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第四節 頂点に立つ者④...適応能力は食事改善から

「何これ?」

 あき君が渡して来た小瓶を受け取ろうとした所、雛枝が先に手を伸ばして、その小瓶を奪い取った。

「姉様に怪しい薬を飲ませる気?させないよ。」


「違っ、これは怪しい薬では...

 これを飲めば、ななちゃんがこの場所の魔力に耐性が付き、気分悪くならなくなるんだ。」

 すぐに雛枝に説明するあき君。


「そうだよ、雛枝。私は前も飲んだ事があるから、安心して。」

 何となく小瓶の中身を察した俺はあき君のフォローをした。


「ふーん。」

 だが、雛枝はあまり信じていなさそう。

「だったら、どんな成分なのか、何が入っているのか、説明出来るよね?」


「あぁ、分かった。」

 あっさりと白状するあき君。

 それもそうだ。別に怪しい物を入れていない筈だから。

「ななちゃんが初めてあの屋敷を出た時の事、憶えている?」


「憶えてるわよ!憶えているに決まってる!」

 雛枝は腕を組み、あき君に高圧な態度を取った。

「何年経っても、忘れられない。姉様が死にかけたんだから。」


「ぇえええ!」

 大袈裟に驚く俺...やはり大分おかしくなっているなぁ、俺の頭。

 早くあの小瓶を中身を飲まなきゃ...


「ななちゃんがあの時、最後は元気になって、いつでもあの公園に行けるようになった理由、それは...」

「知ってるよ!」

 あき君が何かを言いかけたが、雛枝がそれを遮った。

 その態度、どうやら彼女は最初から、あき君の説明を聞くつもりがないらしい。


 またか。また意味もなく、人に失礼な態度を取ったのか。

 どういう教育をされて来たのかは分からないが、この世界で彼女は俺の妹であるのなら...仕方ない!


「あの、雛枝...」

「姉様は許せたの?」

「え?」


 謎の質問をされた。

 許す?何の事?


「別れも言わないで、急にいなくなったんだよ、コイツ!

 それなのに、ノコノコと戻ってきて、許せるの、姉様?」

「あっ...」


 そういえば、あき君は俺...じゃなくて、「私」の幼馴染だったな。

 幼い頃に一緒に遊んで、「大人になったら、結婚しよう」とか無邪気に約束して、親の都合で離れ離れになる。

 そんな関係なのかな、「私」とあき君が?

 ...俺にはそんな記憶がない...


「寂しそうに笑う姉様の、あの時の顔、あたしは絶対に忘れない。

『もうここに来なくていいですよ』とあたしに言った姉様だが、それでもよく一人で待っていた。

 許せない...許せない許せない許せない!あたしはあんたを許さない!」


 突然、雛枝の周りに目に見えるオーラのようなものが現れた。真っ白い氷山の中に似合う銀色の、霧のような、炎のようなオーラが雛枝の体を包み込んだ。

 これは授業で学んだ「魔力の視認」なのかな?大量な魔力を放出する時、つまりかなり高いレベルの魔法が使われる時に、魔法の使用者が自分の魔力を纏ったかのように見える幻覚。

 実際目にするのはこれが初めてだ。何せ、魔法を使う本人にとって、とても疲れる状態らしい。

 この世界、余程の事がない限り、人が「魔力」を見える筈がないんだ。

 ...人間が、だかな。


「昨日はあの王様に邪魔されたが、やはりあたしはあんたが許せない!

 今日こそ、あんたにヤキを入れてやる!」

 そう言って、雛枝は更に魔力を手のひらに集めた。

 あき君にぶっ放すつもりだ!間違いなく、あき君にその銀色(白い)魔力(アレ)をぶっ放すつもりだ!


「待って、ひなちゃん。ここはまずいよ!

 また別の時。ここの人達に迷惑を掛けてしまう。

 それに、ななちゃんもここにいるのだぞ!」

「うるさい!うるさいうるさい...うるさいな、あんた!あたしの魔力は姉様に害はない!

 あたし達に一言も言わないで来なくなったあんたが悪い!あたしは...あたし達は!」


 あき君の頑張りが虚しく...雛枝は魔法の行使を止めない。

 そして、あき君の態度から、雛枝を止めないと「大惨事」になる事が予想できる。

 あき君が俺に小瓶を渡そうとしただけの事で...?


 ...止めるか。

 真面目に、しかしふざけ半分に。

 ハイテンションの所為なのか、気楽に考えた俺であった。


「雛枝。」

 まずは雛枝に声を掛け、注意を引く。


「待ってください、姉様。すぐに終わるから。」

 予想通りに、雛枝は俺の方に振り向く事すらしない。


 油断している、相手が俺だから。

 好都合だが、この世界の人はちょっと俺を舐めすぎている!


 その頬に軽く両手を当てる。


「姉様?」

 流石に気になったのか、俺の方に顔を向けた雛枝。

 その雛枝の頬を掴んで、ゆっくりに両側に引っ張る。


「え?うぇ?痛い痛いたいたいたいたいたい!

 姉様、何すんの?」

 泣き顔を俺に見せる雛枝。しかし、力を入れて、逆らって来ない。

 体の弱い俺への気遣いだな、優しい子だ。


「何喧嘩してんの、雛枝?お姉ちゃんに分かるように説明して。」

 更に頬を引っ張る。

 プニプニしたその頬が弾力も凄くあって、引っ張っているだけなのに楽しい!引っ張れる限界が知りたくなる。


「うへぇ、(ひは)いよ、姉様(へいはは)放してください(ははひへほははひ)。」

「だったら、まずは何をすればいいのか、分かるよね?

 魔力、引っ込めなさい。」

「は()...」


 俺に言われるがままに、雛枝は自分に纏った魔力を体内に戻した。なので、俺も両手の力を緩めては放し、赤くなった彼女の頬を撫でた。


「よしっ!

 では次に、まずはその小瓶を私に渡しなさい。」

「でも、姉様...」

「渡さなかったら、ヤバいから...私が。」

「...はい。」


 渋々に、雛枝は俺にあき君の小瓶を寄越した。

 受け取った俺はすぐに栓を抜き、小瓶の中身を飲み込んだ。


「少しの迷いもなし...」

 雛枝のその呟きが聞こえた。


 今の自分がどうなっているのかは分からない。だけど、頭が既におかしくなっている事が分かる。

 判断力が低下していて、精神が不安定になっている。

 だけど、日の国の宇摩山(うまやま)区での経験で、この状態を治す方法を知った。それは、あき君が持ってくる薬草を煎じたスープを飲む事だった。

 彼が渡したこの小瓶の中身は恐らくソレだ。そうだと思うし、疑う余裕もない。


「分からない話をされて、私はもうチンプンカンプンだよ。」

 あき君の薬?を飲んだばかりで、まだ効果が現れる前に、俺は今のテンションのまま喋った。


「分からない話?」

「言ったろ、記憶がないって?」

「あっ...」

 雛枝が今更思い出したかのように、申し訳なさそうにした。

 そんな顔が見たくて、古い話を掘り返した訳じゃないんだか...


「それに、話の食い違いもあるようだ。

 前あき君から、『もう一度会おう』と約束した事があると、言われた。」


「あ、あの時の事...!」

 入学式の日の事を思い出すあき君、「てっきり覚えていないのかと...」


「今の私には『完全記憶能力』があるよ。大体の事を覚えられる。」

 あの時で名前を覚えられなかったくせに、よくこんな事を言えるなと、俺も思う。

「だけど、雛枝は『急にいなくなった』と...

 どういう事なの、あき君、雛枝?」


「あたしはそんな約束、してない...」

 雛枝はそう言って、あき君を睨んだ。


「あの時、俺も急な事で...ようやく時間が取れて公園に行った時、ななちゃんだけだったけど、約束をした、んだけど...?」

 あき君が居心地悪そうにして言った。

「ななちゃんはひなちゃんに伝えて...あっ!」


 あき君と約束した事を雛枝に伝えたかどうか、だな。


「ごめん、今の私では答えられない。

 あき君が雛枝を『ひなちゃん』と呼んでいる事だって、今初めて知った。」

 十本の指を交差させて、それを見つめるように頭を下に向いた。


「記憶がないので、」俺は「私」じゃないから、「昔の自分はあき君と約束を交わしたのか。したとしたら、雛枝に伝えたのかどうか。

 それが分からないんだ。」

 俺がそう伝えた後、二人はあからさまに悲しそうな顔をした。


 記憶がないという言葉は都合の良い言葉。他人の記憶を持てないからそう言ったが、「記憶喪失」と人に勘違いさせる。

 罪の意識がない訳じゃないが、自分が「どうして異なる世界で知らない女の子になっているのか」を分かるまで、自分の為に人を騙しておこう。


「だけど、今はどうでもいいじゃないか!」

 やはり辛そうにしている人を見たくないので、俺は雛枝とあき君の首に、それぞれ腕を回した。

「折角再会した幼馴染、記憶がなくても仲よくしよう。」


 ちょっとやり方が男っぽかったのかな?

 やはり、完全には女の子に成りきれないな、俺。

 ......

 ...


 少しだけ階段を下りたら、俺達は俺の髪が黒く変わたのをきっかけに、着いた階で一晩過ごす事なった。食事をして、タマと戯れて、氷に見える浴室でお風呂に入って、そして今、お風呂上り後兼寝る前のお喋りをしている。


 因みに、部屋は雛枝が前もって予約したものだ。何階で過ごす事が決まっていなかった段階でだが、どうやら予約さえすれば、何階の部屋でも宿泊可能だそうだ。

 勿論、そのホテルに所有する部屋に限定だ。実に俺向けな便利なシステムだと思った。


 魔法のあるこの世界で、山を下りるだけなら飛行魔法を使えば簡単にできる。しかし、やはり「制限」というものがあって、「飛行型」でない種族の人には大変危険らしい。

 地面に着く前に、魔力が切れて大地とキスするとか。慣れない飛行を行う時に、乱気流に襲われるとか。遠く見渡す目を持たない為、他の飛行している人にぶつけるとか。


 ...免許のいる魔法じゃないのか、飛行魔法って?


 なので、安全策を取って、地上種の人は基本宿を取る。「飛行型」含めて、だ。


 着地する手前だけ飛行魔法を使えば、魔力も殆ど使わないし、宿泊も要らないで一瞬で山の下に着くじゃん?

 そう思って雛枝に確認したら、雛枝は「無理、無理」と大笑いしながら反対した。地面にぶつかる手前にだけ、冷静に魔法を使う余裕なんて、普通は出来ないと。しかも、ぶつけたら「大怪我」とか、強靭な肉体を持つこの世界の人でも「普通死ぬよ」だそうだ。

 確かに、言われてみればそうかもしれない。


 そういった理由で、この氷山にあるホテルは何階にも宿泊できる部屋を持っている。何階に着こうとも宿泊できるというサービスが好評らしい。

 しかし、それ程儲かっていないらしい。

 やはり氷の国のメインは「下層部」であるらしいから、ここに来る観光客はそこへ早く着こうとする為、走ってもさっさと階段を下りるので、氷山のホテルに宿泊はしないらしい。

 以上、全部雛枝の口から聞いた話。


「結構綺麗な部屋なのに、ね?一度住んでみても良いのに。

 そう思わない、あき君?」

 美しい氷の部屋の中に座り、俺は自分の感想を述べた。


「氷の国に着く転移魔法陣は一つだけ。しかし、広さは『岩の国』に匹敵する世界最大。

 そう考えれば、急ぐ気持ちも分かるじゃないか?」

 そう言って、あき君は無理に笑顔を作り、雛枝に話題を振る。

「ここは一つ、この国に住むひなちゃんの考えが聞きたいな。」


「気安くあたしに話しかけるな、白川輝明。あたしはまだあんたを許していない。」

 ぶぃっとあき君と目を合わせない雛枝、当てつけのように俺にくっつけた。


 昔は仲良しだったに思えるが、どうして雛枝はあき君を拒むのだろう?

 ...仲が良かったら良かったって、きっと俺は嫉妬するだろうに...


「エレベーターがあれば、この旅館も一杯部屋を用意しなくて済むかもね。

 部屋が多いと、管理も難しいでしょう?」


 ...いや、もしエレベーターがあったら、このホテルに住む人はそもそもいなくない?

 そう考えると、氷山で...というか、転移魔法陣の近くにホテル運用は儲からなくない?

 しかし、失くしてもいけない、俺のような客の為に。

 ...難しいな、経営学...


「姉様姉様?そんな小難しい事を置いといて、楽しい話しようよ。

 あたし、姉様とお喋りしたい事がたくさ~んある!」

 そう言って、俺の手を引っ張る雛枝。余程あき君が一緒にいるのが嫌らしい。


「ちょっと待ってね。」

 手のひらを掲げて、人差し指を立てて雛枝を止めた。

 無理に二人を仲良くさせるのは良くないと思うが、まだあき君に確認したい事がある。


「あき君、(せい)とヒスイちゃんは?後序でに望様。

 三人は今どこにいるの?」

「みんなは千条院先生の引率の(もと)で、昨日は近くの潮岬(しおさき)区に泊まった。

 念話(ねんわ)を掛けておこうか?」


 シオサキ区?海近くの場所かな?


「いや、今日はいい。また明日朝にお願い。

 それより、どうしてあき君だけ単独行動出来たの?望様は許したのか?」

「渋々だが、許してくれた。

 ただ、『その場にいる大人に従って』と言われたけど...?」


 大人?

 今ここにいるのは俺と雛枝とあき君の三人。

 俺は心が大人だが、体は子供だ。雛枝は俺と同い年。あき君は一個上だが、まだ高校生。


「大人、いないね。マオちゃんと紅葉先生は帰ったし。

 雛枝は?保護者同伴だった?」


「同伴だった。」

 雛枝が凄く嫌そうに眉間を寄せた。

「年齢って、厄介だよね。足りないと子供扱いされる。」


 なるほど、雛枝はおマセちゃんなのか。


「しつこく付き纏って来るから、振り切るのが大変だったよ。」

「は?」

「ん?」


 俺が不思議そうに雛枝を見つめたら、同じように見つめ返された。


「いや、何で『振り切る』?連れて来ればいいじゃなかったか?」

「だって、蝶水(ちよみ)の顔が怖いから、姉様を怖がらせてしまう。」

「いや、決めつけんな。

 どんな顔なんだ?」

「えっと、顔半分、火傷の痕を残している。」

「うっわぁ...」


 怖いというより、痛々しい。


「一番の『大人』があき君になったね。」


 十時以降のゲーセンに入れないな、入った事がないけど。


「まあいい。

 明日、二人とも、私に従うように。」

 俺は立ち上がって、宣言した。


 ここは、心だけでも大人の俺がリーターとなろう。

 しかし、俺の言葉を聞いた二人は何故か見つめ合ってから、不思議そうに俺を見た。


「そんなの、いつもの事じゃない?」

 これはあき君の言葉。


「姉様は昔から仕切りたがり屋だったからね。

 あたしは最初からそのつもりだよ。」

 これは雛枝の言葉。


 あれ?すんなりと話が進んだな。

 それはそれで、説得する手間が省けて、楽でいい。

 尻尾を揺らしながら寝ているタマを見て、気を取り直して...


「あの三人、楽しんでくれているのかな、あき君?」

 椅子にお尻を置き、あき君に声を掛ける。


「前回念話(ねんわ)を貰った時、『楽しんでいる』と言われたが、ななちゃんの事を気にしてる雰囲気だった。でも、予定で明日集合と前もって聞いているので、大丈夫じゃないか?

 ななちゃんは気にしなくていい。」


「え~、『明日集合』?」

 あき君の言葉に意見があるのか、雛枝はまた嫌そうにしていた。

「姉様、あたしと二人で逃げましょう。

 あたしが姉様を色んな場所に連れてって、色んな物を見せてあげる。

 他の誰も連れて行かないで、あたしと姉様だけで楽しもう。」


「気持ちは嬉しいが、雛枝、多分あき君が居てくれないと、私はダメなんた。」

 つい先ほどまで変なテンションだったからな。ちょっと遠い別の場所に行ったら、またおかしくなるのだろう。

 なので、あき君に薬草スープを作ってもらわなきゃ...あっ!


「礼を言うのを忘れたね。

 あき君、ありがとう。それと、すみません。」

「い、いいよ!俺が勝手にした事だし。

 って、何で謝られた、俺?」

「また薬草を探してくれたでしょう?大変だったよね。

 私の為に...ごめんなさい。」

「いやいやいや、慣れてる慣れてる!

『薬草』って程でもないし、場所によれば、市場で買えられるし!

 本当、気にしないでくれ。」


「薬草?」

 雛枝はまたもあき君を睨んだ。

「小瓶の中身、まだ聞いてなかったね。姉様に本当なに飲ませたの、白川輝明?」


「一々フルネームで呼ばないでくれ。」

 睨まれたあき君は気まずそうに雛枝から目を逸らす。

「世界各地にそれぞれその地に合う『土地属性』というものがあるじゃない?地理の勉強で学んだアレ。

 それに合わせて、各国は自分の領土を幾つの区に分けている。

 そして、その区の中心に必ず生き物が存在する、基本植物。その生き物の魔力はその区と全く同じ属性である。」


「へー...で?」

 あき君が何を言いたいのかが分からない。


「人は食事をするが、それは単なる栄養補給ではなく、同時に食したものの魔力を取り込む為でもある。」

「同じ事じゃない!あたしの質問を誤魔化すつもり?」

「実は、同じじゃない。

 魔力に五つの属性があるので、俺達の体内にある魔力も、もちろん『属性』がある。

 ただ、それは『単一』なものではなく、五つの属性それぞれ、ある程度込めたものなんだ。

 そして、食事する事によって、変わるものでもある。」


「そうなのか。」

 何となく、「そうじゃないか」と思っていた。


「どうやって自分の魔力の属性が分かる?

 というか、『属性の割合』?」

「専門家に頼めば測って貰えるが、それはまた別の話。

 重要なのは、食事によって、属性が変わるという事。

 ななちゃんはもう気づいたよな?」

「えぇ、多分。

 自信ないから、やはり教えて。」

「分かった。

 食事をすれば、食べた物の魔力を体内に取り込み、自分の魔力の属性も少しだけ、食べた物の魔力に寄っていく。

 適応とも言う。」

「魔力ゼロの私なのに?」

「『だから』だと、俺は思う。

 魔力を持つ他の人は自分の魔力を消耗して、少しずつ環境に適応している。だから、体調悪くならない。

 ななちゃんはそれができないから、直接『生命力』が影響されて、体調を崩される。

「へ~。」


 なるほど。

 今いる区の土地属性と全く同じ属性を持つ生き物を食して、今いる区の土地属性に自分の「属性」を似せる。俺の体が弱い理由、その根底にある真の理由に対して手を打つというようなやり方。

 環境を変えるじゃなく、自分を変えるという事か。


「生きる為に、食事が必要。

 自分の為に、他者の命を奪う。

 罪深い生き物だね、私達。」

 この世のすべての生き物にも言える事だ。


「またそんな意地悪な言い方...」「やれやれ」とあき君が言う。


「姉様達は人の魔力が見えないんだよね。」

 ボソッと、雛枝がそう言った。


「何?雛枝は見えるの?」

「見えるようになったの。

 少し鍛錬が必要だが、微弱な魔力も見たいと思えば見えるよ。

 姉様達だって、あたしが魔力を高ぶらせれば見えるでしょう?それと同じだよ。」


 アレと一緒にされても...実は同じ?


「そうなの、あき君。」

 流れるようにあき君に振った。


「どうでしょう?俺は見えない。」

 あき君は暫く熟考して、だけど「無理」と答えた。


「あれ、あたしだけ?」

 戸惑う雛枝。


 確かに、雛枝は色々と規格外だ。

 飛行型でもないのに自由に飛び回れるし、「平民」なのに王族以上に魔力がある。

 だけど、魔力が見える人は彼女だけではない。


「紅葉先生も人の魔力が見えるよ、雛枝だけじゃない。

 理由は『最大魔力量』に関係するじゃない?魔力が一定以上を持つ人なら、鍛錬すれば?人の魔力が見えるとか?」

「へ〜、紅葉か。

 姉様がそう言うなら、そうでしょう。

 そうに違いないわ!流石姉様、凄い!」

「いや、凄くねぇよ。」


 俺が凄いではなく、雛枝が思考放棄しただけだ!


「ねえ、姉様。もう寝ましょうよ。

 日が暮れて大分時間が経っている。二人だけでお話がしたい。

 それに、お風呂上りの姉様をいつまでもこの男の目に晒されたくない。」

 そう言って、雛枝はまたもあき君を睨んだ。

 それに対してあき君は呆然となって、またすぐに顔を真っ赤になって、俺の体から目を背けたと、百面相を見せている。


「雛枝...半日しか知らない今の私だが、君の事を間違いなく好きになる。」

 双子だからじゃない、美少女だからでもない。

 ただ、この子と一緒にいると、あき君がとても面白くなるからだ。


「本当?あたしも姉様大好き!

 姉様、姉様姉様姉様。」

 俺に抱き着いて、頬を擦る雛枝。


 雛枝の言う事はともかく、大分夜遅くなっていて、寝る時間であるのも事実だ。


「あき君、どうする?このソファーみたいな椅子で寝る?」

 ベッドは一つだけだったから、男女三人で一緒に寝る訳にもいけない。譲り合うにも、女子は二人だから、あき君一人をベッドに譲るのも...


「予約した!」

 雛枝が突然大声を出した。

「姉様がお風呂に入っている間、フロントにもう一部屋を予約してる!」


 俺がお風呂に入っている間?何でそんな時に?


「もしかして、念話で?」

「はい、念話だよ。

 それ以外、何がある?」

「いや~...」


 上まで走って予約して、走って戻ってきたかな?と一瞬思った。

 そうだ。この世界に携帯がなくても、「念話」という携帯に代わる魔法の連絡手段がある。

 科学が進んでいなくても、この世界には魔法がある。

 ...時々、前の世界の常識に引きずられて、この世界の事をバカにするよね、俺...


「という事なので、早く行って、白川輝明。

 あんたはもういらない、出て行って。」

 シッ、シッ、と動物を追い出すような動きであき君を追い出そうとする雛枝。


「分かった。

 お休み。また明日、ななちゃん、ひなちゃん。」

 苦笑いを見せて、あき君は部屋を出ていく。


「あ~、お休み、あき君。」

 慌てて挨拶を済ませた俺。


「良い悪夢を、白川輝明。」

 呪いの言葉を掛ける雛枝。


 そして、あき君が出ていて暫く、俺はベッドに寝っ転がった。雛枝も俺と同じ事をした後、俺に妙な質問をした。


「姉様さぁ、ちょっと訊いていい?」

「ん、なに?」

「生理、来た?」

「せいり...」


 整理整頓?んな訳ないよな。

 ............


「ふ~、ひゅ~。ふ~、ひゅ~。」

 寝たフリをした。


「あ、何で?来たの、来てないの?」

 それでもしつこく聞いてくる雛枝。


 なにこれ?女の子同士だからできる話?

 勘弁してくれよ!「生理」とか、知らねぇよ!


「別に答えてくれでも良いじゃない?あたし達、双子だし。

 あたし、まだなんだ。遅いよね?

 姉様は?生理来た?」

「あー、あー、聞こえない。」

 雛枝に背中を向けて、更に耳を塞いで、目を瞑る。


「恥ずかしいの?別に恥ずかしい事じゃないじゃない。

 確かに、この歳でまだ生理が来ていない事はおかしい事だが、恥ずかしい事じゃないでしょう?

 あたし、本当に悩んでいるのよ、姉様。」

「お母様に訊いて来なさい、雛枝。『姉様』に訊かないでください、雛枝。」

「恥ずかしいので...確かに恥ずかしい事かも知れない。

 だから、姉様に聞いたじゃない!姉様にしか訊けない!

 ねえ、姉様。姉様は来たの、生理?あたしと同じ、まだ来ていないの、生理?」

「うわ~!」


 ベッドから飛び降りて、トイレに駆け込んだ。

 更に、雛枝が入って来れないように、鍵を掛けた。


「え~?姉様、何で?

 あたし達、双子じゃない?そんな恥ずかしい事を聞いたの、あたし?」

 雛枝がドンドンとトイレの扉を叩く。


 例え氷山のホテルで、殆どの物と部屋は透明であるが、トイレは流石に透明じゃなかった。

 でも、防音ではない。「生理、生理」と叫ぶ雛枝の声が途切れず耳に入ってくる。


「聞こえな~い、聞こえな~い。山よ~、雨よ~。」

 即興に作った歌を歌い、雛枝の声を掻き消す。


「姉様!生理来たの、来てないの?どっち?

 ねぇ、答えてよ!可愛い妹に教えてよ、姉様!

 恥ずかしがらずに教えてよ。ねぇ!ねぇ!ねぇ!」

 しかし、外の雛枝の声が更に大きくなった。

 そして、心なしか楽しそうな声になっていた。

 もしかして、楽しんでいるのか?


「答えないよ!もう絶対に答えないから、諦めて、雛枝!」

 何で男の俺が「生理」について発言しなきゃいけないんだ?絶対に嫌だ!


「もー、分かったよ。

 もう聞かないから、一緒に寝よ。」

 諦めてくれたのか、外の雛枝が元気のない声を出した。


「本当?」

「本当。もう訊かないから、姉様。」

「なら。」

 トイレから出て、雛枝を見つめる。

 雛枝は叱られた子犬のように俯いている。

 その顔を見るのが辛くて、俺は雛枝の手を取って、ベッドの所に連れ戻した。


「ごめんね、雛枝。寝よう。」

 ベッドに上り、雛枝に半分を譲る。


「あたしもごめん、姉様。お休み。」

 雛枝は大人しく、だけど俺に抱き着いて、ベッドに入った。


 とても申し訳ない気分になったが、答えられない事は答えられないんだ。

 そう思って、一度心を「無の境地」に達して、俺は目を閉じた。

 ......


「生理...」

「っ!」

 寝ようとした俺の耳元に、雛枝が小声で呟いた。

 更に俺を逃がさないようにし、足を絡めてきた。


 落ち着け、俺!今は女の子、このくらい何ともない!

 無だ!無の境地だ!俺に「恥ずかしい」という感情はない!


「姉様、顔真っ赤っ赤!可愛い!」

 楽しそうな笑い声が雛枝の方から聞こえた。


 俺、遊ばれているのか?

 俺が!遊ばれているのか!?

 くっ、屈辱だ!


「いつか、千倍返しにしてやる。」

「な~に、姉様?生理がなんだって?」

「っ!」


 す~、は~、は~、深呼吸(しんこーきゅー)...

 セイリはただの言葉、深い意味はない...

 南無阿弥陀仏(なんむーあみだぼつ)...


「来たら教えてね。来てなくても教えてよ。

 生理(せ~り)っ。」

「おやすみなさい!」

 白い布団を自分の頭に被せた。


 やっぱ、「前言撤回」しよう。俺は自分をイジメる()を好きになれない!

 ...なれない!

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