第六節 氷の国④...入店、先生モードの望様に屁理屈をぶつける
雑談だけで終わってしまった...
望様と一緒にファミレスに入った後、俺達は空いている窓際の四人席に座った。ドリンクを取りに行きやすいように廊下寄りの席に座ったら、同じ事を思ったのか、望様も廊下寄りの席を選んで、自然と俺と対面する形になった。
微妙に周りの視線が気になるが、俺の都合で望様に「奥に行って」なんて言えない。なので、俺は目を半閉じして、周りを見ない事にした。
幸い、望様の席が出入り口が見える方で、俺は一々ファミレスに入ってくる人々の目を気にしなくて済む。他人の目を気にしたくない今の俺にとって、都合のいい席だった。
ほぼ二食も抜いている故、久しぶりに肉料理を食べようと決めて、一番量の少ないステーキを頼んだ。
それを見て何を思ったのか、望様は量の違いはあれど俺と同じステーキ料理を注文した。
「なぜ同じ?」と聞いたら、「ななえちゃんがファミレスに固持する理由が知りたいから」という返事が来た。それで別にステーキが食べたくてファミレスを選んだ訳じゃない事を望様に説明したら、彼にイケメンスマイルで返事された。
何が変な誤解でもされたのかな?
でも、別に「女の子が肉を食べではいけない」とかいうおかしな決まりがある訳じゃないし、俺が肉を食べてるところを見せた事がない訳でもない。ステーキの注文とファミレスで食事する事に関連性はない、ただステーキが食べたいだけなら、高級レストランでも問題はない。
だから、何故俺の「理に適った説明」を聞いて、イケメンスマイルが返って来たのか、意味不明だ。まるで俺が何かを誤魔化そうとしていて、望様に気を使われたかような雰囲気が出来上がっていた。
この...自分は何も悪い事をしていないのに、何か悪い事をした後で、勝手に相手に「許された」ような、何とも言えない気分。
なに、これ?
望様のニコニコ笑顔を見て、俺は妙な悔しさを感じた。それでなぜステーキを注文をしたのかを一からきちんと説明を開始したら、途中でステーキがサラダと一緒に来て、仕方なく彼への「説得」をやめた。
「普通はサラダが先に出される筈じゃないの?何でステーキとスープと一緒くたに出されました?」
「ななえちゃんが楽しそうにしていたから、店員さんもタイミングを掴めなかったかもな。」
「楽しそう?」
俺が楽しそうにしていた?と思いながら、目の前の望様を見る。
ナイフとフォークを手にして、目の前のステーキに切りを入れるところに、望様は俺の視線に気が付き、「なに?」って感じの笑みを返した。
何気ない笑みだけど、イケメンの望様の場合は後光が差してるように見える。その上、店員さんが「女性」である事を考慮すると、多分サラダの出し遅れの原因は俺にではなく、望様にあると考えられる。
星も大概鈍感だけど、まさか望様も、か?
「望様も、自分がどれだけカッコいいのか、自覚した方がいいよ。」
望様は「あはは」と苦笑いをし、俺に「ななえちゃんにも同じ事が言えます。」と返した。
知ってるよ、守澄奈苗という女の子が可愛いって事くらい。
だって、童顔に白い肌、朝に銀色の髪、夜に黒曜石のようなきれいな黒髪、望様に片手で抱えられる軽い体重、大体の人を仰ぎ見る低めの身長、細身なのにアンバランスに大きい胸...
オタク道に入ったばかりの頃は違和感だらけだったけれど...ロリ巨乳、最高!
...隣で見る方としては、の話だけど、なぁ。
実際それが自分の体となると、嫌な記憶ばかりが...思い出すのを止そう。
ステーキを切り、一口サイズの肉片を口に入れる。
...焼き過ぎ。
予想してはいたが、やっぱり赤羽真緒の料理とは程遠いの残念な出来だ。
予想したのに、ファミレスに来て、これを注文したんだ。責任を以て、嫌な顔をせずに食べ切ろう。
「ななえちゃんの食べ方が綺麗ですね。ナイフとフォークの使い方がとても上品です。」
「む?」
普通に食事をしただけで、何故が「上品」と褒められた。
疑問を呈するも、感謝を述べるも、口に物が入っている状態ではできないので、黙って咀嚼を続けた。
「もしかして、食事のマナーとかの勉強もしましたか?」
「...マナーの勉強、ですか。」
ようやく口の中の物を飲み込んだ俺は、望様への返事を考えながら、まずはナイフとフォークをお皿の上に置いた。
「『勉強』するほど、難しい事ではないでしょう?」
「そうですか?
私は正直苦手ですね。今のななえちゃんのように、自然にフォークとナイフを八の字でお皿の上に置く、という事ができません。
意識してやらないと、うっかり間違えてしまう。」
「へー、そうなんですか。
望様、見た目完全に『王子様』なのに、意外~」
「ぷっはは、ななえちゃん、金髪な『王子様』はいませんよ。」
この世界に「金髪」な王族は一人もいないのか?初めて知った。
「別に難しい事ではない...と言っても、『勉強』自体はしましたね。さっきの言葉は間違いです。
正確には『頑張るほどに難しくない』、ですね。」
「ななえちゃんにとって、マナーの勉強は簡単な事ですか?」
「理由さえ分かれば、簡単に覚えられます。何回も意識して練習すれば、すぐに『習慣』に変わります。
覚えるだけなら、一日あれば十分ですよ。」
実は「将来、女の子とデートする」為に、ネットで調べて覚えた。いつか、俺にも「女の子とデートする」機会がある事を信じて。
けど、この知識が活かされた事は...ありませんでした、はい。
結局顔だよ、顔!顔が一番だよ!くそー!
「...例えば、フォークとナイフの使い方とか。」
深呼吸して、心を落ち着かせる。
「なぜ利き手である右手にナイフが置かれ、左手の方にフォークを置くのでしょう?」
「何故、か。考えた事がありませんね。
理由はあるのか?」
「望様、マナーを作ったのは人間ですよ。わざわざ使いにくいようにマナーを作る訳がないじゃありませんか。
『背筋を伸ばす』というマナーも、見る人が『見てて気持ちがいいね』と感じてもらう為、という理由があるように、ナイフとフォークの置き位置にも、理由があります。」
「食事の邪魔になるのは心苦しいが、教えてくれます?」
「いいとも!」
游艇内でお腹が情けなく鳴いたが、「お腹空いた」という感覚はなかった。なので、食事の邪魔されても、特に気にしない。
寧ろ、教えを請われるのは嬉しい。豆知識の見せびらかしは何時だって、気持ちのいいものだ。
「まずは基本、マナーを作る人達はみんな、今と同じに殆ど右利きでしょう。右利きは食事をする時、慣れた右手で食べ物を口に運ぶのは常識でしょう。
スプーンが右側に置かれているのがその証拠だと言えましょう。」
パスタの場合はスプーンが左だけど、今は一先ず「それはそれ」って事で、口にしないでおこう。
「となると、なら何故、口に食べ物を運ぶ用のフォークを左に置くのでしょう?
その理由は、『ステーキを切る為』です。」
言いながら、自分のステーキを切って、やり方を望様に見せる。
「ステーキを食べる時、小さく切り分けないと食べられません。
フォークでステーキを固定して、ナイフでステーキを切る。その為、ナイフはフォークより多く動き、精密な動作が求められます。
利き手がフォークではなく、ナイフを握る事になったのは、このような理由があるからです。」
「そういう事ですか。
流石、『考古学部部長』様ですね。」
「いいえ、いいえ、それほどでも。」
謙虚のふりをして、切ったステーキを口に入れる。
...微妙に味が濃い。
やはりマオちゃんのステーキが...いやいや!これを機に、普通の料理に舌を慣らさせよう。
その時、偶々なのか、頭を上げた俺は望様と目が合った。
細目で嬉しそうに俺を見つめてくる。出来の良い生徒を誇らしく見つめる先生の目だ。
...流石に、ちょっと恥ずかしくなった。
「望様。一つ謝りたい事があります。」
「謝りたい?ななえちゃんが何か謝るような事をしました?」
「はい。さっきの話、実は...全部でたらめです。」
「ぷっ、やはり?」
「あっ、気ついてたの?何でバラさなかった!?」
俺、またも「恥ずかしい奴」になったじゃん!
望様の意地悪!
「いいえ、正直、信じそうになってました。
ななえちゃんの話、結構説得力があったから、本気で『そうなんだ』と考えていました。」
「でも、疑ってました。」
「ななえちゃんなら、こういう可愛い冗談を言うかもしれないって、思ってました。
でも、最後は自分で『嘘』だと告白した。やはりななえちゃんは良い子だね。と、先生はとても嬉しいのですよ。」
嘘?
嘘、か。ちょっと違うなぁ。
「嘘だけど、『嘘』じゃないよ。
少なくとも、私の中では、さっきの話は『真実』です。」
俺の言葉に望様が怪訝そうな表情をした。「何訳の分からない事を言ってる」って表情だ。
もう、望様ったら。最初、何の話から、フォークとナイフの置き場所問題に発展したのかを忘れている。
「望様、私達は最初に『マナーの勉強は頑張るほど難しい事ではない』について話してました、ね?」
「...あぁ。あは、そういえば、そうでした。」
「先程の『嘘』は、実は私の勉強法によって生まれた、嘘だけど、『嘘』じゃない『真実』です。
私はどんな知識に対しても、まずその知識が生まれた理由について考える癖があります。理由が分からなければ、勉強も楽しくなく、なかなか身に付けられないから、です。
ですので、理由があれば、調べて見つける。理由がなければ、自分で想像して、創って納得する。
屁理屈を考えるのが好きなのです。
そして、屁理屈でも、自分を納得できる屁理屈なら、楽しく勉強ができるし、知識がすぐに身に付けられます。
『頑張るほど難しくない』と言ったのはこのような理由があるからです。
私の中では『マナーは理由があって、創られた』モノですから、楽に覚えられました。」
今まさに俺の「屁理屈」を聞いた望様は口を噤んで、暫く考え込んだ。
そして、再び口を開いた時、いつもの優しい声が耳に流れてきたが、少しだけ重みを感じる低めの声だった。
「『理系』を選択した理由も、『考える』のが好きだからか?」
「え?
はい、まぁ...そうですね。
考え事をするのは好きですね。頭を回すのが好きです。」
何を聞かれるか?と思えば、そんな小さな事に疑問を感じたのか。
ちょっと真剣そうな声だったから、身構えたけど、しょうもない雑談だった。
「あと、暗記系が嫌い、という理由もあります。」
「『暗記』はどの教科にもあります。
『理系』を選んだからと言って、『暗記』がなくなる訳ではない。」
「方程式とかの話ですか?その方程式がどのように創られたのを考えれば、自然と頭に入ります。
それに、『何故?』から覚えれば、方程式を忘れてしまっても、問題を解く事ができます。」
「そういう勉強法は...ななえちゃん、疲れないのですか?」
「疲れる?楽しいじゃなくて?」
楽しい事をして、疲れる事はあるのか?
というより、望様は一体、俺から何を聞き出そうとしているのだろう?
「はぁ、望様、今日は『デート』でしょう?楽しい事をする日でしょう?
先生モードをやめてくださらない?」
「すまない、ななえちゃん。
ただ、教師としての私はどうしてもあなたの『勉強法』の理屈が知りたいのです。
ななえちゃんが『学年一位』を取れた理由、その努力の仕方を盗もうとするのは、あなたに悪いと思うが、私は教師だ。いい勉強法があれば、生徒達に教えてあげたいのです。」
...そうか?
今回の「学年一位」を取れたのはほぼ「奈苗」という女の子の知識量のお陰だし、俺の勉強法が正しいとは限らないぞ。
それに、俺の気のせいだと思いたいが、今の望様の言葉、「言い訳」のように聞こえる。
...何に対しての言い訳だろう?
そもそも、何故「言い訳」に聞こえたのだろう?変に望様を疑うなよ、俺。
望様は優しい。それを約一年の付き合いで、よく知っただろう?
イケメンだから、変に対抗意識を燃やして、「生徒達の為」という純粋な理由にケチ付けようとしないで、信じてあげよう。
「勉強法、理屈、か。」
何か特別な事をしているのなら、俺も望様に教えてあげたいが、俺は何も「特別な事」をしていないんだよな。
「そもそも『努力』していないから、盗められるような『努力の仕方』を持っていません。
暗記だって、嫌いなだけで、別に苦手ではありません。楽しいと感じれば、文章の丸暗記も普通に出来ます。」
例えば、誰かさんの名言とか、好きな作品のセリフとか。ゲーム内の名シーンとかなら、それを丸暗記なんて、オタクの誰でもできる事だ。基本スキルの一つだ。
「努力をした事がない?」
「至って普通の勉強しかしてきませんでした。
授業を聞き、覚えて。覚えた知識を試験の解答欄に書き込む。それだけ。
皆さんと同じ、私自身は何も特別な事をしていません。強いて挙げるのなら、文字が読めなくなった事で、私だけ別の教室で、試験官に問題を読んでもらって、試験を受けた事くらいです。」
「予習復習はしなかったのですか?」
「文字が読めませんから、ね。授業できちんと先生の話を聞いて、その時に覚えれば、予習復習なんて、時間の無駄じゃないんですか。」
「...驚く事ばかり言うね、ななえちゃんは。文字が読めなくて、予習復習ができないのに、それでも『学年一位』が取れるのか。」
「『学年一位』が私の二つ名になってません?今後も維持する予定ですけど、『一位と言えば奈苗』って定着されると、微妙に嫌です。」
「はは。誇らしい事でも、度が過ぎると嫌がらせのように感じるのですね。
しかし、確かにななえちゃんだけ、文字が読めないのは可哀そうです。
今はまだいいとして、今後、授業の内容がどんどん難しくなっていきます。分からない事があれば、いつでも職員室にいらっしゃい。
ハイレベルの一研学園でも、まだ全教科を教えられると思います。」
望様がどんどん「先生化」していく。
夏休みだから、勉強したくない。と言った雛枝の気持ちが少し分かった気がする。
「どうしよう?調子に乗って、無駄な豆知識を披露したせいで、千条院先生の変な『先生スイッチ』を押してしまった。
誰か、助けて!」
「ぅ。鬱陶しかった?」
「そんな事を言ってません。
私だって、興味の沸いた事に対して、一から十まで分かるまで、とことん追求するタイプですから、気持ちは分かります。」
「好奇心が刺激されると、どうにも...
まるで見えない神様のように、私達の体を支配し、人形のように動かして、満たされるまで止められない。」
「面白い比喩をなさいますね。」
まるで「終わり」の合図のようで、自然な冗談で話題を終わらせる。
これも会話術の一スキルなのかな?
「ねぇねぇ、望様!あのね、私、『好奇心』という神様を奉りたいのですが、そのお姿がまだ一度も目にした事がありません。」
両手を広げて、特大な笑顔を望様に魅せる。
「どのようなお姿をしているのでしょう?教えてください。」
俺のおふざけを見て、一瞬戸惑いの表情を見せたが、望様はくすっと笑って、仕返しをしてきた。
「ななえちゃん、私は知恵の神様に弟子入りしておりますが、かのお方の御尊名をうっかり忘れてしまって、困っています。
大変有名なお方ですので、きっと全人類にそのお名前を轟かせていると思います。
どうか、かのお方の神罰が私に下される前に、そのお名前を教えて頂けませんか?」
そう言って、望様は優しい笑顔を俺に見せた。
この世界では「神」の存在が認められているが、幻想上の存在ではないか為、名前を勝手につける事はできない。
つまり、この世界の神々に名前がない。太古時代の資料から、その名前が見つかるまで、誰も神々の名前が分からない。
「ふふ、知識の神様の御尊名を忘れたのですか?大不敬ですね。」
「返す言葉も御座いません。どうか、お赦しくださいませ。」
くだらない話をしているな、俺達。昔の男友達と一緒にいるような感覚だ。
たぶん、誰かと遊ぶ楽しさって、こういう小さな事でも得られるものだろう。わざわざダンジョン探検をしなくても、一緒にいるだけで楽しい。
「ぷっふふふ。」
口を押えて笑う俺。
「ふふ。」
そんな俺を見て、微笑みを見せる望様。
だか、突然真剣な顔で出入り口の方に視線を向けた。
「ななえちゃん、ちょっと奥に寄って。」
「え?あ、はい。」
突然俺に「席を詰めろ」を要求してきた望様が、何を思ったか、黒の上着を脱ぎ、俺の隣に座った。
望様が隣...近いぞ!急に何で?
何で普通に望様の要求に応え、奥に詰めたんだろう、俺?いつもなら、「なんで?」くらいは聞くはずだろう?
二人で四人席に座ったのに、何でわざわざ隣同士に席替えした?
そう思っているうちに、急に望様に頭を抱えられて、少し強引に彼の膝の上に頭を乗せられた。しかも、更に彼の服を体に被せられた。
えっ?何、この状況!?
何で?何でなんでナンデ?
「の、望様...?」
「シーっ、静かに。」
有無を言わさずの彼の声に押され、黙らせてしまった。
...心臓がドキドキするよ。
「特別捜査だ!」
知らない人の声が店内に響き渡る。
特別捜査?誰だ?何の権限で?
まさか、また「喰鮫組」?
「誰ですか?」
「警察。」
警察?
なら、「特別捜査」も別に問題ないのだろう。
しかし、ならばどうして望様が俺を隠すような事をしたんだ?俺は何もやましい事をしていないんだか。
......
...雛枝と双子だから?
※しつこいですが、主人公の設定は「天才」です。彼自身はそれを否定しているが、元々の彼は「完璧超人(顔以外)」です、




