第四節 出発...空を飛ぶ方法、三選
1年目5月1日(土)
まさかキーパーソン一人書き漏れていたとは...急いで入れました。
すみません、ヒスイちゃん!
「さよーなら~!」
「さよ、ならっ。」
舌足らずなお別れを言いながら、起きたばかりの星の双子妹達が目を擦る。
「のぞみ兄ちゃん、ひかり姉ちゃん、さよーなら。芽と愛はボクに任せて、行っておいて!」
アキラ君は流石「お兄ちゃん」か、朝早くなのに、元気よく挨拶した。
しかし...俺の記憶違いなのか?アキラ君は妹達の名前を間違った読みで呼んでいる。
「輝、お兄ちゃんだから、大事な妹をそんな風に呼んではダメ!正しく呼びなさい。」
俺の思った通りに、早速望様から指導が入った...けど、あまり効果がなさそうで、アキラ君が長い「はーい」と不真面目に返事した。
夜明け早々、「転移魔法陣」という便利な物があるにも拘らず、俺はとある理由でメイド達に起こされてしまった。朝低血圧の俺はそれでとても機嫌が悪く、大声で怒りを撒き散らし、結局は起きたものの、隣の部屋で寝ていた星と望様をも起こしてしまった。
その後、冷静になった俺は迷惑を掛けてしまった事を、星達とメイド達にお詫びをした。すぐにみんなから許しを貰えて、それで星達に「二度寝」を薦めたが、俺だけが朝早く「屋敷を出なければならない」とメイド長ちゃんが急に説明して、望様が「家主」の俺より「後に屋敷を出る訳には行けない」って事で、結局幼い弟妹達までもが起きる事となった。
そして、メイド数人と起きたばかりの星の弟妹達に見送られて、俺達が屋敷を出る事となったのだが...
「お嬢様、淑女たるもの、服をだらしなく開させてはいけません。」
まだ俺が自室にいる時に、メイド長ちゃんはそう言って、俺の襟元を正した。
「だって、暑いもん...」
俺は小さな声で文句を言った。
「長ちゃん、『夏休み』って言葉、知ってる?夏っ!休みだよ。
もう、見て!私の今の形!
下がストッキングで、上はもう三枚も着込んでいるよ!」
恥ずかしがらずに素足を曝け出したい!毛はちゃんと抜いたし、抜いていなくても恥ずかしくない!
もう!何で夏なのに、ストッキングを履かされる訳?靴下だって履きたくない季節なんだよ!
「気持ちはお察ししますが、此度の行先は世界の反対側、季節は冬です。
上着は後でいくらでも追加できますが、魔法の使えないお嬢様に寝室の外で下着を着替えさせる訳にもいけません。
我慢しててください。」
「冬?んな訳ないだろうよ!
夏ならどこだって夏だろう?北極や南極に行く訳じゃあるまいし。」
「一時の暑さに負けて、馬鹿な事を言わないでください。
確かに南極に行く訳ではありませんが、十分に寒い場所です。
スパッツを履かせていないだけ、良かったと思ってください。」
「スパッツ!?パンツの上に更にそれを追加するつもりだったの!?」
今度の行く国は余程寒い場所なのだろうか、メイド長ちゃんがかなり強引だ。海が広い国だと聞いていたが、まさか「海水浴」ができない程の寒い国なのか?
「温水プールはある?」
「基本海の中ですけれど、探せば開いている場所もあるではないでしょうか?
着いてから奥様にお聞きになったら如何でしょうか?」
「他人任せ!そういえば、長ちゃんは『地理』だけはダメだったね。」
「無識で申し訳ありません。着いてからのお楽しみとして、考えて下さいますよう、お願い致します。」
「...良く舌噛まないな、長ちゃんは。」
万が一の為に、水着は用意しておくが、あまり期待しない方が良いかも。
そうして、俺はみんなと庭に着き、残るみんなと別れの挨拶をする。
流れる汗を拭きながら、メイド長ちゃんが呼んだグリフォンに跨る。隣であき君と一緒のグリフォンに乗ったヒスイちゃんは心配そうに俺を見るが、俺の為に何かの行動をしてはいない。
...冷たいなぁ、ヒスイちゃん。俺、暑いのに、心が寒いよ。
もちろん、ヒスイちゃんは俺の為に心を鬼にできる女の子だと知っている。知っているが...ヒスイちゃん冷たい!
現代のグリフォンはかなり調教ができていて、乗った事のない人が一人で乗っても大丈夫で、うっかり滑り落ちても、地面に衝突する前にキャッチしてくれるだそうだ。
が、気を付けよう。怖いもの見たさで、ワザと落ちてみたりするような歳でもないから、な。
「お嬢様、翡翠様、行ってらっしゃいませ。」
そう言って、メイド長ちゃんが俺達に向かって四十五度のお辞儀をした。
その直後に、他のメイド全員が一斉に腰を曲げて、一緒に俺とヒスイちゃんに「行ってらっしゃいませ」と言った。
「うわぉ。」
何の意味もない感嘆詞を口にした。
壮観だ。
マオちゃんとオジョウがその中にいないものの、メイド隊の一斉の「行ってらっしゃい」だ。ちょっとビビった。
でも、何で?今まで一度もこんな事をしなかったのに、どうして今日に限って...あぁ!
「お嬢様のご学友の白川様・千条院様、行ってらっしゃいませ。」
「「「「「「行ってらっしゃいませ。」」」」」」
「千条院教諭、お嬢様の事を、よろしくお願い致します。」
「「「「「「よろしくお願いします。」」」」」」
続けてのメイド達の挨拶に星達もキョトンとなった。
しかし、俺はこの時に、メイド長ちゃんの目的を理解した。
なるほど、星達の前だから、か。
一応主と僕の関係。俺がどれだけ自由にさせてあげていても、他人の前では俺を主として立てているのかも。
「あの、ななえちゃん、いつも...その...」
言いながら、望様は視線でメイド長ちゃん達を指した。何かを俺に聞きたくて、だけどうまく言えないでいるようだ。
その質問の内容は恐らく「見送り、豪華!?」的なものだろう。すぐに「いや、違う!そのうちの一人が『バイバイ』で終わりよ!」と教えてあげたいが、そうするとメイド長ちゃん達のこの頑張りが全部無駄になってしまうので、「あはは」と言って誤魔化した。
ホント、頑張ったよな!いつ練習したのだろう?
「じゃ、行ってくるね。」
俺はメイド長ちゃん達に別れを告げて、一緒のグリフォンを乗る目の前の男性に「お願い、セバスチャン」と言った。
...現代のグリフォンは素人が一人で乗れるけど、俺は結局一人でグリフォンを乗る勇気がなかった。
そう。
俺はセバスチャンこと爺――名無しの俺の執事にグリフォンを御して貰っている。
生まれてこの方、馬だって乗った事がないんだぞ、俺は!二回目でも、巨大な鋭い口を持つ鳥っぽい生き物に乗れる分けないだろう?しかも空を飛ぶのだぞ!
落ちたら死ぬかもしれないし、キャッチしてくれるとしても、それが「口で」なのか、「爪で」なのかが分からない。そのどっちも鋭くて、肉が削れそうで怖んだ!
一人で乗れねぇよ!チキンと呼ばれても気にしねぇ!俺は安全策を取るぞ!
...本当はヒスイちゃんと一緒に乗りたくて、以上の事をメイド長ちゃんに言ったんだ。言った結果、セバスチャンを押し付けられた、「翡翠様はお嬢様より幼いでしょう?」という正論と共に...
別にセバスチャンの事は嫌いじゃないよ。静かだし、顔渋いし。
だが、男だ!
男という理由だけで、俺からの好感度が少し下がる。しかも比べる相手はヒスイちゃんだ。「レベルが違うだろう!比べられないっつの!」と、心の中で自分が自分にツッコミを入れた。
セバスチャンはグリフォンの首辺りを軽く叩いて、グリフォンに離陸する指示を出した。すると、俺が乗っているグリフォンが翼を広げて、二、三回煽いだ後、地面を思い切り蹴って、跳んだ。
そして空中で高さをキープして翼を煽ぐ、足元から下にちょっぴり風属性の魔法も使用しているっぽい。
俺が乗っているグリフォンが離陸したのを見て、続いて星達もグリフォンに離陸を頼んだ。四匹のグリフォンが宙に浮いて、俺達は屋敷を見下ろした。
「早苗!ちゃんと星の弟と妹達を世話してくれよ!泣く度に貸しイチだよ!」
「畏まりました!ちゃんと理由別にチェックシートを作っておきますので、ご安心下さい!」
「いや、違う!泣かさないようにしてくれればいい!天然ボケ要らない!」
「畏まりました!」
本当に分かっているのかな?
そして、他のメイド達は誰もフォローをしない。本当に躾のできたメイドのフリをして、自分達のボスであるメイド長ちゃん一人に喋らせている。
いつもの調子で、ちょっと誤解を招くような言葉遣いをした所為で、メイド長ちゃんの天然ボケを目立たせてしまった。
ごめん、メイド長ちゃん!せめて他のみんなを道連れにしてあげるから、許してくれよ。
「モモ、悪戯しない!ルカ、異性に抱き着かない!リン子、逆切れして暴れない!オロちゃん、ミスを隠さない!シイちゃん、無闇に怒らない!彩ねー、周りを見て歩いて!」
一通り全員の悪い点を挙げてから、俺は星達に向き合った。
「みんな、行きましょう。」
「あぁ。」とあき君が言い。
「うん、行きましょう。」と望様が言った。
星は頷くだけだった。
「輝、愛、芽!お世話になっているから、迷惑を掛けるなよ!」
離れる前に、星は大声で学齢前児達に注意をした。
それに対して、望は「一杯お土産を買ってくるから!良い子でいなきゃだめだぞ!」と言った。
学齢前児達は最初、アキラ君一人だけが星にブーイングを飛ばしていたが、望様の言葉を聞いて三人全員「わーい」と走り回るほどに喜んだ。
それを見た俺は、少し星の事を知った気分になって、ちょっと嬉しくなった。
不意に、「いってらっしゃい」の挨拶する間柄な人がいないあき君達の事を思い出して、彼らの方に目を遣った。
が、てっきり寂しい思いをしているのだと思ったら、ヒスイちゃんは目一杯な笑顔を俺に見せて、あき君は何やら考え事をしていて、特にみんなを見ていない様子だった。
声を掛けるか?
いや、止めよう。ヒスイちゃんは大丈夫なら、あき君の為に声をかける必要はない。
男相手に、そこまでの気遣いはいらないだろう。
そうして、俺達はようやく「海の国?」に向かって旅だった。
......
...
「では、ここで一度さよならだね。」
グリフォンの上で、俺は星達に手を振った。
「そうですか。では、私達は一足先に、向こうで待ってますね、ななえちゃん。」
「ナナエお姉ちゃん、バイバイ。」
「ななちゃん、体の調子に常に気をつけて。」
「あ、えっと...バイバイ、ななえ。」
四人も俺に手を振った。
名残ほしいが、俺だけが星達と違い、転移魔法陣ではない別の場所に向かわなきゃいけない。朝早く起きなければならなかった原因でもある。
その理由はやはりというか、弱い俺の体にある。但し、今回は「魔力耐性ゼロ」の体質が問題ではない。なんても「転移自体は問題ない」だそうだが、「転移後の対応が追い付かない」だそうだ。
朝一番、まだ目がちゃんと醒めていない時にこんな事を言われたら、他の人ならどんな反応をするのだろう。俺はとりあえず大暴れした末、プンプンと怒り、話を一切聞かなくなった。
今は理由をちゃんと聞かなかった事に後悔している。
「セバスチャンは私の行く国の事、知ってるよね?」
暇なので、セバスチャンを弄った。
セバスチャンは振り向かずに頷いた。
「でも、喋れないから、教えられないよね?」
セバスチャンは振り向かずに頷いた。
理由をちゃんと聞かなかった事に後悔した!
そして、その事に気づくのが遅い自分の頭が憎い!
......
グリフォンが飛んでいる...楽しい...
「グリフォンが飛んでいるね、セバスチャン!」
意味なくセバスチャンに話しかける。
セバスチャンは振り向かずに頷いた。
「セバスチャンは頷くしかできないのか!」
いきなりセバスチャンにブチ切る。
セバスチャンは振り向かないし、頷いてもくれなかった。
「セバスチャンは実は年齢詐欺してるでしょう。八十何歳なんて嘘でしょう?精々四十歳でしょう?」
セバスチャンは振り向かない、頷かない。
はぁ...俺、何してんだろう?
グリフォンを乗っていると、下の景色がとても綺麗に見える。
だから、普通ならきっと楽しくてしょうがないだろうが、実は前回にグリフォンを乗ってから、空高く見下ろすのが楽しくて、よくマオちゃんに抱えてもらって、空を飛んでいた。
しかし、何事も、適量が一番。度が過ぎると飽きてしまう。
特に、俺はどんな刺激に対しても理性的に分析し、メリットとデメリットを考える癖がある。お陰で嗜好する物が少なくて、一度ハマった「ネットゲーム」も異世界に来た事をきっかけに止める事が出来たが、反面、何事にもすぐに慣れてしまい、すぐ、飽きてしまうのだ。
つまり、俺は「見下ろす」事に飽きたんだ。
「酸素だって、濃すぎると毒ガスになるというのに...」
何で飽きるまで、マオちゃんにしつこく、空を飛ばして貰ったのだろう。「重くない」と言ってくれたけど、それはそれで腹立たしかったから、意地になってほぼ毎日に頼むようになったのかも。
「せめてタマがここにいれば、なぁ!」
大声でセバスチャンに小言を言った。
何か拘りがあったのか、メイド長ちゃんは一人でグリフォンを乗れない俺の為に、セバスチャンの同乗を許したけど、タマの同乗を許さなかった。
馭者を使用人一人に任せるのは良いが、ただ「乗っているだけ」ではダメだとか、一時間しか人に成れないタマを馭者にやらせるのが危険だとか、ごにょごにょと色々言って、兎に角「タマが一緒に乗ってはダメ」と言い放った。
その結果、タマは一足先に出発する事となった。グリフォンを乗っちゃうダメという事で、自分の足で向かう事になったが、果たして、俺が着くまでに辿り着くのだろうか?
「そういえば、セバスチャン。
今、セバスチャンに抱き着いても大して問題ないっぽいね。」
恐らく指輪のお陰だろう。
「なので、また肩車してくれ。」
簡単なお願いなのに、何故かセバスチャンは頷かなかった。
もしかして、前の時の事を引きずっていたのか?
俺は大丈夫だから、気にしなくていいのに。
「別に今すぐじゃなくていいから、また私が戻って来た時に、その時にまた話をしよう。」
振り向かなかったが、今回、セバスチャンは頷いてくれた。
「そうだ、セバスチャン。実は...」
...と、結局口を使わない返事しかできないセバスチャンに、俺はグリフォンが着陸するまで話しかけ続けた。
もしかしたら、セバスチャンにうざがられたのかもしれないが、それを考えない事にした。
......
...
「おじょーさまー!爺ー!こっちですよ!」
グリフォンが着陸する前、オジョウと先に屋敷を出たマオちゃんが俺達を迎えに来た。彼女の指示に従って、俺とセバスチャンがとある地上に建つ「太古の遺跡」・「塔」の天辺に降りた。
そこにはオジョウと紅葉先生、そして丁度天辺まで登って来た人のタマが俺達を待っていたが、それ以外には見覚えのある巨大な機械があった。
「ヘリコプターだ...」
いや、この世界では「太古の遺物」と呼ぶべきか...
............
「ヘリコプターだぁああああ!」
俺はヘリコプターに駆け寄る。
え?マジか!?
ヘリコプターだよ、ヘリコプター!中空に浮遊できる交通用具だよ!
元の世界でも、映画の中でしか見た事がない!リアルでは偶に飛行機を見かけるが、実際に飛んでいるヘリコプターを見た事がない!
それが異世界に来て、それを見る事が出来たなんて、予想もしなかった!
「ちょ、ちょっと、お嬢様!?」
ヘリコプターに向って走る俺をマオちゃんが慌てて止めた。まだ空から降りたばかりで汗を掻いたマオちゃんの体から、香木の匂いがした。
「マオちゃん汗臭い!放して!」
「あ、汗っ!?お嬢様、あんまりですよ!
それに、放しません。今エンジンを起動しているのですよ!分かります?
上部をよく見て。透明に見えても、実は四つの羽が高速に回っているのですよ!危ないですよ!」
「そんなの見れば分かる!今日それに乗るでしょう?だったら、早く乗らせろ!」
「分かってます!けど、お嬢様一人に行かせられません!
ほら、ここからでも分かるでしょう?風圧が凄いのです!
お嬢様は軽いから、近寄る前に吹っ飛ばされるかもしれません。近寄りすぎて、羽の方に吸い込まれるかもしれません。」
「そんな軽くないっしょ?」
「いや、お嬢様。体重計、魔力の要らないタイプ、あるでしょう?乗った事ありますよね?」
「あるけど...今は私の体重とか、どうでもいいじゃない!」
「どうでもよくありません!あの太古の遺物、どれほどの力があると思います?お嬢様なんて、簡単に吹っ飛ばされますよ!」
「赤羽さん、言葉遣いがなってませんわ。」
終わらない俺とマオちゃんの口喧嘩を見て、オジョウが話に割り込んできた。
「結界を張っていますので、お嬢様が怪我する様な事にはなりませんわ。」
「『絶対』ではないでしょう?前、猫の姿の猫屋敷にだって、気づけなかったじゃん!」
マオちゃんがまた過去の話を持ち出して、オジョウを責めた。
いつまでその話を引っ張るつもりだろう?
「......」
対して、オジョウはマオちゃんの言葉を無視して、大人の対応をした。
ただ、いつもなら「失礼しました」とかで、一度は謝るオジョウの事だから、「無視」という大人の対応は寧ろ彼女なりの怒りの見せ方なのかもしれない。
「今日はあたしがメインですからね!見送るだけの人は黙ってて!」
それでも、しつこくオジョウに絡むマオちゃん。ちょっとはやりすぎたかな?
「あなたが黙れ。」
同じことを思ったのか、無言で近くに立っている紅葉先生がいきなりマオちゃんの頭を押さえて、床に叩きつけた。
「話が進まない!」
「ちょっと、紅葉先生!?」
マオちゃんの頭が床に叩きつけられた時、ポンと音がした。人の頭がうっかり壁にぶつけても、音はならないはずなのに、紅葉先生が、音が出るほどにマオちゃんの頭を強く押して、床に叩きつけた、という事だ。
「女の子の頭だよ!やりすぎ!」
「痛みを感じる程の躾をしなければ、今時の若者は覚えないよ、奈苗様。」
そう言って、紅葉先生はマオちゃんを放した。
「時代遅れです!パワハラです!
しかも、復職とはいえ、勤務年数はあたしが長いよ!二番目でも、今はメイド長じゃないじゃん!」
解放されたマオちゃんは頭を上げて、涙目で紅葉先生を睨んだ。
そのオデコ、ちょっと赤くなっただけで、特に怪我とかにはならなかった。
よかった、この世界の人達が健康優良児で...
マオちゃんと紅葉先生のこの出来事で、俺は少し冷静に成れた。確かにヘリコプターは珍しいが、どうせ乗る事になるのだ、急ぐ必要はない。
なので、一度周りを見た。
「なな...お嬢様!間に合いました!イエイ!」
人のタマがはぁはぁ言いながら、俺に駆け寄ってきた。
汗だくで良い香りがしそうだが、それが気になっているのか、テンションの高いタマが俺に駆け寄ったが、俺に抱き着かなかった。
「タマ、お帰り。何で人の姿なの?」
「そりゃ、私、この塔初めでだよ。踏破された塔だけど、まだ他に仕掛けがあるかもしれないでしょう?」
「え?エレベーターなかった?」
「あ、あるけど...使い方が分からなくて...」
「あれ?」
ボタンを押して、後は待つだけの作業なのに、使い方が分からなかった?ここがファンタジー世界だから?
いや、待って。剣と魔法のこの世界だが、どのダンジョンも塔も、エレベーターというものがある。その為、使い方も一般知識として周知されている。そうメイド長ちゃんに教えられた。
となると、これはタマ個人の問題?
「まさか、階段を使って走ってきた?」
「崩れているところも一杯あるから、大変だった。けど、来れました!」
「よく頑張ったね...いや、自慢げに言うな。」
また別の時にでも、おバカなタマにもう一度エレベーターの使い方について教えてあげよう。
今は一刻も早くヘリコプターに乗りたい!冷静になってはいるのだが、冷めてはいない!
「セバスチャン、ありがとう。もう帰っていいよ。」
セバスチャンに帰る許可をしたが、セバスチャンは一礼をして、しかしグリフォンに乗らなかった。
俺を見送るつもりかな。お爺ちゃんになっても、謙虚でいるマメな男だな。
「考えてみれば、誰がこのヘリコプターを動かすんだ?知識としてこれを知っているが、私は運転ができないよ。」
「はい、はい、あたし!マオちゃんです!」
手を高く上げて、自己アピールするマオちゃん。
「マオちゃんが?」
凄く心配だ。
こういう危険な乗り物、できれば落ち着いている人に運転してもらいたいのだか。
ここにいるオジョウとか、クールな紅葉先生とか、一緒に行かない予定のセバスチャンとか。
「空飛ぶ事に関して、飛べる種族に任せる方が一番でしょう!
春香さんも得意のは得意のですが、今回は少人数で長時間、あたしが適役でしょう!」
「長時間...」
予想はしていたけど、やはり俺は魔法ではなく、物理的な移動方法で行くのか。
「分かった。じゃ、早く行こう!」
「どうぞ!
あ、ちゃんとあたしの手を掴んでてください。」
俺は言われたままにマオちゃんの手を掴んだ。
「タマ、猫になって。」
「にゃお~。」
人の姿で一回猫の鳴きを真似して、タマは猫の姿に戻った。
...かわいい。
そして、一度は俺の肩に乗ろうとしたが、マオちゃんに睨まれて、途中で跳ぶのを止めた。
最後は紅葉先生が俺の近くに来て、警戒するかのように俺を見つめている。
まさか、俺が風に飛ばされる程に軽いと本気で思っているのか?
「あれ?オジョウは来ないの?」
「はい。今日はお嬢様を見送りに来ただけですわ。」
「見送るなら、屋敷でもいいじゃない?わざわざここに来なくても。」
「少し、紅葉さんと昔話を興じたくて。」
「なるほど。」
子供の頃の世話係だそうだから、気を許しているのだろう。
うちのメイド、メイド長ちゃんを含めて、どこか子供っぽい所があるからな。大人のお姉さんって感じなオジョウだが、気苦労もあるかもしれない。
いや、ある。モモがリンをイジメたがる事とか、マオちゃんの熱いライバル意識とか、理由なくセバスチャンが苦手なリンとか、同じ飛べる種族のルカとマオちゃんの微妙な関係とか...多いな!
それで、昔なじみの紅葉先生を心のオアシスに思えたのかもな。住み込み従業員達の人間関係は複雑で、難しいね。
「なぁ、オジョウ。お父様に何を頼まれたのかは分からないが、少しの間、有給を取ったら?」
急に振った俺の話を聞いたオジョウは少し驚いた顔をしたが、すぐに俺の考えを理解してくれて、微笑んだ。
「お嬢様はお優しい。でも、『オジョウ』は止めて下さい。」
礼を言い、あだ名に文句を言う。しかし、明確な返事はしない。
これはオジョウ特有な「断る」の表現かもしれない。
...難しいな。
「オジョウ、セバスチャン、さよなら。」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
「セバスチャン、帰りにオジョウにもグリフォンを乗せてあげて。」
「...(ペコり)」
四人乗りの小さいヘリに乗り、最後の別れをして、俺はヘリのドアを閉めた。
マオちゃんが前の操縦席に乗り、紅葉先生は俺と一緒に後ろの席に乗った。
タマは自然と残りの前の席に乗ったが、猫の姿である為、すぐにマオちゃんに「ベルト着けられないでしょう?またお嬢様に抱えて貰えたら?」と皮肉を言われて、それで意地になったか、本当に俺の膝の上に跳び込んだ。
「ありがとう、マオちゃん。」
タマを撫でながら、俺はマオちゃんをイジメた。
「い、いいえ...お嬢様の喜びはあたし達メイドの喜び...お気になさらずに...」
苦虫を噛み潰したような顔で返事したマオちゃん。気を取り直して、前を向いた。
「マオちゃん、運転した事ある?」
「大分前から別のヘリコプターで練習した事があります。」
「へー、経験者か。
先生もいるのか?」
「お嬢様、ご冗談を。
太古の遺物の使用方法を教えられるような先生なんて、いないでしょう?」
「へ?じゃ、どうやってヘリの使い方を覚えた?」
「そりゃ、このほぼ完ぺきな状態に保存されていたヘリコプターと違う、ちょっと壊れているヘリコプターを使って、色々試した末に、自然と身につけたのですよ。
例えば、このボタンを押すと、後ろの羽が逆方向に回れるとか、レバーを引けば、ヘリコプターの向きを変えられるとか。」
あれ?凄く心配になってきた。
「大丈夫?墜落したりしない?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。墜落しない使い方をちゃんと覚えましたから。」
「ちょっと詳しく説明して!」
「分かりました。でも、まずは飛ばしましょう。
途中で詳しく説明しますので。」
「ちょ!」
俺の意志を無視して、マオちゃんはヘリを飛ばした。
ちょっと!マジで怖くなった!
「マオちゃん!免許は?」
「『免許』?何それ?あはは!」
「笑い事じゃない!そもそも燃料は?足りている?」
「その為に、紅葉さんが一緒に乗ってるでしょう?」
「紅葉先生が?」
隣を見ると、いつの間にか寝ていた紅葉先生が目に入った。
その両手に見た事のない籠手を付けている。
「御存知かも知れませんが、この太古の遺物『ヘリコプター』というものは、石油などの液体な物質を使って動いているのです。しかし、その液体物質は使いきるのが速くて、補充が手間多く難しく、しかも爆発する危険性もあります。
なので、当主様は何年前から、その危険な燃料の代わりに、魔力で太古の遺物を動かす研究を続けていました。
まだ実用的になっていなく、特定な魔力しか特定な遺物を動かせません。
例えばこのヘリコプター、紅葉さんの魔力のみに反応します。」
「はぁ...?」
「血液型と同じですよ、お嬢様。血液型が違えば、輸血できないでしょう?
それと同じですよ。」
いや、言っている事がなんとなく分かるが、魔力でガソリンの代わりにするとか、ファンタジーすぎるだろうか!もう、フャンタジーだよ!
でも、とりあえず「魔力でヘリコプターを動かしている」という事は理解した。
理解したが...
「燃料切れにならない?」
「だから、紅葉さんを寝かせているのではないですか。
いくら自然回復力が『王族』並のドラゴン族でも、二日もこの遺物の為に、魔力を提供し続けるのですよ。
隣にポーションが入っている小包もあります。ヤバくなったら教えますので、その時に無理やりに口の中に注ぎ込んであげて下さい。」
「うわ~。」
紅葉先生を燃料タンク扱いしている。
「今なら、何を言っても気づかれないかもね。」
「え?」
「例えば...竜ヶ峰ちゃ~ん?」
「はぁ!?」
マオちゃんが急に「自殺用コード」を唱えた。
え、正気?紅葉先生の前で、「竜」という言葉をわざと口にする?
でも、紅葉先生は何の反応も示さなかった。
「ふふん、竜ヶ峰?どうした、竜ヶ峰?返事しないか、竜ヶ峰?」
調子に乗って、続けて紅葉先生の苗字を呼ぶマオちゃん。紅葉先生に殴り飛ばされた事、まだ根に持っているとみた。
小さい!マオちゃんの心、小さい!
しかし、やはり紅葉先生は何の反応も示さなかった。
本当に寝ている...というか、熟睡しているようだ。
「竜ヶ峰、竜ヶ峰、竜ヶ峰?」
「止めなさい、マオちゃん。私の為に自分を犠牲にしている紅葉先生が可哀想だよ。
最低だよ、マオちゃん。」
耐えられずに、マオちゃんを叱った。
「はい、ごめんなさい、お嬢様。」
そう言ったマオちゃんだが、口調が軽く、とても反省の色は見えなかった。
「それより、さり気なく『二日』と言ったね。
それはつまり、このヘリ、二日も続けて飛ぶって事?危うく聞きそびれたよ。」
「はい、二日です。なので、お嬢様はもう寝てても大丈夫ですよ。
座席の下に長持ちの弁当もあります。食べたい時に食べて良いですよ。」
「座席の下はパラシュートを入れる所だよ。」
空旅二日、か。キッツい!
「しばらく食べなくても大丈夫のは知ってるが、マオちゃんの分は?食べる余裕はあるのか?」
「大丈夫です!自動運転モードもあります!」
「あるの!?」
ちょっと待って、「自動運転モード」?
そんなの、元の世界にもなかったぞ!どれだけ進んでいるんだ、この世界?ファンタジー世界だろう?何で科学が進んでいるのだ?
「玉藻の分はないですけどね~。」
「うにゃお!」
運転しているマオちゃんが振り向いて、タマと睨めっこをした。
「マオちゃん。結構真面目な話がしたいんだよ、私は。」
「はい、何でしょうか、お嬢様?」
「まずは前を見ろ!」
「もう、心配性ですね、お嬢様。」
そう言って、一応俺の命令に従って、マオちゃんは前に向いた。
「はぁ...」
ため息が止まらない。
「マオちゃん、本当に大丈夫?どっかにぶつけたりしない?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。『鷹の目』を舐めないでください。」
「そういえば...」
普通の人より、かなり遠くまで見渡せる、魔法を使わないマオちゃんの力。
「多才よね、マオちゃんは。」
「へへ~、そうですよ。マオちゃんは凄いのです。
他の人なら、きっともっと多く墜落してるでしょう。」
「...へ?」
聞き間違いなのかな?「墜落」を「もっと」って聞こえたような...
「マオちゃん?墜落...って、今までした事があるの?」
「はい、勿論です。
その度に叱られて、しかも自分の魔法で修復を命じられるのですよ。
毎日が兎に角しんどいのです。」
「いや、墜落したら死ぬよ!『叱られて』、『修復』って...」
「大丈夫ですよ、お嬢様。もう墜落しないよ!
墜落してもお嬢様をちゃんと守りますが、今まで一度も魔法で修復された事のないこのヘリコプター、墜落させたら何億の賠償になるか...ぅぅ、想像するだけで身震いがします。」
言いながら、マオちゃんはレバーから手を放して、自分の肩を抱きしめた。
「ちょ、身震いしないで!もっと慎重にして!」
「何焦ってるんですか、お嬢様?大丈夫ですよ。マオちゃんを信じててください。
飛ぶ事に関して、メイド隊の中であたしが一番、春香さんも紅葉さんも相手じゃありません。」
「言いたい放題だね、マオちゃんは。」
ルカがここにいないから、紅葉先生が熟睡しているから、マオちゃんがちょっと調子に乗っているみたい。
でも、ここまで自信満々に言うのなら、マオちゃんを信じてあげよう。
寧ろ、俺が過敏になっているかも。同じ「運転手」だった故の、「事故を起こした事のある運転手」である故の過剰反応かもしれない。
「このヘリ、どのくらい速く飛ぶの?」
「えっと、限界が千二百と書いていますので、今は千です。」
「へ~...」
千って、どのくらいだろう?
そう思って、ちょっとヘリのメーターを覗いてみたら、メーターが一杯多くて、脳が理解するのを止めた。
ただ、その単位は俺のよく知っている「キロメートル」。
...俺が練習用に使った軽自動車の限界速度は、確か百四十キロメートル毎時...
「ちょ、速すぎ!
風圧で、ヘリがバラバラになるじゃない?」
「お嬢様は本当に想像力が豊かですね、小学生時期で魔道具を作り上げた実績がある事も頷けます。
そんな事、ある訳ないでしょう?」
「え?そう...」
俺が考えすぎなのかな?
駄目だ、自分の常識がこの世界の常識に追いつけない!
自信のあった「太古の何々」知識も、段々と足りなくなっている。時代の波に取り残される。
「寝る...」
ショックのあまり、俺は寝る事に決めた。
「はい、お休みなさい。
着替えの時間になったら呼びますので、安心してお休みください。」
「着替えの時間?」
「段々と寒くなっていきますので。」
そうか。だから、メイド長ちゃんは俺に一杯服を着せたのか。
「なぁ、マオちゃん。行先の国はとても寒い場所なのか?」
「はい。」
「だから、私は転移魔法陣を使っちゃうダメなのか?」
「そうだと聞いていますが、どうでしょうか?
あたしはお嬢様ではありませんので、分かりません。
あたし達は衣服がなくても、魔法を使って、自分の体温や周りの気温を調整できますから。」
「そう...」
魔法を使えたら...耐性ゼロじゃなかったら...
みんなに迷惑を掛けているな。
...寝よう。
「お休み、マオちゃん、タマ。」
「にゃ~。」
「お休み、お嬢様。」
俺は目を閉じた。




