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第三節 夏休み前日②...二回目の合宿発表

「では、みんなが揃ったところで、始めたいと思います。」


 ようやく(せい)が少し落ち着いた時、俺はあき君を部室の中に入れた。まだあき君を見ると顔を赤らめてしまう(せい)だが、ひとまず一番ドア側の椅子に移った。

 あき君は一応部室の中に入ってきたが、俺と(せい)の事を気遣って、俺と(せい)とほぼ同じ距離のある部屋の隅に立っていた。


 気まずい...

 この気まずさを解消しようと、俺は一人で話を進めた。


「明日から、我が考古学部は私が部長としての二回目の合宿を行う。行先は何と!驚きの国外である!

 その国の名前は...生憎聞くのを忘れてしまい、大変申し訳ありませんが、海が広いで有名な国だそうです。

 従って、全員水着必備!忘れた場合は裸で海に入る事になりますので、お気をつけて。

 もちろん、太古の遺産と遺物もちゃんとある。考古学部の活動もきちんと行う予定、誰も文句は言いに来れません。

 これは決定事項なので、他に予定がある人は挙手し、発言してください。ちゃんと却下します、容赦なくに。」


 知らない人の前では恐縮してしまうが、この二人の前だと心地よくスピーチが出来る。

 気持ちいい!パンツを見られた事が「どうでもいい」と思えるほどに気持ちがいい。

 ...嘘です。まだ恥ずかしいです。

 例えるなら、アソコが立っているのを女子に発見された位に恥ずかしい。


 ...「くそババァ!入る前にちゃんとノックしろって何度も言ったろうか!」...


 くっ、あの薄い布でちゃんと隠せる訳ないだろうか!

 何で男子がズボンで、女子がスカートなんだよ!女子にもズボンの制服を用意すべきだ!

 いや、それはそれで勿体ない...風にスカートを吹き上げられて、恥ずかしそうにそのスカートを押さえる女子も見たい。

 ...俺は、どうすればいいんだ。


「あれ?」


 俺の見事な発表の後、暫く経ってからも音がなく、部室の中はとても静かだった。

 三人しかいない部活なんだ、不意に静かになる事はある。しかし、俺が二人から発言を求めた後に静かなままなのはおかしい。大人数の株主総会とかじゃないから、他人に気遣って、発言を控える事はしないだろう。


 二人を見る。

 隅っこにいるあき君は頭を俯いて、叱られている子供のように両手を前にして立っている。ドアの近くに居る(せい)はいつの間にドアの側に椅子を置き、そこで顔を赤くしたまま本を読んでいる。


 二人とも、お互いを意識して、俺の話を聞いていないようだ。


「こーんにちわ~!おはよーうございま~す!二人とも、話を聞いてますか~?」

 もう一度二人に呼びかけてみた。

 が、あき君は(せい)をチラ見して口を閉じたままだし、(せい)は本で自分の顔を隠して返事をして来ない。


 重症だな、これは。

 こうなれば、まずは二人のどっちかを集中して攻略し、その後でもう一人を攻略する事にしよう。


「ね、あき君、ちょっと聞きたいんだか。

 今日遅刻した理由は何?」

「え、遅刻?今までそんなのなかったと思うが...」

「女子二人を待たせていたら、もう立派な遅刻でしょう?

 で、理由は?

 (せい)は『競争してた』って。本当?」


 別に信じてない訳じゃない、目的はあくまで二人の興味を引く事。

 序に、一応確認も兼ねて、だ。


「えっと、まぁ、してた。

 でも、俺より、千条院さんに聞いた方がいい...と、思う。」

 あき君は(せい)を気遣って、言葉を濁した。


 ここで、俺は二つの選択肢を得られた。

 一つ、代わりに(せい)に事の顛末を確認する。

 もう一つ、続けてあき君に確認する。


「別にどっちでもいいでしょう?

 何で今日、いきなり競争する事になったの?」

 俺は後の方の選択肢を選んだ。

 なんとなく、こっちの方がいいと思ったからだ。


「ちょっと前から、俺と千条院さんは色んな事で競争するようになった。」

 しつこく聞かれたあき君は困った顔をしたが、諦めて俺に返事した。

「今回はななちゃんがまだ部室に来ていなかったので、暇つぶしに速さと持続力を競ったんだ。」


「あれ、私の方が遅刻?」


 誰もいなかったから、てっきり一番だと思っていた。


「それはそうと。

 二人はどうして競争するようになったの?

 あき君が(せい)を怒らせるような事でもしたの?」

「そういうことではないが...」


 俺の質問に対して、あき君は答えたいが出来ないように顔を顰めて、(せい)の方をチラ見して困っていた。

 この雰囲気、どうやら発起者は(せい)のようだ。

 あき君が答えにくいような事なのか?それは分からないが、そろそろ(せい)を話に巻き込もう。


 俺は身近な椅子を持って(せい)の前に置き、その椅子に座り(せい)と対面する。

 どうせ見ていない(せい)が自分の顔を隠す本を取り上げて、帽子を被るように自分の頭の上に乗せた。


(せい)、あき君と急に競争相手(ライバル)になった理由を教えて。

 ひとりぼっちの君があき君の気を引こうとした理由を教えて。」

「人聞きの悪い。

 僕はただ、一日で宇摩山(うまやま)区のダンジョンを踏破した彼が気になっただけ。」

「え?ダンジョンを踏破しただけで気になるの?」

「誰も踏破できなかったダンジョンを一高校生が一日で踏破したのだ。しかも、最深部に繋ぐ神の遺物・エレベーターも使えるようになった。

 気になるのも当然。」

「そう言われると、確かにそう感じるね。」


 元々、ただのお手伝い程度のつもりだったダンジョン探検だ。それが、俺がいきなりダンジョンマスターでもある紅葉先生に攫われた事で、踏破しなきゃいけなくなった。

 しかし、一日で?あき君、凄いな。

 見た目はただの貧弱な女顔男なのに、何年も探索され続けていたダンジョンを踏破したんだもんな。考えてみれば、確かに凄い。


「え、ってことは何?あき君は今、有名人?」

 俺はあき君を見つめて、彼に声を掛けた。


「い、いいえ!俺は断ったんだ。」

「断る?」

「えぇ。」


 何を断ったのだろう?


「未成年の場合、未成年保護法があるでしょう?

 本人の希望で、名前を公表しない事ができる。」

 代わりに(せい)が俺の疑問に答えてくれた。

「紅葉先生も口はかなり堅かったが、僕は一応考古学部の一員だから、教えてくれた。

 なぜこんな名誉な事を秘密にしたのか...」

 言いながら、(せい)はあき君をチラ見した。

 そして、一瞬にしてまた目を逸らして、ドアを見つめた。


「ほへ~。あき君、凄かったんだね。」

 俺はまた感服した眼差しをあき君に送った。


「俺だけの力じゃないよ!ななちゃんの、えっと、アレのお陰でもある。」

「アレ?」

「えぇ、アレ。

 アレがあったお陰で、罠とか全部避けれた。

 魔物も事前に見つけられた。

 アレがなかったら、一日でななちゃんを見つける事ができなかった。」

「あ~、透視眼鏡(アレ)か!」


 使ってたのか。

 俺を助けに来た時、あの眼鏡をかけていなかったんだが、やはり使ってたのか。

 男の子だなぁ。


「『アレ』ってなに?」

 (せい)が透視眼鏡に興味を示した。


「な、何でもないです!」

 あき君は慌てて否定した。

「なぁ?ななちゃん。何でもないですよな、な!」

 冷や汗を流しながら、強く否定した。


 ここであの透視眼鏡を取り出したら、さぞ面白い事になれるのだろう。

 しかし、折角二人の意識をこっちに向けるようにできたんだ。それを無駄にしたくない。

 頭の上の本を気を付けながら、俺は席から立ち、ゆっくりホワイトボードの所に向かう。


「今度の国外合宿もきっと色んなダンジョンや塔があると思う。一応夏休みの終わりまでの予定で、じっくり一つのダンジョンを探索するもよし、色んなダンジョンを軽く見学するもよし。

 急な予定が入った場合は合宿を中止して帰るもよしなのだが、それを極力避けたい。

 約二十日の長い合宿になるので、今のうちに二人の都合を聞いておきたい。

 二人はどう思う?長すぎると思う?」

 もう一度二人の意見を伺ったが、前回のようなミスを犯さない。

「まずは(せい)から、はい!」

 (せい)を指さした。


 指さされた(せい)はまだ「アレ」を気にしていたが、俺への返事を優先した。

(のぞみ)兄さんから聞いている。一緒に行くのだったな。」


「一緒に?」


 あき君の小さな呟いきを聞こえたが、気にしない事にした。


「『保護者』だそうだ。

 何かの試練のつもりか、メイド達の同行を許してくれないんだ、お父様が。」

 会う人会う人に、お父様への恨み言を口にする。

「顧問の紅葉先生はちゃんと一緒に来てくれて、後はマオちゃん...二人には会わせていない若いメイドが一緒に来るよ。」


「あ、そうだ!」

 タマの事を思い出して、俺は部室の窓を開けた。


「おっ!と。」

 突然の部室に寄せ入って来た風に、「本帽子」が危うく吹き飛ばしそうになったが、俺は素早く手で押さえて、それを阻止した。

 そして、そのままの状態で、俺は窓の外に大声で「タマぁ!」と叫んだ。


 チン、チン、チン...

 暫くしてから、「にゃ~」という声と共に、一匹の猫が窓から入って来た。

 俺はその猫を掴んで、「本帽子」を気にしながら抱きかかえて、二人に向き合った。


「二人とは面識があるが、この子はタマ。

 名前は猫屋敷(ねこやしき)玉藻(たまも)、一応私のメイド兼護衛。

 この子も一緒に行く。」

 タマを机の上に置く。

「タマ、挨拶して。」


「にゃ~。」

 俺の意を汲んで、タマは猫の姿のままで二人に挨拶した。


「前に見た時もそうだが、この子を見つめていると、不思議に暖かい気持ちになる。」

 (せい)は椅子から離れて、タマの頭を撫でるに近寄った。

「大人の女の人だと知っているが、どうしてたが、頬ずりしたくなるな。」


 (せい)はやはり女の子、猫の魔力に逆らえないようだ。

 一方、あき君はまだ俺と(せい)に気を遣っていて、離れた場所に一人で立っている。


「あき君、君はどう?何が予定はある?」

「俺は特にないか。その...」

「前回、(せい)を仲間ハズレした事で、あき君に余計な迷惑を掛けてしまったが、だからって、その仕返しに今回はあき君が行かない、って事にならないでよ。」


 隣で(せい)が「余計な迷惑って何だ!」と抗議しているが、無視する事にした。


「だから、お願い。こっちに来て。

 あき君が気を遣っていると、私達も意識してしまい、いつまでも恥ずかしいのを忘れられないよ。」

「ぁ...」


 俺の言葉を聞いたあき君はハッとなって、一度目を強く瞑った。

 その後、笑顔を俺達に見せて、机の横の椅子に座った。


「ごめん、ななちゃん。

 急に大きな音がしたから、心配で我を忘れていた。

 ごめんなさい。」

「だから、思い出させないでくれよ。空気読めないね、あき君。

 ね、(せい)?」


「う、うん。事故だし...」

 まだあき君を直視できないでいる(せい)だが、タマと遊んでいて、あき君と距離を取る事をしなかった。


 これで、ようやく先程の出来事が解決となった。

 元を辿れば完全に俺一人が悪いが、みんながそれに気にしていないのなら、俺も「ごめん」を言わない事にしよう。


「それで、(せい)。話は望様から聞いていると思うが、望様も一緒に行く事になってるし、弟妹達を守澄邸(うち)に預けてくれない?」

 タマを撫でる(せい)に声を掛ける。


「兄さんがいなかったら、僕の家は『大人がいない』という事になる。親戚達のお世話になる事はあの子達も嫌がるのだが、だからってななえのお家にお邪魔するのは心苦しい。」

「いいよ、いいよ。代わりにあの子達の兄姉をもらって行くから、気にしないで。

 寧ろ大丈夫?あの子達、長い間会えない事で泣いたりしないの?妹達、何歳?」

(あきら)より一歳下だが、大丈夫だ。二人とも、ちゃんと一人でご飯食べれる。」

「それ、大丈夫?一人でご飯が食べれる程度では『大丈夫』と思えないんだか。」

「大丈夫だ。三人とも、自分達で遊ぶのに慣れている。ななえは心配しなくて大丈夫だよ。」

「そう。」


 (せい)達は幼い頃から親を亡くしている。今はまだその話に踏み込めそうにないので、(せい)が「大丈夫」というなら、そういう事にしよう。


「あき君は?

 そういえば、あき君の家族の話はまだ聞いていなかったね。

 親の許可は下りれる?」

「俺も大丈夫。両親は長期出張で、今は一人暮らししている。」

「一人暮らし、だと!?」


 男の一人暮らしは「彼女を家に連れ放題」を意味する!

 まさか、あき君がそんなケガラワシイ事を...?

 許せねぇ!


「な、何でいきなり睨まれているのかな、俺?」

「別に。疚しい事をしていなければ、気にしなくていいよ。」


 俺は一人暮らししていたが、引きこもりだったので、彼女を連れ込む事ができなかった。

 いや、彼女いなかった...できなかった...彼女いない歴イコール年齢...

 イケメン許せねぇ!


「あき君を連れて行くの、止めようかな。」

「え!?どうして急に?」

「別に、何となく。」


 女顔だが、こいつは紳士(イケメン)だ。それだけで罰を下す事に値する。


「ごめん、ななちゃん。よく分からないが、俺が何か悪い事をしたようだ。

 でも、合宿には行かせてくれ!直すから、俺も連れていてくれ。」

「やけに求めてくるね。

 そんなに私と一緒に居たいの?」

「え、あれ?

 そんな話だったけ?」

「嫌なの?」

「い、いや!嫌じゃない!一緒に居たい!」

「仕方ないね。」


 弄って、上下関係をはっきりさせてから、慈悲を与える。

 が、それに(せい)がご不満らしい。


「ななえ、白川さんを意味なく苛めるのをやめろ。」

「私とあき君の事に口を挟まないで、(せい)

 (せい)だって、私に隠れて、あき君と勝手に競争を始めたんでしょう?」

「あれは単純に白川さんの強さに興味があっただけだ、隠れてもいないし。

 前の合宿に、僕だけが行けなかったから、ちょっとは寂しかったよ。」

「そういう勝負なら、私も負けないよ。

 二人はXクラスだから、私だけSクラス。私も寂しかった!」

「いつから『勝負』になった?

 僕は別にななえと競い合っていない。」

「大きく出たね、(せい)。私じゃ『相手に見る』気すらなれないと?」

「そういう話じゃねぇっつってんだろうか!

 大体、僕と白川さんが競争してた事、それこそ、僕と白川さんの事だから、ななえが口を挟むな!」

「ほら、やっぱり!

 私が(せい)を仲間ハズレにしたから、(せい)も仕返しに私を仲間ハズレにするつもりでしょう!

 ぼっち特有の妬みだよ、それ!」

「僕はいつから『ぼっち』で事になった!?弟妹は三人もいたし、クラスメイトにもよく話しかけられていた!

 一体何を以て、僕を『ぼっち』呼びする訳!?」

「練武場でいつも独りぼっちでしょう?」

「僕の相手になれる人がいないだけだ!前も言ったろうか!

 それに、今は独りぼっちじゃない!白川さんが僕の相手になってる。」

「そうやって私を『ぼっち』にするつもりでしょう?

 これだから『ぼっち』は。やれやれだ。」

「くっ...口先乳牛!」

「はぁ!?」


 口先乳牛ってなに?悪口?

 じゃ、何か似たような悪口を言い返してやらなきゃ!


「えっと...筋肉ぺったんこ!」

「『筋肉ぺったんこ』!?僕は別にぺったんこじゃない!

 ほら、触ってみろ!ちゃんとあるから!」

 言いながら、自分の胸を俺に寄せる(せい)


「触らないと分からないでしょう?

 しかも、筋肉かもしれないし。」

「筋肉じゃねぇって!お前のように無駄に垂れる肉塊を持っても、意味ねぇよ!」

「大きい胸は女性の象徴。広いまな板は男性の自慢。

 いっそ自慢して来たら?脱いで見せても、意外とみんな分からないかもしれないよ。」

「そこまで小さくねぇよ!見た事もない癖に、勝手な事言うな!乳牛!」

「ぺたんこ!」

「乳牛!」

「ぺたんこ!」

「乳牛!」


「あの、二人とも。男がここに居る事、忘れてません?」

 急に、あき君が俺達の子供の喧嘩に入って来た。

 そして、あき君の声を聞いた俺と(せい)が口を揃えて「あっ!」と言い、ポカンとあき君を見つめた。


「二人は仲が良いのを知ってますが、この部活に男もいる事を忘れないで欲しいな。」

「くっ...」

「ぅぅぅ」


 俺と(せい)はほぼ同時に目をあき君から逸らして、一緒に猫のタマを見つめた。


 そういえば、何で口喧嘩になったんだっけ?

 遊び半分で(せい)を弄っていたら、いつの間にかヒートアップして、気づいたら一緒に立っていて、お互いの悪口を言い合えるようになっていたな。

 きっと、(せい)が男言葉を使っていたからいけないんだ。(せい)が女の子らしい女言葉を使っていれば、俺も意味なく熱くなる事はなかったのだろう。


 一度落ち着いておこう。

 そう思って、俺は椅子に戻ったが、同じことを思ったのか、(せい)も一緒に近くにある椅子に座った。

 その顔、真っ赤。


「何顔を赤らめているの、(せい)?」

「な、なってない!ななえこそなってるじゃん!」

「またそんな見え透いた嘘を。」


 顔が熱いのは季節の所為。

 もう、夏だからな。

 夏...海...水着!

 そうだ!海合宿の話を進めておかないと!


「合宿は二人とも来れるね。なら、ちゃんと水着を用意して来いよ。」

「そもそもななちゃん、合宿先はどこだ?漠然と『外国』だけ教えられても...」

「ごめん、聞いてなかった。

 でも、大丈夫だよ。帰ってメイド達に聞けば、すぐに分かる。」


 あ、良い事を思いついた。


「二人とも、今夜は屋敷(うち)に来ない?

 旅行...じゃなくて、合宿前に、景気付けに守澄家(うち)の料理を食べて来なよ。

 守澄メイド隊(うち)のマオちゃんの料理は絶品だよ!舌がとろけちゃう!」

「ななえの家?」

 俺の良いアイデアを聞いた(せい)が意外にも難色を示した。


「アキラ君達も連れて来なよ、(せい)。大きいお屋敷(うち)だから、きっと大はしゃぎと思うよ。

 明日に出発するから、丁度いいでしょう?そのまま屋敷(うち)で寝て、そのままメイド達にアキラ君達を預けよう。」

「明日!?」

「あれ、言ったよね?

 最初に『明日から』って、言ったよね?

 聞いてなかった?」

「片付け、何もしてない!水着とか、何も用意していない!」

「片付けなら、帰って来たからでいいでしょう?

 適当に持って行きたい物を物入り結界に突っ込んでおいて、向こうに着いてからまた整理すればいい。」

「僕のは小さいんだ!それに、思い切り走ったら...落とす。」


 小さい?物入り結界の話?

 俺は魔法が使えないから、そういう話がよく分からない。だが、思い出してみると、確かに「物入り結界」には大きさがあるような話とか、使い勝手的な話とか、よく聞く。

 ヒスイちゃんがかつて大荷物を持って、「あ、物入り結界の事を忘れてた!」と言った事がある。可愛かったが、つまりヒスイちゃんは「物入り結界」を何かの理由で使っていなく、それを使う事自体を忘れる位に長い間に使っていない、という事になる。

 柳さん(オジョウ)の物入り結界は特に広くて、俺がそれを「所蔵庫」、つまり「倉庫」みたいに呼んでいたな。

 そして、(せい)の「物入り結界」は小さくて、走ったら中身を落としてしまう、と。


「胸の大きさと正比例しているかもね~。」

 俺はまた(せい)の胸コンプレックスで遊んだ。

「うるせっ、乳牛!」

 対して、(せい)はおざなりに俺に暴言を吐いた。


「あき君はとりあえず大丈夫よね?」

「い、いや。俺はちょっと遠慮したい、なぁ...」

「え、何で!?暇でしょう?」

「その...ななちゃんのおうちには、えっと...」


 あき君がごにょごにょと、何を言っているのかが分からない。


「問題ないなら来なさい、つべこべ言わない。」

 元々あき君に断らせる気はないので、彼のお願いをちゃんと聞かずに却下した。


(せい)は準備があるよね。

 望様も一緒に行く事だし、一度家に戻ったら?

 メイド隊のみんなに話を通しておくから、後で弟妹達を連れて、望様と一緒にいらっしゃい。」

 そして、続けて強引に(せい)も屋敷に来る事にした。


「でも、色々準備が...」

「大体な物は向こうで揃おうよ。

 合宿だから、部費という事で、あまり気にしないで。

 考えてみて。明日、いきなり弟妹達に『今日から君達()()が、あのお屋敷でお世話になるよ』と言った場合のあの子達の顔、想像してみて。」


 駄々を捏ねる小さいあの子達の姿が容易に想像できる。

 それを、どうやら(せい)も想像できたようで、彼女がちょっと困った顔をした。


「ね?」

「あぁ、分かった。

 ごめん、ななえ。僕は先に帰るね?」

「うん、また後で。」


「白川さんも、また後で。」

「いや、俺っ...はぁ。

 また、ななちゃんの家で。」


 (せい)は俺とあき君にそれぞれ別れを告げて、俺の「本帽子」を「返して」と言いながら手にして、一足先に部室を出た。

 序にあき君のオーケーももらってくれたのがグッジョッブ!流石俺の親友、いい仕事をしてくれる!


「にゃ~。」

 撫でる人が俺だけとなって、タマが鳴き、寝床を俺の太ももに変えた。


 可愛いな、タマ。実は人であるのに、猫の甘えが得意だな、本当に。

 いや、人の時も猫の真似をしていたな。あの時は「何してんの?」と思っていたが、自分が男だと思い出してから、「何であの光景を脳に焼き付けなかったんだろう」と酷く後悔していたな。


「ななちゃんは...」

 あき君が声を掛けてきた。

 その声音、何かを慎重に探っているような感じだった。


 気になって「どうした?」と聞き返したら、「いや、何でもない」と返事してきた。


「何か気になる事があれば聞いていいよ。

 正直になりなさい。お母さん、正直に言ってくれれば、怒らないよ。」

「ふふ。お母さん、ボク、嘘を言ってませ~ん。」

 あき君が俺の冗談に乗って来た。

 (せい)が先に帰ったから、ちょっと気を緩めたかも。


「うにゃ!シャアー!」

 しかし、それに対してなぜかタマが大袈裟に反応した。

 俺の太ももの上で四つ足で立ち、背中を丸めて、毛を逆立ちして、あき君に威嚇鳴きをした。


「あらら。どうしたの、タマ?人間になる?」

「にゃ~。」

 タマは猫の鳴きで返事をして、人間にならずにまた俺の太ももの上で丸くなって、寝転がった。

 よく分からないが、可愛いので、気にしない事にした。


「って事なので、あき君もちゃんと今夜は屋敷(うち)に来なよ。

 部屋だけが沢山余っているから、ちゃんとあき君の部屋も用意しておくから。」

 俺はタマを撫でながらあき君と今夜の予定について話をして、しかし頭を上げてあき君を見たら、彼はなぜか顔を真っ赤にしていた。


「どしたの、あき君?顔真っ赤よ。」

「な、何でもないんだ、ななちゃん!気にしないで!」

「うおぉ!」


 急に大声で返事されて、俺は(だい)吃驚(びっくり)

 なに?あき君は本当どうしたの、先から?

 あれ?俺はあき君の考えが分からない?男の彼の心が分からない?

 ショック...オレ、ココロガオトコナノニ...


「お、俺もちょっと片づけをしたいので、先に帰る。」

「え、もう帰るの?」

「いや、うぅ、その...はい。」


 俺とタマと一緒に居るのが居心地が悪いのか、あき君が先に帰ろうとしている。

 普段なら、俺は男が去るのを止めったりはしないのだが、今回はちょっと自分の脳の「男成分」が心配で、あき君から補充したいと思っている。


「待って、あき君!まだ帰らないで!」

 なので、帰ろうとしたあき君を呼び止めた。


「私達、考古学部仲間になってから、碌に活動もしていないでしょう?」

「え、合宿は?」

「『遺跡探検』だけが活動じゃないよ。『遺物研究』もちゃんとしなきゃ、でしょう?」

 言いながら、俺は「ナナエ百八(予定)の秘密道具」の十四番、紅葉先生がくれた小さなスピーカーを十三番の「宝物庫と直結したレディーズバック」から取り出した。

「これ、何なのか、分かる?」


 そのスピーカーは本当に小さくて、手乗りサイズな球状に近い物だった。姿形から「スピーカー」としか考えられないが、「電源コード」といったコード類な物が何も付いてなく、かといって壊れているようにも見えない。

「電池タイプ」の「無線タイプ」かも、とも思ったが、電池が入れられる場所もどこにもなかった。どこかに差し込むタイプにも見えなかったので、俺もコレの対処に困っている。


 これは「スピーカー」なのかな?俺の知っている「スピーカー」は無線でも、少なくても「スイッチ」はある。

 だけど、この手乗りサイズの丸い物体は本当に「スピーカー」にしか見えない。見た事のないタイプな奴だが、これは間違いなく「スピーカー」だ。


「この『太古の遺物』は紅葉先生から貰った物だが、正直私はもうお手上げ。

 今日の残りの時間で一緒にこれに関しての資料を探してみようよ。見つからずに終わりでもいいから、一緒に部活動しよ?」


 あき君は俺の手にある丸い物体を真剣に見つめて、そして俺の顔も見てから、諦めたため息をして、椅子に戻った。


「そうだな。

 今までやった事がなくても、今の俺は考古学部の一員。

 あまり役に立てないと思うが、一緒に頑張ろう。」

「やった!」


 拳を握り、小さく勝つポーズ。

 やはり俺の舌先三寸は凄い!説得スキルはもう最大だろう!


「じゃ、一緒に探しましょ!」

 俺は「スピーカー」をあき君に渡した。


 まじまじと「スピーカー」の表裏を観察したあき君はその後、考古学部の大きい本棚の前に移動した。

 俺もタマを自分の頭の上に乗せてから、今までずっと避けていたあの本の山に移動し、あき君の隣に立った。


「これ、半分が複製品(コピー)だそうよ。」

「つまり、半分が本物の『太古の遺物』!?

 ...俺達、宝の山の前に立ってるな。」

「ねー。どういう保管の仕方したんでしょうね?」


 今時紙の資料を探すとか、ナンセンス!

 だと思うが、パソコンがあっても、ネットに繋がらないなら、人力でやるしかない。


「はぁ...頑張りましょう。」

 袖を曲げて、俺はあき君と一緒に本の山に突撃を仕掛けた。

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