第二節 新の旅路の始まり③...転移魔法への誤解
注意書き
主人公は体が女の子だが、心は男の子。
放課後。
二限目からクラスに戻り、てっきり風峰ちゃんがまた俺にちょっかい出しに来るだろうと予想したが、意外な事に、彼女は放課後まで何もし掛けて来なかった。
そう、「放課後まで」。
「守澄、ちょっと話がある。屋上に来てくれる?」
言いながら、俺の側に寄ってきた風峰ちゃん。彼女の周りに、すぐ「女の子の輪」ができて、その輪が俺をも内側に囲んだ。
風峰ちゃんが俺に近寄らなかっただけで、他の女子も俺と距離を取り、午後の授業・休み時間にほぼ全員が風峰ちゃんの顔を伺って、動けないでいたが、彼女が動いた今、女子全員も一緒に動いた。
やはり、風峰ちゃんはこのクラスの「女王様」のようだな。成績も優秀だし、血筋も申し分ない。相対的に貴族の多いSクラスを纏めるに、彼女ほど相応しい人もいないだろう。
はぁ...正直、困った。
可愛い女の子に囲まれて、「俺、ウハウハ」で気楽な気分でありたいだが、あからさまな敵意を出されたら、流石に心が痛い。
風峰ちゃんがどうして俺を嫌うのか、今一その理由が分からない。
彼女が貴族で俺が平民だから?彼女が星のファンで俺が星の親友だから?彼女が学年二位で俺が学年一位だから?俺が望様と仲がいいから?
思いつくことが多すぎて、どれかに絞れない。
そして、訊いても教えてくれない。場合によって、彼女自身も理由が分からないかもしれない。
なので、この際はもう「根本的に解決」を諦めて、風峰ちゃんを全力で避けたいのだが、彼女の方が俺に絡んでくる。
可愛い女の子だから、俺的にはとことん甘やかしたい。暴力を振るったところで俺に勝ち目はないが、そもそも女の子に手荒な真似なんてありえない。
体が女でも、心はしっかり男だ、俺は。
だから、ホント...
どうすればいいんだろう?
「申し訳ありませんが、風峰さん。私、今日は別の用事がありまして、すぐに下校しないといけません。」
「用事?はっ、また告白かしら?人気者ね、守澄は。」
「いいえ。今日はお父様と会う予定ですので...」
「『お父様』?」
トンッと、突然風峰ちゃんが俺の机を叩いた。
「父親に会って、何を言うつもりなの?」
「何って...」
よく見ると、風峰ちゃんの顔が強張っている。
体も震えているっぽくて、机から少し振動を感じる。
これは、もしや...
「別に。普通の親子の会話をするだけだよ。」
「嘘ッ!父親に告げ口にするつもりでしょ!」
「別にそんなつもりは...」
やはりか。俺がお父様に「告げ口」したら、風峰ちゃんの親にも知られる事になり、それが怖いのか。
風峰ちゃん、子供らしく親に怯えている。
「ふふっ。」
「な、なにか?何故笑う、守澄?」
「風峰ちゃん、か~わいい。」
「っ~~~~~!」
俺に可愛いと言われて、それだけで顔真っ赤になった風峰ちゃん。羞恥心と怒りの感情が入り交じって、複雑な表情をしている。
それだけで、俺の加虐心が酷く煽られた。イジメっ子を苛めているような気分で、とても興奮する。
「ふざけないで!どうしていきなり、私を『可愛い』と...?」
ギャーギャーと喚く風峰ちゃん。
その時、輪の外から懐かしい声がした。
「お嬢様、御迎えに参りました。」
その声が女の子の高い声だけど、とても力強くて、威厳のある声音だった。
その所為なのか、「女の子の輪」に隙間ができ、女子の皆が一斉に声の主に目を向けた。
「長ちゃ...」
おっと、違う。
他人の前では、あの呼び方じゃなかったな。
「早苗か。」
屋敷内の事なら、絶対的な権力を持つ守澄メイド隊の長、早苗メイド長。
実は守澄財閥の中でもある程度の発言権を持つ存在であり、こと屋敷の事に関して、お父様ですら彼女に一言相談してから決めなければいけない。
そんな彼女が、どうしてここに?
「お父様に会いに行くだけなのに、わざわざ早苗が迎えに来なくても。」
「先日、お嬢様は旦那様から正式に守澄家次期当主として指名されました。
メイド長である私はそれ以降、常日頃に御側にお仕えすべきですが、力不足故、それでは自分の受け持つ仕事を全うできません。
それを理解してくださり、他のメイドを御側にいさせる事で許してくださったお嬢様はお優しい。ですが、それに甘んじる訳にはいけません。御側にいられる内は居させてください。」
「はぁ...」
うちのメイド長ちゃんが「忠犬」で、仕方がない。
けど、どうやら今の言葉、俺に向けて喋っているが、俺以外の人に聞かせるようにした言葉らしい。
何せ、メイド長ちゃんは入ってきた時から今でも、ずっと風峰ちゃんを見下しているように睨んでいるから。
「な、何?」
風峰ちゃんが唾を呑んで、頑張ってメイド長ちゃんを睨み返している。
しかし、身長の差からの錯覚の所為もあるからか、風峰ちゃんが「大型犬を震えながら睨み返している子犬」のように見える。
そんな風峰ちゃんを見て、俺は堪らなく彼女が可愛いに思った。やはり俺は男、女の子を嫌いになれないようだ。
「そういう事で。悪いね、風峰さん。私は今日、用事があって付き合えないんだ。ごめんね。」
俺はレディーズバックを手にして、席から立ち上がる。
「あ、待て!」
慌てて俺を止めようとして手を伸ばした風峰ちゃん。
その手が、メイド長ちゃんが素早く掴んだ。
「申し訳ありませんが、お嬢様に触れないで頂けませんか?」
「え?」
無表情に風峰ちゃんを睨む早苗メイド長ちゃん、何故か貴族の風峰ちゃんの方が階級が下に見えた。
「ぶ、無礼な!私は日の国三名門の一つ、風峰家の人間よ!一メイド風情が私に触れて良いと思っているの?」
「そうと知らず、失礼を働きました。お許しください。」
そう言って、メイド長ちゃんは風峰ちゃんの手を離し、更に九十度の深いお辞儀をした。しかし、その声に起伏がなく、それどころか威圧感すら感じる。とても悪いと思って、許しを請うっている人の声ではなかった。
しかも、その後に姿勢を元に戻したメイド長ちゃんは引き続けて風峰ちゃんを睨んだ。
早苗メイド長はとても有能な子だ。彼女が「風峰ちゃんの事を知らない」なんて事、ある訳がない。
彼女は風峰ちゃんの事を知っていながらも、風峰ちゃんが俺に触れる事を許さなかった。
それ程に、彼女は俺への忠誠心が高い。
くっ、ヤバイ。
メイド長ちゃんが凄くかっこよく見えてきた!
これ以上メイド長ちゃんのかっこいい所を見ていたら、俺は彼女に惚れてしまう!しかも、男として見てるの「惚れ」だ!
これはイケナイ!
「早苗、行くぞ。」俺はさっさと教室を出て、メイド長ちゃんを呼んだ。
「畏まりました。」付いてくるメイド長ちゃん。
そして、離れる際に、俺は微笑みを見せて、「風峰ちゃん。また明日、ね?」と、悪戯に言った。
悔しそうに俺を睨む風峰ちゃんの顔を脳に焼きづけて、俺は教室の扉を閉めた。
......
...
「しかし、実際はどうして?」
転移魔法陣に向かっている間、暇だったので、俺は後ろのメイド長ちゃんと雑談を始めた。
「お父様に会いに行くのはよくある事。何で今回に限って、長ちゃんが来たの?」
「はい。実は昼頃に、千条院教諭から話を伺いまして。それでお嬢様のその時の行動から、私は勝手に『お嬢様は守澄家と風峰家の関係を気にしている』と推測致しまして、参りました。」
「へ~、なるほど。だからあの時、わざわざ私が『次期当主』に指名された事を口にしたのね。」
「はい、私の勝手な判断で申し訳ありません。『風峰家の次期当主』の継承権を持たない風峰さんも、自身が両家の火種になりたくないと思う筈でしょうから、それで。」
そう言えば、風峰家は「女系」であるが、風峰和紗ちゃんは「次女」だな。長女に逆らえない立場。
姉貴が怖いとか?
「それにしたって、長ちゃん、いつから望様と連絡を取り合えてた?」
「千条院さんと...?」
メイド長ちゃんは暫し口を閉じて、そして申し訳なさそうな表情をした。
「昔の記憶を失ったお嬢様に伝えるのは心苦しいが、私はずっと前から、千条院さんの念話印を記憶しております。」
ずっと、前...?
「へ、へ~...長ちゃんは望様と仲がいいんだ。意外...」
自分の声が震えているのに気づいた。
実は、メイド長ちゃんと望様は付き合っているのか?
まぁ、二人は美男美女で、どっちも仕事の出来る方だから、お似合いだと思う。
が、望様は星が大人になるまで恋愛しないと言ったじゃないか!なのに、俺のメイド長ちゃんに手を出しているのか!?
これだからイケメンは...
「私はお嬢様の仲介役にすぎません。
昔のお嬢様はかなり千条院さんに懐いておりました。いつも『望様、望様』と、私に千条院さんの話ばかりしていました。
ですが、魔法が使えないお嬢様は勿論『念話』も使えません。私はその為の仲介役、お嬢様が急ぎ千条院さんに伝えたい事がある時だけ、連絡を取るようにしています。」
「そうなの?」
「はい。」
メイド長ちゃんは曇りのない瞳で俺を見つめる。
たぶん、本当の事だろう。お似合いだと思うが、恋人関係ではないようだ。
「そのお陰で、お嬢様の危機にいち早く知る事ができました。高村の耳に頼るのも限界があります。なので、千条院さんの念話印を覚えておいて良かったと思っております。」
「そんなこと言って、実は望様に気があるじゃないの?」
「素晴らしい人物だと思いますよ。お嬢様が懐くのも、納得ができます。」
「むー...」
俺の弄りが簡単にあしらわれた。
少しでも好感があれば慌てるものだと思ったが、全く落ち着いているメイド長ちゃんを見て、自信がなくなった。
大人の余裕なのか、本当に望様に興味がないのか、どっちなんだろう?
「長ちゃんは『転移魔法』、使えるの?」
「『転移魔法』?テレポートの事ですか?」
雑談とは、テーマを定めてない適当な会話。いつ、何の話になるのか、会話している当の本人達も分からない。
俺とメイド長ちゃんの場合はやはり「雇用主」と「雇用者」の関係だから、基本俺が話題を振り、メイド長ちゃんがそれに答える。
「やはり『転移魔法』というものはあるのね。いつも『転移魔法陣』で遠いところに行くものだから、そういう魔法もあるだろうと思っていた。」
「はい、あります。しかし、それは『違法行為』ですよ、お嬢様。」
「はい?」
違法?
ファンタジー世界なのに、良く耳にする単語だな。
この言葉の所為で、ファンタジー世界感が台無しだよ。
「どうしてそれが『違法』になるの?」
「テレポートはとても危険な魔法であるからです。使用者本人にとっても、それ以外の人達にとっても、です。」
「ふ~ん。」
よく分からないが、例えば入浴中、浴室に突然侵入したとかの話?
「『道徳』の授業ではある程度法律について学んでいらっしゃったと思いますが、この世に一部の魔法が『禁術』とされて、それを行ったら『犯罪行為』と見做され、裁かれます。」
「えぇ、まぁ...『禁術』っていうか、ただの『迷惑』というか。」
例えば、カメレオン族の得意魔法である「隠身」という魔法。自分の体の色を周囲の物と同化して、身を隠す魔法。
女湯を覗くに最適じゃない、ソレ!
だけど、その魔法は「違法」なんた。当たり前の事だけど。
二か月前、ヒスイちゃんは一度その魔法を使っている。それは仕方ない状況にいた事だし、ヒスイちゃんがまだ幼いという事で、それで国からの許しを貰えた。
最も、それに比べ物にならない大犯罪者を、俺が匿っているけどな。
「ばれなきゃ犯罪じゃない」とは言うが、この世界自体、常に「記録」という魔法が作動していて、誰かがどこで何をしたのか、いつでも「参照」ができる。
なので、ヒスイちゃんの時は俺が素直にメイドに報告させて、その記録を消して貰った。
...ヒスイちゃんが全裸だったからね~。魔法が発動している間の「記録」では何も見えないけど、魔法を発動する前に、服を脱ぐヒスイちゃんが記録されている。そんなもん、ロリコン共に見られる訳にはいかないだろう?
つまり、「記録」という魔法は人の手を加える必要のない巨大な「監視カメラ」みたいなもの。ただ、それが世界規模で、しかも誰かによるものではない大魔法。
魔力の消費量もとんでもないらしいよ、魔法の使えない俺には理解できない事だが。
そして、意図的に消す事ができる。消す時の「記録」はやはり残るし、消す魔法もかなり高位なものらしいので、政府に依頼しなきゃ「記録」を消してはいけない。勝手に「記録」を消したら、それも「違法」になる。
このように、俺がこの世界で知った「違法」と呼ばれる魔法は大体迷惑レベルなものばかり、逆に「ファイアボール」みたいな攻撃性のある魔法は「違法」じゃないんだ。
人を殺せる包丁を所持していても、人を切りつけなければ犯罪にならないと同じ、「ファイアボール」が使えるが、人に向けて発していなければオーケー。
正直、俺にとって納得のいかない「常識」だが、「そういうもの」だ。
「一瞬で別の場所に行ける効率の良い魔法だと思うのに、『違法』なのか?確かに、他人の家に勝手に入ったら不味いとは思うが...」
「それだけではありません。『テレポート』は難度の高い魔法で、少しのミスで大事故になりかねないのです。
例えば、望む場所にたどり着く前に魔力が切れたら、その時点で魔法が中止されて、使用者が予想外の場所に着く事になります。
それが偶々何もない場所だったら、それも特に問題はないが、それがどこかの部屋の壁の中でしたら?」
「ほー、そういう事!『壁の中に嵌る』という事?」
メディック、メディック!頭が内側で、お尻が裏側というエロティックな状況が発生!
「いいえ。壁の中に身体が無理矢理に押し込まれて、魔法使用者本人が死に、壁も崩れる、という事になります。」
「えぇ~...」
予想外にグロイ結果!
そうか。
この世界のテレポートは「自分と転移先の物と置き換える」、というようなものではないのか。
「その部屋に人が住んでいたら、部屋が崩れた事で、家主も巻き添えで怪我、最悪死ぬ事もあり得ます。」
「そこまで言われたら...確かに、危険、だね。」
「はい。なので、授業では敢えてそれを教える事は避けたのでしょう。それに、やはり『テレポート』という魔法が危険すぎる為、誰もが生まれた時に、その魔法を永遠に禁止される『印』を着けられていました。」
「え、そうなの?どこ?見た事がないんだけど。」
「みんな、『印』の場所はそれぞれですけれど、隠すようにしていましたからね。」
「いや、え?私もそうなの?どこにも...あ!」
自分の「印」を見た事がないから、メイド長ちゃんの言葉に疑いを持ってしまったが...必要ないからか!
「お嬢様には...」
「あぁ、うん。大丈夫、長ちゃん。分かった。」
辛そうな顔で俺に「どう伝えればいいのか」を悩むメイド長ちゃんを見て、俺は彼女の言葉を遮った。
魔力がないから、魔法が使えない俺に、魔法禁止の印なんて、「豚に真珠」だからなぁ。
あれ?意味あってたっけ?
「だから、『転移魔法』というものはあるが、誰も使わないのだね。いや、使えないのだね。」
「はい。転移先が固定されて、個々人の魔力を使わない『転移魔法陣』以外での『テレポート』は不可能です。『出生登録』されている人なら...」
「ほほー、言い方に含みがあるね。していない人は使えると?」
「人類は基本、全員は生まれた時に『印』を着けられます。ですので、もうお分かりかと思いますが、『魔族』は違います。
王族にも適用できている『寿命検査』の魔法も、『魔族』には適用できていません。」
なるほどなるほど。
知らない事を知るのが本当に楽しい、思考の幅が広げられた気分だ。
「長ちゃんと話をするのが好き。」
「ど、どうしました、突然に?」
「えへ?だって...長ちゃんは声が綺麗だし、きちんと答えてくれるし、美人だし、話が面白いし。」
「あ、ほ、褒めて頂いて恐縮ですが、その...お嬢様もお綺麗で、声がとても魅力的だと思います。」
「はいはい。そうだね。」
媚びー、媚びー、媚びッ。
まぁ、自分が「美人の卵」だと知っているよ。何せ、心が男だからな!
「着きました。」
「あら、いつの間に?」
毎回、お父様のオフィスに行く転移魔法陣まで、「歩いて行くの面倒だな」と思ったら、今回は意外と早かった。
やはり誰かと一緒に歩くと、時間が過ぎるのも速いと感じるね。
いつもは猫のタマを...
......
「タマを忘れてきたぁああああ!」
頭を抱えて大声を出す俺。
失敗だった!
今頃、まだ学園の屋上で寝ているのだろうなぁ。
いつもは俺が「タマ」と呼んで、彼女を起こして帰るようにしていたから、今日はメイド長ちゃんが迎えに来た事で、うっかりその事を忘れてしまった。
「ヤバイ!禁断症状が来るぅ!ネコ、ネコ、ネコ!」
自分の身体を抱きしめて、くねくねする俺。
タマのフワフワな背中、プニプニな肉球、愛らしい垂れ耳フェイス...
抱きしめたい!モフモフしたい!顔を埋めたい!
「モフモフが欲しい!」
禁煙一か月した人の顔をする俺...って、どんな顔?
「お、お嬢様!」
突然、メイド長ちゃんが大きな声で俺を呼び、俺の目の前で跪いた。
「ここに!」
「え?」
訳の分からない事をされて、俺は戸惑った。
「え?何をすればいいの?」
「わ、私の頭!ほら、耳がモフモフできます!髪も、その、できれば...いや!モフモフできます!」
「え?え?え?」
つまり、何?触っていいという事?
メイド長ちゃんの耳と髪をモフモフしていい?「できます」?微妙に髪の毛の方は触られて欲しくなさそうな口調だが、「触っていい」と?
「あは、あはは...」
メイド長ちゃんの忠誠心にちょっと困るね。
俺がちょっとした冗談のつもりでやった変な動き、どちらかというと「少しくらい我慢しなさい!」と突っ込まれて欲しい行動だったんだけど、メイド長ちゃんが真に受けて「献身」してきた。
「ごめん、長ちゃん!冗談、ただの冗談だよ。」
「冗、談?」
「えぇ。大袈裟にしているだけ、別にそこまで辛くない。」
「では、触りませんか?」
「うん、触らない。大丈夫、大丈夫。」
「そうですか。」
立ち上がる早苗メイド長ちゃん。
何故だが、ちょっと残念そうにしているように見えた。
実は撫でて欲しいとか?
「ななえちゃん、大丈夫でした?」
どうやら先に来ていたのか、望様が俺達を迎えに来た。
「早苗さんに『安心して』と言われたが、やはりちょっと心配です。クラスに戻ってから、何も起こらなかった?」
「えぇ、大丈夫ですよ、望様。心配してくれて、ありがとうございます。」
優等生らしく、小さなお辞儀をする俺。
もうすっかり女の子の振る舞いに慣れてきたなぁ...と微妙に喜べない俺であった。
「千条院先生。お嬢様の事、改めてお礼を言わせてください。お嬢様を助けてくださり、ありがとうございました。お陰様で、一早く事の把握ができました。」望様にお辞儀をするメイド長ちゃん。
「あ、いいえいいえ!こちらこそ、早く気付いてあげられなくて、すみません。担任なのに、クラスにイジメが発生してしまって、申し訳ありません。」メイド長ちゃんに腰を曲げる望様。
「む~...」
頭をうっかりぶつけ合えないかな?と思いながら、二人を見つめる俺。
やっぱり、この二人はお似合いだと思う。
ただ、何となく「合わない二人」のようにも見える。
何故だろう?
「では、お嬢様。目を閉じててください。」
「あ、懐かしい!そう言えば、最初の一回、何故目を閉じなきゃいけなかったの?」
「『いけない事』はありませんが...あの時、お嬢様が『転移酔い』される心配がありましたが、そうですね、別に目を閉じなくても大丈夫です。」
転移酔い...転移魔法の使用によって起こる、短時間の眩暈の事を指す。
転移の時、一瞬のうちに様々な光景が目に入る。それを認識しようと脳が高速に回して、結局できずに酸素欠を引き起こして、眩暈になる。
どうやら、一部の反射神経の高い種族によく起こる症状らしい。
そして、カメレオン族の人間もそうらしいが、俺は特に何もなかった。
いつも目を半閉じにして、興味ないものを見ないからか?
「着きました。」
「いつものように、速いですね。望様は大丈夫ですか?」
「ぅ...大丈夫、です。」
あれ?望様の声に元気がない。
よく見ると、さっきと違って、顔色がちょっと悪いようだ。
「酔いました?」
「...みたいです。あまり『転移魔法陣』を使わないもので。」
「貴いから?」
「ふっ、ななえちゃんは意地悪ですね。」
望様が手を伸ばして、またさり気なく俺の頭を撫でた。
また避けられなかった。見えているのに、身体が思考に追いつけなかった。
「では、千条院先生。こちらへ。」
メイド長ちゃんがそう言って、望様を別の場所に誘導しようとした。
「あれ、望様は一緒に入らないのです?」
「はい、すみません。千条院先生には私と別の部屋に入って貰う予定です。お嬢様はどうぞ社長室にお入りください。」
あれれ?望様は俺と一緒に行かない?
何故?
怪しい!
「まさか、二人きり?」
「...確かに、他に誰もいませんね。」
「むっ...」
美男美女が二人きりで一つの部屋。二人きりで!
怪しさがプンプンと匂うな!
「望様!」
「は?」
「変な事をしないでね!」
釘を刺した。
俺の早苗メイド長ちゃんに手を出そうものなら、その綺麗なお顔に傷を入れる事にするぞ!
「安心して、ななえちゃん。何も起こらないよ。」
「本当ね?信じてるからね!」
「うん、信じて。」
その後、俺は別の部屋に入る二人を見送ってから、社長室に入った。
「お父様~!久しぶり~!」
そう言いながら、俺は椅子に座っているお父様の膝に抱き着いた。
ちゃんと好かれている事を知ってから、俺は無理に「お淑やかな娘」を演じる事を辞めた。
疲れるし、恥ずかしい。
それに...これは恐らく本体の身体の問題だが!俺はお父様の匂いが好きだ。
その匂いを嗅いでいると、身体が安心する。
だから、気づいたら、俺はお父様に会う度に抱き着くようになっていた。
...男が好きになった訳じゃないと信じたい...
「お、奈苗!」
俺に抱き着かれて、優しい笑みを見せたお父様。
「久しぶり。」
そう言って、俺の頭を撫でるお父様。
あぁ、なるほど。
俺が望様に頭を撫でられても、嫌な気分にならない「原因」を見つけた。
お父様の優しいナデリにすっかり慣れた所為で、他の人が撫でてきても、避けられなくなった。
すべての元凶はお父様にあり!
「ごめんね、奈苗。急ぎの予定が入って、話、できなくなった。」
「えぇ!?」
守澄財閥の当主様であるお父様はとても忙しい。屋敷があるのに、いつも屋敷で寝ない。
守澄邸が名義上お父様の物なのに、お父様の部屋が実はない。それ程に、お父様は仕事人間で、他者から「冷血漢」と思われている。
それでも、俺との約束を反故にする事は一度もなかった。いつも俺との用事を優先していた。
なのに、今回初めて約束を反故にしようとした。
「何で!?毎週一回会う約束でしょう?まだ何週目?もう破るの!?」
「違う!今回は本当に外せない用事なんた。私も突然の事で、少しイライラしているんだ。」
「それ程に重大?何かあるの?」
「あぁ...」
お父様は少し考えて、「奈苗に伝えても大丈夫だろう」と独り言を漏らした。
「実は...今からこの『日の国』の王様が来るんだ。」
「へ~...」
ひのくにのおうさま...
「へぇええええ!?」
俺は女の子らしい叫びを上げた。
偶に思う。
私はこの作品をどうしたいのか?
男性向け?女性向け?
百合作品?薔薇作品?
体が女の子の漢らしい男が、どうすれば幸せになるんだろう?




