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第十二節 意外な結末①...他国の戦争は他人事

1年目5月17日(月)

 朝起きたら、隣に美少女が寝ていた。

 なんてシチュエーション、男なら誰でも一度は夢見るのだろう。

 しかし、それが妹だと分かった途端に熱が冷める。兄あるあるだよな?

 では、このようなシチュエーションはどうだろう?美少女だけど妹、けれど幼い頃から一緒に育った妹ではなく、自分にとっての他人のような女の子が隣で寝ていた。こんな時、同じ男性の諸君はどのような感情を抱くのだろうか?


「願ってもないシチュエーションだったのに、どうしてかな?涙が出ちゃう...」


 雛枝が隣で寝てる。寝息が聞こえるくらい顔が近い。

 けど、今の俺は男じゃないから、このシチュエーションに喜ぶ事も、落胆する事も出来ない。


「雛枝、起きて。朝だよ。」

「ん...今日、休む...」

「起きてくれ。ってないと、私が起きれないよ。」


 嘘は言っていない。けど、別に雛枝が俺の上に乗っかってるとかではない。単に俺の体が動けないだけ。

 実は目が覚めた時にも驚きのあまりに跳び上がりたいのに、何故か体に力が入らない。口は動ける、けどそれ以外の部位は殆ど動けない。まるで血が通ってないような感じだった。


「ぅ...女の声...?だぁれぇ?」

「お姉ちゃんだよ。君の大好きなねえたまだよ。」

「ねぇたま?

 ...姉様!?」


 俺の代わりに、雛枝が跳び上がった。


「姉様!目が覚めた醒めました?いつから?どこから?いつの間に目覚めた?不思議な力に目覚めた?キス無しで目覚めた?呼吸を吸えてる?息を吸ってキメてる?生きて空気をしてる?」

「うわー、うるさい方の雛枝だわ。」


 マジ五月蠅い!


「あ、違った!

 姉様、起きれた?」

「おう、自力で正気に。

 いやねえ、目は覚めたが、起きれないのよ、体に力が入れなくて。」

「体に力が...?どのくらい?」


 再び横たわる雛枝、指を俺の手に絡めた。


「指に力入れれる?」

「むっ...」


 美少女に指を絡められたのに、悲しい事に何も感じられない。力いっぱいでも、指がちょっと震える程度だった。


「だいぶ弱ってるね。でも、こんなに早く起きれたのは()き。

 姉様、記憶の方は?」

「意識が途切れるまでは...」


 今回はちゃんと気を失う前の事が思い出せたようだ。その代わり、体が動かない。前回との違いは何なんだろう?


「よかった...もう二度と起きないじゃないかって、マジ心配したよ。今は体が動けない以外、割と平気?」

 そう言って、俺の頭に手を当てる雛枝。


「動けない事は割と平気な事ではなくない?指とか、足の指とか、何も感じない状態だよ。」

「今は弱っているが、そのうちまた動けるようになるっしょ。忘れたの?昔はよく...あっ!」

「昔?」

「ごめん、姉様。覚えてない...っていうか、知らないんだよね。

 昔、まだ姉様とあたしが一緒の頃、姉様はよく倒れてたんだ。生死の境に彷徨う系ね。それで、体動けなくても、意識が戻ったらよくなるわ。」

「経験だったのね。」


 病弱の()は本人だけじゃなく、周りの人達も大変なんだな。


「熱も下がったし、もうあたしがいなくても治るっしょ。本当、姉様が意識ないって聞いた時、肝冷やしたわよ。

 姉様、メシ食える?」

「空いてないけど、食べた方がいいわね。何日ご飯を食べてなかったの?」

「4日。点滴のみだから、動けるようになっても、体が鈍っちゃうかも。」

「...点滴?」


 この世界にも「点滴治療」があるんだ。みんな健康優良児だから、魔法以外の治療方法はないんだと思ってた。


「姉様には聞き慣れてない単語だよね。あのね、『点滴』っていうのは腕の血管に針みたいなものを刺して、血液に直接栄養とか送るの。昔の姉様はよく...」

「知ってるわよ。『姉様』をバカにしないで。」


 いくら医学を勉強していなくても、注射くらいの知識はある。


「知ってる!?あっ、そっか。姉様なら、アリか。」

「知ってておかしいの?」

「今時はちょっと。」

「『今時』って...」


 ずっと疑っていたけど、雛枝はやっぱ不勉強なのかな?


「それじゃ、メシにする?一度、体起こそっか。」

「うん。ごめん、お願い。」


 体起こす事も人だよりとは、まるで重病人だな、俺は。

 ...あっ、重病人だ、今のって。


「4日か...意外と早く起きれたね。」

「意外ってなんだよ!慣れちゃダメっしょ?」

「ごめん。前回は『一ヶ月』だったからね。」


 腕を引っ張られて起きた俺、微かに感じたのは背中の掌の熱。首も固定できずに頭が前に倒れていく時、俺の腕を引っ張っていた雛枝の手が透かさずおでこを支えてくれて、その後は俺を前から抱き抱えて、背中に枕を置いてから俺を放した。


「介護慣れしてるね。どこで習ったの?」

「前世の記憶で。」

「あはは、前世かぁ。」


 おおかた、あの大人になりきれてない母親のせいだろう。


「そういえば、土日逃してしまったね。休みだけど。」

「土日気にするとか、まさに日の国の人、だね。」

「氷の国の人は違うの?」


「こっちは(しお)を気にすんからね。よく水曜日が休みになったり、土曜日が授業って感じ。」

 言いながらお粥のような何かをスプーンで掬って、フーフーしてから、俺の口元に持ってきた。

「はい、あーん。」

「あー...」


 女の子の「フーフー、あーん」だ!やったー!

 っと、男として普通は嬉しいシチュエーションの筈だけど、今は何故か心の中でもあまりテンションが上がらなく、すごく落ち着いてしまっている。

 メイド達に女の子の友人に妹()...恵まれすぎてるな、俺は。


「雛枝はどうしてここに?」

 お粥を食べながら、俺は雛枝に問う。


「あたしがいないと、姉様が死んじゃうかもしれないでしょ?姉様の魔力を安全に補充できるの、あたしだけっしょ。

 ってか、居て欲しくないの?」

「そんな事はないわ。ただ、雛枝は今、忙しい時期でしょう?戦争とか、うるさい親御さんとか?」

「それね...子供の誘拐の件は終わったよ。『親御さん』を殴らないよう、めちゃ頑張った。」

「お疲れ様。んで、戦争の方は?」

「それねー...姉様ぁ、あたしに隠し事してるっしょう?」

「何の話?」

「聞いたよ、母様と喧嘩してるって?」

「...何の話?」

「ヒスイちゃんから聞いた。何であたしに黙ってたの?」

「えっと、言ってないだけだよ?黙ってた訳ではなくて...」

「めっちゃ腹立ったんだけど...母様、姉様にあんな酷い事を!」

「お母様の事は悪く思わないで、色々『複雑』だと思うから。」

「姉様は平気な訳!?」

「平気ではないけど。雛枝までお母様と仲違いしたら、お母様が一人になってしまうでしょう?私のせいで、仲良かった母娘が仲違いして欲しくないから、せめて雛枝がお母様側で居て欲しいわね。」

「はぁ、何聖母みたいな事を言ってんの?怒っていいんだよ、姉様。」

「本音なんだけどね。」


 綺麗事を言ってるんだと思われてるのは心外だ!


「あのクソババァの為に戦うのはガチ無理!だからドタキャンした。今日開戦だから、今頃もう()ってるっしょ。」

「もう!?早い...大丈夫なの?」

「知らん。姉様も気にしないで、痛い目に遭うべきよ、母様は。」

「でも、王様と戦うでしょう?雛枝がいないと勝てないでしょう?雛枝が不参加なのは嬉しいけど。」

「負けていいよ。なんか、姉様が来てから色々嫌なとこが見れちゃって、喰鮫組もダメじゃん!って思ったし。」

「...死人は出る?」

「出るっしょ。一人や二人、十人や二十人。」

「いっぱい出るのね。」


 人が死ぬのは好きじゃない、命は大事にすべきだ。

 命を落として欲しい人はいるけど。


「はぁ...結局、始まってしまったのか。」

 味のないお粥を味わいながら、自分の自惚れを嘲笑う。

「一個人の力なんて、所詮焼け石に水だね。」


「なに、姉様?なんかしてた?」

「東へー、西へー...空回りをしてたの。ま、大した事してないから、気にしないで。

 それより、私が気絶してから、他に大変な事はあったの?」

「姉様以上に大変な事は...」

「そっ、ごめんね。ふふ、私、あき君の魔力で死んでたのよね。」

「はっ、なにそれ?あき君の魔力で?あき君から聞いたでしょう!」

「まぁ...」


 本当はヒスイちゃんの読心術で、だけど...説明すると長くなりそうだから、面倒。


「はぁ...まったく、そんなないっしょに。そうなったったら、子供の頃で一緒にいなかったよ。」

「そういえば...えっ、なら何で私は意識を失くしたの?あき君の魔力と関係ない?」

「関係はあるけど...アレは単に普段魔力を封印しているせいで、急に使う事でコントロールができてなくて、その魔力が暴走したんだけだ。」

「暴走とは穏やかじゃないわね。あき君は大丈夫だったの?」

「魔法の暴走じゃないから、全然大丈夫よ。ただ、その場にいた姉様は魔力にも耐性がないから、魔力酔いしたのよ。」

「いつもの通りに酔っただけなの?いきなり意識がなくなったのよ?」

「相性が良すぎからだよ。侵されているのに、全く気づいてない。」

「また相性の話か。」


 今度は「良すぎ」が問題か、ヒスイちゃんの話とは真逆。


「ったく、普段使ってないから、そういう勘違いすんだよ。昔はあたしよりうまく使ってたのに...姉様に気を使って?」

「昔のあき君は魔法も得意だった?」

「子供の頃の話はやめよっ。

 とりあえず、また同じ事がないように、魔力の使い方をあたしが教えといてやる。姉様は心配しないで、今まで通り好きなようにしてくれ。」

「雛枝があき君の先生?大丈夫か?」


 雛枝の体型は女教師の色気が出せないだろう。性格も不向きだと思う。

 どちらかというと、教え子の方が向いてる。生意気そうだから、教育して従順な()に変える楽しみがある。


「あっ、別に変な事起こんないよ!アイツの事は嫌いだし、あくまで姉様の為だからね!」

「えっ?あ、うん。」


 嫌なリアクションだ。男女の間柄だと、すぐ恋云々だと勘ぐってしまう。

 お前らのきゃっきゃうふふ事情なんて知らねぇよ、俺に気づかせるな。


「ほ、ホントだよ!姉様、気ぃ障らないで。あたしとあき君はただの幼馴染。それ以上もそれ以下もないからね。」

 必死に弁明する雛枝、ますます怪しいんだよ。

 だからか、揶揄いたくなる。


「では、あき君を呼んできてくれる?」

「えっ?」

「あき君とお話したい事があって、二人きりになりたいの。近くにいない?」

「遠くに行ってない。誰も姉様が心配で、星見山で散策中よ。」

「ここ、星見山なんだ。お母様もここにいる?」

「母様は...さっき言ったけど、王様達とやりあってる最中だ。もう母様達の事はほっとこう。ね?」

「そう言っても、私達のお母さんだよ。心配はするでしょう。」

「心優しすぎっ!そんなじゃ人生損するよ。」

「別に優しいとか、はぁ...あき君を呼んできてくれる?」

「...そんなにアイツが気になる?あたしが伝言じゃだめ?」

「うん、気になるわ。雛枝と同じくらいに。」

「だから、あたしは別に...」

「ん?」

「むー...本当に違うけど、今何言っても無駄みたい。

 ちょっと待て、念話で呼ぶから。」


 そう言って、雛枝は自分の耳に手を当てた。

 いつ念話印を交わしたかは知らないが、長い間連絡を途絶えた二人がまた連絡するようになったなら、仲が悪い訳がないだろう。

 あき君に凄い嫉妬...



 暫く時が過ぎ、俺がお粥を食べ終わった頃に、あき君が来た。


「ななちゃん!もう大丈夫なのか?」

 入ってきた一言目が俺への心配だった。

 俺が女の子なら、感動ものだったんだろうな。


「一応意識は戻ったわ。体はまだ動けないけど。」

 せめての礼儀として、微笑みを返してやった。


「俺がここに居ても大丈夫になったか?」

「姉様がお前を呼んだし、あたしは別に...」

「俺の魔力は、もうななちゃんに大丈夫になった?」

「それは後で話がある。今は魔法使わなければ、何の問題もない。まずは姉様の話を聞け。」


 雛枝が高圧的だ。そんなじゃ、相手に嫌われるよ。

 俺は好きだけどな。調教のし甲斐があって、実にいい。


「雛枝、ごめんだけど、あき君と二人きりにしてくれる?」

「えっ、本気だったの?何で?」

「二人きりでお話がしたいから。」

「だから、何で?二人きりじゃないと話せない話!?あたしに聞かせられないような内容!?」

「話の流れ次第、かな~?」

「どういう流れ!?姉様、あたし達はまだ中学生よ!」

「私は高校生。雛枝だけが中学生だよ~。」

「それっ、どういう意味の返し?姉様!?」


「ななちゃん、俺もひなちゃんを外す理由が分からない。わざわざ二人きりになる理由は何?」

「女の子と二人きりになるのは嫌なの?」

「...黙ります。」


 この男、俺がイジリモードに入った事に気づいて、逃げやがった。


「姉様、どういう事ナン?あたしがいない間、あき君と何かあった?」

「色々、ね。少し前に、私の胸を揉んだし。」

「はぁー!?」


 雛枝は今にもあき君の胸倉を掴む勢いで彼を睨む。


「白川輝明ぃ!てめぇ、あたしの大事な姉様に何した!?」

「ひなちゃん、アレが今のななちゃんだよ。意地が悪くなって、よく俺達を揶揄うんだ。」

「そんな事ない!あたしの姉様を悪く言うな!」

「悪い人間になってはないよ。ただ、人を揶揄うのを好きになったようだ。」


「そうなの?」

 恐る恐ると俺の顔を伺う雛枝。

 そんな彼女に、俺は「何のことか、分からないわ。」と言った。


「私はみんなが大好きよ。」

「好きだから、イジメるだろう?興味ない相手には何もしない。」

「それは否定しないわ。でも、みんなの色んな顔が見たいからよ。みんなを苦しめたいからではないわ。」

「こんな感じだ、ひなちゃん。何というか...慣れてしまえば、それも愛嬌に思えるから。」


「慣れてしまってるの...?」

 雛枝はなんとも言えない表情で俺を見つめた。

 お返しに、精一杯な笑顔を見せた。


「なんともないよね?」

「何か?」

「...姉様は本当に変わってしまったのね。ぴえん。」


 ぴえん?どういう意味?


「じゃ、あたしは出てくけど。変な事したら殺すからな、白川輝明。」

 物騒な事を言い残して、雛枝は外へ出ていた。


「殺すだって。あき君、雛枝に如何なる酷い事をしたの?」

「お前が言う?」


 やれやれとでも言いたいような表情で、あき君は微笑んだ。


「それで、どんなしょうもない用事で俺を呼んだ?」

「決めつけないでよ。」


 用もないのに、男を呼びつけたりしない。俺は痴女でも、マゾ野郎でもない。


「あき君に聞きたいのだけれど、憎達磨...私をどこかへ攫おうとしたあの横幅広い男の人は.........死んだの?」

「あっ...」


 俺の言葉を聞いて、あき君の表情が一気に暗くなった。


「アレしか、思いつかなかった。」

「あき君が殺したの?」

「あぁ...征人(ちょうじん)剣術、元となった不殺を誇りとする『調刃(ちょうじん)剣術』に、俺が持つ特殊な力と組み合わせて発明した必殺の技、(かぶきもの)。相手の『魔源点』を破壊するという殺人技だ。

 アレを使ったから、生きてはいない。」

「...今まで、それを使った事はあるの?」

「ある。間違いなく、あの技で人が一発で死ぬ。」

「あき君が連続殺人魔?」

「...否定できない。」


 思ってた以上に事態が深刻のようだ。


「今まで何人を殺したの?」

「知らない悪魔の男と...師匠。」

「自分の師を殺したの?」

「初めて使った時、相手が師匠だったから。」

「お咎め無しだった?」

「真剣での勝負に事故はつきものと、俺がまだ子供だったから、少年院に暫く入っただけで終わった。」

「少年院か。私をレイプしようとしたあの男の子の方が罪が軽いね。」


 人の命が掛かっているかいないかで、警察の対応が全然違うからな。


「レイプ!ななちゃん、どういう事!?」

「あれ、言ってなかったか。

 あーっ、ごめんね。わざと隠してたの、忘れてたわ。あはは!」

「笑い事じゃねぇよ!大丈夫だった?酷い事をされた?」

「未遂だったし、過ぎた事だから、もう大丈夫よ。」

「けど、心の傷は?トラウマになってない?」

「大丈夫大丈夫。私、心強いから、へこたれてませーん。」

「けどよー...」

「こうして殺人魔と面と向かってるのに、私は逃げてないでしょう?もう落ち着いて、ステイステイ。」

「......」


 お茶目な態度であき君の傷を広げる...俺は最低だ。

 けど、あき君の人柄はどうだろう?


「あき君は人を殺していいと思っているの?」

「思う訳ないだろう!過去に戻ってやり直したいくらいだ。」

「悪魔の男も誤って殺めたの?」

「それは...人助けをしようと、仕方なく。」

「あれもお咎め無しだった?」

「あの事件は寧ろ表彰されたんだ、何人もの女の子を手に掛けた奴だったから。」

「人間の敵、悪魔だからね。」


 その人間の敵をも殺した人の一人として数えたのなら、あき君は悪人ではないだろう。

 そうなると、やはり隠蔽の方針で頭を回そう。


「憎達磨の件、記録に残っているけど、あき君は...まぁ、酷くても『過剰防衛』でしょう。私を守る為と言い張れば、実刑判決から逃れると思うわね。

 けれど、私としては『なかった』事にしたいわ。口合わせしてくれる?」

「黙ってるって事?」

「相手は極道だし、この国の警察は碌なもんじゃないし、あき君は未成年だし、人助けだし。善悪の区別がちゃんとできるあき君なら、これで『味を占めたー』って事にならないでしょう。

 それとも、今後も悪事をして、私に揉み消すとかを考えてるの?」

「それはない!絶対にない!」

「なら、良いでしょう。私は告発しないし、あき君も自白しに警察署に行かないで。私達だけの秘密にしよっ。」


 指を口に当てようとしたが、腕が動けなくて、口で「シー」だけした...もどかしい!

 後は(せい)とヒスイちゃんにも口止めをお願いをしないと。無口の(せい)はともかく、ヒスイちゃんにまた嘘を吐く事を強要するのは心苦しいな。


「決して正しい事じゃない筈なのに、俺の力がお前の言う通りにした方が良いという。なにか『正解を知る力』だ、笑わせる。」

「『正解』は必ずしも『正しい事』とは限らないって事でしょう?意外とその名前、びったりかもしれないわね。」

「人殺しは正解だなんて...」

「まだ言ってるの?なら、『袋叩き』は正しいのか?一対一以外の全ての戦いは全部『悪』なのか?」

「そんな屁理屈...!ただ、どうしても納得いかない事だったから...」

「うん、そうだよね。」


 だから、俺が代わりにトドメを刺したかった。

 ...くだらない正義感で、自責の念に苛まれて欲しくないから。


「あき君ってさ、何か欲しいモノはあるの?」

「欲しいもの?急にどうして?」

「私って、よく攫われるでしょう?いつもみんなが助けてくれたから、今も元気でいられたのよね。

 それでね、思ったの、みんなにお礼をしようと。手始めにあき君に欲しいモノを聞こうと思ったの。」

「別に何かが欲しくてななちゃんを助けてる訳じゃない。何もいらないよ。」

「それでもね、助けられた側は何かをして、お礼がしたいの。あき君は私だったら、ずっと借りを借りたままは平気なの?」

「それは...うん。」

「だから、欲しいモノを言って。して欲しい事でも、何でもいいわ。」

「そう言われても...なんでも?」

「うん、()()()()。私があげられるものなら、なんでも。」

「なんでも...」


 考え込んじゃったよ。

 でも、意味深な事を言ったのは俺だから、あき君は悪くない。


「ななちゃん、気安く『なんでも』を言ってはいけない。変な風に捉える人が出てくるから。」

「変な風に捉える?何の話?」

「だから、邪な気持ちを持つ人間がその言葉を聞いたら、その...邪な念が湧いて、ななちゃんに邪な事をしてしまう、っていうか、あの...」

「なるほー。でも私、今はあき君に言ってるのよ。あき君はヨコシマなの?」

「そんな事なぃ...そんな事、ない、よ?」

「ふふ。」


 俺のエロゲー知識を参考して、男の子に対して女の子がお礼をするのなら、「これしかない」というものがある。シたい訳じゃない...っていうか、一生避けたいが、命を二度も救われたんだから、釣りが出てる。何もなしのはダメだと思う。

 それでも、あくまであき君の気持ち次第とも思う。あき君の方にも選べる権利がある。特に、羨ましい事に、何故かモテるからな、この男は。妬ましい!


「ななちゃんは、その...今の状態はどう?」

「状態?全身動けないけど。」

「全然動けない?」

「うん、首から下は何も感じないわ。指一本動かせない。

 今動けるのは目や鼻、口くらいだよ。力仕事して欲しいなら、また後日という事になるわ。」

「全身が動けない状態なのに、俺にお礼?」

「口は動けるよ。それに、運動できないけれど、動かなくても出来るお礼なら、私はできるわ。」

「そ、そう...?」


 今の俺の状態を確認するとは...いよいよ危なくなったかも?

 今になって怖くなってきた...いや、大丈夫だ!天井のシミを数えていれば、そのうち終わる!


「飄々としているその態度、挑発ともとれるな。」

「そんな態度してた?」

「今もそうだよ。ここで変な事を言ったら、後でまた何をされるか、分かったもんじゃない。」

「後で何をされるのを今は分かるの?すごいね。」

「そういうとこだぞ、ななちゃん。」


「決めた。」

 何かの意を決したのか、あき君は立ち上がって、俺を見下す。

「返事は保留だ。」


「えーーー。」

 肩透かしを食らった俺はブーイングを返す。

「愛の告白ではないから、すぐに返事をくれよ。」


「愛の告白じゃないから、すぐ返事しなくてもいいだろっ?」

「あー言えばこー言う。」


「それに、ちょっとおかしな事が起こったみたい。」

 言いながら、眉を顰めるあき君。

「少し前に、ひなちゃんがとある情報を一斉送信してた。その情報が少し妙だ。」


「一斉送信も出来るんだ。」

 使えないからよく分からないんだけど、念話魔法はただの携帯の代わりではないようだ。


「それで、その情報とは?」

「それなんだが、ななちゃんに言っていいのか...」

「えっ、なに?エロい情報だった?」

「エロイ!?エロ情報じゃないぞ!」

「でも、私に聞かせられない話でしょう?エロ情報でしょう?」

「聞かせられなっ...ちぃ、エロ情報じゃっ...ああもう!ななちゃんはすぐ茶化すから。」


 何故か頭を抱えるあき君、過剰反応だよ。からかいレベルと言ったら、今回のはザコレベルだ。


「情報なんだけど...」

「ふむふむ!」

「実は、氷の国の内乱が...終わったんだ。」

「...えっ、一日で?」


 早くない?戦争でそんなに早く終われるものじゃないだろう。


「実際状況の確認の為、ひなちゃんはもう戦場となってた場所に行っている。何が起こったのか、ひなちゃんの情報待ちになるな。」

「雛枝一人で大丈夫なの?」

「分からん。俺も今から見に行くつもりだ。」

「行ってくれるの?ありがとう。」

「ななちゃんを一人する訳じゃないから、それは安心して。ななちゃんのメイド達が今ここにきている。」

「その心配はしてないわ。」


 俺は寂しがり屋だと思われてたのかな?


「メイド隊のみんなが来てるの?」

「あぁ、たぶん全員じゃないかな。壮観だった。」

「ふふ、私も思う。」


 今時...この世界の今時、人をメイドとして雇う道楽家はお父様だけじゃないだろうか。



「行ってくる。」

「うん、いってらしゃい。」


 あき君に横たわった体勢に戻されて、軽い別れの挨拶を交わして暫く、俺は試しにメイド隊のみんなに声を掛けてみた。

「彩ねー。」

 病気になった俺の世話といえば、冴塚彩音(あやねー)と思ったが、俺の声に反応して入ってきたのは早苗(めいどちょうちゃん)だった。


「お嬢様、何か御用でしょうか?」

「長ちゃん?彩ねーだと思った。彩ねー達は?」

「お嬢様が目を覚ましたため、別のところに控えさせております。」

「別のところ?」

「はい。」


 あれ?俺の質問に対して、そのままの返事だった。


「どこにいるのかを教えてくれないの?」

「どこにいようとも、お嬢様の命令一つで集まります。」

「あ、そっちか。」


 居場所を教えてくれないじゃなく、どこにいようとも関係ないの方か。

 俺としては、雇い主...の娘として、従業員達のそれぞれの事を考慮したいんだが、従業時間内だからか、早苗メイド長は気にしないつもりのようだ。


「では、メイド長ちゃん。私、今から出かけるわ。」

「畏まりました。」


 あれ、止めないの?今の俺は体が動けない状態だぞ。しかも、どこに行くのかも聞かない。


「氷の国内乱戦場の跡地?そこへ行くのだけれど、いいの?」

「畏まりました、直ちに全員に集合指示を発します。お嬢様には、申し訳ありませんが、(わたくし)一人でお連れ致します。重ねてお詫びを申し上げます。」

「あっ、うん。」


 早苗の過剰な礼儀正しさを久しぶりに見た気がする。しかも、やけに従順だ。

 まるで最初からこのつもりで...お父様の思惑?


「早苗、メイド隊のみんな、何人来てるの?」

 俺を抱きかかえようと手を伸ばす早苗メイド長ちゃんに、探りを入れた。


「十二人全員が来ております。」

 俺の探りに気づいたかどうか、メイド長ちゃんは正直に答えてくれた。


「全員?雲雀さんと紅葉先生も?」

「はい。」


 屋敷の結界を維持する柳玲子(オジョウ)だけじゃなく、学校の教師である竜ヶ峰紅葉(もみじせんせい)とお父様の右腕の花立雲雀(ヒバリィ)まで来てるのか?何で?


「お父様はどこまで予測している?」

「後ほど、雲雀様がご説明致します。少しお待ちくださいませ。」

「......」


 まさか、氷の国の内乱にも一枚噛んでるんじゃないだろうな。

 お父様への不信感を胸に抱いて、俺は早苗に体を預けた。

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