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第六節 氷の国②...遊艇、二人きりは危険がいっぱい

 シャワーを浴びた。

 出かける約束を付けた後に朝シャーするのはどうかと思うが、体臭を気にするお年頃なので、望様に事情を説明して、待たせてもらった。


 昨日はお風呂に入らずにベットに入ったという許しがたい横着をした。そして、一日活動した汗の匂いが一晩かけて、掛け布団の中で薫製されて、自分では気づけないが、きっとすごく汗臭くなっているのだろう。

 そんな状態で、何もせずに遊びに行けるか?例え、今から一緒に遊びに出かける相手が()()()()()()だとしても、俺は最低限の礼儀を身についている人間だ。相手によって、対応を変えったりはしない。


 望様の方も俺と同じく、夜はお風呂に入れなかったが、俺の部屋に来る前に朝シャーを済ませていたらしい。それをしなくても、魔法の使えない俺と違って、彼は「清潔魔法」で最低限の清潔さを一秒で終えられる。

 なので、俺も彼に合わせるべく、「長くお待たせすると思いますか」と一言断ってから、シャワーだけだが、きちんと体を洗った。



 キツい香水の匂いで隠す手もあるが、それは一番の悪手だと、男として主張させてもらう。

 鼻が敏感の男にとって、香水臭のする女子は美醜関係なく嫌悪の対象だ。



 そんなこんなで、タオルで拭いた体がちゃんと乾くまでの間だが、「デート」だからと、俺は鏡を見て、化粧する事にした。

 ...今は女の子なのだから、女の子らしい振る舞いをしようとしているだけ、「デート」に浮かれているとかじゃないから。断じて違うから!


 しかし、不思議だな。と、鏡の中の自分を見て、俺は思った。

 初めの頃、この真っ白な体を風呂に入る度にガン見して、不釣り合いに大きい胸を何度も揉んでいたが、今では何も感じられない。

 美少女の体だけど、今は自分の体だという自覚を芽生えたのか、()()()()()を持たなくなっていた。

 だけど、それでも自分の事を「可愛い」や「綺麗だ」とか思った事がある。男の俺としては理解しがたい事だが、多分自分がナルシストだからとかではなく、「自分をもっと綺麗にするにはどうすればいい?」と考えている故の事だろう。

 女の子だからできる見方なのかな?それによって、化粧ができるようになったのかな?

 男の俺にとって、化粧って、ただの面倒な作業でしかなかったのに、今は「どんな自分にしようかな?」とか考えながら、できるようになっていた。



 昔、まだ「化粧」が習慣になっていなかった頃、すっぴんであき君と会う事があって。その時、すっぴんの俺に「十分にキレイ」と言ってくれた事がきっかけで、「すっぴん風メイク」に嵌ってしまった。

 俺自身も、「化粧しない美少女は本物の美少女」という、まぁ...男あるあるな幻想を抱いてた事も原因の一つではあるか...

 とにかく!今日もすっぴん化粧でいく事にした。望様を待たせているし、あまり時間を掛けたくない。


 下地にフェイスパウダー。だけど、「奈苗」の肌が白すぎるから、軽く肌色のあるの方を使う。不自然に感じさせないように、首の方にも少しだけ...

 口紅はどうしようか?

 俺はあまり口紅が好きじゃないけど、「デート」だから、塗った方がいいのかな?

 ...いや、やめておこう。「すっぴん風」なのに、口紅を塗る阿呆はいない。かなり薄い色でも、「色気」を出したら、その瞬間「すっぴん」じゃなくなる。

 寒い場所だし、乾燥対策でも、口紅よりはリップだろう。たぶん。

 なので、やはりリップ程度に留めておこう。色が薄く、匂いも軽めのタイプで。


 リップの匂いは?

 花の匂いの良し悪しは正直よく分からない。どんなにうまく化けれても、中の俺は男だから、「桜が綺麗」とか、「赤いバラ素敵」とか、よく分からないんだよ。

 なので、果物系に決めた。

 果物の中で、俺が一番好きなのはやはりイチゴだが、色が鮮やかで、匂いも「あるのか?」って、口に付けるリップとして選びたくない。

 それに、俺個人の偏見かもしれないが、イチゴって、女の子だけが好きそうな果物のイメージがする。男の俺自身も好物の果物なのに、矛盾した考えだとは思うけど。

 なので、二番目好きな果物であるモモに、ピーチの匂いにする。唇満遍なく思い切り塗る、ではなく、軽く唇に触れる程度の力で塗って、その後は全体に広がるように唇を動かす。

 ...完成ー!

 すっぴん美少女、出来上がり!

 服のコーデはメイド隊みんなのセンスに任せていて、ランダムで偶に変なセットが出てくる事もあるが、男の俺が選ぶよりいいだろう。

 このくらいで十分...


 ...眉毛も少し弄っておこう。

 ...耳も、いつみられてしまうのか、分からないし。

 ...髪型も面倒という理由で、ストレートとポニーテールだけじゃなく、新しいのにチャレンジするか?流石にツインテールにはしないけど。

 ...でも、外は寒いから、帽子を被る事になると思うから、無駄に凝った髪型してもしょうがない、と思う。


 ......

 ...

 望様とは海底の港で「デートっぽく」待ち合わせを約束しているが、その場所は十階。前もって遅くなると伝えていても、イケメン野郎だから、きっと「女性を待たせてはならぬ!」とか考えて、早めに着いているに違いない。

 何時とかの約束もしてないし、したところで、俺は「時間」が分からないから。もしかしたら、もう大分待たせているかもしれない。

 そう思って、四階段だけとはいえ、俺は走って十階まで下りて、港に駆け込んだ。

 そして、息を整えると同時に、望様を見つける為に頭を上げたら...あっさり見つけた。


 黒のジャケットに白に近い灰色のセンター。そして黒の...えっと、ズボン?じゃないっぽい、名前の分からない下半身に着る服。楽な服装でありながらもクールな印象を与える、望様っぽくない服装だった。

 加えて金髪...もう「金髪」でまとめるのをやめよう。ブロンドだ、ブロンドヘア。日の国三名門の一つである序列一位のトップ貴族に相応しい容姿だ。

 楽な格好で、望様のイメージに合わない服装のコーデなのに、これはこれで、またカッコいいというか、新しい一面を見れて、見惚れてしまいそうだ。

 本当、まるで「中世の貴族」が現代に生まれ落ちたかのようだ。


 ...実際、周りから思い切り見られている。まだ声を掛ける勇気を出せた女性が現れていないが、周りの女()がうずうずしている。

 彼氏持ちっぽい女性達もちらちらと望様を見ている。男の中も、気持ち悪い熱視線を送る奴がいる。

 彼がこのように目立っていたから、あっさり...ホントに()()()()見つけた。


「望様、おっしゃれ~!」

 周りの視線を気にもせず、俺は望様の側に駆け寄った。

「なになに?『デート』だから、気合入りました?」


「ふふっ。ななみちゃんも、とてもかわいいよ。」

 俺を見た瞬間、すぐに笑みを浮かべて、返事をした望様。

「まるで『雪の妖精』のようです。」


「あ、ありがとう...」

 茶化す俺の言葉を笑み一つで受け止めて、間を置かずナチュラルに俺の服装を褒める。大人な対応だ。

 男の俺にすら照れさせた。このイケメン、侮れない!


「っえと、服装のチョイスはメイド隊のみんなに任せています。私が選んだのではありません。」

 今日の俺の服装は全身「白」で統一している。

 その所為か、雛枝が昨日くれた簪も、色が白くなり、しかも丁度花の形の簪だから、白い花を頭に付けてるようで、俺的にも大満足だ。


 実は帽子とマフラーもセットでバックから出てきているが、まだあまり寒くないので、身に着けずに腕で抱えている。

 唯一違う色をしているレディースバッグは、物入結界のない俺がアイテム保管・取り出しにするオンリーワンの手段だ。これだけはどうしようもない、「雪の妖精」を人に貶めてしまう手放せないアイテム...丁度13番目に手に入ったから、笑っちゃうほど、皮肉な事だな。


「でも、服装は完ぺきなのに、靴はスニーカーですね。

 減点一、です」

 白と黒のスニーカー。

 今の望様の服装に似合わない事はないが、突っ込める欠点はもうコレしかなくて、無理矢理に指摘した。


 窓の縁を指でなぞって、埃のついた指先を見せながら「これは何でざます!?」とケチをつける嫌味小姑の気分だ。


「靴の色には気を付けたのですが、ダメでしたか。

 こめんな、ななえちゃん。どうも『ケンタウロス』はスニーカーが大好きみたいです。」

「別に、謝るような事では...」


 また笑みで滅茶苦茶大人な対応をされた!自分が恥ずかしい!


「ん?」

 いつの間にか、周りに人溜りができていた。

 俺と望様を囲むような、しかし距離をも取っているような、こっちを見ているだけの人溜りができていた。

 中の女性達は本当に羨ましそうに俺達を見つめている。というより、俺を見つめている。

 それだけの事なのに、何故か凄く...優越感!

 そうだよ!皆様の思っている通りだよ!今、俺はここにいる超絶イケメン・望様とこれからデートに行くのだぞ!羨ましいだろう!


 男性達はどうでもいい。



「早くここから離れましょ、望様。」

「そうですね。

 私もこれ以上、かわいい妖精さんが衆目に晒されたくありません。」

「またそういう事を...」


 注目されているのは、望様なのに。


「向こうにレンタル遊艇(ゆうてい)一隻を借りているので、そっちに行きましょう。」

 そう言って、望様は長さ約五メートルの「游房(ゆうぼう)」を指さした。


 あ、潜水艇だ。

 俺のよく知ってる...あ、いや、俺もよく知らないけど、俺の世界での潜水艇に近い大きさの游房(ゆうぼう)だ。

 昨日の游房(ゆうぼう)と比べて、随分と慎ましやかにしたタイプだが、二人乗りなら十分な大きさだ。


 遊艇(ゆうてい)、か。游房(ゆうぼう)とどっちの方が数が多いのだろう?

 大きさからして、遊艇(ゆうてい)の方が多いと思うけど、作ったのが「太古」の時期だを考えると、どっちか多く残っているのか、分からなくなるな。


「ななえちゃん?」

「ん?」

「指を口辺りに当てて、どうしたの?」

「...あっ!」


 気づかないうちに、指で下唇を上に押す癖が出ちゃったのか!

 昔、考え事をする時の「カッコいい仕草」を幾つ作って、その一つがこれだった。謂わば、俺の隠しておきたい「黒歴史」の一つだった。

 くっ、完全に治したと思ってたのに、()ったのか!


「...ななえちゃん、お手を。」

「はぇ?」


 何故か望様が俺に手を出して、「お手を」と...

 これ、手を繋ぐって事?


「あ、あの、望様?

 流石に、手を繋ぐのが、ちょっと早いっていうか...」

 恥ずかしい...

 いや、そうじゃなくて!男と手を繋ぐなんて、絶対にありえない!

 いくら体が女の子だからって、乙女になってどうすんの、俺?


「かわいい妖精さんが私の前から居なくならないように。」

「も、もうかわいいとか、妖精さんとか、やめてください。」

「それに、どのくらいに私の魔力に慣れているのか、試す為でもある。」

「あぁ。」


 考えてみると、俺は今から望様と二人きりで遊艇(ゆうてい)という乗り物に入る事になるから、長い時間、大きそうに見えても、多分中は小さい部屋一つだけで、そこで一緒に居る事になる。

 もしそれで、俺の体調が悪くなったら、すぐに遊艇(ゆうてい)から出られない状況を考慮すると、最悪、死、という可能性もある。

 そうならないように、早いうちに、直接望様の体に触れて、俺の体が彼の魔力に慣れているかどうかを確認した方がいい。

 (せい)にもう慣れているとはいえ、その兄ではあるが、望様とはまだ一度も肌と肌で触れ合った事がない...たぶん。


「はぃ。」

 イケメンと手を繋ぐのは甚だ不本意だが、正当な理由があれば拒否する事はできない。

 そう思って、俺は望様の手に触れて...やはり中身の俺が男だからか、タッチした瞬間に一度手を引いてしまって。

 しかし、「これはあくまで、今の俺と望様との相性を確認する為の行動」と、俺は男の自分を押し殺して、二回目にきちんと望様の手を掴んだ。


「少しくらい、デートっぽくなったのかな?」

「『初デート』でいきなり手を繋ぐのは...ルール違反、です。」


 何のルール?と自分にツッコミたいし、リアルに誰かとデートした事のない俺に、「何回目のデートで手を繋ぐ?」なんて、分かる訳がない。

 一回目でいきなり手を繋ぐものなのか?終わりにやっぱ、ロマンチックなキスでバイバイとか、そういうものなのか?


 ...いや待って!

 そもそも「デート」って、俺が望様をからかう為の冗談じゃなかったっけ?

 何で今、逆に俺の方がからかわれているような感じになってる?


 くそっ、これが()()()()という人種、か。

 モテない人生を過ごしてきた俺とは、格が違うっていうのか?


「着いた。

 先に上がって、ななえちゃん。」

「着いちゃった...」


 いつの間にか、もう遊艇(ゆうてい)の前に着いた。

 もう手を放してもよかったけど、俺は望様の手を掴んで、放さなかった。


「ななえちゃん?」


 なんたか、このまま負けっぱなしは悔しいし、望様に一矢を報いたい...

 ...じゃなくて!手を繋いだ程度で、俺が望様の魔力に慣れているかどうか、どこまで慣れているのか、まだ分からない。

 時間も短かったし、偶々、まだ体が反応しない段階にあるだけ、これから体調を崩すという可能性がある。

 だから、もっときちんと、そしてすぐに分かるようなやり方で試す必要がある!


「望様、失礼します。」

 そう言って、俺は望様の体に抱きついた。


「な、ななえちゃん!?」

「少しの間、我慢していてください。」


 人に抱きつく。

 魔力に耐性がない奈苗は魔力をたくさん蓄えている人に触れるだけで、気分が悪くなったり、逆にハイテンションに成ったり、熱が出たりと、様々な症状が出る。

 ただ、「魔力所持量が多い」からダメというような単純なものではない。魔力がかなり少ない場合はほぼ平気だが、魔力が多くても平気の場合もある。

 それが「慣れ」だ。

 そして、「慣れ」ているかどうかを確認する一番手っ取り早い方法は当の本人に抱きつき、最大限にその人の体と接触する事だ。


 あき君が奈苗の為だけに作った薬湯や飲み薬も、実はこの理屈を活用したものだ。彼に教えてもらってから、俺も辛いからと人を避けるのをやめて、積極的に人と触れ合うようにした。

 お陰で、今はセバスチャンと一緒のグリフォンを乗っても平気になったし、メイド長ちゃんを側近くに居させる事も出来た。

「血の繋がり」という縁のある関係者達にも、前もって「慣れる」事が出来た。


「なぁ、ななえちゃん。もういいでしょうか?」

「もう少しだけ。」

「でも、かなり注目されてるよ。」

「私、今は望様の体しか見えていないから、知りません。」

「はぁ...」


 望様のため息。

 外見だけとはいえ、可愛い女の子に抱きつかれて、ため息とは何事だ?

 こっちも別に好きで抱きついていないよ!命が掛かっているんだから、仕方ない事じゃないか。

 別に抱きつきたいとか、反撃したいとか、全然考えてない!この生きにくい世の中で、生き抜く為に、仕方なくやっているだけだ!

 下心なんて、一切ないから!


 でも、大分時間が経っても、体がまだ全然平気だ。

 (せい)のお陰かな?あまり会わない望様に、体がもう「慣れ」ているようだ。

 女の子同士のスキンシップは意外と多いからね。お堅いイメージの(せい)でも、意外と手を握られたら、握り返すくらいにフレンドリーだった。考古学部の部室で隣に座る時とか、結構肩をくっついて来る。

 もし本当に「(せい)のお陰」だったら、次に会う時、何か礼をしてあげたいなぁ。


 ...昨日、お母様に抱きついた瞬間、気分が悪くなったというのに、訳が分からない。


「ふぅ。」

「もういい、ななえちゃん?」

「うん、大丈夫みたい。」


 望様を放した。

 そして、望様に抱きつく前に、彼から「先に上がって」と言われたので、先に遊艇(ゆうてい)に入る階段に上った。


「結局、さっきのはどうしたの?」

 俺の後にすぐついてきた望様が小声で聞いてきた。


 本当の事を教えても構わないと思ったが、ちょっと悪戯したくなってきて。

 なので...

「秘密。」

 と返事した。


 ......

 ...


「氷の国のメイン部分が氷の下だと、遊ぶ場所も海の中に限るって事かな?」

「確かに、多くの観光名所や芸術オブジェクト、アトラクションは海中ですが、游艇を出ずに見れるオブジェもいっぱいあるそうよ。」

「へぇ、詳しいのですね、望様。」


「例えばあそこ。」

 游艇という乗り物を上手に運転しながら、望様は通りかかった場所々々を指さしながら、俺に紹介する。

「太古文明期に作られた游房、大きさ的にも、もう動けない事も含めて研究した結果、探索済みの『神の遺跡』として登録されてます。」


「ものすごい大きいね。」

 この世界では「游房」という扱いだが、形は極めて「船」に近い。

 それに、実際は一隻ではなく、数えきれない多くの船の残骸が沈んでいる。ただ、ごちゃごちゃになって沈んでいるせいか、確かに「一隻の船」として、見えなくもない。

 まるで空母、しかし飛行機ではなく、船が満載されている。潜水艦に見えるものもある。見方によって、変な形をしているが、人が住める部屋に見えるものもある。


 元の形が気になるな。

 まさかと思うが、沈下した「人工島」とかじゃないのか?

 ...「遺跡」というより、「ゴミ廃棄場」だな、ここは。


「中には入れませんね。」

「この小さい游艇でも、周りを一周するくらい、ですね。

 ななえちゃんでも海の中で活動できる魔道具があればいいのですけれど...

 ここの探検は諦めた方がいい。」

「そう言われると、余計にしたくなるけど、ね~。」


 潜水服とか、残ってないのかな?

 いや、残っても、酸素ボンベがなきゃ意味ないし、作り方も分からない。

 その前に、水圧の問題もあるし。今の深度で、ただの潜水服で耐えられるのか?


「神々の時代、魔法がなかったですよね。

 どうやって海の中で動けたのでしょう?」

「難しい事を考えるね、ななえちゃん。一応、魔力を使わない『遺物』を大量に使用していたから、というのが一般的な見解です。」

「でしょうね。」


 この世界の人達にとって、リサーチを重ねて出した「見解」だろうけど、俺はどうしても「そんなの当たり前、研究するまでもない」と考えてしまう。

 でも、それを口にはできない。今俺が考えた事はある意味、リサーチに参加した研究者達の努力を全否定する言葉にもなれる。努力を嘲笑い、成果を見下す無責任の批判となる。

 だから、俺は例え色んな「知らないはずの事」を知っていても、あくまで「太古時代マニア」のように振舞おう。


「魔力を有する私達でも、万が一の為に魔道具を利用し、あるいは『神の遺物』を再利用しているのですから、神様達も、きっと神々にしか作れない何かを使って、万能になっているのでしょう。」

「そうですね。

 魔力を使わずに、万能、か。

『どうやって?』なんて、想像できませんな。」


 俺がこの「遺跡」に興味を失くしたと思われたのか、望様は巧みに游艇を操り、「遺跡」を一周せずに横切った。

 それにしても、望様は游艇の扱いがうまいな。赤羽真緒(マオちゃん)の時もそうだけど、この世界の人達は乗り物を扱う時、「免許」はいらないのか?


「望様はすごいですね。いつから游艇の動かし方を覚えたの?」

「動かし方?仕組みさえ分かれば、誰にでも動かせると思うよ。」

「その仕組みって、どうやって分かったの?説明書とか、ありました?」

「いいえ。借りた時、どこに魔力を注げばいいのかを教えられただけ。

 複雑な手順はありませんでした。」

「...ん?」


 話が噛合ってない。

 たぶん、望様は俺が本当に聞きたい事を理解していないと思う。

 となると、訊き方が間違っていた、という事か。


「なぁ、ななえちゃん。

 もしかして、私は見当違いの返事をしたのか?」

「いいえ。今回は私の訊き方が悪かっただけです。」

「つまり、私はななえちゃんが望んだ回答をできてなかった、という事ですか?」

「あはは、望様。私達は二人、別々の人間ですから、こういう事も起こりえます。」


 少なくとも、「言語の違い」がないだけでも、十分にありがたい話だ。


「望様、質問し直します。

 この游艇を操作する時、操縦者に特別な技術を必要されますか?」

「なるほど、聞きたい事はそちらでしたか。

 まず、質問に答えます。行先を決める程度の操作の仕方を知る必要はあるが、それ以外は何も必要ありません。」

「どうして?」

「次に、理由について答えます。この游艇という乗り物も、游房と同じ『神の遺物』だからです。

 現代の人でもまだうまく作れないオートモード機能を搭載しています。障害物が突然現れても自動的に避けるとか、操縦桿から手を放しても持続に前進し続けるとか、そういう事ができる機能です。」

「オートモード機能...」


 実用化どころか、多用性まで持てるように進化していた、本当の「オートモード」。

 俺の知ってる「オートモード」より、何歩先も進んでいる。この世界では「失われた技術」ってところか。

 そういえば、一概に「太古の遺物」と呼ばれている物の中に、「発条式懐中時計」のような物もあれば、何故か今もつける事が可能な「パソコン」もある。

 游房もヘリコプターもそうだ。速いが、雛枝(ひと)にぶつけてしまったヘリコプター。動き続ける限り、酸素が切れない、モノにもぶつけない游房。

 同じ「太古の遺物」だけど、明らかに作られた時期が違う。


「ふふっ。」

 いいね、これ、「考古学」。飽きさせてくれねぇな!


「ななえちゃんが楽しそうで、よかった。」

「ありがとう、望様!とても楽しいです。」


 お父様に言われて入った部活だけど、ようやく自分から楽しめそうな気がした。

 今後の合宿、ただの遊びの言い訳ではなく、本気で「実績」をいっぱい作ろうか。



「でも、『魔力を使う』事に関して、現代の人類の技術ですね。」

「そうらしい。けど、その方法について、まだ公表されてません。

 一体、誰が考えて、どういう方法で魔力を『神の遺物』のエネルギーに変えたのでしょう?」

「あれ、望様は知らないの?」

「残念ながら、情報が操作されています。氷の国の内部でも、それを知ってる人がごく一部でしょう。」


 俺は昨日、雛枝から告白されたぞ。しかも自慢げに、「みんな、頭が固いんだよ」とか言って。

 なのに、情報が操作されている?雛枝は自分からばらしていないのか?

 もし、彼女自身からばらしていないとなると、俺に自慢げに教えたのは、俺が「姉様」だから、なのかな?

 ...雛枝に対する評価、また改めなければいけないみたい。


「難しい顔をして、どうしたの、ななえちゃん?

 何か心配事?」

「むー...」


 もし、雛枝が俺以外に黙っているのなら、俺も無闇にそれを他の人に教えてはいけないと思う。

 が、相手は望様だ。教えても問題ない相手だと思うし、教えても問題ない情報だとも思う。

 なにより、望様達に、嘘を吐きたくない。


 と、俺が悩んでいる時に...

 ぐーー...

 俺のお腹が鳴いた。


「っ...///」

 何でこのタイミング?

 おい、お腹!お前、分かってんのか?

 今、ここ、二人しか、いないの、だぞ!

 誰のお腹が鳴いたのなんて、一発でバレるじゃん!


「え、っと、ななえちゃん...」

「望様!」

「はい!」

「そのっ...」


 何か、この場を切り抜ける方法...

 いや、分かってるよ、もちろん!言い訳とかを考えても、何の意味もない事なんて、分かってるよ!

 でも、それでも素直に認めたくないだろう?

 こんな恥ずかしい事、認めたくないだろう?


「あーの、望様!私達、今日、朝ご飯、食べてないでしょう?」

「そうですね。

 ななえちゃんも何か起きたくない理由があるって、白川君から聞いてる。」

「ですよね!」


 望様も俺も、今日の朝ご飯を食べていない。


「そして、望様は昨日、晩御飯を食べていない!」

「食べてないね。」

「でしょう!」


 昨日の晩御飯抜きの望様は寧ろ俺より先に、お腹の音を鳴らしてもおかしくない。

 運悪く、俺のお腹が先に鳴ったが、望様だって、先にお腹を鳴らす可能性がある。


「そうですね、ななえちゃん。さっきのは...」

「ちょっと待って、望様!話は終わってません!」


 なんか、望様から「いい人オーラ」が出ている!「鳴ったのは私のお腹です」とか、言い出しかねない雰囲気。

 恥ずかしがってる俺の代わりに、その恥を背負おうとしてる。

 でも、問題は「二人きり」という特殊な今の現状。大勢な人の中ならまだ「大勢の内の一」分の恥で済むが、二人だけだとどう転んでも「二分の一」分の恥を背負う。

 というより、「恥」を代わられたら、「二分の一」分以上に恥ずかしいとか、「二分の二」の恥に膨れ上がるというか...

 あぁあああ!頭が混乱してきた!


「の、望様、その...望様!」

「ななえちゃん、大丈夫ですか?無理しなくていいから、ちょっと顔が赤いよ。」

「いいから!そんな事、いいから。

 とにかく、私の話を聞いて!」

「うん、分かった。」

「えっと、その...」


 えぇっと、何を言いたかったっけ?

 望様と俺は今朝、ご飯を食べていない。

 望様は昨日、ご飯を食べていない。

 ...あっ!


「私も!昨晩、殆ど食べていない!」

「そうですか?何か、ありました?」

「何も!

 食欲が、ちょっと、なかった、だけです。はい。」

「何にもありませんでした?」

「何もない、大丈夫です。」

「なら、よかった。」


 昨日、俺があまりご飯を食べていなかった話を聞いて、本気で心配していたのか、望様が胸を撫で下ろす仕草をした。

 ちょっと、罪悪感...いや、別に悪い事していないし、嘘もついていないのに、何で「最悪感」が来る?


 とにかく、まずお腹が「ぐー」になった話を終わらせよう!


「つまり、私が何を言いたいというと、その...そ、そう!

 同じく昨日の晩御飯と今日の朝ご飯を食べなかった同士、どっちがお腹が鳴っても、おかしくないのですよ、今は!

 偶々鳴ったのが私のお腹ですが、望様のお腹が鳴る可能性も、別の並行世界ですでになっている可能性もあります!

 寧ろ、私は小食です!望様のお腹が鳴る可能性が大きい、けれど、今回は偶々私のお腹が...偶々!私のお腹が鳴りました。

 はい、鳴りました!それは認めます!私のお腹が鳴りました!その事実を事実として、認めます!

 しかし、望様のお腹が鳴る可能性の方が、私より何倍も大きい!望様が、お腹を鳴らす可能性の方が、大きい!

 望様の方が大きいです!私は、小さいです。

 偶々...偶々、私のお腹が、鳴きました...」


 はぁ、はぁ...言い切ったぞ、俺!

 そうだ!偶々だ!

 偶々、俺のお腹が鳴いた、だけ...

 偶々...

 ......

 ...

「落ち着きました?」

「...はい。

 見っとも無い姿をお見せして、すみませんでした、望様。」


 息を整える為、少し時間を要した。

 でも、もう大丈夫!今の俺は冷静だ。


「...偶々、ですよ。」

「はいはい。」

「ぅ...」


 なんだか、望様の視線が、幼子を慈しむような、父親のような視線になっているが、きっとただの俺の被害妄想による錯覚だろう。そうに違いない。


「どこか、ご飯を食べに行きませんか?」

「え?ですから、お腹が鳴ったのは...」

「私もそろそろ、お腹が鳴きそうですよ。」

「あっ!」


 そういえば、お腹が空いたな。

 っていうか、空かなかったら、そもそもお腹も鳴かなかった。


「お腹の『鳴き合戦』が始まる前に、先にご飯を済ませましょう。」

「鳴き合戦...ふふっ。」


 変な「合戦」...

 やっぱり、この世界では...この場所では望様が「大人」だな。


「私、普通のファミレスがいいです。

 でも、海底にあるのかな?」

「ななえちゃんは二日遅れで私達と合流したでしょう?ここがその間に、私達が宿を借りた潮岬(しおさき)区です。

 もう少し進んだところに氷山があり、そこでご飯を済ませましょう。」

「ファミレスはあります?」

「庶民的チョイスに感謝します、ななえお嬢様。

 安心して、ありますよ。」

「あら、望様ったら。

 日の国三名門の一つ、千条院家現当主らしからぬ『感謝』ですね。」

「上司の娘さんから、また何か無茶ブリされるじゃないかと、いつもヒヤヒヤしています。」

「うふふふ。」

「あははは。」


 イケメンなのに...

 意外と一緒に居て、楽しいなぁ。

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