第五節 星見山見物⑤...素直、になってみたい
長すぎて、予定より一節増やしました。
いっつもこれだよ。
だらだらって、すみません。
「まだ目覚めてない事以外、完全に治ってるね。」
雛枝から話を聞いてるとはいえ、驚きはする。
元のイケメンに寸分違わずに戻された望様を見て、もちろん嬉しいと思った。しかし、同時に少し「嫌だな」とも思ってしまって、ちょっと複雑な気持ちだ。
折角不細工になったイケメンの顔が「イケメン顔」に戻った...というようなやっかみではない。傷痕が一つも残ってない事は良い事だ。
ただ、こうも綺麗に治したと、あのニク達磨が望様にした事までがキレイに消されたように感じがして、怒りが薄められそうで嫌だった。
「明日に、目が覚めるだろう。」
実の兄に対して、星はどこまでもドライだった。
「今日はもう休ませてやりたい。部屋を借りられるか、ななえ?」
ここの所有者は「喰鮫組」、延いてはお母様か、雛枝か家主という事になるのに、星は俺に尋ねた。
人見知りという訳でもないのに、積極的に他人と関わろうとしないのは星の欠点で、将来の為にならないと思う。が、全国大会優勝ひかり様の御心を思うと、お諫めするのも酷に思える。
「このくらいは...やはり『普通』なのか、星?」
「ん?」
「あ、いや。何でもない。」
主語を省略しただけで、俺の聞きたい事が分からなくなるレベルに、この世界の「傷」に関する常識が俺のとは圧倒的にずれてる。
大袈裟...大袈裟、か。
今はまず、星の「お願い」に答えて、望様を休める場所に担いでいこう。
「雛枝、頼めるのか?」
「ん~、姉様の頼みなら全部聞いてあげたいけれども、ねぇ。」
大した事を頼んだわけでもないのに、何故か雛枝が「渋る」顔を見せた。
それとも、難色を示す程の頼みだったんだろうか?裏社会にいる人達の縄張りなら、組長関係者の友人でも、住む事は許されない。とか?
「『姉様を通して』ってやり口、ちょっと気に入らないかなぁ。あたしに直接ではなく。
意外と陰湿?狡い?こすい?」
まだ何の関係性も築いていない星に、何故か雛枝が絡んで行った。
挑発?これは挑発かな?
しかしなぜ?俺の知っている限り、この二人はまだ碌に言葉も交わしていない筈。
いや、交わしていない。唯一、二人が「言葉を交わした」と言える初対面の自己紹介の時でも、この二人がお互いに直接声を掛けたり、返事したりするようなやり取りはなかった。
碌に言葉も交わしていなかった相手に、挑発?何故?理由が分からない。
となると...「理由の分からない不可解な行動」を取った理由、逆転思考で考えるべきか?
つまり、星に半ば無視とも言える態度を取られた事に、雛枝が怒った?
「......」
星も星で、雛枝をガン無視。
困った。
参加資格に年齢制限がなかった日の国全国練武大会を優勝した星、彼女はその時全国の人気者になった。
が、同時に、「賞金首」にもなった。その実力見たさだけで、喧嘩を売ってくる人も沢山現れた。その都度に買っていたら、彼女はきっと俺の世界での「番長」などになっていたんだろう。
幸いな事に、星は殴り合いが好きじゃないっぽい。誰かから挑発されても、かな~り年齢不相応な大人すぎる冷静さを見せ、相手の挑発をスルーする。
それで、まだ「子供」の星に対して、「大人」達は仕方なく黙るし。同年代の子たちは...少なくとも学園の中で星が「野試合」をしたのを見た事がない。
俺の時もそうだったなぁ。
嫌いな相手に対しても、絶対に本気を出さない。
あき君相手の時だけ「本気」を出せるらしいが、見た事がない。
しかし、困った。
分かる人には分かる事だが、「挑発がスルーされた」ってのは、滅茶苦茶に頭にくるんだ。
星はいつも通りの事しかしてないか。雛枝、怒るだろうなぁ...
「あのね、雛枝...」
「別にいいけど。」
...
口があーんぐり。
雛枝の挑発を無視した星を、そもそも雛枝は見ていない!
挑発だけしといて、相手の反応にさえ、興味を持たない、我が妹様・雛枝様。
心配して損した。
「お前!えっと、それとお前とお前。
この人を14階のどっかの客間に運べ。」
適当に人相の悪い何人を指差して、望様を「どっかの客間」に運ぶ指示を出す雛枝。
人の名前くらい、憶えてあげてよ、雛枝。
...ふむ。
またはそういう性格な娘なのかな?他人に興味を持たないとか。
その場合、星ととんとんだな...まだよく知らないけど。
「ぁっ...」
無意識に伸ばした手を、もう一本の手で押さえる。
誰にも見られていない事を願う。
別に俺が担いで行かなくても...
......
「俺が」、ではなく。「俺達が」、が正しい。
というより、俺が一番駄目だろう。今の望様に近づく事もできないんだから。
...望様が運ばれていく。
見た目、完全に治っているから、安心していいと思うか...触る事すらできないってのは、辛いなぁ。
別に俺は医者じゃないし...触った所で、何かが分かる訳ではないし...
「姉様の黒髪、きれい。」
「えっ?」
黒...?
なるほど。
「もう夜か。」
自然と、自分の髪を梳かす...すっかり女の子のフリが板についたな、俺。
何故か「草」という文字を持つ花・吸光草の所為で、洞窟の中がずっと明るいままだった。でも、何故か「環境」ではなく「時間」に合わせて色が変わる髪の毛のお陰で、10分間だけの夕方が過ぎていた事に気が付けた。
「なんか食べに行く、姉様?」
笑顔で誘う雛枝。
気持ちの切り替えが早いというか。たぶん、俺以外の誰も、先程の出来事を重く考えていなかったのだろう。
なら、俺も合わせるべきだな。
「そうだな。」
それほどお腹は空いていないか。
「みんなはどう?」
そう言って、みんなの顔を一人一人見たら、誰一人も返事をしてくれなかった。
「あれ?」
妙な「間」だな。
誰も返事して来ないのは何故...あ!大人がいないからか。
望様は先程に運ばれて行ったし、タマは今猫ちゃんになっている。
「あー、えっと、ななちゃんが決めていいと、思う。」
あき君が最初に、しかしたどたどしく返事した。
チッ
まぁ、残りのメンバーの中では、あき君、になるよな。ヒスイちゃんは人見知りで、星は積極的に発言するタイプじゃない。
ここは部長の俺が勝手に決めるか。
「じゃ、ごはんにしようか。
雛枝、なんか用意とか、ありました?」
あき君を軽く無視して、俺はまた雛枝に声をかける。
「喰鮫組はレストランじゃありませんよ。」
「ぇ、あ、うん!」
しまった!普通にご飯が出ると思い込んでいた。
しかし、雛枝の言葉遣いは結構容赦ないな。軽くビビっちまった。
「でも下の方に、堅気が出す店、何軒もありますよ。」
「え、下の方?堅気?」
「えぇ、そうですよ、姉様。
あ、そうか!言い忘れてましたか。
この氷山、下10階はパンピーの店で埋まってるのですよ。」
「ぱんぴい?」
「驚きました?」
「まぁ...」
というより、言葉の単語が分からない。
ぱんぴい?
堅気って、どっちの意味だっけ?やくざの方?そうじゃない方?
「あたしの一番のお気に入りは...3階にありますわね。
姉様姉様、ちょっと遠いけど大丈夫?」
「うん、今日は雛枝に任せるよ。
別に『一番のお気に入り』じゃなくても。適当な食べ物屋で大丈夫だよ。」
「はーい。」
身を翻す雛枝、最後は蝶水さんに向き合って、「先に行って」と。
だけど、蝶水さんの方は迷いを見せた。
「しかし、お嬢。自分、組長からお嬢の姉さんと一緒にいなきゃ...」
「あたしがいるじゃん。平気平気、蝶水行って。」
「...はい」
渋々と、蝶水さんが一足先に去った。
「じゃ、姉様!一緒に行きましょう!」
そう言って、雛枝は勝手に俺の手を掴んで、歩き出した。
「あ、ちょっと待て!分かった、手を引っ張らないで。
というか、方向が逆じゃない?」
何故か雛枝は蝶水さんが向かった真逆の方向に行こうとする。
「向こうは『吹き抜けホール』、階段はこっち。」
「吹き抜け?」
「姉様は魔法無理でしょう?あたしの魔法ですら無理なのに。」
「あ、そうなんだ。」
俺の身体、雛枝のでも無理なのか。子供の頃に何かあったのだろうか?
そして、「吹き抜けホール」に「魔法」か。魔法の使えるこの世界の人達にとって、エレベータは不要なものだが、飛行魔法を使う為の通り道は必要、という事かな。
「あぁ!他の皆様はどうぞ、向こうの吹き抜けを使ってくださいね~。
あたしは姉様と二人だけで、階段を使いまーす。」
「えっ」
みんなと離れるのか?
...いや、そうした方がいいか。
みんなに無理して俺に付き合わせるのは悪いし。
「あ、あの!」
俺が小さな覚悟を決めて、雛枝について行こうとした時、小さな女の子の声が響いた。
「ヒスイも、ナナエお姉ちゃんと一緒に行く!」
人見知りのこの娘は何故...って、そっか、心を読んだのか。
優しい子だな。
...よし!この際だから...
「星も来る?歩きになるけど。」
「別に。拘ってない」
と言いながら、俺達について来る星であった。
そして、タマはヒスイちゃんに抱っこされたままで、間違いなく一緒にくるので、残りは...
「......」
「......」
あき君だけとなった、か。
...聞くべきよね。
...あき君だけ抜け者にするのも、ねぁ。
...はぁ。
「...来る、あき君?」
「行っていい?」
「......うん」
ってか、いつまで怒ってんだろう、俺?
そもそも何に怒っていたっけ?
......
...
魔法が使えるみんなに非効率的な「階段」を利用させてしまった事に、少し申し訳ない気持ちはあったが、意外と下りる間に雑談に花が咲いた...あき君抜きで。
その一番の理由は、階段の周りはガラス張りで、周囲の景色を楽しめるから。
いや、氷、かな?硬さはガラスと同じレベルか、それ以上か。感触もガラス同然だった。
そして、遂に雛枝の「一番のお気に入り」の店に着いた時、一つ問題が起こった。
「すみません。ペットのお連れ込みは、ちょっと...」
途中で疲れたヒスイちゃんからタマを受け取った俺に、受付の人がタマの入店拒否を言い渡された。
外観からして、かなりおしゃれなレストランのようだから、ペット同伴拒否もあり得なくない話だ。
しかし、あき君まで許した俺に、今度はタマを抜け者にするのは、猫好きの俺としては許せない気分だ。
受付の人、大人しそうな女の子みたいで、ちょっと俺の悪戯心をくすぐる顔つきをしてるが、別にそれが理由で...
「タマはペットじゃない!私の家族だよ!」
「えっ?えっと...」
やっぱイジル事にした。
あわあわしている。可愛い!
「その、『タマ』ちゃん?とても珍しい...」
「うちのメイドだけど、大事な家族だよ。」
「メイド!?へっ!?
ぺっ...との、メイド?」
「まさか、差別なの?」
「へっ!?」
「ちょっとばかし『猫に見える部分』を隠しきれなかったから、人間じゃないと言いたいのか?」
「ね、猫ちゃんでしたか。
隠しきれてないっていうか、丸ごと『猫』っていうか...」
ふふっ。
弄り甲斐のあるメイドを一人も...いや、違った。タマ以外のメイド隊全員、一人も連れて来れなかった為、俺のストレス解消用要員が圧倒的に足りていない。唯一一緒にいるタマも、ほぼ「猫状態」で、苛めにくい。
...別にそれが理由で初対面の人を苛めようとしてる訳じゃないよ。
ただ、家族とはいえ、裏社会のお母様とその娘さん、そして怖そうなお母様の部下達、俺の護衛になった顔に火傷のある女の人...俺も俺で、色々とストレスが高速に溜っていているんだよ。
そもそも、この受付の人が「大人しそうな顔」をしているのがいけないんだ。
「あのね、例えばさぁ。」
「はい?」
「仲のいい友達と一緒に遊びに行きたいが、丁度親が外出していて。」
「はぁ?」
「生まれたばかりの弟を家に残して、行けるのか?」
「...えっと?」
「でしょう?できないでしょう?弟も連れて行くでしょう?」
「...生まれたばかりのお子さんを、残して外出する親はいるのでしょうか?」
「......」
それもそうだ。例えが悪かった。
「要は!」
「はい!?」
「家族を一人に残しちゃういけないんだよ、言いたい事は!」
「はぁ...」
「ね。このコはペットじゃなくて、家族だよ。
家族は、大事!だよね?」
「そ、そう言われましても...」
困っている。
ふふっ、凄く困っている。
押しに弱い女の子かな?
後ろにいるあきく...ヒスイちゃん達が小声で「また、ななちゃんの悪い癖が...」みたいな事を言っているのを聞こえたが、気にしない。星なんて、とっくに待合席に腰かけてて、目まで閉じてて寛いでいた。
一緒にイジメて来ないのは、彼女達がまだ「良心」がある所為だろう。しかし、清らかでいたいお前らだが、俺を止めなかった時点で、既に「汚れ」ているよ。はっはっはっ!
「家族は大事。
いつも一緒にいるから、その大事さに気が付くのは意外と難しい。
だって、私達人間って生き物はいつも...失ってからようやく、それが大事なモノだと気が付く。
違う?」
「え、えっと...」
「君にも大事な物はあるでしょう?大事な人はいるでしょう?
それを失くした時、失った時の事を想像してみて。」
「想像?何故そのような事を...」
「そして、教えて。それは、気持ちのいいものなのか?」
「急にそんな事を言われても...」
「ねぇ、どんな気持ち?」
「はぁ...えと...」
俺に言われるがままに、本気で「大事なモノ」について考え始める受付嬢、押しに弱い娘だな。
「嫌...な気持ち、かな?」
曖昧な返答だが、こんなものだろう。
まぁ、平和な世で「家族が大事」とか言われても、深刻な顔で同意する方がおかしいよ。とはいえ、真上にマフィアが住んでいるというのに、その下の階層で働く事に恐怖がないのか?
「なら、入ってもいいよね?」
「ね、猫ちゃん連れての、ご、ご入店、の事です、よね?」
「質問を質問で返さないで。
これはあくまで『家族』と一緒に食事をする行為、店に迷惑を掛けたい訳じゃない。
分かってくれるよね?」
「ぁ、はい...分かります。」
遂に「分かります」と言わせてしまった。
こういう「我の弱い」子に、こっちがちょっと強気で行けば、すぐに折りてくれて、とても扱いやすい。
...あまり「友達」になりたくないけどな。
「オケ―。ヒスイちゃん、入るよ。星も。
あと、あきっ...」
いつものように、意図的に男性の名前を「序に」口にしようとしたら、途中でどもった。
が、別に「急に気分が悪い」とか、何か特別な理由はない。というより、何故どもったのか、俺自身もよく分からない。
何故か、あき君を呼ぼうとしたら、急に嫌な気持ちになって、「声を掛けたくない」って気分になる。
いつから、だ?いつから、急にあき君と「喋りたくない」と思うようになったんだろう?
とりあえず、昨日の時点は普通だった。今朝だって、最初は普通だった。
俺が何らかの理由で、あき君の事が嫌いになった?
それはないなぁ。俺は「男」にそこまでの気を遣わない。
だけど、「あき君に全く興味がない」とかでもない。俺にとって、あき君は大事な友達で、三人しかいない考古学部の部員二号ちゃんだ。
男に気を遣わない...これは別に「性差別」とかではない。やっぱ「男同士」という関係は「女同士」と比べると、かなり大雑把なんだ。他人であっても、友達であっても、お互いは基本気を遣わない。
しかも、仲が良ければいい程、それが酷くなっていくのだよ。目の前で悪口を平気で言い合ったり、勝手に机に隠しているパンを食われたり、しかも料金も払わない。
喧嘩した次の日に、何食わぬ顔で一緒に食堂に行く事など、しょっちゅうあったよ。
...まぁ、俺の昔の親友の話だけど。
男全員が全員、そうだとは思わない。俺も別に感が鈍い人って訳ではないし、相手が本気で嫌がっているようなら、自重もする。
だけど、とりあえずあき君はたぶん...「普通」だろう。気を遣うような男じゃない、と思う。
となると、元の話に戻すと...俺はあき君の事、嫌ってはいない。急に余所余所しくしたくなる理由がない。
ならば...
「な、奈苗さん?」
「ん?」
聞き慣れた音だけど、距離を感じる呼び方。その違和感が俺を「現実世界」に連れ戻してくれた。
「あぁ...久しぶりにやっちゃったね、あき君。」
ぼーっとしてた俺に声を掛けたあき君に、小さな笑みで返事した。
それだけの事なのに、強張っていたあき君の顔が緩み、「ぁっ」とほっとしたような声を漏らした。
人を見つめたまま、考え事に耽ってしまう。俺の悪い癖の一つ。
振り向くと、先に店に入った雛枝が大袈裟に両手を振っていて、その隣に蝶水さんが立っていた。ヒスイちゃんは途中で足を止め、俺達を待っていた。星は俺の「親友」の癖に、もう席に着いてて、振り向く事もしないで、お茶を飲んでいた。
「行こっか、あき君。」
「え、はい!
行こう、ななちゃん。」
考え事は食事しながらでもできる。とか思って、俺はタマを抱えて、みんなの所に向かった。
......
...
さすが雛枝の「一番のお気に入り」、サービス満点で、料理のクオリティーも悪くない。暫く赤羽真緒の料理を口にしなかったが、舌が肥えた俺が「美味しい!」と感じる程、見た目もいい料理だった。
その所為か、みんなも食う事に集中していて、あまり喋らなかった。周りもそれなりに静かだったし、その所為もあるだろうが、喋る時は、みんな、少し小声になっていた。
もしここに、星の弟妹のような子供がいたら、出国前夜の晩餐会のような賑やかさもあったんだろうが、今の静かな感じも、心地よいものだった。
途中で受付嬢が怒り心頭な表情をした知らない人を連れてきた、というイレギュラーもあった。だけど、その人が俺達を見た瞬間、正確には「雛枝達」を見た瞬間、急に土下座して、「失礼しました」とか言って、受付嬢を連れて、逃げるように去っていた。
改めて喰鮫組の影響力を知る出来事だった。ちょっと慣れてしまったのか、今回は何とも思わなかった。
だけど...
「すみませ~ん。」
俺は給仕を呼んで、自分の分の料理を全部下げてもらった。
「あれ?どうしたの、姉様?口に合わなかった?」
「いや、美味しかったよ。」
しかし、小食の俺だが、今回は更に、いつもの半分も食えなかった。
「食べ始めれば、きっと食べれると思ったか。
...実は、あまり食欲がないのだよ。」
言いながら、俺は片付けられた机の上に、うつ伏せになった。
そして、頭だけ上げて、あき君に声を掛ける。
「あき君。昨日の飲み薬、『何時間効果がある』とかのような物?」
「一度飲めば永遠に続くと思うか。ななちゃん、体調悪い?」
「...たぶん、違う。」
腹が痛い訳じゃないし、熱もたぶん出てない。「気分が悪い」という感じは全くない。
気持ちの面でも至って普通だと思う。テンションが急に高くなったり、急に無気力になったりも特に何もない。お母様からの指輪もしっかり嵌めてるお陰だと思う。
それに、食事中にちょっと面白い出来事もあった。
受付嬢の事もそうだが、実はもう一つ、うっかり笑い声を漏らしてしまった出来事があった。
タマだ。
タマは間違いなく人間で、俺達と同じものを普通に食える。甘いものが苦手とか、熱いものが飲めないとか、そんなの、一切なかった。
だが、外見は完全に猫なので、給仕の人も完全に訝しんでいた。それでも「プロ意識」が働いたのか、猫姿のタマにもちゃんとサービスを提供していた。
机の上に寛いでいる猫に、戸惑いの表情を浮かびながら、少なくなったお茶を足す給仕。
写真に残したくなるような面白い光景だった。
それでも、食欲は結局沸かなかった。
「『気分が悪い』って感じがなかったよ。」
そう言いながらも、一応用心の為、自分と隣の雛枝の額に手を乗せて、温度を確かめた。
「きゃっ!」
急だったのか、雛枝が小さな可愛らしい悲鳴を上げた。
「もう、姉様。急にやるなよぁ。
びっくりしたじゃありませんか。」
「ん?」
異な事を言う子だな、と思った。
「君がよくて、私がダメ?」
こっちは中身が男だっていうのに、所構わず抱き付いて来やがる。
まぁ、「守澄奈苗」にも「抱き癖」があったから、「これは遺伝だ」と、「雛枝なりの愛情表現だ」と、必死にずっと耐えてきた。
今の、「反撃」としても、百分の一にも満たないレベルだ。文句を言われたくないな。
「むーん...だめね、分からない。」
雛枝の額から手を降ろす。
昔から、お互いの額に手を当てての体温確認が不得意だ。
両親も含めて、妹の方もできた事だが、俺はずっと、コレだけが出来なかった。しかも、俺を除いた家族全員、片手で分かるに対して、俺は両手を使っても分からんかった。
大体、何で「手のひら」だけで体温が測れるんだ?手のひらで分かるなら、「体温計」という発明は要らないじゃん!わざわざ買ったんなら、「体温計」で体温を測れ!
と、前の世界の不平等さに心の中で文句を言う俺は、気が付いたら、星がいつの間にか近くに来て、俺にキスしそうな勢いで顔を近づいてきた。
「うおっ!」とバカみたいな悲鳴を上げた俺は、すぐに顔を逸らそうとした。
けど、俺の反応を予知したのか、星は俺の頭を掴んで、俺を逃がさなかった。
そして、俺の額に自分の額をゆっくりくっ付けた。
あぁ、なるほど。そういう事か。
星のおでこ、暖かくて、気持ちいい。
それに、とてもいい匂いがした。香水などの匂いではない、女の子の匂いだ。
目、閉じてる。閉じててよかった。
この至近距離で目を合わせられたら、理性が飛ばなくても、軽く「ふわ~」になる自信がある。頭が一瞬真っ白になる自信がある。
「熱はない。」
そう言って、ゆっくり俺から離れる星。
そして、すぐに俺の対面にある自分の席に戻らず、俺の身体の所々を触り始めた。
「あ、あの、星?」
「なに?」
幾ら親友とはいえ、他人の身体を遠慮なく触る事に何の疑問も、抵抗も持たない星。自分が今している事がどれだけ「すっげ~」のか、全く分かっていない様子。
「いや、星、やめて。
とりあえず、やめて。意味ないから」
星の両手を掴んで、持ち上げた。
この俺の行動に対して、星は無表情のままだが、俺の目では頭の上にはてなマークがついてるような表情だった。
常識レベルな事なのに、分からないのか?と心の中でツッコんだが、「星だから」と自答して、「仕方ないか」と説明する。
「血縁者でもない上、違う種族で体温を測っても、意味ないでしょう?」
そして、この説明を聞いた星は予想通りに、ただの無表情の顔を見せた。
これは「思考停止」中の表情だな。
ってか、俺、凄くない?長い付き合いのお陰とはいえ、クールな星の微妙な表情変化に気づけるようになっているぞ。
誰かに自慢したいよ!
っと、本題に戻ろっ。
「星、自分のルックスに自覚して。
美形一家の君のご兄弟の中でも、君は男女関係なく受けるルックスだよ。分かる?」
「...あまり、興味ない。」
「知ってる!それ、知ってるから!」
長い付き合いだから、星の頭の構造が非常にシンプルである事をよく知っている。
感情の起伏が殆どない事も知ってる。たぶん一番仲のいい「同性友人」の俺でも、彼女を怒らせるだけでも一苦労だ。
「興味なくても、他人に無遠慮に触るのはよくないよ。
特に君の場合、すぐに勘違いされますわよ!
結構の数の人に告白されてない?しかも、性別関係なく。」
「...ない。」
「...あれ?」
「...一度もない。」
......ん?
予想が完全に外れた。
「一度も?」
「うん。」
「マジで?」
「嘘つくような事じゃない。
それに、ななえ以外で誰を触ったことが...ん、家族以外、触ってない。」
......はぁ。
そっか、そうだった。
そういえば星って、一研に入学した当初、クラスメイド達に対して「興味がある」フリをしていたが、実際は他人に興味を持たない子だった。
俺が彼女を「ぼっち、ぼっち」としつこく呼び続けたのもそれが理由で、彼女があき君と仲良くなったと聞いた時、ビッグバン並みな驚きを受けてた。
「ねぇ、姉様。」
急に、後ろから雛枝がくっ付いてきた。
「仲がいいじゃありませんか、姉様?どういう事?
ねぇねぇねぇ、どういう事どういう事どういう事?」
くっ付かれたが、びっくりしなかった。俺が星と「イチャイチャ」してるうち、絶対何かをしてくるだろうと予想していた。寧ろ、遅い位だ。
「はぁ、さっきから大人しいねぇ、と思っていたか。
なに?大事な要事?」
「単純に興味があってね~ぇ。姉様がね~ぇ、あの有名な『ひかり様』とはどのような関係かな~、って。」
「一応親友。」
「...へっ?」
短くシンプルな答えに、雛枝の身体がビクッと小さく跳ねた。
はぁ...
なんとなく、今の自分がどういう状態になっているのか、分かってきた。
星と触れ合って、雛枝にくっ付かれて、あき君に理不尽な怒りを覚えて、タマと給仕のやり取りを見て、眠ってる望様を見て...
そして、長年会っていない「お母様」との再会、「守澄奈苗」というカメレオン...
「あき君、タマ。ヒスイちゃんも一応聞いて。」
俺は蝶水さん以外の全員に、自分の考えを述べる。
「たぶん、『私』は素直になりたいのだと、思うの。」




