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第五節 下層部⑤...顔に傷を残した女

 結果から言おう、俺は停留所に入れなかった。

 ......

 何でだよ!


 海の中にあるこの「氷の国」、想像通り全ての物は海の中だ。

 買い物するにしても、食事するにしても、海の中でしなけばならない。

 その為、海の中でも問題のない一部の物以外、全ての物は魔法によってコーティングされている。

 食事も、氷の国特有の料理以外が食べたいなら、魔力で自分の周りをコーティング...結界を張らなければ、それを食べられない。


 っつか、海中種以外の人間は海の中でも呼吸出来る魔道具を装備していなきゃ、停留所に長く居られない。

 その魔道具自体を貸し出しする店は停留所にあり、返却時に借りてた時間に合わせて料金を取る。ただ、それでも一次魔法よりかなり低魔力消費で、それなりに安いから、気楽に借りれる。

 だから、基本全種族人間に対応できるだろうと、作った人達は思ったんだろう。

 ...魔道具を使えない俺は、ちょっと特殊すぎた例だな。


 その魔道具、口に入れるタイプで、知らずに手にとって、一度は口に入れたが、すぐに「あ、これ、魔道具だ」と理解した。

 これ程早く体が反応したって事は、それなりに魔力を消費する魔道具だと...そして、俺が使えない魔道具だという事も...うあああ!

 絶望した!俺だけをイジメるこの世界に絶望した!


 停留所はあくまで停留所、都市と違って誰にも住めるように作られていない。

 だから、都市の中なら、俺でも普通に寝れる場所はあると望様が言ったが、その程度の励ましで立ち直れるようなショックじゃなかった。

 だけど、平静を装う事は出来る。


 俺一人の所為で、他のみんなもこの旅行を楽しめないとなったら、金を溝に捨てるようなものだ。お嬢様の皮を被ってるが、中にいる俺はそれなりにお金にケチな小男だ。

 あき君と喧嘩した直後だし、暫く顔を見たくないのも理由の一つ。


 だから、俺は「私の分も楽しんで来て」とみんなに言って、追い出すように全員を游房の外に押し出した。あき君はもちろん、望様も(せい)も、俺を大きな眼で見つめてくるヒスイちゃんもタマを押し付けて追い出した。

 そして、游房の中から全員が見えなくなったその時、フッと、とある事に気がついた。


 今の俺は...顔に火傷を残してる怖い黒服女と二人きりだ!



「......」

「......」


 気まずい。

 チヨミという名前の女性はよりにもよって、このタイミングで一本の剣を取り出していて、その手入れをしている。

 しかもチラチラと俺の方に目線を遣る。何で?まさか「斬る機会」とかを窺ってるのか?

 やめてよ、マジで!格闘技習ってないから、隙だらけだよ、俺!


 先まで游房の運転していたから、剣の手入れは出来なかったんだろう。

 それは分かる。

 けど、なぜわざわざ()「武器」の手入れをする?家に帰ってからでも良いじゃない?


 本音を言おう、俺はマフィアや暴力団などが怖いんだ。

 当たり前だろう?俺は一般人だ!「不良」位なら睨み返せるが、他人を平気で殺すマフィアは普通に怖い。

 自分の顔に傷の残すような人はなお恐ろしい、それ程の修羅場を乗り越えてきた人だという事だろう?


「お嬢の(あね)さんは降りないんですか?」

「ほぃ!?」

 また裏声を出してしまった。


 いかん、いかん。

 見た目で人を判断して、勝手に恐れるのは相手の女の子に失礼だぞ、俺。

 気を取り直して...


「オ、アッアッ、オッホッ、ホン...」

 咳払いしようとしたら、唾液が喉に入ってしまって、本当に咳をした。

 何やってんだよ、俺?しっかりしろ!


「大丈夫ですか、お嬢の(あね)さん?」

 横目で俺の一人芝居を見ていたチヨミさんは立ち上がって、先に剣を自分の物入れ結界に収納してから、俺に近寄った。


「だ、大丈夫です。」

 恥ずかしくて、チヨミさんの顔が見れないけど。


 そんな俺の態度を見て、チヨミさんは何かを思ったか、手で自分の顔を隠した。

「ごめんなさい。こんな顔、誰も見たくないんですね。」

 そして、自嘲的に笑った。


 マフィアやヤクザなどの人間は、自分の受けた傷を勲章だと思っている。

 そう俺は思いこんでいたか...あれ?

 チヨミさんは火傷の顔を隠したって事は、その傷痕を「恥」か「痛み」だと思っている?

 そうなると、俺は彼女の「傷」を無下に扱う訳にはいけない。


「スーハー...」

 よし!普通に話ししてみよう。


「そんな事ないよ!綺麗...とは思わないが、チヨミさんの個性だと考えれば、まぁ...」

 最初は前向きに褒める。そのままの彼女の姿を「いいじゃん?」と賛同的な態度を見せる。

 彼女の傷を「個性的な化粧」として、好む人もいるかもしれない。


「魔法で治せなかった?」

 続けて、ほぼ真逆の意味を持つ質問をする。話を続ける上に、一番目の時に「地雷を踏んだ!」に対してのフォローも出来る。

「何で治療する?」と逆に聞かれたら、ちょっと厄介な流れになるけど...


「『全癒可能時間』を越えていまして、はい。」

「全癒可能時間...」


 魔法で治せない傷はない。ただ、「時間制限」というものがある。

 凄腕の治癒師なら、相手が死んでさえしていなければ、瀕死から救う事は出来る。例え致命傷でも問題ない。

 が、死人は無理だ。死人の傷を治す行為は「治療」ではなく、「化粧」だ。


 そして、傷の治療もそれに似ている。殆どの傷は痕を残らず完全に治せるが、かなりの大怪我の場合は「全癒可能時間」というものがある。

 その時間を越えても、一応治す事は出来る。けど、傷痕まで消せる「全癒」は出来ない。

 それが「全癒可能時間」なのである。


 顔半分が痕を残ってしまう大火傷って、どんな修羅場を潜って来たんだよ、ホント!


「触っていいか?」

 手を上げて、チヨミさんの火傷の痕にゆっくり近く。


 コンプレックスを抱えている人は基本、自分が劣等感を抱いている場所を他人に触れさせたくない。だけど、同時にそこを受け入れてくれる人、つまりそこを触れたいと思っている人にだけ、心を開く。

 ...たぶん。

「拒否されたらどうしよう?」と考えて、俺は彼女の傷に伸ばしていく手を途中で止めた。


 手を止めた俺を見て暫く、チヨミさんは「いい、です」と返事した。

 俺は心の中で「やった!」と思いながらも、彼女がどんな気持ちで「いい」と言ったのかが分からないから、最初は軽く彼女の顔をタッチした。


 深い傷痕...人の肌を触っているような感覚じゃない。

 続けて傷と大丈夫だった部分の分け目に触ったが、見た感じよりも溝があって、びっくりした。

 顔半分が...凹んでいる。


「っ...」

 チヨミさんが辛そうに小さな呻き声がした。

 だけど、すぐにそれはチヨミさんからではなく、俺自身の声だと気づいた。


 痛々しい...

 ただ触れてるだけなのに、胸の奥が鈍器で殴られたような感触がして、涙が出そうになる。

 自分の傷でもないのに、自分の傷以上に痛いと思える。


「痛くない?」

 恐る恐るにチヨミさんに確認する。


「古い傷ですので、痛みません。」

 そう答えるチヨミさんだが、視線を少し下に落とした。


 ...痛い。

 傷痕に触れたいと思ったのは間違いだった。チヨミさんにとっての「得」は特にないし、俺自身も傷つけられる。

 俺はまだ「他人の傷に触れる」という事に、本当の意味で理解していないようだ。


「ごめん、チヨミさん。嫌な思いをさせたね。」

 そう言って、俺は手を引っ込んだ。


 チヨミさんは俺が触れた顔の部分に手で触れて、「いいえ」と言ったが、その後は無言のまま、運転席に戻った。


 酷い事をしたようだ。

 だけど、してしまった以上、そこを避けて終わらせる訳にはいかない。


「何があった?」

 俺はチヨミさんを更に傷つけてしまう事も考えたが、傷痕の起因を彼女に尋ねた。


 だけど、チヨミさんは俺に返事しなかった。

 一秒、二秒と時間が流れて行く。

 暫く経ってから、チヨミさんは俺の質問に返事しないだろうと理解して、俺はそこに触れるのを諦めた。


「ごめん、チヨミさん。嫌な思いをさせた。」

「いいえ。」


 全く同じ言葉を繰り返して、それからは無言な時間だった。

 ......

 みんな、早く戻ってきて!


 暫くして、静けさにチヨミさんの方も耐え切れなくなったのか、彼女は再び先に剣を取り出して、その手入れを始めた。

 シュッシュッと、何かが剣の刃を磨く音が流れてくる...怖っ!

 このままそれを聞くだけのも、俺の神経が磨り減るだけなので、思い切りネタとして話を掛けよう。


「その剣、チヨミさんの武器?」

「えっ?

 はい、一応今使っている方です。」


 今使ってる方?別のも持っているような言い方だな。


「魔道具?」

「いいえ、違います。ただの剣です。」


 だろうな。

 魔道具なら、最初に掛けるべき魔法は「自然劣化防止」だからね。

 わざわざ手入れするような武器なら、よほど特殊な魔道具以外、基本魔無品だ。


「魔無品って事?結構高い一品物?家宝?」

「そ、そのような物ではありません、ただの剣です。

 磨き方についてお嬢に教われて...拾った時はそれなりに錆付いてました。普通な剣です。」

「普通...」


 俺はよくよくその剣を見てみた。チヨミさんに近寄り、一心不乱に剣そのものを見つめた。


 あき君の剣と比べると、確かにチヨミさんが持っているこの剣は特徴的な部分がなく、至って普通な剣のようだ。

 ただ、生憎俺は「普通な剣」も見た事がない。興味があれば博物館で色んな剣を見れるが、今の今まで興味を持たなかった。


 俺は槍が好きだ!

 いや、今はそんなのどうでもいい。


「ち、近いです、お嬢の(あね)さん。怪我します。」

「おっ、うわ!」

 気づいたら、俺の顔はその剣に後少しでくっ付けてしまう程に近寄っていた。

 慌てて後ろに跳び、剣から離れた。


「興味、あります?」

「いや、興味あるのは剣の方じゃない。」

 わざと口走って、チヨミさんの注意を引く。


 俺が興味あるのは剣じゃなくて、()だよ~、子猫ちゃん。

 ...キショッ、俺!変な事を考えるな!


「それはどういう...?」

「普通な剣なら、どうして魔道具に変えない?」

 キショい俺の頭の中を知られたくないから、俺はチヨミさんの言葉を遮った。

「わざわざ『手入れ』までして。好きなの、その剣?」


「それはありません。手放す事になっても、何とも思わないと思います。」

「なら...?」

 特になんとも思ってない剣を手入れする理由は何だ?ただの時間潰し?


「これ、この()()です。」

「行動?『手入れ』自体?」

「はい。

 剣の手入れ(これ)をしていると、頭の中が空っぽになります。楽になれます。」

「...なるほど。」


 つまり、ただの時間潰し...ハァァァ。

 チヨミさんを過剰に警戒する自分がバカらしく思えた。


「ねぇ、チヨミさん。」

「はい。」

「ずっと『チヨミさん』・『チヨミさん』と呼んでいたけど、私、まだチヨミさんの本名を聞いていなかったの、ですよね。教えてくれない?」

「...すいません。気配りが下手で、すいません。」

「あ、いや~...」

 チヨミさんも俺を過剰に...気遣いをしているようだ。


「自分、親から貰った名は園崎(そのざき) 蝶水(ちよみ)

 種族『バタフライ』の生まれにして、今は喰鮫組(くいざめぐみ)本家舎弟頭(しゃていがしら)(くらい)を預けられた者。

 お嬢の(あね)さんに真面な挨拶を致せぬ事、申し訳なく思います。ご無礼、お許しください。」

 そう言って、チヨミさんは剣を床に置き、膝を曲げて正座してから、右手を拳に握り床につけて、俺に向かって頭を深く下げた。


「えっ?えっ?」

 突然の行動に俺は一瞬思考が止まった。

 が、一瞬だ!ほんの一瞬だ!

 俺はすぐにチヨミさんの肩に手を乗せて、押して彼女の身体を真っすぐにした。


「そんなマジな挨拶いらない!というか、ちょっと怖いし、やめてください。」

「すいません。」

「いや、謝る事じゃないけど...」


 これが「マフィアの挨拶」なのか?「ヤクザの挨拶」っぽいけど。

 そもそも「ヤクザの挨拶」って何?見た事ないから、分からないよ!


「はぁ...

 こんなトンデモナイ挨拶をされて、『やっぱり私は一般人だな』と、お母様に会うのが少し怖くなりました。」

「す、すいません!余計な事をしました!」

 そう言って、チヨミさんは慌てて立ち上がろうとした。が、俺に肩を掴まれたままの為、立ち上がるのを失敗して、俺をも引っ張って後ろに倒れ、尻もちをついた。


「す、すいません、お嬢の(あね)さん。またもご無礼を...」

「いや、私は大丈夫だ。」

 両手を持っていかれた事で、俺はチヨミさんと一緒に倒れたが、床ではなくチヨミさんの上に倒れただけなので、怪我も痛みもなかった。


「チヨミさんの名前はソノザキチヨミだね。どういう文字?」

「えっと、一応名刺を...」

 チヨミさんは自分の物入れ結界に手を入れて、そこから一枚の紙を取り出した。

 その紙を手にして、書いている文字を目にした。


 喰鮫組事務所所長、園崎(そのざき) 蝶水(ちよみ)

 読める文字がある事にも驚きだが...


「さっきチヨミさんが言ってた事と違う。」

 ヤサグレたようにチヨミさんに言った。


「人に渡す物に、本当の事を書けませんから、私ら。」

 そう言って、チヨミさんは俺の手から名刺を回収した。


 人に渡す物と言って置きながら、渡してくれてない!

 心の中で恨み言を言いながら、俺はチヨミさんから離れた。


 園崎(そのざき) 蝶水(ちよみ)、か。

 咲き誇る花園の中に舞う一匹の蝶。内の一輪の花に止まった時、そこに一滴の雫が落下し、全ての景色がまるで光を反射する水面のように波を起こす。

 全てが夢幻かと思えるイメージ映像だな。その映像に連想されるような名前だ。


「綺麗な名前ですね、蝶水(ちよみ)って。」

 素直な感想を口にした。


「名前負けしてて、すいません。」

 だけど、蝶水さんはまた「すいません」と言った。

 ちょっとイラついた。


「園崎バタフライさ~ん、ちょっとしつもーん。」

「えっと、お嬢の(あね)さん。『バタフライ』はただの種族名で、私の名前は『蝶水』で...」

「君の得意魔法、幻惑系でしょ?」

 話が終わる前に邪魔して、自分の言いたい事だけを言う。


 知ってる、わざと意地悪している。


 普通なら、人はまだ知り合って間もない相手に、うっかり「地雷」を踏まないように気を付けるものだが、「一度踏まなきゃ、地雷なんて分かんないだろう?」というのが俺の主張だ。

 (せい)相手の時もそうだったし、ヒスイちゃんの時もそうした。


 だから、今回もそうする。怖い人達の中の一人だが、多分このくらいの失礼な態度でも、園崎蝶水はキレないだろう。

 踏み抜いてやるぜ、バタフライちゃん。


「ど、どうしてそう思います?日の国にも『バタフライ族』の人間がいますか?」

「いや、分かんない。」


 いるかもしれないが、俺の周りには居なかった。絶滅危惧種じゃないなら、いる可能性の方が高いだろう。

 居たら、どういう種族になるのかな?普通に「バタフライ」?それとも「火蝶」とかみたいなかっこいい種族名?


 ...一度吃ったね。当たりか?


「幻惑魔法得意よね。違ったら『違う』と言っていいよ。

 こっちは完全に当てずっぽうだから、当たったら『ラッキー』位しか思ってないよ。」

 俺の気持ちを気にせず、正解を言って欲しい。変に気を回して、嘘をついて欲しくない。


 蝶水さんは手にある剣を物入れ結界に収納した後、自分の掌を見つめて、「もう二十年も使ってません」と言った。

「あの類の魔法に頼っていると、自分がどんどん弱くなって行くような気がします。

 ですから、今の私は多分...幻惑魔法が苦手と思います。」


「へー...」

 幻惑魔法が苦手か。

 ...二十年。

 ...二十年!?

 え?「二十年」ってどういう意味?「ニジュウネン」?「にっじゅね」?


「ただ、お嬢の(あね)さんが思った通り、昔は得意でした。

 種族魔法(カインドマジック)が『幻像』なので、自分の姿にそっくりな幻影を魔力消耗ほぼなしに使え放題ですから、『バタフライ』は幻惑魔法が得意と思います。」


 蝶水さんって、見た目では二十ちょっと、多くても三十未満なのに、「二十年」という単語を使った。

 どういう事?

 少なくとも二十歳...いやいや、現実を見ろ、俺!話の流れからして、蝶水さんは絶対三十以上、最悪四十以上という事だろう?

 四十...四十!?

 んなバカな!


「あの時に使った剣も普通なヤツじゃなくて...(あね)さんも変と思ったから聞いたですよね。

 はい、魔道具でした。私の幻影と一緒に幻影を作れて、しかもその剣の幻影で斬った相手に『痛い』と脳に錯覚させられる、それなりな業物です。」


 蝶水さんが四十歳...少なくとも、三十歳以上...

 いや、逆に五十歳だってあり得なくはない...六十歳だって...


「お嬢の(あね)さん?(あね)さん、聞こえます?」

「...はい。」

 何ともない顔で返事した。

 実は今も心の中が「天変地異」だが、蝶水さんの歳について考えた所為だと知られたくない。

 得意なんた、人に嘘を吐くのが。褒められた事じゃないけど。


 兎に角、蝶水さんの歳について深く考えない事にしよう。女の子に歳を聞くのも失礼だし、真実は永遠に闇の中に留めて良いと思う!


「蝶水さんは凄いね。種族魔法(カインドマジック)の『幻像』を使わずに『舎弟頭』?になったのだね。」

 舎弟頭って何だ?偉いの?

 分かんね~、極道映画(もの)をほぼ見ないから。

 舎弟の、(かしら)


「いいえ、運がよかっただけです。いや、『悪かった』からか?

 前任が突然の出奔で、私はその穴埋めでした。

 大した事、してねぇ...」

 そう言って、蝶水さんはまたも視線を落とした。


 マフィアについて知ってる訳じゃないが、蝶水さんはマフィアらしくないと俺は思った。

 なんたか、いつも弱気で、いじめられっ子って感じで、マフィアと反対方向にいるようなキャラクターだ。


 俺は更に蝶水さんに話を掛けようとした時、突然目の前に、雛枝が現れた。

「姉様、ただいま~!

 ねぇねぇ、姉様姉様。海に入れない姉様の代わりに、いっぱい物を買って来たわ!

 ジャッジャーン!」

 雛枝が両手を高く上げて、その直後に、彼女の後ろに様々な物が何もない空間から落ちて現れた。


 すげぇ!

 物入れ結界にこんな使い方も出来るのか。


「蝶水、ドア開けて。他のもすぐ戻って来る。」

「...はい、すぐに。」

 俺の方をもう一度目を遣った後、蝶水さんは運転席に戻った。


「ねぇ、姉様。これ見て!空気の泡を水流で自由に形作りするおもちゃ。見た事ないでしょう?」

 雛枝が水晶玉のような物を俺に渡した。

「それと、これ!壊れて使えなくなった地域魔力検査器具の破片で作られた簪。別の区に行けば、色が変わるのよ!お揃いで買ったの。

 姉様に付けてあげるね。」

 差し出された簪を手にしようとしたが、雛枝が勝手に、それを俺の髪に挿した。

「後ね後ね、これ!これはね...」

 その後も雛枝から様々な物を見せられて、気づいたら望様達も游房の中に入ってきていた。


「おかえり、望様、ヒスイちゃん、(せい)、タマ。」

 敢えてあき君を抜いた。


「ふふ、ただいま。」

「おかえり」と迎えられたのが変に思ったか、望様はにっこりと笑った。


「ナナエお姉ちゃん、ただいま~!見た事のない物が沢山あって、すっごく楽しかったですよ、ヒスイ達は。

 ナナエお姉ちゃんにも来て欲しかったですぅ。」

 ヒスイちゃんはキラキラと輝いている何かのおもちゃを振って、楽しそうに舞って入ってきた。

 相変わらず、「サトリ」なのに、定番の「心読めるキャラ」と違い、歳相応に可愛い女の子だな。


「ん。」

 (せい)から何かの食べ物を渡された。

 だけど、食べかけだった。


「なにこれ?」

「食べ物、おいしい。」

 (せい)は俺から目を逸らして、無愛想に言った。

 しかも、片言でだ。


 なるほど。

 みんなと一緒に楽しく「停留場」を堪能したが、戻って来た時に「仕方なく留守番した」俺を見て、急に罪悪感が沸き、何かを俺にプレゼントしなきゃいけないと思ったのだろう。

 でも、手元にあるのは自分の食べかけのみ。色々考えて躊躇はしたが、最終的にそれを俺に渡した、と。


「別に何も頼んでないでしょう?良いよ、気にしなくて。」

「ん!」

 それでも俺に強引に食べかけを渡す(せい)であった。

 心なしか、(せい)の顔が少し赤くなっている。


「はぁ」とため息をして、俺は(せい)からその食べかけを受け取った。

 焼き魚?いや、焼いた物じゃないし、魚の形じゃない。

 というか、(せい)の食べかけだから、元の形なんて、分からない!


 食べかけを人に渡すとか、冷静な判断力を失くしてるね、(せい)が。普通に考えれば、人の食べかけを欲しがる人なんて、余程飢えている人以外いないだろう?

 まぁ、(せい)は超美人だから、男性なら...いや、同じ女性でも、(せい)の食べかけを欲しがる人はいるのだろう。


 一口食べる...うん、おいしい。

 結構おいしい食べ物だろうな、これは。ただ、「(せい)の食べかけ」を食べていると思うと、俺の心臓がドクンドクンと、口から飛び出てきそうだ。


「にゃ~。」

 タマが擦り寄って来た。


「おう、タマ。君はそれでも()のままなのか?」

 タマを抱き上げて頬ずりする。


「にゃ~ぅ。」

 タマが猫語で返事した。


 魔法で身体全体を包み込んでいたとはいえ、「猫」が「(うみ)」の中に入るのだぞ。抵抗感ないのか?

 うちのタマが最近、人でいるより、猫でいる方が好きらしくて、困ってます。


「あの、ななちゃん...」

 あき君が俺に何か話があるみたく、俺に近寄って来た。


「全員揃ったみたいね。」

 だけどそれを無視して、俺は雛枝の方に目を遣った。

「雛枝?」

「えぇ、姉様!

 蝶水、発進して。」


「...はい。」

 蝶水さんは落ち着いた口調で、しかし元気がないにも思える口調で雛枝に返事し、游房のエンジンを起動した。


「ねぇねぇ、姉様、二階に行きましょう!

 他にも姉様に見せたい物がいっぱいあるの!」

 そう言って、雛枝は俺の手を引っ張った。


 けど、俺は手を引っ張られたが、体を動かさなかった。

「ごめん、雛枝。私、蝶水さんと一緒にいる。」

 そう言って、俺はタマを解放したと同時に、雛枝の手の中の自分の手を抜いた。


「えぇ~?」

 何が起こったのか分からない表情の雛枝、すぐさまにフォロー説明を入れた。


「少し彼女の運転が見てみたいし、ここ、上の方も海の中がよく見えて、楽しいから。」

「海の中?この辺は特に何もないよ、偶に道に迷って入って来た生物以外。ほんと、何~もな~いよ」

「それはそれで、(わたし)的には楽しい。

 土の上で生活する人にとって、水の中で見る景色が本当に幻想的で、見ていて飽きないのだよ。」

 そう言った後、俺は蝶水さんの方に行って、隣にある席に座った。


 副運転席?

 いや、副操縦席と言うべきか?


「よろしくね、蝶水さん。」

「えっと...よろしく、お願いします。お嬢の(あね)さん。」

 蝶水さんは何故か少し嬉しそうな表情を見せて、小さく微笑んだ。

 ......

 ...


 俺が急に蝶水さんと仲良くなっていた事が他のみんなに衝撃を与えた。

「頼んだら、意外とすんなり」と言った事のある望様はすぐに納得して、親が自慢な子を見るような目で俺を見つめた。

 雛枝は「え、何で何で?あの短い間、何があった?」と騒いでいたが、俺と一緒に副操縦席でくっ付いて座った。

 (せい)は暫く俺の方を見つめていたが、飽きたのか、下の階に下りた。

 それに続いて、ヒスイちゃんとタマも一緒に下りて、最後はあき君が(すす)けた背中を見せながら下に下りた。


 その後、雛枝の「あれこれアイテム紹介」をBGMとして聞きながら、俺は蝶水さんの運転を見ていた。と言っても、蝶水さんも操縦桿を握っているだけで、基本自動運転に任せて、殆ど手を動かしていなかった。


 そして、俺達は頭上にある氷面(ひょうめん)をも突き抜けた海底の山に着いた。

 岩で出来た山だが、色んなところに人の手を施された装飾がされており、細目なら「海底の城(りゅうぐう)」にも見えなくはない。

 巨大な壁、洞窟みたいな入口、石の彫刻...声が出ない程に恐ろしくて、しかしとても美しい景色だった。


「ここ、なのか?」

 俺は魂が吸い取られたかのように、ボーっとその山を見つめた。


「そうだよ、姉様。ここだよ。」

 言いながら、雛枝は立ちあがって、俺の目の前で両手を広げた。

「ここがうち・喰鮫(くいざめ)組の本拠である星見(ほしみ)(ざん)。姉様とあたしの母の実家だよ。

 ようこそ、お帰りなさい、姉様。」

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