常に不確実な推測なので、守澄さんにお伝えするのを憚れました。

 ですから、この事に関しても、事件の解決に繋がらないとお考え下さった方がよろしいかと。」


 言ってる事が最もだが、順序が違うな、千草さん。

 もし本当に「妹分の園崎蝶水」を疑われたくないのなら、「バタフライ族が怪しい」という情報を最後の最後に口にする筈だ。


「姉様。あき君から『何時集合』で訊かれましたか。」

「6時、ここに。」


 また雛枝にぞんざいな態度を取ってしまった。

 でも、まあいいか。後でまた()()()()()()つもりだ。

 今はもう少し千草さんの胸の内を探ってみたい。


「なぜその時間帯のみで可能ですか?」

「少しマニアックな知識ですか。

 一つは、『昼夜変時』に全幻惑系魔法の効果が上昇するという説があります。」

「聞いた事がありませんね。」

「時間が限られていますし、証明する手段も乏しい。加えて研究成果が出ても大したお金にならなくて、出資者が少なく、研究する人も自然と少ない状態です。

 そんな様々な理由で、こんな仮説の証明に力を入れる研究者は『道楽者』が殆どです。」

「...まぁ、生きるのに、堅実な稼ぎが一番ですからね。」


 情けない事に、我々ちっぽけな人間達にとって、世界の真理なんて知ったところで、「へ~、そっか」で終わるのが普通だからな。「そんなことより、ラーメン一杯奢ってくれよ」で感じて、どうでもいい話だ。


「二つ目。守澄さんは我々が『平民』なバタフライ族を疑う事に、疑問を感じているのでしょう?」

「む?感じない方がおかしいでしょう。」

「そですか。」


 千草さんめ。チャンスがあれば俺に誘導尋問じみた事をしてくる。

 こういう腹黒い奴の前に何かのキャラを演じるのがちょっとしんどいな。お父様は毎日、こんな奴らを相手にしているのか?マジで尊敬するよ。


「バタフライ族は『平民』の中でも、少量な魔力で幻惑系魔法を使える事が有名です。それに加え、使用痕跡もすぐに消えます。

 以上の二点を踏まえて、現在の氷の国に住み着いているバタフライ族の犯行可能性について調査しました。運悪く、『昼夜変時』の失踪人数と、近くにいるバタフライ族の人間の犯行可能度合いを照らし合わせた末、『可能』という結果が出ました。」

「なるほど...」


 すぐに()()()ではなく、()()()か。

 何の証拠もない、自分の意志で全てコントロールできる訳でもない。ただ犯行が可能というだけでの推定()罪...確かにこじ付けだな。


「姉様、蝶水は子供を誘拐するような女じゃない。

 本当に...無口で、顔の傷のせいでちょっと怖い見た目してるけど、本当はとても優しい人で、酷い事をしない人なんですよー。」

 あき君との念話が終わったのか、雛枝は再び蝶水さんの為に俺に情に訴える。


 違うんだよ、雛枝。

 今、俺が相手しているのは蝶水さんではなく、千草さんなんだよ。

 けど、千草さんのいる今、雛枝にそれを言えない。


「続けて望様達に念話して、時間と場所を伝えて。」

「でも、姉様!蝶水は...」

「疑わしいと思ったら、親をも疑え!」

「っ!」

「...今は全員、時間通りにここへ集まれるかどうかを心配して。

 望様達に念話して。」

「...わかった。」


 突き放されたと思われたのか、雛枝は俺から離れて、部屋の隅っこでしゃがみ込んだ。

 ...嫌な思いをさせてごめん、雛枝。もうちょっとで終わるから。


「はぁ...」

 俺は分かりやすいため息をして、千草さんに苦い笑顔を見せる。

「私達、仲は良いのですよ。」

 と、まるで苦し紛れな嘘をついているような表情を保つ。


「心配なさらないでください。

 お嬢もいずれ、守澄さんの苦心を分かる日が来ますよ。」

「慰めてくれて、ありがとうございます。」


 いずれ、だと?本気で俺が雛枝より、千草さん(おまえ)を信じてると思っているのか!?

 まっ、そう思ってくれたら、寧ろ好都合だよ。

 では、「気分」を変えて、千草さんと雑談でもしようか。


「ちなみに、千草(ちぐ)さんの種族名を聞かせて頂けますか?」

「それは...些か恥ずかしい種族名でありまして。」

「恥ずかしい?」


 望様は自分の種族を誇りだと思っているように、その逆もあり得るか。


「え~?いいじゃないですか!教えてくださいよ、千草(ちぐ)さん。」

「あはは...仕方ありませんね。

 お恥ずかしいながら、小生の種族は『セーフリームニル』です。」

「せ、せいふりむ、る?」


 なんじゃ、そりゃ?何の呪文か?


「『平民』上がりの『貴族』です。

 小生も正直よく分からないんですけれど、猪の姿をした海獣らしいです。」


「平民」上がりの「貴族」か。猫屋敷玉藻(タマ)と同じだな。


「海の獣なのに、猪の姿?すごい妄想力ですね。」

「神々の書物に書かれていた幻想生物ですから、小生がとやかく言える事ではありません。」

「綺麗な青い瞳から海を連想できるけど、それ以外のところは森を想起させるので、てっきり『森』関連な種族だと。」

「ご期待に沿えず、残念に思います。藍瞳(らんどう)を褒めてくださり、ありがとうございます。」

「へ~、藍瞳(らんどう)って呼ぶのですね。とても綺麗です。

 魅了(チャーム)の魔法でも使えるのですか?」

「いいえいいえ、そんな。

 確かに喰鮫組はこの国の政府とは敵対関係ですが、世界共通の法を破る程、不埒千万ではありません。」

「なら、千草(ちぐ)さんはどんな魔法が得意なんです?」

「強いて言うなら、再生と隠と...っ!」


 突然に口を閉じる千草さん、強張った表情で俺を見つめた。

 チッ、警戒されたか。

 けど、初めて作りものではない表情を見せたな!いい気分だ。


「どうかしました?」

 続けて無邪気な女の子を演じる俺。


「い、いいえ!突然、咳をしたくなって。」

 しかし、もちろん千草さんからこれ以上の情報を引き出せなくなった。



「姉様...連絡、しました。

 みんな、時間内に来れそうです。」

 雛枝が元気のない声で俺に報告する。


 うわっ、心が痛い!

 一先ず、雛枝に「そう」とそっけない返事をした後、千草さんに向き合った。


「ごめんね、千草(ちぐ)さん。これからみんながこの部屋へ来るけど、入らせてくれませんか?」

「はい。どうぞ、お構いなく。

 皆様はお嬢のご友人、喰鮫組の貴賓ですから。」

「ありがとうございます、千草(ちぐ)さん。

 それと、ですね。みんなが来る前に、雛枝とぎくしゃくした今の感じをなんとかしたいのですよ。二人きりにしてくれません?

 あ、序に来たみんなをこの部屋へ案内してくれると、とても助かりますので、組員の皆様にお願いできますか?」

「...えぇ、はい、構いません。

 どうか、ここをご自宅とでも思って、ゆっくりお寛ぎください。」

「何もかも、本当にありがとうございます。

 ではー?」

「あ、はい!小生はこれで。」


 千草さんは部屋から出ようと足を上げ、しかし体がビクッとして、そのまま足を元の場所に戻した。

 そして、机の上の地図に手を伸ばす。


「ごめんなさい、千草(ちぐ)さん!」

 慌てて止めに入る俺。

「図々しいお願いたと分かっておりますが、地図をこのまま残してくれませんか?」


「し、しかし、これは喰鮫組の機密資料ですので...」

「もう外部の人間である私に見られたのではありませんか。残しておいてくださいよ。」

「守澄さんはお嬢の(あね)故、お見せいたしましたか。

 でも、今からいらっしゃる人達は...」

「みんな、雛枝の()()ですよ。ご心配なく、雛枝にとって不利な事は致しません。

 それに、地図一枚で揺らぐようでしたら、それはもう喰鮫組が既に崩壊の危機に陥っている、って事になります。

 そんな事はない、ですよね?」

「っ...大袈裟ですね、たかが地図一枚で。

 そうですね。では、どうぞこの地図もご自由にお使いください。

 差し上げる事はできませんが、このビルの外へ持ち出さないと約束してくださるなら、ずっとお手元に残して結構でございます。」


 手を引く千草さん。そして、悔しそうな表情をしたまま、部屋を出た。


 千草さんよ。最後の最後で、表情を隠せなくなっていたな。

 少し...いや、かなりすっきりした気分!

 この世のイケメンに天罰を!あっはっはっはっは!



「雛枝、すぐに部屋外周に防音的な結界を張ってくれ。」

「え、姉様?」

()()()()()()って言ったでしょう?他人に聞かれたくないの。

 張って。」

「あっ!わっかりました!」


 雛枝はドアを向かって「(きょ)」と言って、何かの魔法を使ったと思う。

 羨ましいな。一度でいいから、俺も何か魔法を使ってみたい。


「やっぱり姉様はあたしが一番っスね!」

 そう言いながら、雛枝はまたも遠慮なく俺に抱き付いた。


「懐いてくれるのは嬉しいが、雛枝。正直君をも疑っているんだ、私。」

 彼女の頭を撫でながら、彼女の嫌な俺の胸の内を伝えた。


「あ、あたしも!?」

 分かりやすい吃驚(びっくり)仰天な顔が返って来ました。

「あたしだって、今初めて聞いたし!なのに姉様に犯人扱い!?イミフなんですけど!」


「雛枝、言葉遣い。」

「あっああ、はい。」

「あまり不安にならないで。

 今の私は誰であっても疑う性格なのだから。家族でも、贔屓目は入るが、疑うんだよ。

 ほら私、『カメレオン族』だから。」

「『カメレオン族』だから?それはどういう意味ですか?」

「聞いた事があるでしょう?『あの守澄』とかいう単語。」

「あっ、そういう事!そんな『有名税』みたいな呼び方...」


 数多くの種族の中で、割と嘘が得意な種族のうちの一つだけど、守澄隆弘(おとうさま)が今全世界一のお金持ちで、「有名人」の仲間だから、「カメレオン族は嘘が上手い」も広く知られていた。


「でも、それは父様の事だけを指しているのでしょう?姉様は別に嘘を...」

 と言いつつ、途中で口を閉ざしてしまう雛枝。


「言っておくけど、嘘をつくのは好きだけど、他人に害を成すような嘘はまだついた事がないよ。

 ただ単純に『あの守澄』の側にいたから、『嘘つき』をよく目にするだけ、警戒心が割高なだけで、私が『嘘が得意』と言っている訳ではない。」

 まずは雛枝の余計な不安を取り除く言葉を口にする。

 まぁ、こんな「口先だけ」を信じてくれるかどうかは雛枝次第だが、俺は自分勝手に話を進める。

「そもそも例え雛枝が犯人だとしても、雛枝より被害者たちを優先するような『いい子ちゃん』ではなくなったよ、私は。

 昔は分からないけど。」

 俺は「守澄奈苗」ではないからな。


「それは嬉しいような...ちょっと寂しいような...」

 言葉通りの嬉しさと寂しさを入り混じった複雑な表情。

「でも、姉様に疑われるのはやっぱー嫌です。」


「はぁ...」

 自分がお父様程の「大人」だと思ってないけど、「子供はめんどいな」と思った。

「雛枝よ、世界は白と黒だけで出来ている訳ではないのだよ?

 私は今この『子供誘拐事件』に目を向けているけど、解決したいと思っているけど、別に『迷宮入り』でも、特に何も思わないよ。」


「えっ?でも、ファミレスでの(あの)約束は...」

「守りたいと思っているけど、守れるかどうかは別だよ。

 あの大人達も、少し冷静になれば、すぐに『小娘一人の言葉に期待するなんて...』とか思うようになる。一時凌ぎの嘘だと気が付くわ。」

「そんな風に言うのは...」

「雛枝の前だけだよ。

 人の悪口でもないのに、言葉に気を付けて、伝いたい事を伝えられず、間違った解釈でもされたら、一番困る。

 だから、言葉は悪いがはっきり言うよ。私にとっては、これは『お遊び』だ。」

「っ...」


 喰鮫の庇護を受けている人間を助ける事を「お遊び」だと言った事に、少し憤りを覚えたか、雛枝の表情が一瞬で険しくなった。


「人の命が関わっているのに、『お遊び』?幾らなんでもそれは...」

「前置きはした。『言葉が悪い』と前置きを、ね。」

「またあたしの言葉を遮って...」


 奴隷が飼い主に牙を剥く前のような空気を感じる。

 ...いや、雛枝を俺の「奴隷」だと思ってないぞ!本当だぞ!

 ただ、雛枝のちょっと静かに怒っているっぽい表情が、俺にそんな空気を感じさせているだけだ。俺が妹を自分の奴隷だと思ってイナイゾ。


「上手く言葉を伝えられる人にとって、言いたい事を予測されるのはやはり気分が悪いのか?」

「...はい?」


 雛枝から気の抜いた返事。

 よしっ!「換気」成功。


「私はうまく人に自分の考えを伝えられないから、誤解されがちなんだよ。多くの人と関わると、その数に比例して、危険も増す。」

 嘘に真実を少し入れて、判断を鈍らせる。

「雛枝はそうではないのは、よかったよ。」

 自分の頭に「羨ましいな」と考えらせて、雛枝を見つめた。

 本当は自分から他人に極力無関心でいるだけなんだけどな。


「あっ、えぇっと...ごめん、無神経でした、姉様。」

「無神経でいいんだよ、雛枝。『本性を見せ合う』と言ったのはそういう意味なんだよ。」

「本性を見せ合い...それが今の姉様の本性?」

「失望させても、今の私を雛枝に知って欲しい。でも、もしどうしても耐えられないなら、雛枝の望む姉を演じる事も出来るよ。

 ほら、私って、『カメレオン』だから。」


 自虐的な口調で言ったが、別に『カメレオン』だから、キャラ作りが得意訳ではない。抑制力のない心理戦でも、相手の弱い所を突くのが一番有効なんだ。


「あたしは...今の姉様を受け入れないと、いけない...」

 ショックを受けているね。雛枝が落胆した表情を見せる。

いいえ(うぅん)!どんな姉様でも、あたしの姉様に変りねぇ!理想を他人に押し付けちゃーねぇ!」

 だけど、どうやら雛枝は心の強い女の子のようだ。


「姉様!あたし、やっぱ姉様の妹!どんな姉様も受け入れます!」

「ありがと。」


 理想を他人に押し付けないとか。歳のわりに、大人びた思考だ。

 それ故に、扱い(しつけ)にくくもある。

 でも、そろそろいいかな?


「私は随分と雛枝に今の自分を見せているつもりだが、雛枝はまだ、私に隠し事があるようだね。」

「あ、それは...」

「どうしても言いたくないなら無理強いはしないか...()()()()()、か?」

「姉様を巻き込みたくないのですが。

 でも、姉様が真摯にあたしと向き合ったのに、あたしだけ不誠実というのも...」


 真摯とか、不誠実とか。子供にしては...いや、(このこ)をバカにするのもいい加減にしようよ、俺。



「姉様。驚かないで聞いて欲しいのですか。」

「うわ~、この前振りは嫌だな~。

 千件もある『誘拐事件』よりも驚くような事が耳に入る前振りだ~。」

「えっと、別の意味で驚くというか、カテゴリが違うというか...その...」

「うん!心構え、よしっ!

 さぁ、来い、雛枝!」

「...もしかして、揶揄われてます?」

「すごーい!双子のシンパシーだね。」

「...今になって、『今の姉様』を実感した気分ですよ。」


 実際、あき君達の方がより俺の事を知っているからね。


「えっと、姉様。驚かないで聞いて欲しいのですか。」

「デジャビュるね~。んで、驚かないから、聞かせて。」

「この国の今の情勢は...知ってる、わよね。」

「雛枝自身の口からもある程度を聞いているよ。

 真っ二つだね。いつバランスが崩れるかが分からない、かなり危険な状態だと分かる。」

「それが...もうすぐかもしれません。」

「...ふーん。」


 また動揺してしまわないよう、心構えをもう少し「しっかり」した。


「戦争が...起こる。近いうちに。」

「内戦って事か?」

「えっと...たぶんそうです。みんな『内乱』と言ってますけど。

 けど、けどね!あたし達喰鮫組はね、別に氷の国を支配したいと思ってないわよ、姉様!ただ、理不尽な法を作った役人共に焼きを入れたいだけ、あたし達が極道だから、考えを一切聞かないのをやめて欲しいだけ。」

「国に法の改定を要求したのか?」

「いや、そういう訳ではなく...

 あのね、姉様。実はこの国は...」

「雛枝!」

「っ!」


 たぶん雛枝は説明しようとしたのだろう、自分達の正しさを。

 でも、それは昨日で、実は少しだけ触れたんだよ、俺は。

 その事は雛枝は知らないし、俺も正直「偶々」であって欲しかったんだか...


「自分達の方が正しいから、それを押し通そうとした?」

「違うよ、姉様!本当にこの国が...」

「他人の売り物を全焼した人が言っても、ね~。」

「えっ!いや、それは確かにあたしも悪いけど、あの人達は...」

「だから、雛枝。いいんだよ、そんな事。」

「え?」

「私は別に裁きを下す『裁判長』とかではないよ。

 だから雛枝も理由とか、その説明はしなくていいから。『戦争が起こる』続きを教えて。」

「でも、ちゃんと理解してもらわないと...」

「理解して、仲間になって欲しいのか?」

「え...いや、えっ?むしろその逆!

 逆ですよ、姉様!関わらないで欲しいと思ってて...」

「それなら、執拗(しつおう)に私に『分かってほしい』と思わなくていいよ。

 どれだけ言葉を繕っても、結局何を思うかなんて、私なんだから。」

「でも、あたし...姉様には...」

「雛枝...」


 先程までイキってるのに、急に弱った態度を見せる。このギャップ、本当にずるい!

 俺は自分自身の両膝に手を置いて震える雛枝と向き合い、そっとその両手に自分の両手を重ねる。


「結局例え雛枝の方が悪いのだとしても、私は雛枝の肩を持つと思う。そういう事なんだよ。

 私は『裁判長』や『陪審員』とかではなく、『いい子ちゃん』でもない。自分のやりたいように、自分勝手な『カメレオン』なんだ。

 これはどういう意味か、分かるよね?」

「...姉様はどうして自分を悪く言うの?」

「え、雛枝的にダメなの?『こんな姉様嫌だ!』とか?」

「あっ...」

「雛枝の望む『姉様』を演じてあげてもいいけど、いいの?」

「そんな事を望んでません!けど、どうして自分を悪く言うのが知りたくて。」

「私のこれは別に卑屈さ由来ではないわよ。

 寧ろその逆。悪い自分を楽しんでいるというか、自分を悪く思う事で気が楽になるというか。

 自信過剰になり過ぎない為の...えっと、暗示?みたいな行為だよ。」

「姉様が...自信過剰?」


 あ、違った!これは前世の自分だ!

 今の自分は「守澄奈苗」という名前の女の子で、恐らくこの世で最もか弱い人間。「自信過剰になり過ぎない為」という考えを持つ事自体がおかしな存在だ。


「な、なにを?私が自信過剰になっちゃういけないっていうのか?」

 態とらしかったのかな?ちょっと拗ねた態度を取った時の表情を演じてみたが、上手くいけたのか?


「っぷ、いいえ。

 そういう風に考えるのがいいと思います。

 昔の姉様も卑屈な人ではなかったし、今の姉様も安心できるっていうかさ、あたしも気が楽になれるっていうかさ。

 とにかく、いいですよ!っはは、ホント、いいです。」

「そう。」


 女の子の笑顔は可愛いな。泣いてはいないけど、とても可愛い破顔一笑だ。


「ずっと見ていたい笑顔だけど、雛枝。そろそろ本題に戻ろうか?」

「本題?

 ...あっ!いや、そんな多く語れる話ではないんですよ。

 さっきの『内乱』の話なんですけど。実は近いうちに起こりそうなのです。」

「起こりそう?」

「恐らく、姉様達が帰った後になると思うから、教えなくていいかな~と思って。

 世界中の人達も何となく気づいているっぽいですし。姉様達も、何となく気づいていますね。」

「...気づいている、かもね。」


 俺は氷の国(こっち)に来たまで知らなかったけど、昨日の事で、望様はこの事に気ついているっぽい。敢えて俺に隠す理由は分からないけど。

 そもそも、世界の情勢を間違いなく知っているお父様もそうだ。どうして何も教えてくれなかったんだろう?


喰鮫組(こっち)はもう準備が済んでいます。恐らく、氷の国の政府(そっち)も用意が終わってると思う。残るのはキッカケだけ。

 もう、話し合いで解決できないところまでいっています。」

「人は死ぬのか?」


 この世界の人間は強靭にできている。もしかしたら、戦争とかで、人が死ぬとかはない...


「たくさん死ぬのでしょう。

 今回は『小競合い』ではないのですから。」

「やっぱりそうなるか。」


 一瞬、都合のいい事を脳によぎってしまった。


「雛枝は『子供だから』、参加はしないよね?」

「それはダメですよ!」

「......」

「あたし以外、王族に張り合える人、いないじゃん?」

「...王族。」


 日の国の王様も自分を「お飾り」だと自嘲していたが、他を圧倒する力を持っていたから、「王族」となったのを歴史学で学んだ。


「あたしは喰鮫組(こっち)切り札(ジョーカー)、国王は氷の国の政府(そっち)切り札(ジョーカー)

 あたしが抜けると、喰鮫組(こっち)のボロ負けになります。参加しないのはあり得ません。」

「それは雛枝の意思?」

「...ごめん、姉様。あたしの意思です。」


 ...だろうな。

 積極的に関わっているようだったから、予想できていた。


「姉様、必ず戦争が起こる前に姉様達を送り返します。姉様はあたしの事を気にしないで、自分を大事にしてください。

 あたしの事は本当に心配しなくて大丈夫ですから!必要ないと思うが、『転移』もできるし。世界最強ですから。」

「そう。」


 そう言われて、妹を心配しない姉も・兄もいないと思うけど、な。


「じゃあ、雛枝。終わったら転校だね。」

「え?」

「前に言ったでしょう?雛枝を『一研』に転校するって話。」

「いや、でもあたしは...」

「心配しなくて大丈夫だよね?適当に言ったのか?」

「いや!そこはホント心配しなくても。

 ないと思うけど、例え喰鮫組(こっち)が負けても、あたしは大丈夫ですよ!あたしをなんとかできる人、この世にいない訳ですし。」

「ほんとーう?『自信過剰』ではなくて~?」

「これ、ホントに安心して!マジで大丈夫だから!自信過剰とかじゃないから!

 あたしは本当の本ー当に、大丈夫ですから、はい!」


 ヤケに自信があるね。本当に自信過剰じゃないだろうか?

 けど、今のところは念を押すだけで、やめとくか。これから俺がやろうとしている事なんて、雛枝に知られなければ...


「では、帰ってからお父様に雛枝を転校させる準備をしておくね。」

「いや、でも姉様...!」

「まさか、私にだけ『信じて』と約束させて、自分は何も約束しないつもり?そんな不公平な事をするつもり?」

「いや、えっ?何でそういう話になるの?そういう流れでした?」

「信じて欲しいなら、約束してって話。

 ねぇ、雛枝。終わったら、私のところに来て。私を安心できる約束をして。」

「あっ、そういう事...姉様♡。」


 安心した笑顔...心なしか、雛枝が蕩けた表情をしているような?


「上手く姉様に乗せられましたね。(ひかり)さんの言う通りです。」

「ひかり?(せい)の事?」

はい(えぇ)、姉様にそう呼ばれている事も聞いています。」

「意外!一日で仲良くなった?」

「まぁ、まだ距離を置きたいけど、姉様の事だけ、話し友達になった、的な?」

「微妙...何で距離を置きたいのか、限定的な友人関係を築くのかは分からないが、仲良くなってくれるのは嬉しい、かな?

 でも、どんな悪口をし合えたのか、気になるね。」

「姉様が見た目に似合わずに強引で、しかもなんだかんだで、最後は姉様の望み通りの結果になるとか、色々とね。」

「なんた、その程度か。」

「えぇ、その程度です。

 今より濃い時間ではなかったのです。」

「では、私の望み通りに、約束をしてくれるよね。」

はい(えぇ)。手続きを進めてくれて大丈夫です。

 来学期、また子供の時のように、一緒にあの屋敷に住みましょう。

 よろしくお願いします、姉様。」

「よろしくお願いします、妹様。」

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