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第十二節 意外な結末③...ワガママな人達

 武器商、武器商か...

 二つの王族の滅びによって終わった五王戦争、その後の王族を擁する国々とそうじゃない国々との冷戦が終わった理由が魔道具への恐れだった。

 その恐れられてる物を戦争目的で生産しているのが「守澄」か。


「一応...お尋ねしますか、花立さん。この商売は違法ではありませんこと?」

「許可のいる商売です。」

「公にできる許可ですか?」

「公にする必要はありません。」

「宣伝のいる商売でしょう?なら、多くのお客様に見てもらう必要があるのではなくって?」

「お客様を選ぶ商売ですので。」

「ふっ、私達が選ぶ側なのですか?」

「常連様を大事にするのが弊社の標語ですから。」

「......」


 口がよく回る金髪ちゃんだ。


「よりによってメイド隊のみんなに殺人道具の使い方実演させるとか。一般人を巻き込まないで欲しいですね。」

「守澄メイド隊はお嬢様を護る為に集めた人達です。お嬢様の為なら、人を殺す事も厭わない彼女達に、ただ魔道具を使う事をお願いするのに何か問題があるのですか?」

「殺人っ...みんなはそれに同意しましたか?」

「契約書にはきちんとそれが書いておりました。結ぶ際にも再三の注意を促しました。それでも署名した者がお嬢様のメイドをしております。」

「今ここにいるのは魔物だけど、もし人間だったら、みんなを戦わせました?」

「元々、喰鮫組から人材派遣の依頼が入っておりました。それを承ったのはお嬢様が同意した後です。」

「私が同意したのはお母様に会いに行く事でっ...すべてがお父様の思惑通り?」

「魔物が現れる事は予想しておりません。」


 喰鮫組から参戦要請を受けたお父様は当然開戦の時期を知っているのだろう。その上で、俺を氷の国へ送った、恰も俺の意思に従ったかのように。

 今の俺は狐につままれたような気分...とはちょっと違うのかな?すごく驚いている点は同じだ。

 人の事を駒のように扱っているのなら、自分の事も駒のように扱う。けど、誰かに駒として扱われるのは...嫌なものだな。ごめんな、あき君。


「ごめんね、彩ねー、面倒事に巻き込んちゃって。」

 今も俺の体を支えてくれてる彩ねーに、俺は謝罪した。


「私は、奈苗お嬢様の身の回りの世話が主です。それに、契約書に署名したのは私です。お嬢様は気になさらずに。」

「でも、彩ねーは、その...」


 恐らく彩ねーの家は経済面で苦しんでいる。だから、俺は彩ねーを守澄メイド隊に誘った、水商売に身を堕とすような事が起きないように。

 それなのに、「傭兵」に堕としてしまった。「娼婦」とは五十歩百歩だ。


「ナナちゃんを護るお仕事...私事で転職した私ですが、それでも誰かを助ける仕事に在りつけた。これ程幸せな事もありません。ですから、気に病まないでください、お嬢様。」

「うん、わかった。」


 こっちが謝ってるのに、相手に気を遣わせちゃったらもっと申し訳がない。過ぎた事をいつまでも引っ張るのは誰だっていい気はしない、俺も今は納得しよう。


「ヒバリィ、最後のファイルをください。」

「どうぞ、この封筒の中です。」


 一通の封筒を渡された。


「...抜かりないのですね。」

「旦那様は奈苗お嬢様にしっかり考えてから、お名前を書いて欲しいと思っております。」

「ありがとう。では、封筒を一旦預かります。私はこれから元の目的の為に雛枝達を探しに行きます。守澄家の次期当主になるかどうか、日の国に帰ってからにしましょう。」

「分かりました。では、メイド隊を呼び戻します。」

「あっ、待って!」


 俺を護る為に集まった戦闘メイド達、魔物相手を少しも恐れていないのだが、それは恐らく彼女達は戦いにおいて群を抜いているからだと思う。じゃ、普通の人達はどうだ?


「魔物はここにいるのが全部?」

「いいえ、ここまで来たのはほんの僅かです。」

「はいぃ!?」

「魔物を産み出す渦はまだ先にあります。ここにいる魔物は雛枝お嬢様が討ち漏らした残り滓に過ぎません。」

「遺跡で偶に見るあの魔物の渦ですか?」

「その比ではありません。今度のは町一つくらいの大きさです。」

「魔物はまだ出ます?」

「溢れ返る程、ゴキっ...噴泉のように出てきます。」

「それ程にっ!?」


 雛枝が漏らした分でも私感で百体くらいいるのに、渦の中心ではどのくらいの魔物がいるのだろう。


「日の国はどうなります?」

「遠いから、辺境の軍隊で対処できるでしょう。」

「氷の国は?」

「...そのうち、滅びます。」

「雛枝は!?」

「雛枝お嬢様なら適切な時期に引くと思うが、あたし達も注意を払います。」

「そう。今、雛枝は何しているの?」

「人々の避難に時間稼ぎをしています。」

「なるほど、現状がよく分かりました。因みに、魔物の渦はなぜ現れたのか、その原因は分かりますか?」

「今朝突然現れた事くらい、何も分かりません。」

「国の内乱が始まった頃か。」


 俺に何かできるとは思わないが、雛枝の力になりたい。

 ...ついてにあき君も。


「ヒバリィ。私って、メイド隊のみんなにどこまでの『お願い』ができます?」

「契約上、どんな命令も下せるな、『自殺』のような無理難題以外は。」

「嫌なら辞めれば良い、か。

 では、早苗メイド長ちゃんを呼び戻してくれます。」

「...そうね。うん、そうですね。今はあの子があたし達の上司ですな。

 奈苗ちゃん、よく出来ました。」

「あっ、今はやはりまだ子供でいたいから、ヒバリィ、前メイド長として、みんなを呼んで。」

「子供は『大人になりたい』と思うのに...奈苗ちゃんは天邪鬼だな。」


 メイド隊を呼ぶ為か、ヒバリィは自分の耳に手を当てた。


「ナナちゃん、まだ無茶を続けるの?」

「どうしてそう思うの?」

「ずっと魔物の渦の方を見ていたから。」


 親に見守られてる子供の気分だ。


「もう一人のお嬢様を助けに行きたいのよ。助けなんかいらにゃいかもしれないが。」

「...お嬢様って、本当に猫屋敷さんが好きなのね。」

「否定はしない。」


 見てないが、たぶん彩ねーは苦笑いをしているんだろ。


「お嬢様、お呼びでしょうか?」

「早っ!」


 ヒバリィが念話終えた一秒も経たないうちに、もうメイド長ちゃんが目の前に来た。忍者かよ!


「長ちゃん、重力を操るのが得意だってね。」

「それがお呼びした用事でしょうか?」

「いいえいいえいいえ、違います!そんな些細な事の為に、長ちゃんの邪魔をしません。

 早苗、もし私が魔物の中心へ行きたいって言ったら、早苗達は一緒に来てくれる?」

「お嬢様を護る事がメイド隊の仕事です。無理のない所まで、お嬢様を連れて行けます。」

「ありがとう。では早苗、目的は雛枝に会う事で、私と一緒に魔物の渦へ行こう。雛枝を見つけたら、また次のお願いを考えるわ。

 あっ、ついてにあき君も探して。」

「畏まりました。」


「奈苗お嬢様は命知らずか?」

「ヒバリィ...」

「メイド隊を雛枝ちゃんのところに送りたいなら、奈苗ちゃんが帰った方が早いでしょう?」

「的を射た事を言わないで。私も雛枝がピンチならそうしますが、全然余裕でしょう?私を現場に残してよ。」

「昔は何でも抱え込んちゃう子なのに、いつの間にか我儘な子に育っちゃった。」

「ヒバリィは行かなくていいわよ。お父様にとって、私より重要な人ですからね。

 あっ、違った。一緒に行きたくないメイドは誰だって行かなくていいわ。紅葉先生も彩ねーも、行きたくないなら私に言って。」


「そう?なら、帰らせてもらう。」

「えっ、先生?」

「研究の続きをやりたいんだ。」


 冷たい事に、恐らくメイド隊最強の紅葉先生は帰ろうとしている。


「前は私に体を捧げるとか言っていたのに。変わりましたね、紅葉先生。」

「それを忘れろ...」


 紅葉先生は恥ずかしそうに頬を赤らめた。そして、俺の正面に立ち、俺と向き合った。


「奈苗様のメイド隊は既に一大隊くらいの戦力に匹敵する。大量な魔物の群れなら押し返す事ができないでも、相手する事は容易い、野営も出来る。欠員を許してくれるなら、私は戻って自分の事がしたい。

 良くなかった?」

「寧ろよかったわ。空気を読んで自分の意見を言わないの、私は好きではないから、みんなに良い見本に成れたわ、先生。いってらっしゃい。」

「じゃ。」


 紅葉先生が魔物を蹴散らしながら、ここから去っていた。

 行き先は恐らく転移魔法陣だろう。


「アレはいいわよね、きちんと理由を説明して退出するの。」

「紅葉は空気が読めないじゃなく、読みたくないだけ。

 それじゃ、あたしも一緒に帰るな。魔物でも、この数じゃ大変そうだから、紅葉について行く。お嬢様の帰りを宴でも用意してお待ちします。」

「大袈裟すぎないで。」


 ヒバリィは右手を上げて、親指以外の四本の指を上下してバイバイした。


「彩ねーも今のうちに、勇司の為に帰っていいのよ。」

「いいえ、私は残ります、お嬢様。」

「...どして?」


 赤ん坊を連れて戦場を歩くとか、頭おかしい。

 が、もちろんこんな失礼な事を口にしない。


「彩ねーは荒事に不向きな種族でしょう?勇司くんも、泣かしてしまったら悪いわ。私を早苗メイド長に預けて、ヒバリィと一緒に帰ってください。」

「いいえ、私も一緒に行きます、お嬢様。」

「どうして?正直邪魔よ。」


 あっ、言っちまった。俺の正直者!


「邪魔にならないようにします!勇司も、魔物程度で泣いたりしません。私達も行きます。」

「いや、勇司くんはまだ子供...っていうか、赤ん坊よ。泣かないのは無理でしょう。」


 ちょっと騒がしかったら泣いてしまう、我が儘し放題の年頃。魔物がいても泣かなかったら、それは寧ろ「どこか悪いか?」って心配になる状態だ。


「ナナちゃん、貴女は知らないでしょうけど、私は貴女に救われた。」

「はい?」

「私が最も辛い時期に、ナナちゃんが手を差し伸ばしてくれた。」


 突然始まる彩ねーの自分語り。

 この時、メイド長ちゃんが空気を読んだか読んでないか、俺の耳元で「行けます」と囁いた。流石に手で「ちょっと待て」と返事した。


「私、ナナちゃんが初めて勇司と会いに来てくれた日、実は家計が苦しくて、しかも会社から『長期休暇』を薦められていたの。夫とも喧嘩中で、族長の責務とかなんとか言われているし、実は...生きるのが疲れていた。」

「そんな事が...」

「ナナちゃんには言えなかった事なの。つい最近まで、いつも何か辛そうにしているナナちゃんに、私の事で煩わせて欲しくなかった。」


 俺が今一番煩わしいと思っている事、それはある母親がまだ赤ん坊の息子を連れて、危険な場所に行こうとしている事だ。

 それにしても、あの時の彩ねーが「生きるの、辛い!」になる程追い詰められてたのか。メイドにしてよかった。

 ...俺の彩ねーを孕ませた野郎が有ろう事か、彩ねーと喧嘩をするという暴挙をした。敵トシテ認識スル。


「彩ねーの気持ちは分かったわ。でも、それだけで勇司くんも連れて魔物の渦に寄るのは得策ではない。『ねえねえ、お嬢ちゃん、オレと一緒にちょっとソコでお茶する?』とは訳が違うわ。お礼がしたいのなら、また別の時でいいよ。」

「心配なのよ...ナナちゃんの体もまだ自分では動けないし、もし何かがあったらどうしよう。」

「深く考えすぎよ。それに、彩ねーひとり増えたくらいで、何も変わらないわ。」

「ナナちゃんの体調の変化を一番知っているのは私よ!後でナナちゃんに何かがあったのを知るのは嫌。何かあった時に、ナナちゃんの側にいたいの。」

「勇司くんに何かあったらどうするの?」

「ナナちゃんも同じよ!私にとって、ナナちゃんも勇司と同じくらいに大事だよ。」

「いや、血、繋がってないし。」

「血の繋がりがなくても、ナナちゃんは私の娘。傷ついて欲しくないもん。」

「九歳差の母親...」


 だめだ、彩ねーがへそを曲げてる。どっちかというと俺の方が親みたいな感じだ。

 もう自分の我儘が通るまで引き下がらないだろう。メイド長ちゃんに上司命令を出させるか?


「...私を放さないでね。」

「ナナちゃん...はい、お嬢様!」


 女の子に弱いんだよ、男は。


「長ちゃん、行けるってどういう意味?」

「はい。メイド隊にお嬢様の行く先を切り開いてもらって、前へ進められるようになりました。」

「固まって移動する訳ではないのね。」


 けど、自分で歩く事になるのか。足、動けるのか。


「やはりまだダメみたい。」

「どうしたの、ナナちゃん?」

「足がまだ動けないの。」

「明日になったら動けると思うわ。今日は私に任せなさい。」

「そうもいかないでしょう。雛枝のところに行きたいと思っているのに、自分の足も動かせない。彩ねーや早苗メイド長ちゃんに抱っこして移動するもんね。お荷物すぎるわ。」

「なのに帰らないの?」

「うん、帰らない。迷惑だと思って遠慮していたら、私、死ぬしかないもの。

 では、彩ねー、長ちゃん。お願いします。」


「「畏まりました、お嬢様。」」


 俺は美女二人に交互で抱っこされながら、魔物の渦へと向かって行く。


 ......

 ...


「タマ、後どのくらいなの?」

「いや、分からない。妹さんがどこにいるのか、私に分かる訳...」

「雛枝のような魔力が見える探索スキルを持ってないものね。でも、私が今聞きたいのはタマの残り時間。後どのくらいで猫になる?」

「あっ!それは、はい...二十分くらい?」

「わーった。なら、猫になった時は私の服の中に潜って。堪能したいの。」

「お嬢様は実は、タマの猫ちゃんの時が好きだよね。」

「人間も好きよ。猫は愛しているけど。」


 雛枝を探しに魔物の渦に向かって暫く、魔物の数が倍に増えていたが、雛枝とあき君はまだどっちとも出会ってない。その間、自分で歩けない俺を必ず誰かが抱っこするという事で、何故か念話で言い争いが始まり、メイド長ちゃんと彩ねー以外のメイドも交代で俺を抱っこする事になった。お陰で、俺は自分の欲望による理由ではなく複数の女体を堪能する事が出来た。

 奈苗が女の子にも愛される小娘で、俺にもいい思いが出来て...ありがたや、ありがたや。

 そして、今俺の側にいるのは彩ねー以外、猫と人間の二つの姿を持つメイド、猫屋敷玉藻だ。一日一時間しか人間になれない彼女は、今は残り20分らしい。


「私、タマに甘いって指摘されたのよ。どうしてタマが悪いのに、私が叱られるのでしょう?」

「むー...タマは一日、一時間は真面目に仕事してますわ。それ以外の時間は不可抗力っていうもの。」

「一日丸ごと猫のままの日も見かけるわ。一時間で、真面目に仕事しているところもレアで、見かけないわね。」

「ななえお嬢様は猫という生き物が好きだから、それに応えているだけですわ。」

「気持ちは嬉しいけど、みんなと同じ給料をもらっているのでしょう?早苗メイド長に嫌われたら、お暇を出されるかもしれない。」

「あの犬っころは猫である吾輩が嫌いなんだよ!お嬢様は私が私情で解雇されるのは嫌でしょう?」

「長ちゃんは公私混同しないわよ。幾ら私がタマに甘いからって、人に正しくない評価をしないわ。」

「ななえが好きなのは猫の私だから、今の私が嫌いなんだ。」

「猫のタマだと、私が理性を無くすから、人間であるうちに伝えないと。」


 けど、タマが猫になったら忘れるんだろうな、絶対。猫好きは猫に逆らえない。


「止まって、タマ屋敷さん。」

 急に彩ねーに呼び止められたタマ...タマ屋敷さん?

「あっ、ごめんなさい!猫屋敷さん。」

 慌ててお辞儀しながら謝る彩ねー、呼び間違いだようだ。


「ぷっ、彩ねーかわいい!何でそんな呼び間違いをしたの?」

「ナナちゃん達がずっと『タマ、タマ』って言ってたから、うっかり間違えちゃって。」

「それはごめんね。ぷっ、タマ屋敷ネコモさん...ごめん、タマ。」


「下ネタで笑う小学生みたいだよ、ななえ。」

「シモっ...」

 一気に笑えなくなった。


「あのー、たっ、たっ...猫さん。今まで気にしないで呼んでだのに、何で思い出させるの?私、君を呼ぶ度に汚い言葉を使っているみたいになっちゃったじゃない!」

「下ネタで笑ったじゃねぇの?」

「違うの!単純に言葉が前後した事で笑ってたの。何で嫌な方向へ引っ張っちゃったのかね。」


 俺がすげぇ下品な奴になっちゃったじゃん!

 そもそも俺は下ネタが嫌いだ。ずっと童貞だったから、縁のない言葉なので、使うと虚しくなる。


「ナナちゃん、そんな事より...」

「そんな事よりって何よ!?」

「や...ナナちゃん?」

「ぐっ、ごめん。八つ当たりした。

 んで、何、彩ねー?」

「赤羽さんから、前方に魔物と戦っている人影が見えた、だそうだ。」

「ようやくか。連絡取れる?」

「いいえ、誰も雛枝さんと、あき君?の念話印を知らないので。」

「そうだった...」


 メイド隊のみんなは俺の友達を知らない、連絡が取れない。

 かといって、前もって友達をメイド達に紹介するのも嫌だ。俺にも独占欲というものがあるし、友達はプライベートでメイド達はパブリックだから。


「戦っている人に迂闊に近づけないし。何か方法はないか?たっ...猫。」

「投槍を投げたら、どう?」

「死にたいの?」

「ふえ?」

「相手は雛枝かあき君よ、返り討ちにされるのがオチだわ。されなくても、私の妹か友達を傷付けたら、私が許すと思う?」

「...タマは猫なので、何も思いつきませーん。」

「あーっ、ごめん。折角考えてくれたのに、頭から否定するのはよくなかったわ。投槍、投槍ね?」


 むーん...

 しょぼんとしたタマを慰めたのはいいものの、投槍の案はやっぱ却下だ。危ないし、返り討ちされるとタマが危ないし。

 なにか、あき君や雛枝が俺だと分かる方法はないのか?


「ヒスイちゃんがここにいれば...」

「翡翠お嬢様?」

「彩ねーも知っているのでしょう?私の妹のサトリちゃん。ヒスイちゃんがいれば、心の声で向こうの人影に呼びかけるのに。」

「大声で呼ぶのはダメなのか?」

「ダメではないけど、うるさいでしょう?うちのメイドにそれ用のスキルを持っている()もいない訳だし。最後の手段に取っておきたいの。」

「でしたら、ナナちゃんの声を直接伝えたらどうでしょう?」

「それができたら苦労を...何か方法はあるの?」

「私の種族のクローンは神に似せて創られた種族と呼ばれているけど、その一因を担っているのが私達の種族魔法『共感』なの。距離はかなりあるから、上手くいくかは分からないか。」

「響きからして幻惑系統の魔法だけど、雛枝達に影響与えられるのかしら?つい今日知ったのだけれど、あき君も実は魔法がすごいらしいわ。」

「やってみよっ。力は微弱だから、反撃を受ける事にはならないと思う。」

「けど、彩ねーが危険な目に遭うかもしれない...」


 できれば、俺以外の人に危険を冒して欲しくない。


「投槍...」

「投槍もダメよ、タマ。たまっ、たっ...猫さんが危ない目に遭っちゃうかも。」


 リンの早足に頼るという案も考えたが、リンが危ない。っていうか、俺は自分で動けないから、結局誰かに頼る事になる。それは嫌だな。

 ......


「たっ、ま!投槍して。」

「もう普通に呼んだら、ななえ?」

「それができたら、今くりょうしてなっ...苦労していない。」

「噛んだ?」

「触れるな...」


 自分の意思でなら、「にゃん」も恥じずに言えるが、普通に噛んだ場合は普通に恥ずかしい。


「ネコは投げも受けも得意でしょう?軽めに投げて、全力で受け止めて。」

「ななえお嬢様、私は『受け』ではなく、『受け流し』が得意だ。ネコと呼んどいて、受けが得意と言わないでくれ。」

「ん、なんで?」

「.........タチ。」

「?」

「お嬢様、なんでもないです。今のタマの言葉を忘れてください。」


「ナナちゃん、今は投槍の話をしましょう!投槍をどうします?」

「あぁ、分かった。」


 何故か二人共、急に敬語に統一した。何か変な事を言ったのかな?

 まぁ、今はそれに追及するタイミングじゃないから。事が終わってから、また改めて「猫」と「受けが得意」について、誰かに聞こう。


「ネコはまず投槍を魔物達と戦っている人影に投げなさい。力加減に気を付けてね、ちゃんと『人』には傷がつかないレベルの力で投げなさい。たぶん、あき君と雛枝の二人なら、余裕で対処できるのでしょう。」

「違う人だったら?」

「だから、『人』に傷がつかないレベルでと言ったの。もし知らない人だったら、その人でも『誰だ、オレの顔に泥を投げた奴!?』程度の怒りで済ませたい。」


「槍を投げられたら、流石に敵認識でしょう。」

 タマが鼻で笑った。俺を鼻で笑った。

 おのれー!


「ナナちゃん、先に私に『共感』の魔法を使わせた方がいいのでは?」

「彩ねーは私と同じ非戦闘員よ。チョキを出したら、ハサミが返って来た時に防げないでしょう?」


 赤ん坊も背負ってるのに...


「私ならいいんだ!」

「タネコはごりごり戦闘員でしょう?ハンマーが返って来ても、そのハンマーを拳で砕ける拳闘士でしょう?ちょっとくらいの無茶は寧ろ信頼の証だわ。」

「そ、そんな事...ふっ、ふへへ。」


 楽しそうな声を出したタマ、可愛い。

 ダメだ!俺はやっぱタマに弱いわ!


「じゃあ、一丁投げてみるか!」

「投げたらすぐに防御態勢をとってね。準優勝の実力を見せてみろー!」

「おう!」


 タマは俺を彩ねーに預けて、物入れ結界から緑色の槍を取り出して、競技・やり投のポーズをとった。

「日暮流拳法型破り、投擲相殺!」

 そう言って、タマは槍を投げた。


「ねぇ、ネコ。技名に(さつ)が入っているようだが...?」

「技名はただの技名だよ。大丈夫、大丈夫。」


 適当だな...相手を怒らせたら、俺も一緒に怒られるのに。

 いや、俺だけが怒られるか。俺はタマの雇い主だし、俺が指示したんだから。


 さーて、これで何が返ってくるのだろう。

 都合のいいように考えると返ってくるのは挨拶だが、そんなのを期待する脳天気な奴はこの世にいない。

 魔法が来る?物が来る?それとも、直接本人が来る?

 俺も今から土下座の準備をする?


「っ、お嬢様!」

 気付いたら、俺と彩ねーはタマに押し倒されていた。


「っー...」

「急にどっ...っ、彩ねー!」

 タマと彩ねーに挟まれた俺は無傷だが、彩ねーは背中の勇司を守る為に無理な体勢を取ったらしく、自分の右手を押さえている。


「タマ!急に何してくれて...タマ?」

 そして、タマは左脇腹から右脇腹まで、一本の槍が生えていた。

「タマ!タマ、ごめん!タマー!」

 体が動けない俺は動かないタマを大声で呼んだ。手が動けないから、動かないタマの様子も確認できなかった。


 どうしよう?

 これでタマが死んだら、俺は...俺は後悔で死にたくなる。

 いや、死ぬ。間違いなく自殺する。自分にトドメを刺せる自信がある。

 俺のせいで、タマがしっ...


「ななえ...」

「っ、タマ?生きてるの?大丈夫?ポーションで治せる?彩ねー!」

「心配しないで、私はもう死んでるから。」

「何言っているの?タマは生きてるじゃない!死んでなんかいない!」

「説明難しいけど...ごめん、ななえ。先にイク。」


 最後の言葉を言ったタマは姿を変えて、猫になった。


「タマ、タマ!」

「んにゃっ!」

「あ、鳴いた。」


 猫のタマはいつものように鳴き、そして俺の側で走り回った。

 ...いつものタマだ。


「タマ、体の方は『修復』できるの?」

「にゃー。」

「死んでいないのね?」

「んにゃっ。」

「ははっ、分かんないわ。」


 タマは生きている。とりあえず、生きている。

 それだけを分かればいい。


「彩ねー、大丈夫か?」

「ぅ、大丈夫。」

「私から離れて、治癒魔法を使っていいから。本当は得意でしょう?看護婦だもの。」

「私は大丈夫よ。それと、もうすぐ藤林か、早苗メイド長が来るわ。ナナちゃんは少し我慢して。」

「ごめん、彩ねー。私が間違ったお願いをしたせいで、彩ねーに傷を負わせたわ。勇司くんにも雪を被らせちゃったよね。」


 やはり、あの時は彩ねーを帰らせるべきだった。俺が女の子に嫌われたくないから、間違った優しさをみせた。


「っ!」

 いつの間にか、誰かが俺の前に立っていた。

「あき君?それとも雛枝?」

 その誰かに声を掛けてみたら、返事はなかった。


 もしかしたら、タマに槍を投げられて、タマに槍を投げ返した奴?槍を投げられた恨みで、俺にトドメを刺しに来た?

 恐る恐る、俺はその人の顔を確認しようと頭を動かす。が、俺がその人の顔を見る前に、その人は無数の白い羽と化して消えた。


「なんだ、怯え損した。」

 俺は溜めた息を吐いた。

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