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第十二節 お見舞い①...お見合いのつもりでいらっしゃい

ケンタウロスの千条院家は日の国の三名門の一つだが、殆どの貴族と同じく没落寸前。

比べて、同じ貴族でも、猫屋敷家は全貴族の末席辺りにいる。

どっちも、今は名ばかりの貴族ではあるが...

 それから、俺は何日の退屈な入院生活を送って、めでたく退院できた。まだ新しい指輪ができていない為、学園に通うのは無理だったが、「お見舞いイベント」は解放された。



 最初に尋ねて来たのは俺が(せい)と呼んでいる没落寸前名家お嬢様・千条院(せんじょういん)(ひかり)ちゃん、とその弟の金髪ショタ(あきら)くんだった。


「お姉ちゃん、大丈夫?」金髪ショタアキラ君が聞いてくる。


「えぇ、もう大丈夫だ。」俺は椅子に座って、タマを抱えて返事する。「アキラ君は?大丈夫だった?」


「ボク大丈夫!ボクは男の子。」

 そう言って、アキラ君は拳を握り前に突き出す。

 男らしさを見せようとしているのだろうが、可愛らしさが際立った。


「ふふ...」それを見て、微笑ましい気分になった俺は小さく笑った。


 意識せず笑うと、俺は女の子みたいな笑い方をする。その事を随分前から気づいていたが、最近になってそれが更に酷くなっているように感じる。

 近いうちに、身だけじゃなく、心までが女の子になるんじゃないかと、最近よく思う。そう望んではいないが、「それはそれでいい」と思っていて、自分に言い聞かせてもいる。

 が、それでも、少しの「恐れ」が心に残ってる。特に恋愛関係の事に、かなりビビってる。


 俺、男を好きになるのか?

 プルリ...寒気がする。


「さしぶり、ななえ。」

 金髪美女千条院(せんじょういん)(ひかり)が無表情に挨拶する。


 改めて見ると、(せい)は本当に美人だ。

 ストッキングを履いてる両足が長くて、絶妙に膨らんでいる太ももとふくらはぎが男の欲望を刺激する。

 顔面はもう「千条院(せんじょういん)家」って感じで、兄の(のぞみ)様とここにいる弟のアキラ君に引けを取らない、実に整った美人顔だ。

 俺は常に美人揃いの守澄メイド隊に囲まれて生活しているけど、今でも(せい)を見ると眩暈をし、ドキドキしてしまい、目を逸らしたくなる。

 もう!美人は三日で飽きるけど、その逆の「()しぶり」は美人を「超美人」に変えてしまう!


(せい)、久しぶり。全然会いに来ないから、寂しかった。『親友辞めちゃうぅ』と思ったよ。」

 軽く(せい)を苛めて、恥ずかしさを誤魔化す。


「会いに来たが、入らせてくれなかった。お前がまだ体調がよくないと言われた。」

 (せい)は反撃してきた。


「え、えっと、その...」

 (せい)の隣のアキラ君が不自然に体をくねくねしている。

「何事?」と思い、視線をそっちに移すと、「お姉ちゃんに...抱き付いて、いい?」と言われた。


「え?」

 アキラ君が俺に抱き付こうとしている。どうして?


 少し考慮......

 目的は分からないが、別に問題はないのだろう。

 アキラ君は子供である故、魔力は基本少なく、魔法の威力も雀の涙。抱き付かれても、俺の体への害はない。

 男の子が女の人に抱き付くという行為は少し頂けないが、子供のアキラ君に「性欲」というものはないのだろう。

 俺も、体が「女の子」でも、俺自身は「女の子」のつもりはない。男に抱き付かれても、何も気にしない!

 ...考える、終了。


「おいて。」両手を広げて、アキラ君を迎える。


「わーい」とアキラ君が走ってきて、俺の胸に目掛けて跳ぶ。

「ふにゃ!」と、タマが聞いた事のないの鳴き声を出して、急いで俺の上から跳び下りた。それによって空いた俺の膝の上に、アキラ君が飛び移り、顔を俺の胸の谷間に埋めて、何度も頬を擦った。


 エロガキか!俺の心が男のままで良かったな。

 もし、俺の心までが女の子になっていたら、お前は今頃「ぐりぐり地獄の刑」だ。


「大丈夫のか、ななえ?」(せい)が俺の体調を心配する、「人に抱き付かれると駄目だと聞いたが...」


「あぁ、大丈夫だ。子供は平気。」返事し、(せい)を安心させると同時に、彼女を弄る。「本音を言うと、美人の君に抱き付かれたいが、『貧乳』が移るから、ダメなんだよね、残念。」


「いっそ抱き付いてやろうか、乳牛!」

 (せい)は怒ったふりをするが、その後「クス」っと笑った。


「お姉ちゃん、柔らかい。」アキラ君が俺を抱き付いたまま呟く。


 その言葉に、俺は一抹の不安を感じた。まさか、「子供」なのに、「性欲」はあるのか?


(せい)、君の弟って...」(せい)に確認を取る。

「ごめん、ななえ!あの子、小さい頃に母親を失くしていて...それでだと思う。」慌てて弟のフォローをする(せい)

「母親の温もりが欲しいのだね。」納得する俺。


 思えば、俺も子供の頃はそうだったな。

 妹が生まれたばかりの頃、俺はまだまだ子供で、一回だけ母が妹に授乳するのを見た。その光景がとても不思議で、一生懸命に乳を吸う妹の姿が愛らしくて、未だに思い出せる。

 その同時に、母のおっぱいも一緒に脳に焼き付いている筈なんたが、全然思い出せない。きっと、俺に「性欲」というものが沸く前に、その記憶を「不要な物」として忘れた(捨てた)のだろう。

 勿体ない!!!


 でも、母親のおっぱいの形を憶える息子もどうだろう?

 ...忘れよう。


「ななえ、(あきら)を助けてくれて、ありがとう。」

「え?あぁ。」


 俺が「倫理貞操」について脳内で格物致知(かくぶつちち)している時、(せい)が話しかけてきた。


(あきら)が失踪してから、僕はずっと探していた。生きている事は知っているが、やはり不安で、折角ななえが企画してくれた合宿も...不参加した。毎日放課後、警察だけに頼らないで、自分でも探した。妹達の事もあるから、今は合宿に行っちゃういけないと思った。でも、すまん、一緒に行くべきだった。(あきら)が丁度そのダンジョンにいると分かれば、絶対参加してた。ななえ、すまん、ありがとう。」

「あ、うん。う~ぅ、うん。」


 (せい)は普段無口なのに、喋りだすと止まらない。その特徴が何となく根暗君に似ているが、一緒にしたくないので、彼女が「クーデレ」という事にしよう。


「にゃ~」タマが俺の側で、俺を見上げてて鳴いた。


 何が気になってることがあるのだろうか?

 まぁ、猫の姿のままでは意思疎通も難しいだろう。一度人間に戻ってもらおう。


「タマ、人間に戻って。」

「にぃ~」


 鳴き声が終わると共に、猫のタマが一度姿を消した。その後、すぐに同じ場所に、人間のタマが空間を割って入るように現れた。


「お嬢様、あれを持って来ましょうか?」

「あれ?あぁ、アレね。」

 タマに言われて思い出した。


「では、タマお願い。」

「わっかりました~」

 タマが一度部屋を出た。


 実は、紅葉先生が名義上俺の直属のメイドの一人になった時、俺は彼女から多くの「献上品」を貰った。その殆どが「太古の遺物」で、意外にも殆どの物が俺は使えない。使い方が分からない。

 車を持っていても、免許がなければ運転できないと同じ。名前を知っているが、結局使い方が分からなければなんににも使えない。

 俺にとって、殆どが過ぎた代物だ。


 なので、殆どの物を紅葉先生に返した。剣を使えない僧侶が勇者から剣をプレゼントされても、「お気持ちだけありがたく頂戴します」と言って返すと同じ。

 紅葉先生(ドラゴン)に勝ったが、財宝は紅葉先生(ドラゴン)に返した。勿体ない話だと思うが、紅葉先生(ドラゴン)本人を手に入れたと思えば、お釣りが出るくらいじゃん。


 が、「一部」は貰った。

 俺自身でも使える物の中の一部、そして、俺個人が気に入った・気になった物を貰った。

 そのうちの一つが今、タマが取りに行った。


「本当に、人間が動物になるんか。」

 タマが去っていくのを見つめて、(せい)が感嘆のため息をついた。


「そういえば、(せい)。望様は?望様は一緒に来なかったのか?」

「兄さん...」


 別に男の事なんて気にしないのだが、一応「千条院家御一行様」の一人だから、不自然に来ないのはおかしいと思った。

 それだけだ!

 だから、一応確認した。


「兄さんもななえに会いたがっていたが、ちょっと『大人の事情』で、お前の父さんにお願いできない。」

「大人の事情?」

「兄さんは『貴族』の現当主だ。しかも日の国の三名門の一つ、『ケンタウロスの千条院家』。一研学園の教師になった事で、既に他の貴族からかなりの反感を買っている。迂闊にお前の父さんに会えない。『平民』のお前の父さんに...貴族に封じられても、きっとまだ会えない。」

「そうなの?面倒だね。」

「貴族はそういうものだ。例え没落しても、プライドを捨ててはいけない。お前の父さんほどの人物なら、こちらから会いに行っても良いと僕も思うが、僕達の上の世代ではまだそれが許せないみたい。」

「そうか...ん?」


 何だろう?何か違和感が...


「代わりに『ありがとう』と、『また学校で』と伝言を頼まれた。お前が意識のない状態で帰ってきた事を聞いて、兄さんもかなり心配してたよ。早く元気になって。」

「あぁ、うん。まぁ、私も早く元気になりたい、とは思うが...」


 祝福の指輪デザイアの代わりが届いていない以上、まだ人の多い所に行けないんだ。

 自分の意志ではどうにもできない事。


「Zzz...Zzz...」

「あら?」


 俺の胸に顔を埋めたアキラ君が寝ている!極楽気分?


「懐かれてる...(あきら)が他の人に懐く事は滅多にないのに、ななえには懐いているね。」

「『滅多にない』?」

「えぇ。他人に対して棘がある訳じゃないが、人に心を開かない所がある。」

「そうなんだ。」


 寝顔が可愛いね。男の子だけど、天使の寝顔だ。

 そっとその金髪に手を伸ばす。

 撫でる!


「Zzz...」


 逃げない!

 寝ているから、警戒心が薄いとも思えるが、初めてアキラ君の金髪頭に触れた!

 あれ、「初めて」だったっけ?


「ななえ。」

「ん?」

「僕は...これ以上お前に、近づけないのか?」

 (せい)は床にペンで書かれた線を見つめて、俺に聞いた。


「えぇ、そうなんだ。本音を言うと、美人の君に抱き付かれたい、私は。」

 俺も(せい)と一緒に、その線を見つめる。


 その線は早苗さん(メイド長ちゃん)が予め、(せい)と俺との近さの限界を計って書いたもの。(せい)がその線を越えて俺に近づけば、俺はすぐに体調を崩し、倒れるだそうだ。

 その場合は早苗さん(メイド長ちゃん)がありえない速さで駆けつけて、最短時間で(せい)を掴んで、屋敷の外に叩き出す事になる。


 早苗さん(メイド長ちゃん)本人が今この場にいないのは「魔力量総値」というものが限界を超えるからだそうだ。もし彼女がここにいたら、(せい)が俺の顔が見えない遠い場所で俺の見舞いをする事になる。

 彼女は何らかの方法で人の魔力量を計って、何らかの計算式を使って、俺と面会可能の人物を決める。恐らく、彼女はその辺が得意なのだろう。リストの作成も、お父様に依頼されるほど、彼女は優秀だ。


「お嬢様、持って来ました。」

「あ、おかえり、タマ。」


 手に金色に輝く何かを持って、タマが帰ってきた。

 その金色の物を見て、(せい)が驚きの声を出した。


「ななえ、それは!」

「やっぱり君達の物か?」

「えぇ、不朽(ふきゅう)聖鎧(せいがい)の一部、右の肩当のようだ。」

「右か~、また中途半端な。」


 紅葉先生が俺に献上した物の中に、何故か(せい)の「体操着」の一部があった。魔法文字(ルーン)柳さん(オジョウ)に確認してもらって、確かにそれが千条院家の家宝だという事が判明し、俺はそれを自分の手元に残した。


「はい、(せい)。プレゼント。」

「僕にくれるのか?」

「うん。」


 紅葉先生がいつそれを手にしたのかは分からない、誰の手から奪い取ったのかも分からない。彼女が生きている長い間に、彼女が必要か不必要かで殺した多くの人の中、誰かがそれを手にしていた。

 だから、法律上これは盗品扱いで、王族の(ひと)か、またはあのダンジョンが所在する区域の警察に預けるべきだが、一番最初にそれを所持していた持ち主のお家がまだ健在なので、俺はそっちに直接返す事に()()()決めた。


「しかし、これは元の持ち主に返すべきだと思う。」

「だから君に返したよ。」

「いや、僕達にではなく...僕の先祖達が仕方なく手放した物だが、それを手にした人はちゃんと正規の手続きを踏んで、それを手に入れた。対価を支払った相手であるなら、これはその人達の物だ。その人本人、またはその子孫に返すべきだ。」

「む~...」


 (せい)は真面目ちゃんか。


「今は私の私物だから、気にせずに貰って。」

「ななえが買ったのか?」

「うん。」

 顔色一つ変えずに嘘を吐く。


「だったら、これはななえの物だ。貰えない。」

「だから、君にプレゼントと。」

「弟の(あきら)を助けてくれた直後だ。プレゼントとしてても、重過ぎる。」

「むむ~...」


 (せい)はクソ真面目ちゃんだ。

 なら、それはそれで、恩を売る事にしよう。


(せい)、『合宿に行けない』と言った日の事を覚えているか?」

「...覚えている。」

「あの時に、私と君が交わした約束も覚えている?」

「ぅ、うん。」

「あの時は冗談半分だったが、本気にする。それを条件として、この無駄に光を反射する肩当を君にあげる。それでどう?」

「つまり、これからの合宿...」

「だけじゃないよ、私が企画した全ての行事に参加する事。その間に、ご兄弟達を私の家に預けるという約束。」

「しかし、良いのか?私ばかり利益があるように見える。」

「ふふ、本当にそう思う?」

 口を片手で隠し、妖しげな笑みを見せる。


「...(ごっくん)」

 うまい話に裏がある。その事に気づいた(せい)が喉を鳴らした。


 可愛い女の子を手籠めにするのはとても興奮するが...正直、裏がありそうな雰囲気を見せてる俺だが、実はまだ何も考えていない。人を虐めるのが趣味で己を押さえられない俺だ、気になった人()の怯え顔が堪らなく好きで、何も考えていなくても、闇がありそうな雰囲気を出して怯えさせる。


「な...お嬢様?そんなに凄い物なの...ですか?」

「え?」


 突然、珍しくメイドらしく口を閉じたまま俺の隣に立っていたタマが口を開いた。


「ソレ、私が貰っても、良いでしょうか?」

「タマが?」

「私、お嬢様の()うことなら、何でも聞きますし、千条院様も、どうもそんなに欲しい!と思ってないっぽいし、そのー。」


 口から涎が垂れそうな顔をして、タマが話をややこしくさせていく。

 全く...(せい)のあの「体操着」は全身鎧(フルプレートアーマー)の状態でないと、何の価値もないただ輝いているだけのクソ装備なんだから、タマが貰ってもしょうがないじゃん。

 ...実質、ビキニアーマー程度の装甲しか手元に残していない千条院家も含め、(せい)の体操着代わりに使われているその「不朽(ふきゅう)のなんとか」は全然不完全で、今誰が持っても意味がない。


 馬鹿な子は可愛いものだが、大事の話をしている時には口を開いて欲しくないな。


「タマ。これは君が貰ってもしょうがない物なんだ。諦めなさい。」

「そ、そんなことない...ありません!私は拳闘士だが、どんな武器も使いこなせる万能拳闘士っす...です!凄い肩当があれば、ぶつける時にもっと力が出る!出ます...」


 (せい)がここにいる所為か、タマが俺に対して丁寧語を使っている。その不慣れな喋り方は普段ならおかしくて「可愛い!」と感じるが、今は何も感じない。

 えっと、後何分で猫に戻るのかな、タマは?


「お嬢様。私は結構頑張ったよ。私もご褒美が欲しい、です。私にも何かください。」

「ん?あれ?あ!あああぁ、そうだ!そういえばあった、タマにあげたい物!」

「本当!」

「えぇ。」

「何ですか?何ですか何ですか何ですか?」

「欲しいなら、お口にチャック。」

「あむっ!」

 慌てて口を塞ぐタマ。よし、問題解決。


「それで、だ。(せい)

「うふふ。」

「ん?」


 (せい)がこっちを見て、クスクス笑っている。


「どしたの?」

「いや、主従関係なのに、仲良いなぁと思って。」

「タマと?」

「えぇ。」


 タマを見つめる。

 タマも俺を見つめ返す。


「まぁ、私の一番の『お気に入り』だから。」

 猫に成れるから、大好き!超好き!


「ぅむ!むうう!むううううう!」

 タマが何かを言おうとしているが、口を塞いている為、何を言っているのかが分からない。


「いいな、羨ましいな。」

「で、(せい)、返事を教えて。」

「あ、あぁ、その...」


 (せい)が迷っている。

 しかし、その迷いはそれ程深いものではなかった。


「ななえが僕に何させたいのか、分からないが、余程酷い事じゃないならいい。お前が持っている僕の家の家宝、それの為に、僕はお前の行事に必ず参加しよう。」

「よろしい。」


 よっしゃああああ!「何でもする」って()を手に入れた!

「いや、ウチの親友が本当に役に立てて、もう最高!」とか、いつか誰かに自慢してしまいそうだ。


「タマ。」

「む?」

(せい)にソレを渡して。」

「むぅぅ。」


 少し嫌そうな顔を見せて、タマは俺の指示に従って、(せい)に「不朽のなんとか」の右肩当を渡した。


「ありがとう。えっと、タマさん」

 肩当を受け取った(せい)は礼儀正しくタマに礼を言った。

 しかし、タマの本名を知らない所為で、(せい)は変な呼称でタマを呼んだ。


 それに対して、タマは大変お冠らしく、しかし口を塞いでいるので、「むうう!むううう!」と唸りのような声を出すだけだった。

 あぁ、可愛いな。タマは本当に可愛いな。


 可愛いといえば、ここにもう一人可愛いのがいた。


「むぅ、ボクは『お兄ちゃん』だよ。むにゃむにゃ...」

「そうですね。」


 夢に迷い込んでるショタ君の金髪を撫でて、穏やかな気分になった。

 子供って、男女関係なく体が柔らかくて、猫みたいに抱き心地がいいね。


「ねぇ、(せい)。気になっている事があるんだか。」

「なに?」

「何で『死んでない』と分かる?」

「え?」

「家族が失踪したら、もっと慌てるものだと思うんだが、君はいつも通りに通学して、私と部活動するほどに呑気だった。」

「......」

「弟の事、心配じゃなかったのか?失踪したアキラ君の事、心配じゃなかったのか?」

「......」


 俺の経験上、年下の兄弟が失踪したら、上にいる兄や姉は血眼になって、下の子を探しに行く筈だ。

 なのに、(せい)はそれほど焦っているように見えなかった。アキラ君がいつ紅葉先生に誘拐されたのかは分からない、(せい)が自分の感情を上手にコントロールできる人だったのかもしれない。

 それでも、元「兄キャラ」として、俺は「冷静な(せい)」が少し嫌だ。


 何か理由があるはずだ。

 そう思って、俺はこの場で回りくどくせず、まっすぐに(せい)に聞いた。


「ちょっとずるいが、」(せい)はバツが悪そうにして、顔を背ける。「兄さんの友達の中に、『寿命管理システム監査委員会』に在籍している人がいる。」

「じゅみょうかんりしすてむかんさいいんかい?」


 なに、その無駄に長い名前?


「えぇ、『寿命検査』魔法が正常動作できているかを監視する国際組織。ちょっと頼んで調べて貰った、(あきら)の健康状態を、命の危機予想度合いを。」

「じゅみょう...」


「人生百年」という不条理なルールを作った組織なのかな?

 それなら、是非「仲良く」したいものだ。


「私にその人を紹介してもらえない?」

「ななえに?」

「えぇ。ちょっと興味があって」

「無理だ。」

「むり?」

「無理。」


 断られた。ただ「紹介」をお願いしただけなのに、断られた。

 そんな難しい事なのか?


「どうして?別に入りたいと言っている訳じゃない。ただその人を知りたいだけ。どうして無理?」

「...何日前からか、ぶっすりと連絡が取れなくなっていた。」

「『ぶっすり』?」

「ぶっすり。」


「突然」という意味かな?


「連絡が取れなくなったって、どういう事?」

「分からない、兄さんがそう言った。今までなかった事なので、兄さんも何か何だか。」

「はぁ...」

「もし、(あきら)の事を秘密裏に調べて貰った事で、解雇、とかになって、今は凹んでいるとか、もしくは兄さんと絶交!とか...そうなっていたら、兄さんに申し訳ない。」


 悪い事をしたから、解雇か。あり得る話だが、本当なのかな?


「ふぅ...」

 いかんいかん。遅れた中二病脳が俺を疑い深くさせている。

 それに、少し疲れた...


「むぅ、むううぅ」

「ふぅ。何、タマ?」

「むうううう」


 タマは未だに愚直に俺の指示に従っている。

 そんなにプレゼントが欲しいのか、この欲しがり屋さん。

 疲れているのに...


「はぁ...喋っていいよ、タマ。」

「ありがとうございます、お嬢様!」

「で、なに?」

「そろそろ休みませんか、お嬢様?大分長い間に起きていたので...」

「あぁ...いや、起きているだけ...別に...」


「体を動かしていないから、疲れていない」と言おうとしているが、とても口にする元気がない。

 何だ?指輪がなかったら、俺は起きているだけでも疲れるのか?


「ななえ、僕達も今日はもう帰る。だから、もう休んで。」

「え?いや、別に休みたくは...」


 だめだ、瞼が重い。別に眠くないのに、体が疲れた。

 ...これが今の俺の体か。この事実をちゃんと受け止めるべきか。


「分かった。今日はもう、さようなら。」

「うん。」


「タマ。」

「はい、何でしょうか、お嬢様?」

「この子を起こさないで、(せい)に渡してあげて。」俺は自分にしがみついているショタ君の体を叩いて、タマに指示した。


「分かりました。」

 そう言って、タマはアキラ君の頭に手を伸ばす。


「ふぅ!」

 突然、アキラ君の体がびくっと跳ねた、タマの手がアキラ君の頭に触れる直前に。


「ふえ、ふぅ?」起きたアキラ君は寝ぼけた眼で周りを見て、自分が置かれた状況を理解しようとした。

 そしてタマの手を見た瞬間、「む!」と嫌そうな顔を見せて、俺の後ろに隠れた。


「いや、そっちが先に私の場所を...!」

 挑発されたと受け取ったか、タマは一瞬だけ怒りを見せて、だけど俺の顔を見て口を噤んだ。


(あきら)、帰るぞ。」(せい)はアキラ君を呼ぶ。

「え~?もうちょっと居たい。」嫌がるアキラ君。

(ちかし)(めぐむ)が家で待ってるよ。お兄ちゃんだろう?帰るぞ。」

「むぅぅぅぅ...帰る。」

 渋々ながら、アキラ君は俺から離れた。


「お姉ちゃん、また来るナァ。」

「うん、またいらっしゃい。」

「にしし!」

 弾けた笑顔を見せて、アキラ君は走って出ていた。


「あ、(あきら)!」

 大声でアキラ君を呼ぶ(せい)は眉毛を曲げながらも、最後は安心した笑みを浮かべた。


「ななえ、またね。」

「うん、また~ね。」

 (せい)は手を振って、部屋を出た。


「ななえ、お手を。」

「そんなヤワじゃないよ。」


 (せい)を視線で見送って、俺はベッドに戻る。力が殆ど出せないが、意地で自力でベッドに登った。

 天井もカーテンもあるベッド...いつの間にか、これに違和感を感じなくなったな。


「もうすぐ矢野先輩が来るから、安心して寝てください。」

「え~、矢野春香(ルカ)が...?」


 よりにもよって、痴女(ルカ)が今日の昼当番か。あの体に抱き付かれたら、淫らな気持ちになりかねない。

 ...もういい、何も考えたくない。考えるべき事がいっぱいあったのに、考える気力が全くない。


「タマ、ずっと側に居てね。」

 また猫になって、癒されたい。


「分かりました、ななえお嬢様。」


 目を閉じて、柔らかいベッドに全身を委ねた。

女僧侶「先日、勇者から剣をプレゼントされちゃって...」

女剣士「アイツ、本当にバカ正直に全員に剣を贈ったのかよ?」

女僧侶「うん。それでね、受け取ったの。『大事に使ってくれよ』って言われて。」

女剣士「アイツの事になると僧侶は本当、はぁ...で、使ったのかよ?」

女僧侶「はい、倉庫の中に仕舞う訳にもいけなくて。それで、一応野菜を切ってみたのですか...」

女剣士「『ですか』?」

女僧侶「まな板を机ごと両断してしまいました。」

女剣士「切れ味良すぎ!大事にしてるのか、してないのか。」

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