第五節 星見山見物②...睨み合い
庭園に戻ったら、丁度タマが人の形になった瞬間に出会した。
タマが人になる前に、まだ庭園まで少し距離がある所で、俺はヒスイちゃんが同年代の男の子に絡まれてるのを目にした。
その男の子はタマと同じように猫耳が付いていたが、ガラが悪く、「何見てんだ、ンァ!?」的な感じでヒスイちゃんを睨んでいた。
それに対して、ヒスイちゃんはかなり怯えているように見えた。男の子から目を逸らしていて、顔を下に向いていた。
にも拘らず、男の子はそれでもしつこくヒスイちゃんを睨み、顔を覗き込んでヒスイちゃんの目を追った。
俺の可愛いヒスイちゃんにガンを飛ばして、余程命が欲しくないと見た。
隣に蝶水さんもいる事だし、俺は強気な気分で、ヒスイちゃんを助けようと足を早めた。けど、俺がヒスイちゃんの所に着く前に、先にタマが人の形になって、ヒスイちゃんと男の子の間に入った。
「ンァ、何?文句はあるのか、オメェはよ?」
タマは同じ猫耳を持つ男の子を睨んだ。
「何しゃしゃり出てんだ、テメェ?何なんだ、テメェは?」
男の子も負けずにタマに睨み返した。
「用心棒だ、オラ。うちの嬢ちゃんに何絡んで来てんの、オメェ?」
「絡んでねぇし。
デケェ図体してっからって、調子乗んなよ、テメェ!オレはビビらねぇぞ!ヤんのか、オラ?」
「ンァ?」
「ンァ?」
なぜか一触即発な感じになってた。
ここまで来たら、タマ達のやり取りがちょっとした騒ぎになった。
それに気付いた庭園にいる望様達も、近くにいるマフィアの方達も集まってきた。
多くの人に見られている中、それでバツが悪く感じたのか、男の子は舌打ちして、建物の中へと去っていた。
「ヒスイちゃん!」
遅くなったが、俺はヒスイちゃんに駆け寄る。
「大丈夫だった、ヒスイちゃん?」
「大丈夫でした、ななえお姉ちゃん。タマさんのお陰で、ヒスイは何ともありませんでした。」
そう返事したヒスイちゃんだが、俺に抱きついて放さないでいた。
「怖い目にあったんだね、よしよし。」
俺はヒスイちゃんの頭を撫でる。すると、ヒスイちゃんが頭を上げて、上目遣いで俺を見つめた。
「ななえお姉ちゃんが来てから、ヒスイ、もう怯えてないのです。ななえお姉ちゃんは必ずヒスイを助けると、ヒスイは分かります。」
「可愛い事言うね、ヒスイちゃん。大好き!」
俺は続けてヒスイちゃんの頭を撫でた。
「それにしても、タマ、意外だったよ。」
俺はガラの悪いタマを見つめた。
「あ、お嬢様、お帰りなさい!」
タマは一変して、礼儀正しいメイドに化けた。
「今更隠さなくていいよ、タマ。今のが君の『真の姿』でしょう?」
猫だけに、猫を被るのが上手いって事かな。
「違いますよ、お嬢様。あれはただの挨拶よ。」
「挨拶?」
「えぇ、こういう耳を持つ者同士の間の挨拶。」
そう言いながら、タマは自分の耳を指さした。
猫耳?猫耳同士の挨拶?
「睨みあってたのではないか。アレが挨拶?
今にも殴り合いが始まるじゃないかって...」
...ワクドキしていていた。
「ないないない!
私ら地上種猫系はよくガン飛ばしますが、滅多に喧嘩沙汰に発展しないよ。
弱い方が大人しく引いて、平和的に解決するって。」
「え~?」
「マジです。」
大真面目な顔して、タマは返事した。
動物の猫も良く睨み合いをするが、滅多に戦わないのと同じく、タマ達猫耳同士もそういうものかな?この世界の人間って、本当に動物みたいな生き方をするな。
地上種猫系?
地上種はよく聞くし、学んでいたから、陸の上に住む人々の事だと分かる。それに加えて「猫」系?
初めて「何々系」という言葉を聞いたが、理解が難しい言葉ではない。ただ、良いのか、この世界に住む人間達?自分達の区別に動物の名称を使うのは屈辱じゃないのか?
...俺が気にし過ぎ?
「それだと困るんだがな。」
その時、低い枯れた声が男の子が去った方向から流れてきた。
「『弱い方が大人しく引く』?『平和的に解決』?そうもいけねぇだよ、こっちは。」
音のした方向に全員が振り向く。
建物の影から一人...えっと、お腹の横幅がかなり広い男の人が現れた。
その人の外見を一言で表現すると、「球のような体をしている」。顔も体も、腕も足も、全部が丸い肉達磨だ。
ただ、先程の男の子が頭血塗れな状態で、その人の「肉々しい」手に引っ張られていた。
「最高顧問!?」
マフィアの一人がそう言うと、他のマフィアの方達も騒めき始めた。全員が一斉に現れた人に頭を下げて、「お疲れ様です!」と大声で言った。
このマフィアの中での幹部クラスかな?偉い人であるのは間違いないね。
ただ、騒ぎ方からして、「歓迎」されているというより、「恐怖」されているに見える。
そして、俺達の方は...
「血...」
俺はヒスイちゃんの頭を自分の方に強く押さえて、血塗れになっている男の子を彼女に見せないようにした。
非日常的な光景に、「血」と口にした俺以外、俺達は誰も言葉が出なかった。殆ど怪我しないこの世界の人間達にとって、血を見る事は本当に珍しくて、恐ろしい事なんだ。
よく自分の血を見る俺の方がみんなより耐性があるかもだが、俺も本当に怪我した...いや、された人を見るのが初めてで、恐怖を感じた。
何だ、あれ?
血塗れで気絶しているみたいだが、まだ生きているのかな?
ってか、何があったんだ?何の音もしなかったし、時間もそんなに経っていないのに、さっきの男の子が血塗れになっていた。基本体が強いこの世界の人間が、血塗れな状態にされていた。
そして、何で?何でその男の子が「血塗れな状態」にされた?彼はそんな酷い状態にされなきゃならないような事をしたのか?
「ななえちゃん、ちょっとこっちに下がって来て。」
望様が俺に手招きした。
それを見て、俺はヒスイちゃんの頭を男の子の方に向かせないように気を付けながら、一緒に望様の所に行った。
そして、俺達が着いた途端、望様とタマが現れた「丸い人」から俺達を庇うように、自分達の後ろに隠した。
星とあき君は俺とヒスイちゃんと一緒に後ろの方に、蝶水さんは望様達と一緒に前の方にと、「子供」と「大人」がそれぞれのポジションを取った。
みんな、本能的にあの「丸い人」を危険人物だと判断したようだ。
「あのさ、客人よ。組長の縁者がいるからって、うち、喰鮫組を舐めないでくれる?」
丸い人は俺達の前に来て、一番前にいる望様を睨んだ。
「何かの誤解があるようですが、私達は皆様との諍いを起こしたいと思っていません。うちの生徒がお気に障るような事をしましたら、保護者の私が代わりに謝ります。
それでお願いできませんか?」
望様はこんな時も笑顔を絶やさない。ただ、今の場面では「相手を媚びている」ようにも見える。
情けない。
「誰、お前?」
「千条院望と申します。この子達の保護者で、一応先生でもあります。」
望様は振り向いて、後ろにいる俺達を見た。
「『千条院』?ふーん。」
丸い人はゴミをポイ捨てするかのように、手に掴んでいる男の子を無造作に投げ放り出した。
「こっちは舐められたら終わりな世界。睨み返して来たんなら、ちゃんと両方が納得できるような『ケジメ』ってもん、しなきゃだろう?」
丸い人が理不尽な事を言っている。
あ、この男。見た目も中身も醜いタイプな男だ。
怪我人を投げ捨てる行動、それを見た瞬間に、俺はもう「こいつ嫌い」と思った。その怪我を与えた張本人でもあるようだし、平和的に解決しようとする望様にガン飛ばしている。
ムカつく。
「そちらの人が先に睨んで来たのに、『ケジメ』とか、おかしいでしょう?」
多分みんなが思っている「ツッコミ」をした。
しかし、それはいけない事だった。
「雛枝嬢ちゃんと全く同じ顔、だけど目つきが全然違うな。」
俺にツッコミを入れられた丸い人は怒った表情で俺を睨んだ。ぽよんぽよんな肉塊フェイスなのに、意外と迫力があってドキッとした。
「何それ?」と、俺は負けん気で睨み返そうとするが、望様が俺の顔の前に手を上げて、「ななえちゃん、ここは大人に任せて」と俺を止めた。
「そっちも納得してねぇ奴、いんじゃねぇか。
ケジメ、どう付けるつもり?」
よりによって、丸い人は俺のツッコミを曲説して、「ケジメ」というものを望様に要求した。どうすればいいのかを自分で提案しないで、望様自身に決めるようにした。
きっと、彼が納得できないような「ケジメ」を提示しても、彼はそれを理由に啖呵を切って、過大な要求をしてくるだろう。
陰険な奴だ。
「丸川顧問。」
丸い人が望様を睨んでいるこの時、蝶水さんが助け船を出した。
「いくら顧問でも、組長の娘に対して、失礼な態度は許されません。」
丸い人は「丸川 何とか」という名前のようだ。
だけど、丸い人は頭を、まるで折られた木の枝のようにホイッと、顔を蝶水さんの方に向かせた。
「園崎、お前は何言ってるんだ?うちらは今は『極道』だぞ!堅気に舐められたらお終いだぞ!」
「貴様が御隠居様の言葉しか聞かないのは知ってる。
だけど相手は組長の実の娘、御隠居様の実の孫娘!
貴様はそれでも、そんな不遜な態度を取るか?」
「若頭じゃねぇ奴にペコペコしねぇよ。雛枝嬢ちゃんだって、いい加減跡を継ぐか継がねぇか決めて貰わねぇと、もう頭下げねぇよ。」
「お嬢にも失礼な態度...」
「オメェもよ!」
蝶水さんの言葉を無理矢理遮って、丸い人は厳つい顔でガン飛ばした。
「繰り上げで『舎弟頭』になったからって、分相応だと思ってんじゃねぇよ!
組長と一緒に堅気に負けたオメェらはな、今でも『喰鮫組の恥』だ。」
「っ...」
丸い人の言葉を聞いた蝶水さんはそれ以降、口を閉じた。
空気が重い。
蝶水さんのいる喰鮫組にも、喰鮫組自身の物語があるようだが、俺達一般人が口を挟める訳がない。
それの所為で、俺達側に着いている蝶水さんが言い負かされた。状況は最初の「ケジメ付くかどうか」の話に戻ってしまった。
俺は正直に言うと、自分が情けないと思った。
一発逆転的な事がして、この場を何とかしたいが、自分の微妙な立ち位置と力の無さで、何もできない。
何かを言ってみたらその結果、更に事態を悪化させた。その直後だから、口を開くのも臆病になっていた。
だから「情けない」と、俺は拳を握って、我慢した。
ムカつく...
「あの、すみません。」
その時、まさかの事に、あき君がおずおずと声を上げた。
「その人の手当はしないんですか?」
そう言って、あき君はあの血塗れな男の子を指さした。
そうだ!忘れてた!
血塗れに倒れている人がこの場にいた!
というか、救急車...いや、治癒師を呼ばなきゃ!
「その程度では死なねぇ、堅気が気にすんな。
それより、ケジメの話、どうする?」
「その事もですか。
俺は普通の人だから分からないのですが、あなた方は『ケジメ』とかの話を組長抜きで、していいものですか?」
「はぁ?」
「どんな組織にも『決定権』を持つ者がいます。
それが一個人なのか、多数決なのか。結局、勝手に『ケジメを付ける』のはいいものですか?そちらの組長にも、話は通して置かなきゃいけないじゃないか?」
「......」
あき君の言葉に、丸い人は黙り込んだ。どうやら正論を言われて、反論できない状態のようだ。
でも「組長」って、お母様の事だよね。何かの用事があって、今雛枝と一緒にいるが、何となく今は呼ばない方が良いような気がする。
「堅気だが、面白い小僧だな。」
丸い人の丸い顔が微かに歪んだ。
多分笑っていると思う。ただ、肉が多くて、肉々しくて...余り笑っているように見えない。
「園崎、組長に念話してくれ。今の組長は好きじゃないが、筋を通さなきゃいけない。」
そう言って、丸い人は近くの縁石に腰を下ろした。ぽよんぽよんな体が縁石にぶつけると、その肉が何度も跳ねて、かなり醜かった。
人は丸い物が好きだが、人体がその「丸い物」となったら、見ているだけでも気分が悪くなるようだ。
「やはり付いて来て良かったです。」
そう言って、望様は俺を見た。
「母親の所だと分かっても、相手も相手ですから、ななえちゃんだけだと心配でしたから。」
「え、心配?游房に乗る事に躊躇したのに?」
安心した所為なのか、俺は無神経に望様にツッコミを入れた。
「大人は私一人しかいないと思っていましたから。」
望様はそう言って、星にあき君、ヒスイちゃんを一人ずつ見た。
「ななえちゃんにメイド隊が着いていると聞いていたが、あの時、こちらの方が猫の姿に化けれるとは聞いていませんでした。」
望様が続けてタマを見る。
...タマの事を望様に教えていなかったっけ?
「ななえちゃんは必ず母親の所に行くでしょうが、私は星達にここへ来させたくありませんでした。けど、ななえちゃんを一人に来させるのもできないと思ったし、かなり悩んだのですよ。」
「そ、そうなのか...」
俺はちゃんとした返事が出来なくて、相槌を打った。
全てが望様の言う通りだ。
考えてみれば、望様とタマ以外の俺達はまだ「未成年者」。個人個人の強さはどうあれ、保護者が近くにいた方がいい。
保護者も万能ではない一人間であるが、例え力が弱くても頼れる存在。何かあった時に、社会経験の少ない子供より、少しでも社会経験のある大人に頼った方が良い。
...ふむ、本当か?
本当に「何かあった時」に、子供より、大人が頼れる存在なのか?
「ななえ、ごめん。私、余計な事をしたよぅ。」
俺が無駄に深い問題について考えている時に、タマが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。
「え?あ、うん。」
ボーっとしていたから、最初は生返事をした。
「いや、良いんじゃない?私に言われた事をちゃんと守れてたし、あの豚野郎がわざと喧嘩売って来たのだから、タマは悪くない。上出来上出来。」
「え、言われた事?」
タマは「何の話?」という顔をした。
「『ヒスイちゃんから離れるな』と言ったでしょう?」
「言われました。」
「ちゃんとヒスイちゃんを守れたじゃない?」
「え、『守る』と言われてませんか?」
「え?」
今度は俺が「何の話?」という表情をしたと思う。
俺の中では「ヒスイちゃんから離れるな」は「ヒスイちゃんを守れ」と同義だと思っていたが、タマはそう思っていないのか?
自分から「用心棒だ」と言ったのに、そうだと実は思っていなかったのか?だから、ヒスイちゃんが絡まれた時に、すぐに助けに入らなかったのか?
「はぁ、ちゃんと指示を出していなかったのだね。」
曖昧な指示では、タマもどこまですれば良いのか、何をすれば良いのか、よく分からなかったのだろう。
それでも、ヒスイちゃんを守れてくれた事は誇らしい。自分の判断で、俺の可愛いヒスイちゃんを守ったという事だな。
「タマ、改めてお願いする。
今回の合宿の間、タマはヒスイちゃんから一歩も離れず、ヒスイちゃんを守っててくれ。」
「わ、かりました...
私、余計な事をしていない?」
「してないしてない!寧ろよくやった。
ボーナス物だよ、今回。帰ったらメイド長ちゃんに言っておく。」
「マジっすか!あ、失礼しました!
ありがとうございます、お嬢様!」
タマが上機嫌に笑って、そして、猫に戻ろうとした。
「いや、タマ、待って!」
それを俺が止めた。
「折角人間になったのなら、暫くその姿のままでいて。」
「え?でも、お嬢様は猫の私が好きって。」
「最近全然タマに会ってないよ。
猫も好きだが、タマも好きよ。
暫くそのままでいて。」
「ふわ~...分かりました~!」
タマはニコニコしながら、俺に頬ずりをしてきた。
...うん。これ、好きじゃない。
猫の時の頬ずりは愛らしくて堪らないのだが、人の時の頬ずりはふわふわしてなくて、人と人の肉が擦り合っているだけ。頬の筋肉が潰されていく気分だ。
「は~な~れ~ろ~!」
タマを押し退けた。
そしたら、自分を見つめるヒスイちゃんが目に入った。
「ん?どうしたの、ヒスイちゃん?」
ヒスイちゃんに話しかけた。
ヒスイちゃんは「あのね」「そのね」ともだもだして、中々言葉は出なかったが、最後は勇気を出して、俺に「輝明お兄ちゃんを許して欲しいのです。」と言った。
「え?」
ヒスイちゃんの言葉で、俺はついついあき君の方に目を遣った。
真剣な顔で会話している千条院兄妹の横で、あき君はマフィアの方達を見たり、血塗れで地面に転がっている男の子の方を見たり、そして俺達の方を見たりして、忙しく目を物理的に回している。
しかも、俺と目が合った瞬間はすぐに目を逸らして、別のところを見る。そんなに俺と目を合わせるのが怖いのかって!
「許すも何も、別に何とも思ってないよ、ヒスイちゃん。あき君の何を許せばいいの?」
「うぅ、分かりません。
でも、ななえお姉ちゃんがずっと輝明お兄ちゃんの事で怒っているみたいです。
ですので、許してあげて欲しいのです。」
「怒ってる、か。」
自分があき君に怒りを覚えている?そんな事はないと思うけど。
ヒスイちゃんは人の心が読める「サトリ」だから、彼女がそう言うなら「そうだ」と思うべきだろう。
だけど、本当に心当たりがない。男相手だし、俺があき君に深~い興味を持つ訳がないじゃん?
だから「許す」って言われても、何を許せばいいんだろう?
「うぅ...ヒスイ、分かんない!ななえお姉ちゃんの心、分かんない!」
そう言って、ヒスイちゃんは頭を俺の胸の中に埋めた。少し力強めだったので、ちょっと呼吸が苦しかった。
「組長、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
続けて響く「お疲れ様です!」の声、どうやらお母様が来たようだ。
念話の為に、ちょっと俺から距離を取った蝶水さんも戻ってきて、だけど難しい表情をしていた。
「蝶水さん、大丈夫?顔色が悪いよ。」
「組長を呼んで来ったけど、正直...」
「......」
「......」
え、「正直」何?続きを言ってくれないと分からないよ!
「ようやく来たか。」
お母様が庭園に顔を見せたすぐ、広い人は縁石から立ち上がって、お母様に頭を下げた。
「お疲れ様です、組長!」
「今回はまた何だ、丸川?またどこの誰かが気に喰わないと、そいつを締めるのか?」
「そんな物騒な話じゃないッス。
ただ、組長の客人だとしても、ケジメをきちんと付けて欲しいと、思っただけっスよ。」
「ケジメ?」
「えぇ。ガン飛ばして来たんッスよ、うちの者に。
なのに、飛ばしただけで終わりッスよ!それ以外何もなし。
舐められとんッスよ。うちら『喰鮫組』が!堅気に!」
「......」
何故か組長であるお母様が丸い人に言いくるめられているように見えるが、まさか...
「で、相手は誰?」
ひょいと、お母様の後ろから急に雛枝の顔が現れた。
「うちにケンカを売るような奴らって、またどっかの区の命知らずな警察か?」
そして、物騒な事を口にする。
双子の妹なのに、何故ここまで違うんだ?双子って、結構何でもかんでも似てるような「生き物」じゃないのか?
...いや、中身の違う俺の方が逆に雛枝に合わせるべきなのかな?ヤクザ言葉、今から習う?
「雛枝~!こっちだよ!」
俺は大声で雛枝を呼び、手を振った。
「あ、姉様~!」
雛枝もお返しに手を振った。
「ごめんね、姉様~!今ちょっと忙しいの、皆さんとちょっと離れてて~!」
「いや、そうじゃないよ、雛枝~!」
手を振りながら、俺は続けて大声で雛枝と話をする。
「相手~!私達~!」
「え~?
...えっ!?」
一瞬俺の言葉が分からなかった雛枝は、それを理解した途端、俺に向かって飛んで来た。
「えどういう事?何で?何?何が起こったの?何で起こったの?何、何何何何何?」
「どうどう...落ち着いて、雛枝。」
俺は雛枝の肩に手を乗せた。
「まずはそっち、見て御覧。」
俺は雛枝の目が血塗れな男の子を見えるように、彼女の肩を押した。
「...ふーん。」
男の子を見た雛枝は鼻で反応した。
反応薄っ!
彼女はもう、こういうモノを見慣れたようだ。
「あの広い人?失礼だが、ぶっちゃけ『豚』?」
「姉様、言葉遣いが...?」
「気にするな。雛枝も私の事が言える立場じゃないでしょう?
あの豚にかなり曲解させられているけれど、元々はあの可哀想な男の子が先に睨んできて、それに私のタマが相手にしただけだよ。
喧嘩沙汰に滅多に発展しないと分かった上での対応、平和的に解決される筈だったんだ。」
「そうなんだ!」
俺一人の言い分を聞いただけで、雛枝はすぐに広い人を「人を殺せるような目」で見た。
良いのか、それで?ちょろすぎない?
しかし、お母様の方は芳しくなかった。
「組長の娘だからって贔屓しちゃっ、『喰鮫組』のメンツが丸つぶれだぜ。
しないよな?また同じ過ち、しないよな、組長?」
「っ...」
組長であるお母様の方が、何故か丸い人の勢いに押されている!
それを見た雛枝も心配になったか、お母様のところにまた飛んで帰っていた。
「母様、まさか姉様達に何かしようと考えてる?今回はこっちが悪いだから、駄目だからね!」
「しかし、雛枝。あたしらにもメンツってものがあって...」
...聞こえたのがここまでで、それ以降は二人とも声が小さくなって、俺達の方では聞こえなくなっていた。
そして暫くして、お母様が出した結論が...
「『処刑』まではいかないが、ケジメは必要だ。」
...これだった。
「千条院...さん。」
お母様俺達の所に来て、俺ではなく望様に声を掛けた。
「あんたか、あのメイド服を着ている女かのどっちかが、うちの丸川とタイマンを張ってもらう。治せないような傷が付かない程度に、ボコボコに殴り合う、それでケジメとする。」
はぁ?殴り合い?何それ?
ってか、最初に出た「処刑」という単語。どういう事?
お母様。貴女は何故「娘」である俺の味方をしてくれない?
「いや、母様!だから、あたしが姉様達の助っ人になるって。」
雛枝が怒り顔で寄ってきて、俺達に助け船を出した。
「そうもいかないって、言ったでしょう、雛枝?あまりあたしを困らせないでくれ。」
だけど、お母様は悲しい顔でそれに反対した。
それを見ただけで、雛枝は唇を噛んで、反論するのを辞めた。
あたし、母様に弱いんだよ。
前に雛枝から、そんな言葉を聞かされた。
どうやら、それは本当らしい。
「そうですか。」
理不尽な提案された望様だが、意外と冷静な反応を見せた。
「大人同士で事が済むなら、それに越した事はない。」
え、なんで?
何で物事が俺の望まない方向に進んでいくんだ?
このまま黙ってていいのか、俺?
「あの、お母様!」
俺は大声でお母様に声を掛けた。
「私、お母様に話が...」
「姉様、待て!」
しかし、雛枝が俺の口を手で塞いだ。
「お願い、姉様。今は母様と距離を置いて。」
...阻止された。
お母様と話をしようとしたら、妹に口を塞がれた。
何だ、この状況?俺は話をする事も、しちゃいけないのか?
むかつく!
「もういい!」
色んな気持ちが込み上がってきて、俺はヒスイちゃんも突き放して、隅っこの椅子に座った。
ホント...何なんだよ!
何もかもが上手くいかない!
「じゃ、私がやります。
きっかけが私だし。ケジメを付けるなら、私がやるべきでしょう!」
タマが拳をバキバキして、やる気満々な態度を見せた。
「あの豚を整形してやろうじゃないか!」
...どうでもいい...
「いいえ、失礼な考えだと思いますか。
女性の方に荒事を任せて、男の私が横で見ているというのは、男のプライドが邪魔で、それができないんだ。
すみませんが、ここはやはり男である私に任せてください。」
望様がタマと「出場権」に巡って争っている。
...どうでもいい...
「いいえいいえ、私がやるべき!お嬢様のメイドだし、実力はお墨付きだよ。」
「妹の星とよく手合わせする私も、それなりの実力があると思います。私に任せて、安心してください。」
「いいえいいえ、やはり私が...」
「いいえ、男の私が...」
しょうもない競争だ。
尊い譲り合いの精神、の逆バージョンだな...見ていてイライラする。
「良いんじゃない、タマ?望様に譲ってやりなさいよ。」
見ていられなくて、俺は二人の仲介に入った。
どっちかがその「ケジメ」の為のタイマンに出ても、あの動く度にぽよんぽよんと跳ねる肉塊に負けないと思う。
だから、本当にどうでもいい!譲り合っているのがアホらしい!
向こうは何であの肉塊を選んだんだろう?完全に人選ミスじゃん!
あーもう!イライラする!
「望様がやりたいって言ってんだよ、やらせてやれ!」
「お嬢様...」
タマと望様が何故か俺の顔を見つめて、そしてお互いの顔も見て、何かを心で通じ合えたようだ。
「じゃー、分かった。
ななえお嬢様の先生、お願いします。」
「こちらこそ。ななえちゃんの事、お願いします。」
タマが俺の言う事に素直に従って、望様に「出場権」を譲った。
そして、気づいたら、何故かタマと星が俺の両側に来て、一緒に椅子に座った。
「えっと、お嬢様?
タマ、バカだから、こういう時、何を言えばいいのか、ちょっと分からないが、えっと...一緒に座っていい?」
「もう、座っている。」
タマに適当なツッコミを入れた。
「ななえ、僕はななえの親友のつもりだよ。
つっても、何をすればいいのか、全然分からない。今まで、友達、いなかったし。」
「ぼっちだったもんね、星は。」
「うん、ぼっちだったと思う。
だから、ななえが初めての親友。僕はななえの力に成りたい。
困っている事があれば、いつでも言えよ。」
「...何の話だよ。」
何故か星が俺に優しくなったが、深く考えないように、彼女の言葉を適当にあしらった。
でも、少しだけ...心が穏やかになった感じだ。




