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第十一節 三番目の遺跡③...第一ラウンド

「ななちゃん、鞄。」

 そう言って、あき君は俺の落とした「ナナエ百八」鞄を渡してくれた。

 それを受け取った俺はすぐに床に置き、001と入力した。


「ども、あき君。役に立った?」

「やはりわざとだったんか。お陰で力がすんなりと発動できて、お前を無事に見つけられた。」


 鞄の中からポーション二つを取り出して、「予備に取っておいて」と、あき君と(せい)にそれぞれ一個を渡した。


 あき君の特殊な力についてまだ全然信じてないけど、状況も状況だから、ダメ元に頼ってみた。

 だからわざと鞄を隠し扉のところに落した。力を発動させるアイテムになればと願った。


「本当に役に立つとは...犯されずに済んでよかった。」

 危機一髪って程じゃないけど、また胸とかを触られるのは嫌だからな、(中身)男として。


「何かされた?」

 (せい)は憎達磨から目を逸らさずに俺に近寄る。


「色々...だけど、純潔は守られた。」

「それ、大丈夫と言える?」

「大丈夫...じゃないかもしれない。」


 強制わいせつされた時点で訴える事ができる、女の子は。


「コロス...」

「おっ、()る気?(せい)()る気なの?」

「......」


 乗ってこない...マジ切れ中か。

 でも...そうか。

 今の俺が女の子で、危ない目に遭いそうになったから、同じ女子の(せい)が怒るのも無理はない。


「アイツ、ななちゃんになんかしたな!」

「あき君?」


 あき君もよく見たら震えている。そっちも怒っているのか?

 当事者だからか、二人が来て安心しているせいか、俺はあまり憤りを感じていない。


「ぃってぇ。ワシが骨のないスライム族でよかったぜ。」

 憎達磨は自分の脇を擦りながら、俺達を睨んで笑う。

「何でおツレ達がここが分かった?」


「打撃も弱いか。」

 という(せい)の呟きが聞こえた。

 さっき「ぐあー」って言ったけど、実は大したダメージじゃなかったのか?


「苗ちゃん、酷くない?御隠居様のオモチャになるって聞いたんだけど。破るんかぁ?」

「あの場凌ぎの口約束を守る気はないわ。法的な強制力もないだろうし。」

「生意気な所雛枝嬢と同じかっ!」


 憎達磨は手を後ろに伸ばし、自分の物入れ結界から何かを取り出して握り潰した。

 ...何を握り潰した?


「ななえ、下がってろ。」

 (せい)が前に出た。

 あき君も(せい)に合わせて、視線の邪魔にならないように位置をずらした。


 この二人、()る気だ、本当に。


「荒事に弱い身だから、大人しく守られてもらうね。」

 俺は二人に背を向けて、部屋の隅に身を寄せた。


 ......

 ...


 最初に仕掛けたのは(せい)だった。

 あき君と一緒に走り出した(せい)は足の速さを活かして、瞬く間に憎達磨の前につき、流星錘(りゅうせいすい)を振り下ろす。

 人の頭くらい大きい星球は(せい)の走りによって勢い付き、隕石のように憎達磨の体にめり込んで、そのまま肉を削り落としながら床に穴を開けた。


 よくあんな重い、しかも扱いにくそうな武器を振り回せるなぁ。


 しかし、むごいダメージを受けたと思った憎達磨だが、(せい)の攻撃で削られた肉が半透明な液体になって床に落ち、凹まれた体も不自然にぬるぬる動いて、あっという間に傷が治っていく。

 その同時、憎達磨の右拳が元の大きさより3倍に大きくなって、(せい)を襲う。


「『(いし)』ィ!」

 そう叫んだ憎達磨の拳が(せい)の顔に向かっていき、触れる直前に(せい)が左手で防げたが、衝撃で吹き飛ばされた。


 加速度によって増した(せい)の攻撃より、立ったままの憎達磨の方が力強かったのか?

 魔法付きの攻撃とそうじゃない攻撃、その威力がはっきり分かる一瞬だった。


 (せい)が吹き飛ばされてすぐ、あき君は憎達磨との距離を詰めて、大剣を振り上げた。

「『(だん)』!」

 呪文を詠んだのか、あき君は剣を振り下ろして、(せい)を襲った憎達磨の右腕を切り落とした。


 ざまーみろ!

 しかし、改めてここが異世界だと認識する光景だった。人の腕を切り落としたのに、斬ったあき君も、斬られた憎達磨も、どっちも顔色一つ変えてない。

 前に望様が滅多打ちされた時の事を脳に浮かんだ。なるほど、あの時は確かに「大したことはなかった」。


 あき君に斬られた憎達磨の右腕が床に落ち、半透明な液体になった後、憎達磨の「『草』っ!」という声によって鋭い棘に変り、あき君のお腹を襲う。それに気づいたあき君は体を捩り、紙一重に棘を避けた。

 けど、ギリギリすぎたか、あき君の体勢が崩れ、床に尻もちをついた。

 それをチャンスと見たのか、憎達磨の治った左腕があき君の方に伸びていくが、一本の矢に射抜かれた。


 (せい)だ。

 離れている(せい)がいつの間にか武器を弓に変えて、憎達磨を狙っていた。あき君の動きが止まるのを見て、すぐに弓の弦を放し、憎達磨の手を射た。

 自分の矢が命中するのを確認したか否か、(せい)は二射目の矢を引き、同時に憎達磨に向かって走り出した。

 そして、射た!

 距離を詰めてからの射撃は憎達磨の足を貫き、あいつを床に膝を付かせた。

 機を逃さず、(せい)は弓を自分の物入れ結界に投げ入れて、再び流星錘を取り出すと同時に、憎達磨の体を薙ぎ払うかのように斜め上に振り上げる。

 またも避け損ねたのか、憎達磨のお腹の贅肉が宙に舞い、ほかと同じく液体に変わった。


「『(あめ)』ぃ。」

 呪文と共に、液体と化した憎達磨の腹肉が針に変わり、(せい)とあき君を襲う。


 この時、星球が落ちて来て、自分達に当ててしまわない為か、(せい)は既に流星錘を物入れ結界に返していた。

 そして、あき君はまだ立ち上がっている途中...


(つぶて)!」

 あき君が床を蹴って飛び上がって、両手で大剣を針の雨に一振り!すると、ありえない事に、あき君達を狙っていた筈の針が突然方向変換し、あき君の切先の向く方向に飛んでいった。


 自分達に魔法が飛んで来ない事を確認してから、(せい)は流星錘を取り出して、憎達磨に振り下ろす。

 が、パターンを読まれたのか、憎達磨は(せい)の攻撃を避けて、あき君に足払いを掛けた。


「飛べっ。」

 治った左手であき君に張り手を喰らわせ、遠くに飛ばした。


 武器を持っていたお陰か、単純にあき君が近くにいない故か、(せい)の動きが急にキレが良くなり、憎達磨に右薙ぎのような大振りをした。

 それを予想していたのか、憎達磨はまたも物入れ結界から何かを取り出して、(せい)の流星錘の星球に投げつけた。


「落ちな。」

 丁度憎達磨の声がした時、(せい)の流星錘が勢い失い、憎達磨に当たる前に床に落ちた。

「喧嘩した事ねぇだろう、ガキ共?下手くそ!」

 憎達磨は鉛玉のような何かを取り出して、(せい)に投げつける。


「くっ...」

 鉛玉の対処に素早い動きが必要の為、(せい)は仕方なく流星錘を手放した。

 代わりに物入れ結界から取り出されたのは金属バットだった。動体視力を自慢したのか、(せい)は片手で金属バットを振り、鉛玉を打った。


 カーン...見事に鉛玉を振り払えた。

「ガッ!」

 しかし、その直後に(せい)は背中を押さえて、俯いた。


鏡面錘(きょうめんすい)。何かにぶつけると、反対方向から同じくらいの衝撃を加える、元は空洞測量用魔道具だか。

 どう?効くだろう!」

 追加攻撃を加えようとしたのか、憎達磨は新たの何かを取り出そうとした。


 その時...

(いつくしむ)!」

 あき君は憎達磨に突進し、剣背で憎達磨を殴る。


「ぐぉ...」

 打撃の奇襲に弱いのか、憎達磨は最初の(せい)の攻撃を食らった時と同じように、脇を押さえて悶え、数歩(せい)から離れた。


 悶える憎達磨を見て、あき君は追撃をするのかと思ったが、同じく悶えている(せい)を思い出したかのように駆け寄って、彼女を支えて憎達磨と更に距離を取った。


 ...小休止...


「あき君、(せい)、大丈夫?負けそう?」

「大丈夫だ、ななちゃん。ちょっと油断しただけ。」

「相手は大人よ。頑張って!油断しないで。」

「分かった。」


 体の弱い俺にとって、この世界での荒事は本当に専門外。なので、口出しはしないで、激励だけをした。

 ......

 しかし、体強の授業の時も思ったが、(せい)はなぜ体を動かす時にビキニアーマーみたいな鎧を着るのだろう。他人の目を気にしないとしても、露出趣味がある訳でもないのに、家宝というだけで変態ファッションするのはどうかと思う。

 少し前に右肩のパーツを見つけて、あげてから、少し肌の露出が減ったと思ったが...肩当のない左手に手甲のない右手で、マニアック度が上昇した。


「エロいね。」

 声に出してしまった。


 ......

 あき君の服装は...ダメだ、なんとも思わない。

 女の子じゃないと、どうにも乗り気になれない。何を着ようと俺の知ったこっちゃない。

 これが望様のような超絶イケメンだったら、まだ妬ましい目つきで粗捜ししながら見つめられるが、あき君のような普通に顔のいい男の子だと三秒も見つめられない。

 やっぱ男より女の子だよ。綺麗、可愛い、目の保養...

 ...

 ......

 アーモン!

 なんだ、今の「邪魔し合い」という名の連携は!?

 前にいるあき君を追い越して突っ込む(せい)(せい)の弓の射線に立つあき君...二対一なのに、憎達磨一人に翻弄されている。

 俺はこの世界では荒事が専門外。だから、あき君と(せい)達に口出しちゃういけない。

 そう思ったのだが、今の二人を見て、口出ししたくなって仕方がない!


「二対一だよ!頑張って!」

 苦戦する二人を他人事に見て、やる気を削ぐような応援をした。


「うるさい!」

 予想通りに(せい)に怒鳴られた。


 あの(せい)が声を荒げている...余裕がない証拠だ。


「魔道具も使わない、魔法も使わない...日の国の奴らは平和ボケすぎんな!」

 言いながら、憎達磨は自分を襲ってくる(せい)の流星錘を一撫ですると、その先端の星球が何故か回転しながら(せい)の方へ戻る。


「あ゛っ」

 お腹に星球がめり込まれた(せい)が蹲った。


「退け!」

 透かさず、憎達磨が蹲った(せい)の顔にヤクザキックをかまして、尻もちをつかせた。


(わけへだつ)

 憎達磨が(せい)に更の追撃を防ぐためか、離れたあき君は二人に駆け寄る。


 滅茶苦茶早く走ってる。

 頑張ってるね~...と思ったら、何故か途中からあき君の顔に焦りが見えた。


「分かりやすぃんだよ、お前ら。」

 そう言って、憎達磨は何かを床に落として、後ろジャンプして(せい)から離れた。

 そして、折角憎達磨が離れたのに、あき君の走りが止まらず、そのまま(せい)の胸に頭を突っ込んだ。

 可哀そうな(せい)...


「ぎゃっ!」

「ぐおっ!」

 何故か二人の足元に爆発が起こって、俺の方に二人が飛んできた。


「ちょ!」

 俺は避けきれず、二人の下敷きとなった。

 重い...痛い...

 胸が痛い...ん?


「へ?」

 目を開いて状況確認したら、何故かあき君の頭が今度、俺の胸に突っ込んでいた。


「ご、ごむぃ!」

「退いてから謝れ。」

 二人分の重さは結構しんどい。

 そして、連続ラッキースケベは羨ましいから、俺の見えないところでやって欲しい!


「ごめん!本当にごめん!」

 立ち上がったあき君は憎達磨に警戒しながら、俺と(せい)に謝り倒した。

「ッ野郎!」

 しかし、俺に何かを言われる前に、憎達磨に突っ込んでいく。


 守られてるのに、スケベーな事された程度で怒る恩知らずではないけど...憎達磨の雄っぱいにも包まれろ!


「お腹と顔は平気、(せい)?」

「平気。」

「あき君の頭の方が威力高かった?」

「...黙ってろ。」


 恥ずかしそうに頬を染める(せい)

 本当に肉体的ダメージより、精神的ダメージの方が大きかったのか。健康優良児すぎるぞ、この世界の人間は。


「憎達磨にあんなことを言われているけど、魔法とか使わないの?」

「魔法は苦手だ。」

「必修科目でしょう?ちゃんと勉強してるの?」

「...Xクラスに留年ないから、平気。」

「文系は『呪文』一科目だけなのに、自信ないの?」

「うるさいな。千条院の家系はみんな魔法下手だ!武器さえあれば自衛(じえい)できる。」

「そこは『拳一つ』とは言わないのね。」


 素手だと自信ないのはどういう理屈だろう?剣道三倍段?


「ななえがうるさいから、行くよ。」

「おう。お土産にポーション一本持ってく?」

「平気。このくらいなら、まだまだ。」


 最初に俺からもらったポーションを半分飲んで、(せい)は弓を引きながら憎達磨に向かって行った。

 予備に渡したポーションを口にする程、余裕なくなっているけど...ちょっと心配になってきた。


「っと...うわっ、ななちゃん!」

 (せい)と入れ替わるかのように、あき君が下がって来た。

 けど、俺の顔を見るなり、お化けを見たかのような表情をしないで欲しいな。


「護られている側だから、少しのセクハラに目を瞑るわ。そんなに怯えないでよ。」

「やっぱ怒ってるよね。ごめん!わざとではないけど、ごめん、ななちゃん!」

「怒ってないって言ってるじゃん、今のは!ペコ謝りはやめなさい!」


 怒ってないのに、怒っているように思われているのはどうしてだろう?


「それより、あき君はどう?」

「えっ、どうって?」

(せい)は魔法嫌いだって。あき君は使わないの、魔法?36点でしょう?」

「...人の気も知らないで。」


 困ったような笑みを向けられた。

 無理もないか、あき君は俺が抱きついても全く体調が悪くならないような魔力貧乏人だから。


「剣一筋でXクラスに入れた、魔法はまた今度な。」

「まるで使えるみたいな言い方ね。どう、ポーション一本いっとく?」

「ここで断ったら、更に魔法が使えないという疑いが強くなるな。後でまた頼むかもしれないから、今はいい。」

「遠慮しなくていいからね。これは別に賄賂じゃないから、助けてくれたお礼の前払いと思って。」


「報酬はクエスト達成後にもらうタイプで。」

 そう言って、あき君が(せい)と憎達磨の攻防に向かって行った。


「強がらなくていいのに。」

 最初に渡した一本はもう飲んだ事を知ってるから。


 ...暇だ。

 暇だけど、全然落ち着かない。

 他の人が頑張っているのに、自分が何もしないというのは辛いな。何もできないのは確かだけど。

 それでも、何かをしたい、な~。


「違う、そこじゃない!そこだと(せい)の邪魔になる。足払いだ、足。あー、違う!今のは避けるべきだよ!そうすれば...あっ、もう!(せい)も今は動かないでよ!あと1秒時間ずらして動いて、連携になってない!そう!そこだ、そこ!」

 小声で実況してみた。

 そして、飽きた。というか、更に落ち着けなくなった。


 多対一の場合は最も重要なのはお互いと呼吸を合わせる事。リズムに合わせて戦えば、まるで舞をしてるかのように美しい動きになる。

 それができないなら、先手後手決めて順序良く攻めるなり、攻守交替で戦ったり、攻撃と補助と最初から役割を決めたり、多種多様なやり方がある。

 お互いがお互いの邪魔をするのは一番の悪手、お互いを狙って撃ち合うようなものだ。


 もどかしい!


「あき君、(せい)、本当に大丈夫?」

 声を掛けてみた。

 しかし、誰も返事してくれなかった。返事する余裕がなかったかもしれない。


「はーい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今だけの特別キャンペーン、ポーションの無料配布ーーーー。」

 俺はいくつかのポーションを取り出して、床に並んだ。

「欲しい少年少女は守澄奈苗へ、守澄奈苗のもとへ寄って来なさーい。」

 呼び込みする客引きの真似をしてみた。


「おっ、豪勢だな。一本もらうか!」

 憎達磨を釣ってしまった。


「年齢制限あり!」

 俺は慌ててあき君と(せい)に呼びかける。

「少年少女限定、少年少女限定よ!ブタを来させないで!」


「分かってる!」

 返って来たのは(せい)の焦り声だった。


 これはヤバイな。

 俺が「大袈裟」だと思って、ずっと黙って見ていたけど、二人共傷負いすぎ。男のあき君は兎も角、(せい)が傷つけられるのは見たくない。

 そして今の(せい)の焦り声...もしかして、ピンチ?


「『(うごくな)』」

 思ったそばから、あき君の体は謎の液体に包まれて、抜け出せなくなった。

 俺の時と同じ液体だ。となると、実際はゼリー状な物体に沈められている状態で、呼吸ができなくなっているのか?


「輝明!このっ...」

「一人だと速ぇな。けど、雑ッ!」

 すぐにあき君を助け出そうと(せい)が流星錘を振り回したが、予想外な事に、急に憎達磨に距離を詰められて、懐に入られた。


「一応顔を傷付けねぇとな!」

 そう言った憎達磨は片手で(せい)の頭を掴んで、そのまま床に叩きつけた。


(せい)!」

 もう「顔に傷」とかいうレベルじゃない!(せい)の頭が潰されてしまう!


「『(おちろ)』っ。」

 望様の時と同じ、憎達磨は更に二回(せい)の頭を床に叩きつけて、オーバーキルした。


 大丈夫、心配するな。

 きっと何ともない!俺の()()()だ!


「もう十分だろっ、(にく)達磨!」

 耐えきれずに大声を出した。

 意味のない行動をしたと思った。けど、意外にも憎達磨が攻撃を止めた。


「いつかの時に見た目つきだ。ワシは嬉しいぜ。」

 憎達磨は(せい)の頭を放して、俺に近寄ってきた。


 俺はすぐに出したポーションを蹴飛ばして、ちゃんと破壊したのかを確認する前に、鞄を持って走り出した。

 が、ポーション破壊に時間を使ったのがよくなかったのか、そもそも逃げる事自体無駄なのか、二歩もしないうちに憎達磨に手首を掴まれた。


「高級なポーションも混ざってるのに、勿体ねぇ事しやがる。」

「人用でね。ブタは残飯でも喰えば?」

「いいね、気が強くて。おツレの前で犯して、その体に上下関係を教え込ませようか?」

「...二人も来たから、もう隠し部屋ではなくなりました!またそのうち人が来ますわ。」

「なら、さっさと済ませるか。」


 突然、襟のところに手を突っ込まれた。

 その後、前に引っ張られたと感じたすぐ、引き裂かれた音と共に、上着全部破かれた。


 寒い...肌がヒリヒリする。


「後で服の請求をするからね。」

 破かれた部分を手で押さえて、憎達磨を睨んだ。


「お前が生きていたらナ!」

 言いながら、憎達磨のもう一本の手が俺に伸びて来る。



「『延焼(えんしょう)』!」

 叫びと共に、あき君の体周辺が燃え始め、直ぐ様に周りのゼリー状物体も燃えてしまい、蒸発して消えた。


「『(とく)』っ、(だん)!」

 自由になったあき君はすぐに魔法で俺達に駆け寄って、憎達磨の腕を目掛けて剣を振り下ろす。


「まだ余力があるんかぃ!」

 憎達磨は俺を放して、切り落とされる間一髪なところに両手を引っ込めて、あき君の斬撃を避けた。


(なみ)!」

 けど、あき君の攻撃は終わらなかった。

 大剣を振り下ろしたあき君は信じられない速度で再び剣を振り、剣先が憎達磨のお腹を掠った。


「ッ、マズッ!」

 かすり傷なのに、何故か憎達磨が酷く動揺し、大きく跳んで俺達から離れた。


「ななちゃん、大丈夫か?」

 前に向き振り向かずに、あき君は低い声で俺に訊ねた。


「うん...大丈夫。」

 覚悟して諦めかけた事もあったからか、心臓がドキドキして、上手く話せない。

「ごめんね、あき君。二人が負けてしまうと、私、逆らう力がなくって。」

 横顔を覗くと、見た事のないあき君の険しい顔がそこにあった。怖い顔なのに、何故か嬉しくなった。


 かっこいい...

 いいな、こういうの...冴えない筈なのに、いざという時に真剣になる顔。

 ま、あき君は冴えない男ではないけどな。


「ななちゃん、離れて。」

 あき君は落ち着いた声で俺に指示する。


「うん。」

 人に指図されるのは好きじゃないが、時と場合に応じてその指示を聞いたり聞かなかったりする。

 あき君の後ろに隠れて何かできる訳でもない。なので、指示に従って離れる事にした。


 そう思って走り出そうとした直前、突然に振り返ったあき君に抱き寄せられた。

 ...え?


「『水弾(はだん)』」

 憎達磨の声がしたと思ったら、俺の目の前に巨大な水の弾が飛んで行った。

 危なっ!吹っ飛ばされるところだった。


「撃つ前に動いた!?すげぇ。」

 憎達磨の感嘆な声。


 そうか、俺を守る為に手を引っ張ったのか。

 胸元が(はだ)けていたから、スケベ―な事をされるのだと思った。


「ななちゃん、ごめん。やっぱ俺の後ろに居て。」

 そう言って、あき君は俺を放して再び前に向いた。


「うん。分かった。」

 せめて邪魔しないようにしたいが、それも出来ないみたい。

 俺を守りながら戦えるのか、あき君は?


「なぁ、小僧!」

 何か面白いのか、憎達磨が楽しそうな声であき君に話しかける。

「ワシとお前、どっちが強ぇと思う?」


「さぁ。それは今から分かる事だろう?」

「や、おめぇの方が強ぇ。」

「...俺が?」

「そうさ、お前の方が素質がある。」

「......」

「けど、おめぇはワシに勝てねぇ。何故かと思う?」

「......」


 突然、憎達磨の姿があき君のすぐ目の前に現れた。


「喧嘩慣れしてねぇからだ!」

「っ!」


 慌てて剣を振るあき君、その剣が見事憎達磨の体を両断した。

 けれど程なくして、斬られたはずの憎達磨が少しずつ薄くなっていき、最後は何もなかったかのように消えた。


「ぐぅー!」

 憎達磨が消えるタイミングで、何故かあき君が急に腰を曲げて、手でお腹を押さえた。

 その後、何故か憎達磨の姿がまたもあき君の前に現れた...拳があき君のお腹に埋め込んだ状態で。


「幻影を見せられた事に気づいたら、もう自分の目を信じるな。」

(なみ)っ!」


 あき君は痛みを耐えながら剣を振ったが、その剣が憎達磨に当たると、またも憎達磨の姿がぼやけて消えていく。

 そして、何故か憎達磨の姿がさっきと同じ離れた場所に立っていた。


 もう、訳が分からない!

 理屈は分かる!幻惑系魔法だ。呪文を唱えていないから、恐らく魔道具だろう。

 けど、対処法が分からない。近くに来たり、遠くに離れたり。斬りたくてもタイミングが掴めない!


「あき君...」

「安心して、ななちゃん。必ず、守るから。」

「...うん。」


 そんな気丈な事を言われているけど、俺と同じ対処策を思いついてないのは顔を見れば分かる。

 せめて(せい)が起きていたら...いや、どうだろう?先も(せい)が一緒だったのに、憎達磨に遊ばれている。

 何か...打開策に繋げる新しい要素...



「ナナエお姉ちゃん!」

「...ヒスイちゃん?」


 入口のところにヒスイちゃんが現れた。


「輝明お兄ちゃんと...ヒカリさん!?どうしたの?」

「ヒスイちゃん、中に入らないで!外に出て、助けを呼んで!」


 確かに助けは欲しいが、このタイミングでヒスイちゃんはダメだ!可愛いヒスイちゃんが危ない!


「『(いぬけ)』!」

 けど、入った人を逃すまいと、憎達磨はすぐにヒスイちゃんに魔法の銃弾を撃った。


 ダメ!ヒスイちゃんはまだ成長期前だ!

「ヒスイちゃん逃げて!」

 成長期前の子供は体が弱い!魔法を食らったら死ぬかもしれない!


 だけど、俺がどう望もうか、魔法銃弾は止まらず、ヒスイちゃんに向かって行く。


「『()』!」

 またも予想外な事に、魔法銃弾がヒスイちゃんに当たる前に、ヒスイちゃんがその銃弾に同じくらいの魔法銃弾を撃ち、弾道を逸らした。

 逸れた銃弾が入口の壁に当たって、そのまま通り道が崩れ、唯一の出口が塞がれてしまった。


「ヒスイちゃん、来い!」

 深く考える前に、ヒスイちゃんを大声で呼んだ。


「お姉ちゃん...『(とく)』!」

 ヒスイちゃんは魔法を使って、まず(せい)のところに向かった。

 そして、(せい)の様子を確認したのか、「()」と唱え、(せい)の体と一緒に俺のところへ駆け寄る。


「『(うなれ)』!」

「『(なぎ)』!」

「『(はぜろ)』!」

「『(かべ)』!」


 ヒスイちゃんが走ってくる途中で、憎達磨がヒスイちゃんに続けて魔法を使ったが、ヒスイちゃんが見事にその全てを防いで、俺のところに着いた。


「ヒスイちゃん、お見事!強い、賢い、かわいい!」

 ヒスイちゃんを抱きしめて、思い切り頭を撫でまわした。


「いや~ん、ナナエお姉ちゃん...きゃ!お姉ちゃん、服!服!」

 俺に抱きつかれたヒスイちゃんは最初は喜びの声をあげたが、俺の服が破かれているのを見て、それがすぐに悲鳴に変わった。

「隠して!隠してください!」

 ヒスイちゃんが小さな両手で俺の胸元を押す。


 両手で一所懸命に服の左右を真ん中に引っ張るヒスイちゃん、かわいい!


「翡翠ちゃん、奈苗お姉ちゃんを守ってくれる?」

「はぁ?」

 あき君がヒスイちゃんに許されざるお願いをした。


「はい!ヒスイ、頑張ります!」

「へ~?」

 ヒスイちゃんも許されざる返しをした。


「二人共、私をバカにすぎない?」

 一応抗議してみた。


「ななちゃん、今は意地を張る場合じゃない。ヒスイちゃんに守ってもらえば、俺も自由に動ける。」

「お姉ちゃん、ヒスイの方がお姉ちゃんより強い。ナナエお姉ちゃんは魔法が使えないけど、ヒスイは使えます。」

「むっ...」


 言われなくても分かってるし、一応自分の意見を言ってみただけだし...


「あき君。もしかして、まだ力を隠しているかもしれないが、今は意地を張る場合じゃない。相手は戦闘経験豊富な大人、君の全力を出してください。」

「...善処します。」


 不安になるような言葉を残して、あき君は大剣を握り締め、憎達磨に向かって行く。

 ...何か、打開策はないのだろうか?

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