第十一節 三番目の遺跡④...第二ラウンド
「寒かったーー。」
鞄から新しい服を取り出してから、争ってる男共に見られる事も気にかけず、しかし素早く着替えた...上半身のみ。
下の方は...俺は心が男だが、変態じゃない。人前で尻を出すのは普通に恥ずかしいので、下は着替えていない。
上下が揃ってないので地味に自分の身なりが気になるが、今はそんな余裕のある状況ではない。
「大丈夫です!ナナエお姉ちゃんはキレイです!」
「ふふっ、ありがとう。」
ヒスイちゃんに気を使われちゃった。
「さーて...では、まずお寝坊さんの星を起こすか。」
ヒスイちゃんのお陰で、憎達磨に滅多撃ちされた星の手当てができるようになった。けど、実際ヒスイちゃんと一緒に傷の確認をしたところ、なんと眠りの魔法に掛かった事以外、全部放置しても跡が残らないような傷ばかり、何度も床に叩きつけられた後頭部も少しの腫れもなかった。
なので、後は眠り状態の星を起こせばいいだけなのだが、勿論普通の起こし方では起きない。
「ポーションは万能薬だから、各状態異常に対する解毒剤を実は入れていないんだよね。」
「仕方ありませんよ、ナナエお姉ちゃん。誰だって、日頃『通り魔がいる』とか考えて過ごしていません。」
スタンガンを持ち歩く人がいても、日頃防弾服を着込む人はいない。その差か?
「氷の国の人から見れば、日の国の人は確かに平和ボケしてるね。」
ないものはない、あるモノを使うしかない。次の時はちゃんと万全の用意をしよう。
「む~ん...」
「ナナエお姉ちゃん?」
「ん?」
「どうかしましたの?」
「何か?」
「ボーっとしてました、頭の中も。」
「頭の中まで空っぽかー、それはよくないね。」
傷薬としても使えるポーションだが、睡眠状態解除に使うのは初めてだから。ちょっと使い方が分からなくて、呆然としてた。
「ヒカリさんの『眠り』を治すなら...頭に掛ける、とか?」
「そうなるよねー。」
毒なら心臓、沈黙なら喉。脳に異常を来たす幻惑系魔法なら、頭にポーションを掛けるのは妥当だと思う。
けど、内側の異常に対して、外側にポーションを掛けても効果はあるのか?
「やってみるしかありません。」
「だよね。はぁ...」
あき君の方に目を向く。
「チッ、先読みしすぎてんゾ、小僧!『予知』の使い手か?」
「てめぇに教える義理はない。」
さっきまで星と二人で劣勢だったあき君だが、一人となった今は何故か押し気味。逆境に強いタイプか?
いや、それはないか。単純に動きを邪魔する星がいないから、伸び伸びと動けるようになっただけっぽい。
ソロプレイヤーだな、あき君は。言葉遣いが乱暴になったけど、それが素?
何はともあれ。今の状況を見るに、改めてこのタイミングに星を起こして本当にいいのだろうか?と考えてしまう。別に傷らしい傷を負ってないなら、このまま星に眠っていてもらった方が良いのかもしれない。
「それを星自身に決めてもらう。ね、ヒスイちゃん?」
「はい!ヒスイもそう思います!」
サトリと会話するのは楽だな。言い忘れの心配がない。
とりあえず星に起きてもらおうと思い、鞄からポーション一本取り出したら、レアなポーションを引いた。
フルーツ風味だ。しかも...
「ヒスイちゃん、いる?」
「あっ、いちごあじぃ...」
先までキリッとしていたヒスイちゃんの顔がイチゴ風味ポーションの魔力で一瞬で蕩けた。
物欲しそうに俺の手元のポーションを見つめるヒスイちゃん、かわいいなぁ〜。
「一応第三類医薬品だから、お菓子感覚で飲まないでね。どうしてもイチゴが食べたいなら、帰ってイチゴケーキを買ってあげるから。」
「ありがとう!ナナエお姉ちゃん、大好きですぅ!」
俺からイチゴ風味のポーションを受け取ったヒスイちゃん、嬉しそうにピンク色の中身を見つめた。
「本当のイチゴは入ってないから、今は飲まないでね!」
「うん!♡」
ヒスイちゃんの珍しい弾けた笑顔、できれば別の時に見たかった。
さってとー...
俺は星の体を起こし、彼女の頭の上からポーションぶっかける。すると、粘々した液体が星の頭から胸へ、髪の毛から太ももへと流れていく。
「意図した事ではないのだわ!?」
想定していなかったエロ光景に俺は変な言葉遣いをした。
考えてみれば、「自家製」以外のポーションは普通に薬剤だったわ。べたべたになるのは当たり前じゃん!
髪の毛がべたべた。気のせいか、星の吐息までもが悶えてる喘ぎ声に聞こえてきた。
......
練乳で高い位置から口に落とす遊び、突然の来客に驚き、胸元に練乳を落とす事はあるでしょう?ベタベタ気持ち悪いと思い、それで一日こんな思いすると考えると「食べ物で遊んではいけない」としみじみする。
そこで、何故かベタつきと比べて濡れる方がマシだと考え、思い切り水で洗おうという思考に至る。蛇口が遠く人も良く使うから、面倒くさくて飲み水で洗おうと決め、コップに水を入れる。手で掬うと飲み水もコップも汚れると気づくも、服についた練乳を「早く落とさなきゃ」と焦り、仕舞いにコップ内の水を直接胸に掛ける。びしょ濡れになる。
この状態になって、ようやく我に返り、自分に「何やってんの?」とツッコむ。人って、偶にバカになるよな。
...星、許して。君を汚したのは一応治療の為だ、下心ではない。
心の中で言い訳をしながら、星に最後の一滴まで掛けた。
「ん~...ななえ?」
「おはよう、星。」
ボーっとした顔で俺を見つめる星。眠らされたのに、寝ぼけてしまっているのか?
「状況認識できる?現状説明しよっか?」
「何言ってんの?」
「何起こったのを覚えてる?」
「えっと...」
星は頭を押さえて、目を閉じた。
「僕は...眠りの魔法を掛けられたのか。」
「一瞬で落ちた。昨夜はあまり眠れなかった?」
「いや、それはない...と思う...」
星が怪訝な表情を見せた。起こった出来事は思い出せるが、なぜ起こったのが分からないってところかな?
それもそうだ。恐らく魔力が少ない星だが、魔法への抵抗力は人並みにある。なのに一発で落ちた。他に要因があると誰も思うだろう。
もしかしたら、人を眠らせる事が得意なあの魔王野郎の魔法も関係あるかも?
「そうだ!ななえに酷い事をしたヤツをぶっ殺さなきゃ!」
「その事なんだけどさぁ...」
俺は星の手を掴んで、あき君の方へ指さした。
「礫ッ!」
「チッ、猪口才なっ!」
切れない拳を剣でいなすあき君、攻めも受けも完璧に憎達磨の上に行っている。
「アイツ一人でいいんじゃない?私達と一緒に観戦組になろうよ。」
「...今は優勢に見えるけど、そのうち...」
達人の目にはそう見えるのか。それとも、ただの星の負け惜しみか?
「小僧、正直舐めてた。」
流れを変えようとしたのか、憎達磨は一度距離をとった。
「記録に乗らねぇで終わらせようとしたけど、マジで殺ってやる...」
その後、また何かを物入れ結界から取り出した。
「『消魔の装い』!」
そう言って、憎達磨が鎧みたいな服装に着替えて、指であき君を挑発した。
魔法装備か。「換装」が一瞬で終わる魔法で助かった、憎達磨の裸体を見なくて済んだ。
「あれは何、ポーズとか取っちゃって?ダサッ。」
「ブランド名?の筈がないか。商品名...魔法か魔力かを消す効果のある魔装だな。」
特殊な「換装」の魔法だから、俺もそれが商品名だと思う。憎達磨が意地悪く発動呪文を変えていなければの話だか...そんなに魔法が得意ように思えないけど、な。
「『壁』!」
「障!」
消魔の装いという名の魔装に着替えた憎達磨が防御時によく使う呪文を唱え、魔法を使ったようだが、あき君はそれに構わず剣を振る。すると、その剣が空中で止まった。
かと思いきや、止まったのは一瞬だけ、剣がそのまま憎達磨を襲う。
「チッ、クソか!」
しかし残念!間一髪な所に、憎達磨の体が不自然に捩れて、剣先が掠った程度に終わった。
「魔法使ってねぇのかよ!秘密はその剣か?」
「ふっ、それはどうだろうな。」
恰好変えた憎達磨だが、結局流れが変わることなく、恰好を変えただけだった。
ざまぁ!
「星の出る幕はないね。
寧ろ、星は混ざらない方がいいわね。」
「僕が輝明より弱いって言いたげだな。」
「そうは言っていないわ。
あのね、星。二人になったからって、強さが二人分になるとは限らないわ。星とあき君のペアだと、足し算より引き算に近いよ。」
「一回僕に勝ったからって、武術の達人にでもなったと思ってる訳?なら、言ってみろよ、ななえ。」
「棘、鋭いね。」
普段はどんな挑発にも乗らなかったのに、今回は何故か怒ったようだ。
比較対象があき君だからか?
「お互いが邪魔し合っていたのを気づいてなかった?」
「それはっ...」
黙っちゃった。
なんた。ちゃんと気づいてたんか。
「ナナエお姉ちゃん、大変です!大変なんです!」
急にヒスイちゃんの焦った顔が迫ってきた。
「大変!大変よ、ナナエお姉ちゃん!」
「お、おう、分かった!どうしたの、ヒスイちゃん?」
「大変なんです!大変なんですぅ!」
「うん、分かったから。何か大変なのか、教えてくれる?」
割と緩い空気になった今、何か焦るような出来事でもあったのか?
「輝明お兄ちゃんの魔力が漏れてます!」
「ふーん。」
あき君の魔力...へー。あき君、魔力あるんだ。
まぁ、少ないと思うけど、持ってない訳がないよな。この世界の人間は俺の...奈苗の体にだってほぼないが、魔力がある。
「...問題があるように思えないか。」
今もあき君の動きがキレッキレである。
「そのうち、あき君が魔力切れになるの?」
だとしたら大変だ。
「ううん、大変なのはナナエお姉ちゃん!」
「私?」
「ナナエお姉ちゃんがまた寝ちゃう...」
「寝ちょう?」
俺が寝ちゃう?何で?
というか、俺が寝るとしても、大変大変と連呼されるような大事か?
「大事ですぅ!前回ナナエお姉ちゃんが寝ちゃった時、一ヶ月も起きなかったですぅ!」
「へぇ!?」
あ、「地下城廃墟」を探検した時の事か。俺は紅葉先生に攫われて、殆ど探検できなかったアノ。
「それは...大変だわ。」
ヒスイちゃんを一ヶ月も放置してしまったから。
「そうじゃないの!大変なのはお姉ちゃんなの!お姉ちゃん、ずっと死んでたの!」
「言い方!意識不明だっただけだよ。」
ヒスイちゃんの言葉遣いにずっと気を使っていたのに、まだまだ躾が足りないみたい。
「違うのですぅ!本当なのですぅ!お姉ちゃん、ずっとお兄ちゃんの魔力で死んでたのですぅ!」
「面白い事を言うね。でも、だからこそ『何で?』って思うわね。
何で私は『あき君の魔力』で死んだの?」
ヒスイちゃんが必死になってる理由も気になるし、何より、なんか面白い話が聞けそうだ。
「分からないけど、輝明お兄ちゃんの魔力がナナエお姉ちゃんの体に毒らしいです。お姉ちゃんがその魔力を多く取り込んでしまうと死んでしまいます。」
「ふむ。
しかし、ヒスイちゃんよ。私って、誰の魔力も取り込んでしまい、誰の魔力でも取り過ぎると死んでしまう体質なんだよね。あき君に限った話ではないわ。」
「違うのです!お兄ちゃんの魔力だと特にっていうか、毒なんですぅ!」
「どんな感じ?」
なんとなくヒスイちゃんの言いたい事は分かるけどな、ちょっと意地悪がしたくて。
「分かっているなら聞いてこないでよ!大変なんですよ!」
「読まれた!」
サトリに隠し事はできない。
恐らく、ヒスイちゃんが言いたいのは魔力の相性の事だろう。「前世の絆」というような相性の良い相手もいれば、「生理的受け付けない」というような相性の悪い相手もいるが、殆どの人とは「魔力の相性」について心配はいらない。
けど、俺とあき君の相性はどうやら「毒」レベルらしい。他の魔力は取り過ぎると病気になるが、あき君のは「病気」を飛び越え、「死」に直通と言いたいのだろう。
「あき君はヒスイちゃんにも何か嫌われるような事をしたのか?私、あき君が入部した初日に彼に抱きついた時ですら、体に何も異常はなかったよ。寧ろ相性は良い方でしょう?」
「違うのです違うのです!それはお兄ちゃんが魔力を封印したからです!
お兄ちゃんが自分の魔力を封印している間、魔法を使えなくて、でもお姉ちゃんに魔力が流れていかなくて、それで...それで...」
魔力を封印?できるの?どうやって?
ファンタジー世界ならではの話だから、実感が湧かない。けど、言葉そのままの意味は分かる。
「あき君の魔力が私の体に入って来ないから、何も感じなかったから相性がいいと私が勘違いしていたと、そういう事?」
「うん!うん!うん!」
「そして、今は魔力が漏れているから、私が危ないと。あの時、私が気を失った理由も、実はあき君だった、と?」
「うん!うんうん!」
「しかし、どうやってそんな事が分かったの?」
「輝明お兄ちゃんの記憶を読んだのです!『何で魔法を使わないの?』って思って、掘り下げたのです。
お願いです、ナナエお姉ちゃん、信じてください!お姉ちゃんに思考を送れないのです!ヒスイの言葉を信じてくださいよ!」
口下手とは思えないが、思考で交流するサトリ族にとって、「心の声」を送れないのは辛いのだろうか?
「聞きたい事は色々あるが、ななえ。時間、ないよな?」
「星!?」
徐に立ち上がった星、参戦するつもりか?
「輝明が勝つのは時間の問題だけど、その『時間』が問題。そうだろう?」
「うん、恐らく。
でも、星が入るとますます時間が掛かるよ。」
「僕が補佐に回ればいいだろっ?僕の方はまだ決定打できる技が見つかってない。輝明の邪魔をしなければいいだろう?」
「できるの?窮屈になると思うけど...」
「やるしかないだろう。お前に元気で居て欲しいからな。」
「幸い、僕は『戦弓使い』だ。」
星は物入れ結界から小さな弓を取り出して、小さく笑う。
「兄さんと違って、近接戦でも矢が撃てる。」
どうやら本当に参戦するらしい。
けど、本当に大丈夫か?さっき二人の時、基本あき君が補佐って感じだったけど、星は補佐に回れるのか?
「ヒスイちゃん。あき君はこの事を知ってる?」
「ううん、輝明お兄ちゃんは自分の魔力が漏れている事に気づいてません。」
「そっか。なら、教えないであげて。彼には戦闘に集中して欲しいから。」
「星も!あき君には何も教えないで。」
今にも走り出そうとする星を大声で呼んだ。
「...自分を大事にしろ。」
星はそう言って、俺とヒスイちゃんから離れた。
はいともいいえとも取れない返事だ。
けど、「いいえ」と言ってないなら、たぶん言わないだろう。
「お姉ちゃん、ヒスイ達はどうしよう?」
「出入り口が塞がれているからね。
ヒスイちゃん、蝶水さんに連絡できる?」
「ここが隠れ区域だからなのか、念話できないのです。」
「ナビゲーターにも繋げられないのか。なら、ダンジョン外にも連絡できないのか。」
ダンジョン内だと「電波」が悪いのか、念話魔法が外の人に届かず、ダンジョン内の人にしか届かないらしい。
いつか誰かがその理由を解明してくれるのかな?
「そういえば、望様は?ヒスイちゃんと一緒だよね?」
「うん...?」
ヒスイちゃんは左右に頭を動かして、「あれ、センセイは?」と俺に尋ねた。
「私が聞きたいよ。」
一緒にいた筈の人がいなくなった事に気づいていないのか?
サトリなのに!ヒスイちゃんはサトリなのに!
「ごめんなさい。ヒスイ、あの人の心の声が好きくなくて、よく聞き流してたのです。」
「聞き流し、好きじゃない...望様が嫌いなの?」
「あの人、ナナエお姉ちゃんが好きなのに、ヒスイの事が興味ないの。」
はぁ?望様は可愛い可愛いヒスイちゃんの事が好きじゃないのか?由々しき事だな。
けど、俺も彼の妹にポーションをぶっかけたから、この事を手打ちにしよう。
「お姉ちゃんのお父さん...あっ、『あたし達のお父さん』!が嫌い。ヒスイもお父さんの事...でも、あの人が、その...」
ヒスイちゃんが言葉を濁す。恐らく、俺の所為だ。
ヒスイちゃんが望様の悪口みたいな事をしようとしたから、俺は少し機嫌が悪くなり、その心の声をヒスイちゃんに読まれたんだ。
「人はそれぞれ好き嫌いがあるから、仕方ないわよ。」
ヒスイちゃんが望様を好きではないのは少し悲しいが、その事を教えてくれたのは嬉しい。俺には他人の悪口が言える、そのくらい俺を信頼しているって事だ。
「望様の心の声も聞き逃して、逸れてしまった。そういう事だよね?」
「輝明お兄ちゃんの悲鳴が聞こえて、つい...」
「悲鳴?あき君はいつ悲鳴を上げたの?」
「えっ?あっ、ぃやぃや、心の悲鳴。急に流れてきて、それでナナエお姉ちゃん達を見つけられたのです!」
「へ~、心の悲鳴、ね~。
因みに、何叫んでた?」
「お姉ちゃんの名前。輝明お兄ちゃん、お姉ちゃんが大好きですから。」
「へ、へー...」
星という頂点に手が届きそうなのに、奈苗という女の子に興味を分けているのか?
まぁ...あき君も男の子だからなぁ。
「今から望様に連絡取れる?」
「うん.........ダメです、繋がりません。」
「魔力希薄?」
「分からないのです。少し前から、ずっと誰とも連絡が取れないのです。」
電波障害?時期はいつだろう?
「打つ手がなくなったね。もうあき君達に頑張ってもらうしかない。」
あき君達の邪魔にならないように、俺はヒスイちゃんの手を掴んで隅っこに行く。
「えっ...?ナナエお姉ちゃんなら、何かありません?」
「ないわね。私、非戦闘員だからね。」
「...ヒスイなら、魔法使えます!」
「それはダメっ。ヒスイちゃんの方が、先が長いからね。」
身体的要素も、年齢的も、奈苗よりヒスイちゃんが長生きした方が儲かる。
「それより、ヒスイちゃん、教えて。あき君はアレでも全力ではないのか?」
隅っこに座った俺はヒスイちゃんを後ろから抱きかかえて、雑談モードに入る。
「魔法が使えたら、彼、どんだけスゴいの?」
「分かりません。輝明お兄ちゃんは魔力も多く、操るも得意けど、封印してるから。」
「魔力多いの!?」
「うん。前回魔法を使った後、ずっと再封印できずに、お姉ちゃんを避けていたの。覚えています?」
「あぁ、アレか。」
見舞いに来なかったあの時の事か。
あの時、登校再開時に会えたから、それで「よし」にしたけど、裏ではこんな事が起こっていたのか。
「一人の女の子の為に、自分の魔力を封印したのか?」
「お姉ちゃんの為です!輝明お兄ちゃんはお姉ちゃんが大好きなのです。」
「身に余るよ!」
心が男だから、あき君を受け入れる日は永遠に来ないのに...
けれど、少しは自分を大事にしよう。
「ヒスイちゃん。あき君の『技』について、少し調べてくれる?」
「わざ?調べても、ヒスイは使えません。」
「ヒスイちゃんを戦力に入れる予定はないわ。あき君の技の秘密が分かれば、星も憎達磨を殴れるではないかって。」
「お姉ちゃんが頑張ってくれるの!?ヒスイ!読みまーす!」
ヒスイちゃんはまっすぐにあき君を見つめた。
「魔走剣術、礫。空気の流れを探り、変えて、押し返す...」
「次っ。」
「...征人剣術、障。武器破壊を重点に...」
「次っ。」
「むぅ!最後まで言いたいのに...
征人剣術、赦...」
「次っ。」
「お姉ちゃん!」
「意地悪してごめんね。でも、私も『確かに関係ない』と思っているから、飛ばしたのよ。分かるでしょう?」
「でも、もしかしたら...」
「はい、次っ。」
「ムスーーーぅ!」
ヒスイちゃんが振り返って、むくれ顔を俺に見せる。せっかく読んだ内容を聞いてもらえないから、怒ったんだね。
でも、ごめんね、ヒスイちゃん、その顔は逆効果だ。そんなかわいいむくれ顔を見せたら、ますますいじめたくなる!
「ふん!」
ヒスイちゃんがそっぽを向いて、俺を見ないようにした。
「倣魔剣術、断。魔法も切り裂ける技。」
けど、説明を続いてくれた。優しい子だ。
「あっ、こっちは魔法剣術だ。魔力を乗せて全力発揮できるけど、お兄ちゃんはずっと魔力乗せてないみたい。」
「うわお。あき君がどんどん『伝説』になっていく。」
あのガキは一体どれだけの実力を隠しているんだ?
「倣魔剣術、浪。衝撃波を放つ技。
ですが、輝明お兄ちゃんは魔力を乗せてないので、剣が振動するだけみたい。」
「浪か。これがアタリの技だと思うけど、何が特別でしょう?」
シンプルに考えれば、半固体?のスライム族は普通の人間と比べて、原子や分子の間の結合力が異なり、あき君の「浪」がそれを破壊できる。だから、あき君の剣技が憎達磨にダメージを与えられる。
けど、異世界の人間の体の構造を俺の世界の人間と同じものだと考えていいのだろうか?
この世界に「原子」と「分子」があるかどうかも分からないし、振動を激しくすることで破壊できるとも限らない。
種族がいっぱいあるのに、スライム族だけが構造が違うという証拠もないし、他の種族と同じように「神」に似せた姿をとっているなら、「スライム族」云々を語るのはバカのする事。
あき君の剣技も魔力乗せないで特殊効果を発揮する理屈が分からないし、そもそもファンタジー世界に理屈を考えるのは意味のある事だろうか?
...考えすぎて、訳が分からなくなってきた。
「これもまた、考えても仕方がない、なるようになるしかない、ねぇ。」
こっちの世界でも、ちゃんと勉強すべきだな。
「ヒスイちゃん、とりあえずさっき、私が考えた事を星に教えてくれない?」
「げんし?ぶんし?とか、ですか?」
「いいや、そこを飛ばして...そうね。あき君の浪という技が鍵、振動で憎達磨を殺せ!と。」
「こ、殺すのですか?ただ倒すだけじゃ、ダメなのですか?」
「はぁ?」
何か違うのだろう?
「まさか、ヒスイちゃんは平和的解決を期待しているの?ここまで来たら、もうどちらかが死ぬ結末だよ。」
「死ぬ!?お姉ちゃん、輝明お兄ちゃんに人殺しさせようとしているのです?それはダメです!」
「そ、そうか?」
俺がおかしいのか?
...いや、俺がおかしいのだろう。
「そうね。幾ら相手が私を誘拐しようとした不貞野郎でも、あき君には前科を残したくないね。」
トドメはちゃんと俺がしよう。
「ダメです、ナナエお姉ちゃん!ヒスイ、まだまだ色々分からない事があるけど、人の命を奪ってはいけない事は知っています!『トドメ』はダメです!」
「...ヒスイちゃんはうるさいな。」
「ひっ!」
俺の少しキレた態度がヒスイちゃんを怯えさせてしまった。ぶるぶると体が震えて、唇を噛んだ。
罪悪感...面倒と思ったら、すぐに相手をぞんざいに扱う。俺の欠点だ。
俺はヒスイちゃんの頬を優しく撫でながら、できるだけ優しい声で彼女の耳元で囁く。
「ごめんね、ヒスイちゃん。怒りの感情を引き起こしてしまった。」
彼女の頬と自分の頬をくっつけて、少しオデコもくっつけた。
「けどね、ヒスイちゃん、たぶん殺し殺されるような状況になると思うわ。望まなくても、憎達磨を殺さなくてはいけなくなると思う。」
かつて妹を諭すような口調で、ヒスイちゃんに理由を教える。
「それはね、ヒスイちゃん、相手を殺さずに戦いを終えるには、相手も同じく殺人を犯したくないと思っているのか、相手より圧倒的に強いのか、そのどちらかが必須条件なんだよ。」
「必須、条件...」
「殺しに掛かってくる憎達磨、先まで星と一緒に劣勢だったあき君、私が急に『死んで』しまう時間制限...憎達磨に手加減して勝てる戦いではないのだよ。」
「手加減、できない...」
「そうよ、ヒスイちゃん。手加減したら、私の命だけでなく、あき君達の命も危ないの。分かってくれる?」
「みんな、危ない...」
「そう。みんな、危ないの。分かってくれた?」
「うん...ヒスイ、ナナエお姉ちゃんの言う通りにする...」
「うん。良い子ね、ヒスイちゃん。」
ん、俺の言う通りにする?別にそこまで求めてないけど。
くっついた顔をヒスイちゃんから離し、その顔を覗いてみた。そしたら、何故かヒスイちゃんが少し蕩けた顔をしている。
「ヒスイちゃん?」
「はっ、ナナエお姉ちゃん!」
「大丈夫?」
「え?ヒスイ、そんな顔をしてたの?」
「えぇ。お姉ちゃん、ちょっと興奮したよ。大丈夫だった?」
「大丈夫...です?何でそんな顔をしてたのでしょう?」
「大丈夫ならいいけど。私がさっき言った事、分かってくれるの?」
「はい!ナナエお姉ちゃんの言う通りにする!」
「あっ、うん。分かってくれたのなら、それでいいわ。」
言葉が大袈裟に感じたのはきっと感性の違いだろう。
さて、難なくヒスイちゃんを説得できたけど、彼女はまだお子様、丸め込めやすいという事実を忘れてはいけない。
「ヒスイ、サトリです!」
「そうね、サトリ族の歳相応の人間だわ。」
ヒスイちゃんと比べて、星とあき君は青少年少女、年上に反抗したくなる年頃だ。説得は容易くない。
そう思いながら、俺は星の方に目を向けた。が、彼女は何故か再び流星錘を手にしていた。
「ヒスイちゃん、星に私の脳内内容を伝えたのか?」
「『殺す』は伝えてません。」
「つまり、他のは伝えてるんだね。なら、彼女は今、何をしてるんだ?」
流星錘は憎達磨にダメージを与えられないって分かっているのに、なぜまたそれを装備した?
そう思った俺はヒスイちゃんに星の心を読んでと頼むその時、星は流星錘を思い切り地面を叩き、小さな地震を起こした。




