表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/122

第十二節 意外な結末⑤...雛枝の秘密

「は~い。口開けて、あーん。」

「やーめーろ!」


 あき君が雛枝を探しに離れてから長い時間が過ぎ、今は夜時間だ。午後になったら動くつもりだったが、突然の魔物の活発化により、先に進むことができず、足止めを食らった。

 俺がいなかったら、メイド隊はもう少し先に進めたのだろう。けど、雛枝のところまで辿り付けるかは分からない。だから、俺はマイナス要因だが、結果を左右する程じゃない!

 ...自分への言い訳だ。

 雛枝が心配だ。しかし、今の俺にできる事はまだない。先に進めない原因である俺を排除するにしても、メイド隊を一度引き返すという時間が掛かる作業を行わなければならない。ならば、あき君を待つ方が正しいと考えられる。

 まぁ、問題を先延ばしにしてるとも取れるが、後で考えよう。そうだらだらと悩んでいたら、気が付いたら夜になっていた。

 ここで、問題発生。体の動けない俺はまだ一人で食事ができない。仕方ない事に、メイドの誰かに手伝ってもらわないといけない。そして、この時の当番が柳玲子(オジョウ)だった。

 いや、オジョウが嫌いとかではない。彼女は本当に気が利く。体の動けない俺の為に、どこからか高座椅子を持ってきてくれた。「私は老人か?」と軽口も叩いた。

 それなのに、食事の手伝いをする時、何故か俺の体を倒して、赤ん坊をあやすように頭を撫でてきた。ぴくっと体が拒否反応をしたが、この時の俺はまだ我慢が出来ていた。

 けど、食事の口移しはやりすぎだ、舐めすぎだ。


「年齢的に子供である事は認めよう、手伝いがないと食事ができない事も仕方ない。けれど、私を勇司くんと同じように扱うのは些か失礼だと思いませんか?」

「あら、(わたくし)ったら...すみません、つい癖で。」


 うふふ笑いで流された。っていうか、「癖」ってなんだ?赤子をあやすのが癖?


「オジョウも人妻だったの?」

「いいえ、悲しいことに、ご縁がなくて...弟がまだ幼い頃、よく世話をしてあげたものなので。」

「弟いるの、歳離れた?」

「ええ。」


 歳離れた弟がいるから、赤ちゃんプレイするのか、オジョウは?すっごいブラコンだ。


「手足が動けない情けない状態ではあるが、勇司くん同格な待遇はやめてください。というより、癖で他人を赤ん坊扱いをしないと思うわ。私に一回の食事で人としてのプライドを捨てさせないで。」

「大変申し訳ありませんでした。どのような罰も甘んじて受け入れます。」

「大袈裟ね。こちらこそ厚意に甘えているから、ちょっとくらいな無礼は甘んじて受け入れよう。マオちゃんやりすぎた弁当を食べさせてください、オジョウ。」

「『オジョウ』はやめてください。」


 一口サイズの肉が口の前に寄せられた...また肉か。マオちゃんは本当にお肉を焼くのが好きなんだな。

 肉汁が滴る。おいしそうだけど、餌付けされてる方は服が心配で仕方がない。


「「あっ!」」

 俺とオジョウが同時に声をあげた。


 予想的中。しかも、汁じゃなく、肉塊が服の上に滑り落ちてしまった。

 マオちゃん、戦場晩飯に力入れすぎだよ。雇用主だとしても、俺にみんなと同じレベルの飯で十分だよ。


「申し訳ありません、お嬢様!如何なる罰も(わたくし)に下さい!」

「う、うん、大丈夫...まだ食べられると思うから、口に入れて。」

「はい。」


 オジョウは箸で肉を摘まみ、俺の口に寄せた。


「あむ...」

「服に染みが出来ています...すみません、お嬢様。(わたくし)に罰をください。」

「ん?んん。」


 服を洗うのは俺じゃないし、見せたい男の子もいないので、俺はあまり気にしない。


「どちらかと言うとマオちゃんのせいでしょう。無駄に手が込んでいる。」

 文句を言いながらもたっぷりマオちゃん肉を楽しんで飲み込んだ。

「おいしいけど...」

 うちの料理長は良い仕事をしているから、責めにくい。


「赤羽様は悪くありません。お嬢様、(わたくし)を罰してください。」

「今の時代では難しいでしょう?メイドプレイに嵌り過ぎないで、オジョウ。」

「そう、ですか...」


 気のせいだろうか、オジョウが名残りほしそうにしているような気がする。


「御仕置きされたいの?」

「そのような事はありません。ですが、お嬢様は『相手に合わせる』のが得意な種族故、少し思うところがあります。最近のお嬢様がメイド達に厳しいと、凛ちゃんが...」

「私が?みんなに厳しい?」


 自分の事を割と寛容な雇用主だと思っていたが、二番目に甘やかしているリンに「厳しい」と評価された。意外過ぎる。


「私のとこが厳しいのかを聞いてもヨロシイ?」

「誤解しないでください、お嬢様。凛ちゃんもお嬢様の事が好きですよ。けれど、一度失踪した前のお嬢様は、なんとお伝えしましょうか...私達メイドに深く興味を持たなかったと申しましょうか?あまり私達に話しかけてきませんでした。」

「あー...」


 普通な女の子だった頃の奈苗の事か。中身が別人だから、齟齬を感じさせたというかなんというか...美人メイド達を前にしてもで縮こまらないように意図的に目を見て話していたから、逆に違和感を覚えさせたようだ。

 脂汗も掻いていたかも、恥ずかしい。


「干渉しすぎた、ごめん。」

「私は嬉しいですよ。それに、『すぎる』程ではありません。お陰でお嬢様とお喋りは気楽にできます。メイド長とは飴と鞭です。」

「そう思ってくれるのなら、私も嬉しい。けれど、気をつけよう」


 お友達感覚くらいだったら、それもいい。が、仲が良すぎると俺が辛い。

 一緒にお風呂に入りたがるルカ、匂いを擦り付けてくるリン、授乳姿を見られても動揺しない彩ねー...煩悩よ、去れ!

 俺をストーブ扱いするルカと、俺をタオル扱いするリンは既に救いようがないとしても、新人の彩ねーはだめだ。美人過ぎてだめだ。勇司くんにお乳をあげているだけだけど、それでも、見られた時の反応が「ナナちゃんもいずれは...」って。何が「いずれ」だ!あの奥さん、今の俺が彼女の「ナナちゃん」だからって、心を開き過ぎた。


「オジョウに合うようなオシオキを考えておくわ。訴えられないくらいソフトなオシオキで。」

「あら、どうしてそうなりましたの?ですが、それでお嬢様の気が済むのなら。」

()の気が済むのか?」


 それで気が済むのはオジョウの方だろうに。



「姉様?」

 雑談に花を咲かせていたら、雛枝が青い炎を纏ったマーナガルムに乗って現れた。

「ホントに来てた!え、何で?何で、何で、何で?」

 マーナガルムを降りた雛枝は俺に駆け寄って、手を握ってきた。

「どうして姉様が来てるの?ここは危ないよ、危険だよ、ヤバいんだよ!魔物が溢れ返ってブレブレだよ。」


「待って、雛枝。狼がいる。大きい狼が!」

 俺はマーナガルムの姿をした恐らく魔獣類の何かを指さした。


「アレのこと?安心して、使い魔よ。

 それより、もう帰ろっ?早く帰ろう、戻ろう戻ろう!」


 使い魔?この世界に「使い魔」というものはあったのか?

 視線をオジョウに遣ると、彼女も驚いたような表情を浮かべていて、俺に向かって首を横に振った。


「どうしたの?どうしてみんなが口をポカン?」

 俺とオジョウの反応を見て、雛枝がやらかしたって表情を浮かべた。

「あたし、おかしな事を言った?」


 それなりの知識を身に付いた俺だけじゃなく、魔法が得意オジョウも知らないなら、「使い魔」はやはりこの世界では存在していなかったのだろう。そうなると、雛枝がこの世界で初めて使い魔を持った魔法使いとなる。

 だが、今はその話よりも大事な事がある。


「使い魔云々の話は後にしよ、雛枝。ところで、あき君は?」

「置いてきた。どうでもいいじゃないか、あの男のこと。姉様、ここは危険よ。姉様は戻ろっ、病院に戻ろう。」

「もう来ちゃったんだから...」

「ダメダメ!戻ろう戻ろう。」


 真剣な顔で訴える雛枝、姉を大事にしているだけなのか、他に理由があるのか、その真意は何なのだろう?


「戻って大丈夫か、雛枝?」

「勿論...!あっ、いや、戻った方がいいと思う?」

「ハテナマーク?」


 自信なさそうにしてるのはなぜだ?今日会ってからの雛枝がおかしいぞ。


「ずっと雛枝と会えるのを待っていたのだから、すぐには帰らないわ。私、雛枝と一緒に帰る。」

「それは無理ッ、あたしは今忙しい。魔物の発生源をあたしが何とかしなきゃ。」

「何とかできるの?」

「......」

「雛枝じゃないとダメな事?」

「あたしが責任を取らなきゃ...」


 雛枝が責任を?雛枝が関わってる?雛枝の所為?


「オジョウ、タマを連れて離れて。私達姉妹だけにしてくれ。」

「にゃお!?」


 猫タマが胸の間から頭を出した。


「姉様、ずっとそのメイドさんを自分の...服の中に入らせていた?」

「私の特権、タマは誰にも譲らない。」

「あー、その話ではなく...?」


「防音の結界を張りましょうか?」

「できれば。だけど、無理せずね。魔物一匹も近寄らせないで。」

「分かりました。」


 頭の回転が速いオジョウは大好きだ。


「タマ、バイバイ。むちゅー...」

 唇を尖らせて、タマを待つ。そしたら、タマがチョンと鼻で俺の唇に突いて、地面に跳び下り、オジョウと一緒に離れた。


「姉様、今のはよくする?」

「頭しか動けないから。」

「そういう話では...あの猫、人間よね?」

「......」


 忘れた訳じゃないが、注意された事で途端に自分がどんな恥ずかしい事をしてるのかに気が付いた。

 タマって、本当は猫ではなく、女の子だよな。


「私は猫が好きなんだ。好きすぎて、頭がおかしくなったみたい。」

「やっぱ似てる。あたしも猫好きだから、わかりみ深い。」

「そういえば、雛枝。魔物の渦は後どのくらい?」

「あと少しだけど、着いても全体が見えないよ。町一つくらい大きい。」

「町一つってどのくらい...という質問は無粋か。雛枝はその渦を一人で何とかしようとしてるの?」

「無謀だと言うなよ。あたしができなかったら、誰も無理。」

「雛枝は強いのね。でも、雛枝がやらなきゃならない事?外聞が悪いから公の場では言えないが、他人事でしょう?

 雛枝はただの中学生。なにかの天才だからって、国が傾くような大事件に『自分が何とかしなきゃ』という責任を負おうとしなくても...」

「違うんだよ、姉様。違う。あたしの責任なんだよ。」

「なら、責任を取れないって事で。雛枝はまだ未成年、責任が取れない子供だから、責任を取らなくてもいい。」

「姉様...あのね、姉様、これ全てがあたしのせいなんだ。あたし、自分が正しいと思ってしてきたこと、それが間違いで、結果、こんなことが起きた。」

「ふむ。」


 雛枝が思い詰めた顔で来た方を見つめる。

 彼女は桁外れだけど、ただの幼い女の子。何故彼女が「災害」に責任を感じるんだ?


「あたしはずっと母様の手伝いをしていた。それが正しい事だと思い、積極的に。生まれたてのアヒルと大差がなかった。」

「子供ってのはそういうものだから、仕方ないわ。」

「違う。あたしはそれと違う。あたしは教わったからこうなったじゃない。」


 洗脳された人は自分が洗脳された事に気づけな...


「あたしには前世の記憶がある。」

「っ!」


 あ~、びっくりした。雛枝が前世の記憶か。

 俺の事を言ってるのかと思った。


「だから、分かるっしょ、姉様?あたしには常識というか、正邪の区別が最初からできる。

 できるのに...間違えた。間違ったあたしは責任を取らなくちゃ...」

「自分が間違ったから、その責任を取ると?」

「法律がおかしいから、変えるようにしようと。みんなバカだから、教育しようと。あたしが正しいから、みんながあたしに従わなきゃいけないって、強引に我を通した。

 でも、その結果が『内戦』。止めようとしなかったし...ってか、あたしもヤる気満々だったし。

 なのに、当日に母様とケンカして、無責任にドダキャンした。

 最低でしょう?」


 雛枝は自分を責めている。けど、彼女と魔物の渦の出現との関わりはない。内戦戦場に渦が出現したが、二つの出来事に繋がりはない。


「魔物の渦は雛枝のせい?」

「分かんないよぉ...でも、あたしがなんとかしなくちゃ。」

「自分がこの国で一番強いかもしれないから、国を守らなければいけない?この国を背負っているの?」

「まだだけど、いつかはそのつもりです。今はまだ違うけど、でも...」


 迷っている。混乱している。何をすればいいか、分からないでいる。


「姉様、あたし、どうすればいい?あたしの責任だから、責任を取らなきゃいけないけど。どうしたらいい?」

 雛枝は泣きそうな表情で俺を見つめた。


 ...俺は今までの雛枝に関連する出来事を振り返った。

 雛枝は極道に力を貸して、自国の政府と争っている。その最中、一般人を苦しめるような事をしてる。

 それなのに、味方にした喰鮫組に隠し事をされている。暴力で支配している節があるから、自業自得とも言える。お母様の手伝いをしているが、姉の奈苗が原因で喧嘩している。それによって、内戦当日に急な不参加を表明?ドタキャン。


 ワガママな子供だな。


 けど、その事に気づいた雛枝は自分を責め、「責任」を取ろうとしている。自分が許せなくて、自分に「前世あり」設定をしてまで己を苦しめている。

 ...前世設定は気になるけど、物事には優先順位というものがある。今は心が折れかけている雛枝に集中して、余裕ができた時に改めて聞いてみよう。


「雛枝...」

「はい!」

「......」


 何を言えばいいんだ?


「あー、その...」

「姉様...」


 消えそうな声...間違いなく、雛枝は今、俺に助けを求めている。けど、彼女本人はそれに気づいているのか?「姉様はあたしがいないとダメだね」みたいなことを考えていそうな彼女がその「姉様」に助けを求めるか?その事に気づいた瞬間、彼女は態度を一変して強がらないか?

 ......

 雛枝を助けたいなら、逆に俺が助けを求めよう。


「雛枝。私って、すっごく弱いでしょう?」

「え...?でも、それは仕方ない事でしょう。その代わり、あたしが頑張るから。」

「それは嬉しいわ。なら、今から助けてくれない?」

「今?でも、あたしは今、他にしなきゃいけない事が...」


 オロオロしてちょっとイライラした態度...バイトで大忙しな時に、急に妹から電話が掛けて来た時の俺のようだ。


「私の事を優先して。」

「え?」

「『姉様』が大事でしょう?誰よりも大事でしょう?

 それとも、大事ではなかった?」

「どうして急に...」

「私を助けて、雛枝。今は私以外、何も考えないで。」

「......」


 雛枝は暫し口を閉じた。その後、は「やれやれ」とでもいいだけな表情を見せた。


「しょうがない、あたしは姉様の妹だからね。」

「ちょろい。」

「ん、姉様?」

「あーいや、なんでもないワ。」

「姉様にだけだよ。あたし、姉様の妹だから。」

「理由になってないような...」

「それで、何をすればいい?」

「私としては雛枝を連れて帰りたいが、それが嫌でしょう?」

「うん。」

「なら、雛枝を連れて帰れるように、何かをするしかないわね。

 雛枝、魔物の渦をなんとかする方法はない?雛枝がやろうとしている事は何?」

「あたしは魔物が出なくなるまで戦うつもりだった。」

「渦の自然消滅を待っているのだね。

 なぁ、雛枝、生きていくと死んでいくの違いは分かる?」

「どうしたの、急に哲学を...」

「私が思うに、明日を期待しているのが生きていく、明日を待っているのが死んでいく。

 だから、私は明日雛枝と今日と同じように会えるのを期待して、今日、魔物の渦をなんとかしたい。」

「姉様は何か方法があるの?」

「私にはない。けど、方法を見つけられる人を知っている。

 雛枝、あき君に連絡してくれる?」


 俺の言葉を聞いて、雛枝は少し拗ねた顔を見せた。


「姉様はまだあの男の事を信じている?覚えてないのは仕方ないけど、姉様を裏切った男だぞ。」

「記憶がないから仕方がないでしょう。また裏切られたら、その時に懲りる事にしよう。」

「それをきっかけにまた記憶を失わないでよ。」


 嫌々ながら、雛枝は手を耳に当てた。


「...しちゃう悪いの?

 姉様が、お前なら魔物の渦をなんとかできるって。なんかない?あん?」


 喧嘩腰だな、雛枝は。


「...は?アホらしい!」

 雛枝が手を下ろした。


「姉様、あき君は使えねっ、あたしらに丸投げしてきた。」

「何で言ったの?」

「あたしと姉様が光ってるって、バカな事を言った。」

「あはは、確かに丸投げされたね。」


 あき君が見えた「正解」が俺と雛枝か。何をどうすればいいか見当もつかないが、何かをするしかないようだ。

 俺があき君の力に頼ろうとしたら、「自分で何とかせい!」と言われたな。やっぱ、頼れるのは自分だけだ。

 なんちゃって...


「雛枝、魔物の渦のもう一つの消し方を知ってる?」

「うん、魔力をぶつけるんだったっけ。」

「どのくらいの大きさは分からないが、雛枝なら...消せるのでは?」


 俺の言葉を聞いて、雛枝は唇を噛んだ。


「できるかどうか、不安?」

「したことがなくて...」

「私達、まだ学生だからね。

 初めてのことだから、不安でしょうけど、やってみよう?」

「でも、失敗したら...」

「既に『災害』だから、これ以上悪くなる事ないって。頑張って。」

「でも...」


 不安そうにしている雛枝だが、たぶん、失敗を恐れている訳じゃなく、後に何か起こるかが分からなくて怖いんだろう。


「雛枝、私が側に居るから。」

「え?」

「後のことは私達に任せて、私のメイド達は凄いんだから。

 あき君もいる事だし、安心して、思い切りやっちゃって。」

「姉様...」


 雛枝は少しの間に俺の目を見つめてから、立ち上がって魔物の出どころの方へ向き合った。


「何にも起きなくても知らないから!」

 そう言って、雛枝は前に手を構えて、体の上から魔力が見えるようになった。まだ少し緊張していたが、表情は大分和らいだ。


 ......

 暫く、動きがなかった。


「時間、掛けるの?」

「魔力を...溜めてる、の!」

「雛枝一人で出来るものだと思ってた。」


 もしかして、魔力を溜めてる間は無防備になるから、雛枝は躊躇っていたのか。だとしたら、メイド隊を雛枝の側に連れてくるのが正解だったかも。俺まで来る必要はなかったが、それはそれとしてだ。

 ......

 ...暇だ。何もできない俺はとても暇だ。

 雛枝にちょっかいを出す?集中してる雛枝に申し訳ないが、雛枝は「姉様」に怒れるのかどうか、試したい。お父様の時はあまり怒られなかったけど。

 ...待って。お父様にできた事でも、雛枝にも同じ事ができる訳じゃない。そもそもの話、俺は女の子にちょっかい出せるのか?

 口には絶対しないし、誰かに言われたらムキになるが、俺は心の中で前世の自分が童貞だという事実を認めている。その童貞の俺が女の子の体を触れるのか?

 今は女の子だけど、俺は追い詰められた時や理性を失った時くらいしか、自分から女の子に触ったことがない。触られるのは慣れっこだけど。

 でも、妹は別枠だから、ヒスイちゃんにできた事なら、雛枝にもできるんじゃないんか?

 そうだな。自称前世持ちだから、触られてギャーギャーうるさかったら、その時はこのネタで逆切れしよう...って、今の俺は体が動けないんだった!

 実行する前に頓挫した計画って、大体こんな間抜けな感じだよな。


「...雛枝は触られるの、平気?」

「うん...ん?いや、自分からは平気だ。急にどうした?」

「雛枝の前世って、触る側かな~って。」

「何それ、ふふ。普通にどっちもだよ。触るのも、触られるのも。」

「ん?どういう意味?」

「あたしも前世では一通り経験済みなの。子供も孫も居たよ。」

「!!」


 ...雛枝の中二病妄想は凄まじいな!乙女の妄想って、こんな感じなのか?

 それとも、本当の前世の記憶があるのか?


「姉様、どうしたぁ?ちょっと顔赤いよ~。」

「赤くっ...余裕ですね、妹様。」

「まだ余力があるわ。姉様が急に変な事を言い出すから。」

「私は君の前世の交友関係が聞きたい訳ではない、人に触れるかどうかが...」

「旦那と毎晩ベットの上で...」

「触れ合えてたね!うん!」

「純粋培養の姉様にはまだ早いね。普通に触れるね、異性にはあまり触らないようにしているけどね。」


 前世の話が本当なら、前世と同じ性別で羨ましいと思う。こっちは前世の記憶のせいで苦しんでいるのに。


「姉様、どう思う?」

「ん?あぁ。人と節度ある付き合いはいいと思う。」

「そっちじゃなくて。あたしの前世の話、信じてくれてる?」

「そっちは...むーん、半信半疑でしょうか?中二病の可能性も無きにしも非ず。」

「中二病ちゃうわ!ってか、よく『中二病』って言葉を知ってたね。」

「姉様は色々と知ってるのだよ~。」


 雛枝の手の中の魔力がどんどん濃くなっていて、後少しで光を通さなくなりそうだ。


「姉様、どこで『中二病』って言葉を覚えたの?」

「さぁ...いつ聞いたのも覚えてないわね。」

「誰から聞いたのも覚えてない?」

「人じゃないかも。」

「もしかして、姉様も前世...?」

「中二病患者あるある、仲間を増やそうとする。まっ、私もヒスイちゃんからは中二病だと思われてるっぽい。」

「ヒスイちゃん...姉様はどうしてヒスイちゃんを妹にしたの?」


 不自然な間があった。けど、気づいてない事にした。


「言葉は悪いが、サトリって種族は人に好かれにくい種族じゃない?心の中を読まれるのは普通に嫌じゃない?」

「えぇ、嫌だね。でも、それ以上にヒスイちゃんを妹にしたかったから。」

「従順だから?言っとくけど、あんなのは姉様に好かれる為の演技だから。姉様が同じくらいに好かれてるかどうか、まだ分からないよ。」

「君の代わりに、きちんと『妹』のフリをしてくれてるのだよ。雛枝こそ、愛嬌を振り撒く大変さを分かっているの?血の繋がりもないのに、私を『お姉ちゃん』と呼んでくれてるのよ。まだお父様の前で『お父ちゃん』と呼べないけど。」

「姉様は分かってて『サトリを飼ってる』の?」

「『飼う』とは何よ?

 私は例え嘘でも構わないと思っている、私の機嫌を良くしてくれるから。最近は読ませすぎて、申し訳ないと思っているが...」


 ヒスイちゃんが実際、まだ嘘を吐く事に苦痛を感じているようだから、嘘を吐かせる度に申し訳なく思う。


「もし、もしだけど...私の中の『妹順位』が気になってるのなら、どちらも大切だよ。」

「...家族の中の優先順位?」

「順位なんてない、全員が一番だ。」

「それ、一番上の考え方だよ。」

「そんな事ないわ。お父様も私達を平等に愛してくれてるわよ。」

「なら、母様は?」

「お母様は、その...久しく会ってないから、びっくりさせちゃってるだけだわ。いつかは仲直りする予定よ。」

「考えが分かれたね。でも、姉様の望みを叶えてしんぜよう。あたしもちゃんとヒスイちゃんを妹として可愛がるね。」

「うん、ありがと。」


 魔力を溜め終わったのか、雛枝は魔力で出来た塊を手の上に浮かせて、俺に見せた。


「姉様、このくらいでいい?」


 このくらいでいいって聞かれても...


「それが雛枝の全力なら、ね。」

「むっ...」


 何故か雛枝に不思議そうな目で見つめられた。

 なぜそんな目て見られたのかがよく分からないから、とりあえず微笑みを返した。


「勿論、全力じゃないわ!」

 そう言って、急に雛枝の体から魔力が溢れ出た。その魔力がどんどん雛枝の手の上の魔力に集まって、魔力の塊が瞬く間に倍の大きさになった。

「煽りスキルたけぇよ、姉様。」


 煽ったっけ?

 でも、煽ったら強くなるなら、もっと煽ろう。


「大きいだけでなく、密度も足りてる?同じ大きさでも、サッカーボールと鉄球では...」

「どうなっても知らないから...」


 雛枝の体から魔力が迸る。しかも、気のせいか、地面が揺れ始めた。

「あたしの全魔力を、姉様に、見せてやる!」

 可視化となった雛枝の魔力が膨れ上がって、まるで山のように見えた。

メイド面談 ルカ・マオ

1、火山は好き?

ルカ「好き♡」

マオ「嫌い」

_そのココロは?

ルカ「温かいから」

マオ「消せないから」


2、氷山は好き?

ルカ「嫌い!」

マオ「好き?」

_そのココロは?

ルカ「寒いから」

マオ「融かせるから」


結論

ルカは享楽主義者。マオは目立ちたがり屋。

共通する点は自己愛。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ