第五節 親友②...動物とはオドモタチ
猫、可愛いよね。
考古学部に新入部員一人加えた今日だが、日が沈まない内に部活動が終わり、俺達は部室を出た。その理由は星が先に帰宅した為だ。
ようやく俺と友達になるという「悲願」が叶ったのに、用事があると言ってあっさりと帰りやがった。その所為で、俺は今日の部活を終わることに決めた。
星との「スキンシップ」で疲れたことも理由の一つではあるが、そんな「楽しい疲れ」を理由にしたくない。
あの後、星が俺を解放して、部活が終わるまでの間、俺達は雑談を続けていた。話す内容は主にあき君に関わること。 あき君と星の練武の話、あき君と「私」の子供の頃の話。とはいえ、星は想像したより無口であったし、俺は俺で「私」の昔を知らないので、殆どあき君一人で喋っていた。場を盛り上げることに不慣れのようだが、話題が途切れないように頑張っていた。
可哀想...
そういえば、俺も基本話を合わせるのが旨いが、自分から話題を振るのが苦手だな。ペラペラと喋る人は自分の話しかしないか、相手の興味を探っているかのどっちかだと、どこかの本で読んだな。
自分の話しかしない人は他人の返事を求めていない為、「ああ」「うん」「そうですね」とか返せば良いが、聞く方は別に楽しくない。それは楽しいコミュニケーションではない。
代わりに、相手の興味を探るように話をする人は、自分の興味じゃない話をしていても、相手を楽しませられるから、自分も楽しく感じる。これは楽しいコミュニケーションである。
でも、そのどちらもあの場にいる人達に「私達は楽しくお喋りしている」と感じさせられる。「私達はちゃんとコミュニケーションしてる」と思わせられる。いるだけで価値がある。
俺はこの世界で自分の事を話せない...いや、話そうと思わないから、前者になれない。でも、相手の好みを探って話をするのも疲れそうなので、後者にならない。
困ったな。ムードメイカーな娘一人くらい入ってもらわないと、これからやっていけないな。「沈黙の考古学部」を作りたくない。
メイド隊の中に煩そうな奴は三人いる。その気になれば一人くらい「お父様」に頼んで学園に入れてもらえるが、悪戯好き・痴女・ナルシストの三人なので、考古学部に入れたくない。
一緒に下校して、今は隣に並んで歩いているあき君に目を向けた。
こいつは良い奴だから、もう一度頼めばもう一人を捜してくれるだろう。
それは流石に彼に悪いよ。彼に頼りすぎるのはよくない、寄生虫になりたくない。
なら、楽しい部活にするには、どうすればいい?
運動系な部活は同じ目標に向かって頑張るから、辛いけど楽しくやっていける。「運動しない系」な部活だが、俺達も同じようにやるか?
となると、何かイベントを考えた方がいい。
「どうした?」あき君は話しかけてきた。
俺にずっと見つめられているから、あき君は居心地悪そうにしていた。
人を見つめたまま考え事をするのは俺の悪い癖だ。それでいつも何かの誤解を起こす。
ごめんね、あき君。お前を見つめているけど、別にお前の顔を見えていないんだ...なんて言えるわけがない!
「いいえ、大したことないけど...」俺は速やかに別の話を移す為に頭を回転した、「あき君には感謝しているのだ。」
「何の事でしょうか。」あき君は照れて目を背けたが、俺の言葉に戸惑った。
「星を連れてきたことだよ。」俺は答えた。
「私は星を友達だと思っているが、実際星と勝負した日から一度も彼女に会っていない。勢いで『友達になろう』と言ったのは彼女だが、後で『言わなきゃよかった』と後悔したのかもしれない。
そう思うと、彼女に会うのが怖くて、高校に入ってからも自分から会いに行かなかった。会いに行けなかった。
だから、今日はあき君にとても感謝している。彼女ともう一度会って、ようやく本当に友達になれたのはあき君のお陰だ。」
別に怖がっていないよ。俺だってその気になれば、いつでも星に会えるけど、偶々ずっと「その気になれない」だけだった。
だが、一応あき君が俺の「背中を押した」みたいな事をしたお陰で、早い段階で星と仲良くなれた。そこは彼に感謝しないとな。
「いや、俺は別に狙ってした事じゃない。偶然、俺の知り合いを考古学部に誘っただけというか...」俺の言葉を聞いて、あき君は恥ずかしそうに目を逸らした。
そして最後は「この後、ちょっと用事があるから、先に帰る」と言って、逃げるように去った。
お前も用事有るのかい!と心の中でツッコミを入れて、彼の初々しい反応に俺の「親心」が燻られた。
やれやれ...まだまだ子供だな、彼は。
屋敷に戻ると、メイド達がサボっていた。
「やべぇ、誰かが来た。みんな、逃げろ!」メイドの一人が大声を出して、集まっているメイド達が逃げようとした。
「いや、逃げなくて良いから!」俺は力の限りに大声を上げた。
あいつらが本気で逃げようとしたら、一瞬で姿を消すから、その前に止めないとと思って、かなり距離あるけど俺は叫んだ。
「ただいまお迎いに参りました、お嬢様。」頭の回転が一番早いメイドが答えた。
「さらっと嘘をつかない。」冷静に叱った。
今は一人減っているが、屋敷を管理しているメイド隊は元は9人。それは屋敷をギリギリ管理できる人数だとメイド長ちゃんが言っていたが、実際は少し違う。魔法耐性皆無の俺がいる所為で、「清潔魔法」やら「浮遊魔法」などの魔法が使えない。みんなは手作業で仕事をしている。それで、9人でようやく屋敷の管理が出来ている。
皿を片付ける時に「保護魔法」を使えない、落とした時に「浮遊魔法」を使えない、割った時に「修復魔法」を使えない...
こんな感じで、メイドの皆は楽に仕事を出来ない。
だから、俺が学園にいる間、メイドの何人がサボる為に、偶にこっそり魔法を使って仕事をした事がある。それでバレなかったら別にいいがのだ、俺が魔法が使われた後の場所に行ったら、高い確率で気分が悪くなるので、それで彼女達がサボった事が何度もバレた。最悪メイド長ちゃんにもバレて、キツイ「早苗説教」を食らった子もいる。
どんだけ恐ろしいのだよ、メイド長ちゃんの説教は。
尤もの原因は俺の体が弱いから、メイド達が楽に仕事ができない。だから、俺は余程の事がない限り、気分が悪くなっても、基本それに耐えて、平気なフリをする。
彼女達を同情しているのも理由の一つであるが、一番の理由はみんなかわいい女の子だから!年を聞けば、「女の子」じゃない人も何人いるが、美人だから許す!
...ちなみに俺の「女の子」の限界は30歳までだ...
何か言いたいといえば、一言で終わるが...俺はメイド隊に甘い!
「何があったのかを教えてくれる?」俺は最初に声を掛けてきたメイド:平民のファルコン、赤羽 真緒に状況説明を求めた。
「別にサボっていないよ。ちょっと珍しい事が起きたので、みんなでそれの対処に力を入れているだけだのです。」
まずは言い訳をする、というのか彼女の特徴だ。
赤羽 真緒、俺に「マオちゃん」と呼ばれている彼女は、真っ赤な瞳と真っ赤な髪が特徴である。ファルコンの一族の中でも珍しく火の属性に愛されている特殊な「人間」だ。火の魔法と特に相性が良く、屋敷の料理長を務めている。同時に、彼女はメイド隊の中で唯一魔法無しで空を飛べる人間である上に、千里先のモノをも見える「鷹の目」を持っている為、ラビットと同じく屋敷の警備を任されている。
俺も別に学がない訳じゃないから、「ファルコン」が「隼」だと知っている。だから、「鷹の目」はおかしいじゃないかって一度彼女に訊いたのだ。そして、帰ってきた答えは、「鷹の目」が先に命名されたから、同じ効果のモノに二つ目の名前はいらないということで、ファルコンの目でも「鷹の目」、ということだ。
因みに、彼女の背中に二枚の翼があるが、その翼は別に赤くない。
「どんな珍しい事だ?」さらに質問をした。
「それがね、あの柳さんにすら気づかれず屋敷に入った侵入者がいるのです。あたしが見つけて、みんなを呼んで、ここに集まったのです。」「柳さん」と「あたし」の二単語に強調して喋るマオちゃん。
全敷地に魔法の結界を張って、屋敷の警備長を担当している柳さんは意外と料理も得意だから、マオちゃんにライバル視されている。
しかし、相変わらず要点を言わないマオちゃん。そこはメイド隊一番年若い彼女の愛嬌でもあるが、時々にイラっと来る。
彼女からの口では真面な返答を得られないと思い、他のメイド達が集まっている場所にに目を向けた。
そこにいるのはモモ・オジョウとリン、三人が何故か輪になって屈んでいた。マオちゃんを加えたらメイド隊の半数もここに集まっている。
俺はマオちゃんの側を通って、一番真面目に答えてくれそうなメイドに話しかけた。
「オジョウ、何かあったの?どうしてみんながここに集まっているの?」
「お帰りなさいませ、お嬢様。実は、ちょっと可愛らしい侵入者が...」オジョウは何故かマオちゃんと同じくはっきりしない。
俺はリンの抱き付き攻撃を避けて、同じく抱き付き攻撃を繰り出したモモを受け止めて、彼女達の囲んでいる輪の中に入った。
そこにいるのは一匹の猫、とても可愛らしい猫。品種名は解らないけど、耳が折れていて顔が丸い猫だ。
「私の結界に入った生き物はもれなく私に感知されるはずですけど、この子が入ってきた時、何も感じませんでした。」
......
「元々中に住んでいる野良猫じゃねぇ?オレはあんまり気にしなくて良いと思うな。」
......
「結構かわいい子ですわね。屋敷で飼いましょう、お嬢様。」
......
「あの、お嬢様?」
にゃー...
「ニャオー...」猫ちゃんが声を掛けてきた。
猫ちゃんが「ニャオー」って...
にゃー...
「きゃはあぁあぁあぁ!ねこおぉぉぉおぉ!」
俺は猫に向かって飛んだ。
俺のいきなりの行動に、間抜けな子猫ちゃんは反応が一歩遅かった結果、俺に捕まれた。
「ねこぉぉ、ねこぉぉ!」
俺は子猫ちゃんに逃げられないように、片手を子猫ちゃんの体に絡め、もう片方の手を子猫ちゃんの頭を押さえた。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
久しぶりの猫だ!
この世界に来てから、大好きな猫を一度も見た事がない。猫耳のタマは半分代用品として、「私」に好かれていたが、そのタマもがいなくなってから、俺は長い間猫成分を補給していない。
元の世界では、野良猫を見つけても、見つめるだけだったが、この世界に来てからもう半年も本物の猫に会っていない。
逢っていない、遇っていない、遭っていない!
俺は猫に触れたい!俺は猫を撫でたい!俺は猫を抱きしめたい!
もう放さないぞ、猫ちゃん!
「ネコネコネコネコマネキネコ、ネコネコネコネココネコネコ!」
周りから「お嬢様が壊れましたわ」という声を聞こえるが、俺は一向に気にしない。
あぁ、柔らかい、ふわふわしている。
「ぬこおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あぁ、猫。なんて可愛らしい生き物なのだ!柔らかい体、ふわふわした毛皮、ぷにぷにした肉球、きらきらした眼。孤高な生き物であり、寂しがりな甘えん坊であり、プライドが高く、逃げ足が速く。矛盾を矛盾じゃなくした生物、神が作り出した最高の奇跡!
あぁ、何でこの世に、猫という素晴らしい生き物が存在しているのでしょう!
「きゃあぁぁぁああぁあぁぁっぁあぁぁあぁぁぁぁっぁあああああ!」
暫くして、俺は冷静?に戻った。力が抜けている感じがして、俺は内股で地面に座り込んでいた。
顔が熱く、呼吸も荒い。心臓の鼓動が激しく、頭も回れない。
ようやく考えるようになってから、俺はまず自分の状態を分析した。
目は開いているが、何も見ていない、恐らく半開きしている。口は心臓のドキドキを止める為に開いて深呼吸を繰り返しているが、恐らくかなりだらしない。頭は空を向けている、猫に逃げられた両手は太ももに挟まれている。
ああ、これは...これはよくない...イケナイポーズを取っている...
俺は猫のまねをして、両手を前に思い切り伸ばして、体を伸びをして、一回あくびをした。そして、何事もなかったように、メイド達に尋ねた。
「これはどこから来た猫なのだ?」
すると、笑い声が聞こえた。
「大変、お可愛らしかったです、お嬢様。」これはオジョウの言葉だ。
「玉藻ちゃんがお嬢様に気に入られた理由がわかりましたわ。」これはモモの言葉だ。
人を馬鹿にするのは好きだが、馬鹿にされるのは嫌いだ。
「私は『どこから来た猫』と訊いているのだが?」
笑い声が消えなかった。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃねぇですか。女の子はみんなかわいいものがすきなのだからさ。」これはリンの言葉だ。
「まったく、お嬢様もまだまだ子供ですな。」これはマオちゃんの言葉だ。
マオちゃん、お前にだけは「子供」と言われたくない。リン、「女の子」を語る前に男言葉を直せ。モモ、タマと同じ扱いされたいなら、俺の足を舐めるか。オジョウ...
くそ!オジョウの弱点が見つからねぇ。
「そうだ。私は猫が好きだ。それで何か問題でも?」俺はこの居心地悪さから脱出する為に、腕を組んで強気で言った。
別に猫好きを隠している訳じゃない。弄りたければ弄ればいい!
だがその後、俺はすぐに気付いた。今の自分の体型では、腕を組んでいるポーズは、逆に大人ぶってる子供にしか見えない。
「もう、強がっちゃって、可愛いですわね、お嬢様。」モモが再び抱き付いてきた。
それをきっかけに、リンもマオちゃんも俺の頭を撫でたり、頬を突いたりしてきた。オジョウは何もしてこなかったが、「お母さん」のように一歩離れた場所で微笑んで見つめてくる姿が一番ムカつく。
「ええい、離れろ!」俺は頭に血が上って、乱暴に三人を振り払った。
三人はやり過ぎたことに気づいて、気まずそうに俺から離れたが、何故かその時に、俺から距離を取っていた猫が寄って来た。
「ニャー」
「にゃー♡」猫の鳴き声に続いて、俺も鳴き返した。
ダメだ。猫が目の前にいると、どうしても笑顔になってしまう。
「なになに?わたしになにかようですかにゃ?」
「ニャオー」
はは、何を言っているのが全く分からないけど、可愛いな。
「こっちにおいて。」手招きで猫を呼んだ。
すると、その猫が本当に俺の言葉が分かるようにこちらに近づいてきた。
俺は両手の表を上に向けて、猫ちゃんを待っていると、その猫がとても賢くて、俺の腕に乗った。
俺は猫ちゃんを抱き上げて、赤ちゃんのように抱っこすると、猫ちゃんが気持ちよさそうに喉を鳴らした。
人懐っこい猫だな!
その時、さっきの自分の行動によって、空気が重くなっているはずのことに気がつき、申し訳なく周りのメイド達に目を向けたが、そこには気まずそうに目を背けるメイドは一人もいなくて、代わりに俺を暖かく見守るように見つめているメイド達がいた。
まあ、そうなるよね...
もういいよ!もう暖かく見守っていろうよ!
「で、話を戻すけど。この子は、なあに?」俺は頬で猫ちゃんの頭を撫でると同時に、メイド達に質問をした。
「その質問、私が答えよう。」四人のメイド達が答える前に、別の声が響いた。
声を掛けて来たのは意外にも家に帰ったはずの紅葉先生であった。
「あらあら、まあまあ、久しぶりです、紅葉さん。」オジョウが真っ先に挨拶した。
「久しぶり、柳、高村。」紅葉先生がオジョウとモモに挨拶した、呼び捨てで。
「メイドの数も随分と増えた。」紅葉先生は続けて喋ったが、答えるのを求めている様子じゃなかった。
「誰?」と、隣のマオちゃんがモモに話しかけた。リンも体を寄ってきた。
あれ?マオちゃんは知らなかったの?
「竜ヶ峰紅葉さん、屋敷の元メイド長だった人ですわ。」モモが答えた。
「それ初耳だぞ!オレてっきり早苗メイド長だけが『メイド長』だと思っていた!」リンが驚いた。
何でモモが紅葉先生の事を知っているの?と思ったら...そういえば、モモは生まれた時から屋敷にいたっけ。
ほかの三人、柳さんを含めて後に雇い入れたメイド達だから、意外とモモが一番の先輩なのかも...
全然そんな気がしなかったな。
「早苗さんは3番目の『メイド長』です。2番目が彼女、ドラゴンの紅葉さんですわ。」モモが言った。
ドラゴン!
「ドラゴン!あの王族並みの強さを持つ『平民』?」リンが俺の代わりに驚いた。
ていうか、俺、ドラゴンがフェニックスに並ぶ幻獣だと思っていたから、五大王族の中に「ドラゴン」がいないから、てっきり存在しないモノだと思っていた。
てか、「王族並み」なら、「平民」じゃなくて、「王族」って良いじゃない?
てか、何でそんな強ぇ奴がうちでメイドを務めてた?
と、今更色々につっこむのもなぁ...人間の種族名は結構適当っぽいし、うちのメイド隊のメンバー、さりげなくレベル高いのはもうかなり前に気付いている。元メイド長がドラゴンだと聞いても、俺はあまりショックを受けなかった。
「ドラゴン?っぷ、そんな伝説の生物いる訳ないじゃん。大方、誰かに噂話を流してもらって、名を売っただけの一族でしょう?」マオちゃんが何故か小物臭っぽい事を言い出した。
「赤羽、恥をかく前に忠告しますか、紅葉さんにちょっかいを出さない方がいいわよ。特に苗字で彼女を呼ばない方がいいわ。」モモが真剣な顔をした。
俺はこのことを知っているが、マオちゃんは違う。「だから」というのはおかしいけど、彼女は紅葉先生に喧嘩を売りに行った。
え?なんで?
「よう、『元』メイド長さん。自分が『ドラゴン』だと吹聴して楽しいか。」
これがマオちゃんが紅葉先生への第一声だった。
俺はこの時点で、ようやくマオちゃんの「キャラクター」が分かった。強そうな奴に一一喧嘩を売り、自分の強さを確認する、言わばバトルアニメで滅茶強い主人公に喧嘩を売り、秒殺される雑魚キャラ。
うわぁ、結末が予想できる...
紅葉先生はマオちゃんを無視して、オジョウに向けて「なにこれ?」と聞いた。
「おい、こっちが話しかけてんのに無視すんなよ。もう『メイド長』じゃないから、上下関係とかねぇから、ちゃんと返事しねぇとぶっ殺すぞ。」
誰こいつ?こんな柄の悪いマオちゃんは見たことがない!
それとも、やはりあれが?俺が「お嬢様」だから、「お嬢様」の前では猫を被っているのか。
いや、知ってるよ!とっくの昔に気付いているよ!
「すみません。この子はまだ入って来て間もない...」オジョウは急いでフォローに入ったが、マオちゃんは恩知らずにその言葉を遮った。
「先輩ぶってんじゃねぇよ、柳。あたしと同期だろう!」
マオちゃんの言葉に嘘偽りはない。彼女はオジョウよりかなり年下だけど、オジョウと同期だ。
だから、オジョウが知っている元メイド長はマオちゃんが知らないと知った時、ちょっとびっくりした。
でも、同期だから、オジョウがマオちゃんにリンのように叩いて教育することができない。ここの一番の先輩はモモだけど、部下を教育できるような人間じゃない。早くメイド長ちゃんに来てほしいけど、そのメイド長ちゃんが近くにいたら、彼女達はサボっていない。
もう、見守ることしかできない。
決して面白いから、「お嬢様」なのに黙っている訳じゃないのよ。
「ねぇ、あたしが話しかけてんのに、なんか言ったらどうだあ?」マオちゃんはさらに紅葉先生に絡んだ。
紅葉先生「やれやれ」という感じで頭を押さえて、「早苗はどういう教育をした?」と呟く声がきた。
「ねぇ、返事はどうした?竜ヶ峰ちゃん?」
マオちゃんが「竜ヶ峰」という言葉を口にした瞬間、いきなり空を飛んだ。
いや、彼女自身が飛んだわけじゃない。一瞬だが、俺は紅葉先生の左手が動いたのを見た。つまり、誰にでも喧嘩売るマオちゃんが紅葉先生にぶっ飛ばされた。
「マオちゃん!」流石にこんなことを予想していなかった俺は驚いて大声を出した。
俺は猫をモモに預けて、急いでマオちゃんのところまで駆け寄った。
「マオちゃん、大丈夫!」
すぐにどこか怪我していないかをチェックする為に、俺はマオちゃんの体を隈なく撫でたが、女の子なのに意外と頑丈なマオちゃんはお尻のところが破けただけだった。
俺は「よかった」の言葉を自然と口から出して、マオちゃんの顔を見ようと顔を隠す彼女の両手を引っ張ったが、そこに現れたのは彼女の泣き顔だった。
「どうして泣いてるの?」と聞こうとしたが、マオちゃんは俺に泣き顔を見られた瞬間、俺を押しのけて、自分の部屋に向かって走り出した。
俺は「マオちゃん!」と彼女を呼び、彼女を掴もうと手を伸ばしたが、その手がなにも掴めず、声も彼女の耳に届かなかった。
「お嬢様、お怪我はありませんか。」リンの声がした。
いつの間にか、リンもモモもオジョウも俺の側に来ていた。恐らく、俺がマオちゃんに押し倒されてから、そのすぐに行動したのだろう。
流石メイド隊のメンバー達、主人に関することに反応が早い。
俺は立ち上がって、尻に付いてる土を落して、彼女達に「大丈夫」と返事した。
マオちゃんは大丈夫なのかな...
「申し訳ない。少しやりすぎてしまった。」紅葉先生は俺の側に来て、普通に謝った。
何か理由があると思うが、流石に酷くない?と紅葉先生に責めたいが、今はマオちゃんが心配だ。
さっさと先生に帰ってもらい、マオちゃんのところに行こう。
「今日はこちらに何か用事でしょうか、紅葉先生。」俺は要件を聞いた。
「うちの猫がうっかりこちらに入り込んだので、その迎えに。」と紅葉先生は言った。
猫?
猫!!!
そういえば、猫!
「モモ!」
「え...あ、ハイ!何て御座いましょう!」モモが俺の声を聞いて、一瞬返事が遅かったが、それは猫と戯れていたから、俺はモモを許した。
俺はモモの胸に抱かれている猫を見て、そして撫でながら紅葉先生に聞いた。
「この猫は先生のですか。」
何度も「うっかり」モモの胸に触っているけど、俺もモモも特に気にしなかった。
...ラッキー...
俺の質問に対して、紅葉先生は「ええ、私の家族。」と返事した。
俺はさりげなく「私にくれない?」と聞いたが、紅葉先生は「お嬢様が私の子供になってくれるなら、別に構いません。」と真顔で冗談で返した。
「家族」とまで言われたら、無理に先生から奪えない。
「分かった。でも、時々先生の家に遊びに行っていいか。」
「ダメ!」紅葉先生は突然大声を出した。
俺はびっくりして口を閉じた。そして、暫く無言の時間が経過されて、俺は何とか笑顔を見せた。
「そうか。それならしょうがない。バイバイ、猫ちゃん。」
「ごめんなさい、お嬢様。」猫を受け取った紅葉先生は何故か俺の顔を見て、申し訳なさそうな顔を見せた。
「ニャー!ニャオー!ネー!」
猫ちゃんも別れを惜しむように俺に向かって鳴き出したが、恐らくそれは俺の脳が作り出した幻覚だろう。
さよなら、猫ちゃん。さよなら、ぬこ様。
俺は猫たんの声が聞こえなくなるまで、そこでずっと紅葉先生の背中を見つめていた。
......
さて、気を取り直して、マオちゃんのところに行くか。
僕の心のケアは、主人の担当分野だ。




