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第十一節 三番目の遺跡①...洞窟釣り

1年目5月14日(金)

「釣り、つまらない。」

 俺に後ろから抱きかかえられているヒスイちゃんが気怠そうに握ってる釣竿を揺らした。


「釣り上げる瞬間が楽しんだよ。」

 俺はヒスイちゃんを倣って、自分の釣竿を揺らした。


 蛇尾(ひとで)区にて寒蛇の息吹に見舞われ、しかし蝶水さんの尽力により、二日余りで脱出に成功した。

 その後、改めて望様達と決めた合流地点に約半日を掛けて辿り着き、今日はその近くのダンジョンに入る事にした。

 時間を無駄にしない国外旅行の予定だったのに。


 元々計画していた俺と雛枝の誕生日パーティは主役の俺と雛枝の不在によりあえなく延期、雛枝は今も何かの用事で俺達と合流できないでいる。いなくても楽しく部活動ができるが、彼女抜きで楽しむのは今になって申し訳なく思った。

 俺個人としてはお父様とお話がしたい事があって、大人組の二人に協力をお願いしようとしたが、父が経営する学園の教師をやってんのに連絡先を知らない望様、早苗メイド長から急な呼び出しに食らって帰国したタマ...まさかの連絡手段を絶たれた俺だった。

 何もかもが上手くいかない。


 半ばやけくそになった俺は無理やりでも遊ぼうと、残ったみんなと近くのダンジョンに入った。完全踏破で、釣りができるという事で、俺の一存で釣りをする事に決めた。

 反対意見はあったが、部長権限を以って却下した。


「お魚さん、『食べたくない』って思ってます。」

 ヒスイちゃんは口を尖らす。


「お魚さん達の心を読んだの?」

「読めないです。でも、感情は読めます。

 餌を目にしても喜んでいません。」

「そんな単純ではないのよ、釣りは。」


 子供には分からないのかも。


「子供じゃないし、分からなくていいです。」

 ヒスイちゃんは背中をくっつけてきて、頭で俺の胸を叩く。


 完全踏破のダンジョンだから、魔物が現れる心配がない為、お互いの釣りの邪魔にならないよう、俺はメンバーを二組に分ける事にした。万一の為に大人組の蝶水さんにナビゲーターを頼み、望様にも見回りを頼んで、子供組の俺達はあき君と(せい)、俺とヒスイちゃんで、別々の釣り堀で釣りする事になった。

 それで、二人きりだったからか、ヒスイちゃんが甘えん坊モードに入った。


「甘えん坊じゃない!

 つまらないから、輝明お兄ちゃんのとこに行く!」

 ヒスイちゃんは釣竿を投げ捨てて、俺を一人にしてあき君達のところへ行った。

 俺の心の声で機嫌が悪くなったみたい。

 カワイイ。


 ...一人になった...

 いや、これはこれでいいのか。釣りする事に決めたって、ボーっと、時間を浪費したいからだし。

 時間の無駄に残念がっている俺なのに、時間を無駄にしてる。矛盾な話だな、本当に。


「おっ!」

 引っ掛かった!

 俺は素早く立ち上がって、釣竿を握り締める。

 引っ張る力の弱い魚みたいだ!リールのハンドルを回せ!何も考えずに回し続け!

 ...小さい魚一匹、ゲット。


「釣れるじゃん。」

 乗り気じゃなくても、気まぐれはある。



「ななえちゃん?さっき、翡翠ちゃんが走って行ったが...

 釣れましたね。」

「あ、望様!」


 巡回に来たのか。


「釣れてますか?」

「いいえ、まだ一匹目。

 丁度いい所!お魚さん、外してください。」

「...活餌(エサ)は平気なのに、魚は苦手なのですか?」

「ヌメヌメして掴みにくいじゃないんですか。エサだって、種類によりますわよ。」


 釣り糸を掴んで、望様の方へ「はい」と魚を差し出した。

 やれやれとため息を吐き、望様は魚を掴んで、外す作業に入る。


「向こうも全然釣れなくて、『場所変える?』って訊きに来たんだが、タイミング悪くななえちゃんが釣り上げちゃったのか。」

「厭そうね。」

「嫌がっているのは私ではなく、白川君の方だがな。」


 望様は外した魚をバケツに入れた後、仕掛けを俺に返した。

 その後、俺が新しいエサを付ける間、俺の周りをうろうろして、何かを拾った。


「あき君達はあまり釣れてませんの?」

 望様に話を振りながら、釣竿を振る。

 着水...!


「たぶん、ななえちゃんのが全員の一匹目じゃないでしょうかな?

 ...振り方、上手いね。」

 望様は手を振って、手の中の物を水溜まりの中に投げ込んだ。

 石だ...五回も水面を跳ねた。


「ちょっ...望様~~!」

「ん?」

「お魚さんが逃げちゃうでしょう?!私のところに投げないでよ!」

「ごめんごめん。ははっ!」


 笑顔で誤魔化しやがって...俺も別に、この程度で怒ったりしない。


 ......

 暫しの時間が過ぎた。


「釣れませんね。」

「...お腹空いてないらしいですよ。」


 こっちも生活が懸かったサバイバルしてる訳じゃないから、釣れなくても問題ない。

 けど、釣り上げたい。


「理事長に...何の用事ですか?」

 構って欲しいのか、望様は俺の側に座った。


「まぁ、色々と...」

 聞きたい事が多すぎて、望様に教えるのがめんどくさい。


「今回の合宿についての用事?」

「それもありますね。」


 寧ろ殆どの用事が今回の合宿がきっかけだ。


「...私は理事長にななえちゃんを氷の国の色々なところに連れて行くように言われています。

 ななえちゃんが氷の国の現状を知れるよう、色々なところへ。」

「......」

「内戦でも始めそうなこの時期、理事長は敢えてななえちゃんをこの国に来させたのです。」


 自白でもしているかのような重い口調...


「口で教えてくれればよかったのに。」

「ななえちゃんに自分の目で見て、自分で気付けるようにするという狙いもあります。

 私はその為の仕掛け役です。」

「教科書ばっか見てないでって事ですか。」


 とんだ教育パパだな。


「お父様もお父様の狙いがあるでしょうけど、決めたのは私。

 別に何とも思っていませんよ。何も悪い事が起こっていませんし。」

 今の俺にとって一番気になる事は魚が餌に食いつかない事だけ、他の事はどうでもいい。


「この国の内情を見て、何とも思わなかった?」

「そちらはもう、思う事もありますよ。何かをしようともしました。」


 喰鮫組と政府の間に板挟みにされている国民達、どっちかに付いてももう一方に睨まれるけど、均衡している現在でどっち付かずは一番危険だろう。

 あ...まさか...?


「私が君の『お父様』の指示で、君に汚れた大人のセカイを見せた。まだ君の歳では気にしなくて、二面性のセカイ。

 君は平気だったのですか?」

「むーん...」


 一度仕掛けを引き上げてみると、思った通りに針にエサが刺さってなかった。

 おのれ、俺のワームをよくもっ...!


「アレはデートではなかったのですか。」

 新しい(ワーム)を掴んで、針を通す。今度はしっかり頭から尻尾まで貫通させた。

「教師が自分の教え子に、未成年の高校生に手を出したら、色々と終わりですからね。」

 再び竿を振って、仕掛けを投げ込む。


「怒らないのですか?」

「何か?」

「ななえちゃんに隠し事をした事。」

「...あぁ!」


 何かと思えば...


「人にもよるけれど、私は怒りませんね。

 私を騙そうとして、隠し事をしたのではないでしょう?」

「敢えて何も言わないで、君に『裏側』を見せた事。それに怒りを感じなかったのですか?」

「私の主観では、ただ二人で色々な場所に遊びに行っただけ。

 氷の国政府の悪行、雛枝達の悪行。それを見せられたと思っていません。」

「嵌められたと思わないのですか?」

「嵌めただなんて...

 例えそうだとしても、今、私が一番怒りを覚えた事は餌がお魚さんに盗まれた事です。他の事は今どうでもいいのですね。」


 呆れたのか、望様が静かになった。

 暫くすると、望様は地面に落ちてる石をまた一つ拾って、それを地面に何度も落とした。

 俺があまり気にしなかったけれど、彼にとって何か思うところがあるのだろう。

 なので、隣でカラカラうるさいけど、寛大な心を以って指摘しないであげた。


「こっちがかなり悩んでいたのに...」

 独り言を呟きながら、望様は立ち上がって手を振った。

 その手の中にあった石が水面を切り、三回跳ねてから、俺の仕掛けにぶつけた。


「あっ、もう!望様~~!」

「なに?」

「『なに』ではありません!どうしてまた私のところに投げたのです?

 お魚さんが驚いちゃうでしょう!?」

「驚いて、餌に喰いつくかもしれません。」

「ありません!お魚さんをバカにしないでください。」

「はいはい、こめんなさい。」


 また笑って誤魔化す...寛大な俺のお心に感謝しろ。


 ......

 ...


「釣れませんね。」

「えぇ。一回目が奇跡かもしれませんわね。」


 餌は食われていないが、引っ掛かりもしなかった。

 暇だ...

 餌はもう死んでんじゃねぇの?いや、とっくに死んでるのか。

 なら、餌を変える?いや、それもめんどいから、やめよう。サバイバルしてる訳じゃないから。


「そういえば、望様。」

「ん?」

「あの肉達磨に負けたのも、次の日で一人になれるようにする為?」

「...負け惜しみを言ってるみたいになるから、その話はやめましょう。」

「イヤだよ!」


 望様のようなイケメンが勝つシナリオは好きじゃないが、憎達磨の方がもっと嫌いだ。

 この望様(イケメン)はイケメンだが、俺の知り合いだ。俺は俺の知り合いを傷つけた憎達磨を許さない。


「負け惜しみを言って、望様!実は勝てるけど、私と二人きりになる為に、敢えて負けたって、言って!」

「ななえちゃんも別行動をとる保証はなかったでしょう?狙って負けてはいませんよ。」

「でも、勝てる可能性はあったのでしょう?

 先程は怒っていないと言ったけれど、やはり怒っていました。望様があの肉達磨に負けるはずがないって。」

「...最初から、こちらにとって不利な条件での勝負だから、勝てる見込みは低かった。」

「やはり!」

「それと、こちらが勝ったら、話がもっとややこしくなるから、負けざるを得ないという面もあります。勝てばいいという単純な話ではありません。」

「そんなの知ってます!」


 接待プレイというヤツ、俺も知ってるぞ。


「そんな、知りません!私は望様が勝てると分かれば、それでいいのです。」

「知ってるのか、知らないのか、どっちですか...?

 ...血筋が原因なのか、千条院家に生まれた人達はみんな、武器を使う事を好みます。」

「へ~、武器マニアですか。」

「おかしな話だと思うが、千条院の人間は武器を使うと使わないとで、身のこなしが結構変わります。」

「おう!確かに言い訳っぽいですね。」

「...そうでしょう?

 あの手合わせは『魔道具も武器もない、素のままの力での勝負』でした。武器禁止での勝負は千条院にとって分が悪い。」

「武器を使えたら、あの(にく)達磨をぼこぼこにできましたの?」

「勝率は上がりますかな?

 けど、魔道具解禁での勝負だと、王族の人間でも油断はできません。」

「つまり、望様はあの憎達磨をぼこぼこにできるって事ですよね?」

「......はぁーー。そうです。」

「よしっ!」


 それが聞ければ、俺は満足だ。

 調子に乗んなよ、憎達磨!お前が望様に勝ったのは、ただ運がよかっただけだ!望様が勝ちを譲っただけだ!

 次会った時に、望様に絡むようものなら、望様がお前をぼっこぼこにしてやるぞ!


「君は自分の聞きたい返事が聞けるまで、何を聞いても聞こえないふりをするのですか?」

「お魚さんが餌に喰いつくまで待ち続ける釣りと同じですね。」

「楽しそうにして...」


 何を思ったのか、望様は何故か手のひらサイズの円い石を拾った。


「君の怒りの沸点は...」

 望様は喋りながら立ち上がって、手を高く上げた。

 まさか...!?


「...どこなんでしょう!」

 望様が手を振って、その手の中にある石ころを俺の仕掛け近くに落した。


「邪魔すんなぁ!」

 流石に許せないので、俺は望様を睨んで、大声を出した。


「平たくない石、正確な投擲...これは明確な妨害工作です!何で私の釣りを邪魔するのですか?!」

「驚かせて、混乱して餌に喰いつくかもしれません。」

「お魚さんはおバカさんではありません!っもう!

 邪魔するなら、(せい)達の邪魔をしてきてください!」

「それは遠慮致します。」


 俺なら構わないのか!


「おっと...!」

 急に反対側から肩をぶつけられた。

 視線をそっちに向くと、何故か(せい)が俺の隣に座っていた。


「誰かが(あに)を返さないから、文句を言いに来た。」

 言いながら、(せい)は片手で釣竿を振って、俺の近くにオモリを落とした。

 この兄妹(ふたり)は本当に何なんだろう?かまってちゃんか?


「それで(せい)がこちらに来たら、兄を返せなくなったじゃん。」

 肩をぶつけ返して、反撃。


 釣り人が二人になった...


「それでは、私は白川達を見てきますね。」

 そう言って、望様は俺の横を通って、(せい)の頭を乱暴に撫でた。


「早く行け!」

 (せい)は嫌そうに望様の手を振り払う。


 そして、望様は笑いながら手を振って、あき君達の方に向かった。


「兄に会いに来たのではなかったのか?」

「......」


 無言ーーーん。

 やっぱ俺に構って欲しくて、来たんだ。


釣果(ちょうか)の盗み釣りはやめてね。」

「釣れてから言え。」

「あら、私は一匹釣れてるよ。」

「......」


 俺のバケツを覗き込む(せい)、嘘だと思ってんだろうな。

 しかし、そのバケツの中にしっかりと一匹の小魚が入っている。


「小魚じゃん!」

「そっちでは釣れてるの?」

「...透き通るような水で、バケツが一杯。」

「そっちも釣れてないわね。

 何でだろう、釣りスポットだと聞いたのに?」


 悪戯に自分の釣竿で(せい)の釣竿を叩いてみた。


「もう、やめる?」

「いいえ、続ける。」


 竿を持ち直して、ボーっと仕掛けのところを見つめた。


「あのさ、ななえ。友達って、何だろう?」

「何、藪から棒に?」

「輝明から聞いた。二人で友情の話をしたらしいじゃないか。」

「そんな話をしたかな?」


 ナチュラルに呼び捨てだよ。「君付け」じゃなかったっけ?


「僕はななえの親友でいいのかな?」

「友情にヒビが...!?」

「そんなじゃない!けど...

 僕はただ、ななえに何もしてあげてないって思って。それで本当に友達って言えるのかって思ったんだ。」

「はぁー...」


 今度は(せい)がお悩みタイムか。

 この兄妹、外見はいいが、面倒くさいな。


「いいじゃない?名乗るだけなら、タダよ。」

「そうもいかないよ。

 考えてみたら、『親友』と言い始めたのも僕だった。ななえの意見を聞いてなかった。

 僕が一方的にななえを『親友』にしたけど、ななえは迷惑じゃない?」

「なるほど、めんどくさい思考に入っちゃったのね。」


 悩み事を解決するには、まずは本当は何について悩んでいるのか、それを見つける事が先決だ。


(せい)はさぁ、まずは自分と仲の良い人を並べてみて。」

「仲の良い人?

 えっと、輝明と兄さん、(あきら)ちゃんに(ちかし)(めぐむ)...これ、家族か。」

「家族も入れていいよ。」

「...家族以外で、後は...翡翠ちゃん?

 他には...ない。」

「もういないの?」

「...ない。」

「少なっ!しかも雛枝を数に入れてあげていない。」


 ぼっちだ。(せい)は紛れのないぼっちだ。


「そういうななえは?さぞや友達は多いだろうな!」

「友達はボチボチかな。仲の良い人はそれなりにいると思うわ。」

「言ってみろ。」

「良いけど。

 まずはXクラスの(せい)とあき君でしょう?ヒスイちゃんに雛枝、望先生、蝶水さん、この国の国王陛下。

 Sクラスのクラスメイト、メイド隊のみんな、(じい)、お父様。

 あっ、千条院の三チビも入れて良いよね。それとタマの弟ちゃん、っていうかご家族かな?

 サッカー部のみんな、貝塚(かいつか)先輩ぃ、一ノ瀬家の三男坊...私的には次男坊の方が気になるかな。

 それと...」

「もういい!」

「...後少しだけだよ?」

「いや、もう十分だ。ななえは僕と違う生き物だって、もう分かったから。」

(せい)はぼっちだからね。」

「ななえを基準にしてはいけないだろう。」

「割と普通よ。広く浅い付き合いなら、こんなものなのよ。

 本当に聞かない?もう少しで百人だから、キリの良いところに...」

「傷に塩を掛けるような事をしないで、『親友』。」

「仕方ないなぁ。」


 再び、釣竿で(せい)の釣竿を叩く。


「私が今上げた『仲良しリスト』だって、実際何人が私のことを友達と思ってくれているか、分からないわ。

 人の心はサトリだって分からない。

 友達だと宣言しても、相手も同じように友達だと思っているかどうか、分からない。心の中で『コイツコロス』とか、思っているかもしれない。」

「ななえは僕の事を『コロス』と思ってるの?」

「『ウザイ』とか、『カワイイ』とかも思った事はあるわ。『カッコイイ』とか、『クールビューティー』とか、『キンパツ』とかもね。」

「???」

「私の目を気にしすぎなのよ。親友になるのに、別に審査とかはいらないもの。」

「勝手に『親友』と名乗って大丈夫か?」

「私は嫌がってないから、良いじゃない?」

「ななえは本当はどう思ってる?」

「口でいくら言っても『口先だけ』でしょう?恋人同士のように『キスで証明』もできないし。」


 三度、(せい)の釣竿を自分ので叩く。


「今、君の隣にいるのは、君の釣竿に何度もちょっかいを出した、君の事を『親友』だと思っている、一人の女の子だよ。

 信じるか信じないか、君次第だ。」


 中身は男だけとな。


 沈黙...(せい)は考え込んちゃった。

 最後は結局本人次第なので、俺は黙って自分の釣りに集中する事にした。

 が、急に(せい)の釣竿が寄せてきて、俺の釣竿を叩いた。


「反撃!?」

 (じゃ)れて欲しいのかと思って俺も(せい)の方に釣竿を寄せたら、なぜか(せい)は釣竿を引き上げた。


「ななえ。」

「...(せい)?」


 なぜか、(せい)は俺の方に体を寄せてきた。

 あっ、やばい!(せい)の整った顔が至近距離で...


「僕と付き合わない?」

「...はい!?」

「恋人同士になろっ?」

「はぁ!!!」


 何言ってんの、このおバカさんは?


「ななえは何もなくても平気だろうが、僕はやっぱ『証拠』が欲しい。親友ではそれが無理なら、同じ『友達』の上位の『恋人』なら、今ななえが言ったコトができる。」

「いや、親友も恋人も、別に『友達』の上位互換ではないわよ!」

「何言ってんだ?友達関係より仲良くなかったら、親友にも恋人にもなれないじゃんか。」

「友情は足し算じゃないよ!(せい)こそ、何言ってんの?

 ってかさてかさぁ、(せい)平気なの?同じ女の子同士だよ!」

「他人の目は昔ほどじゃなくなった。ななえ相手なら、僕も唇くらい、イケると思う。

 ななえは嫌か?」

「ヤ、エ?嫌?」


 いやいやいや!(せい)のような美人に迫られて、嫌と言える男はいない。

 女の子だって、もしかして...って、違う!


(せい)が欲しいのは『証拠』?それとも私と付き合う事?」

「あっ...付き合えたなら、安心できる、かな?」

「つまり、実感が欲しいのね!」


 目的がはっきりした。ならば、後は正しい対応で躱そう。


(せい)、手を出して。」

「?...はい。」


 (せい)は徐に片手を上げた。

 その手を掴んでから、指を動かして、指と指が絡める握り方で手を繋いだ。


「これは『恋人繋ぎ』っていうのだけれど、知ってる?」

「知ってる。

 つまり、これは...?」

「これは親友の間柄でもできる触れ合い、だけど仲良くないとできない触れ合い。

 これで『証拠』になれるかな?」

「ぁ...」


 (せい)の手に少し力が入り、確かめるかのように俺の手を握り返した。

 そうした後、殆ど表情が変わらない(せい)の顔が、少し力が緩んだように見えた。


(せい)。恋人にはなってあげられないけど、私は(せい)を大事に思っている。分かる?」

「手を握ったから?」

「仲良くないと絶対にできない繋ぎだよ。それに、普段でも同じ事をよくしてるではないか。

 この場凌ぎではないって事、分かるでしょう?」


 俺の言葉を聞いて、(せい)は繋いてる自分の手を凝視して、またも少し力を入れた。俺の手が確かに彼女と繋いている事を確認するかのように、熱っぽく握ってきた。

 顔が少し赤くなったように見えたが、きっと目の錯覚だ。


「恋人同士には恋人同士にしかできない触れ合いが沢山ある。その触れ合いができたのなら、恋人だと安心もできる。

 でも、後戻りはできないよ。冗談で恋人同士になって、恋人っぽい事をいっぱいした後、本当に好きな人ができた時に後悔するよ。

 それに、もし私に断られたら、(せい)はどうするつもりなの?」

「どうするって?」

「恋人は無理と私が言ったら、(せい)は私と親友に戻れると思う?私が『仲良し』と言っても、信じられる?」

「...っ。」


 後先考えず、間違いを沢山する少女だから、仕方ないかも。

 けど、後で後悔する時の辛さに年齢は関係ない。俺はその辛さはごめんだ。


(せい)のオツムが簡単...じゃなくて、突っ走る性格だって、私が知っていたから良かったものの。もし、私が誤解して、(せい)と絶交したら、(せい)はどうする?」

「...諦める。」

「諦めるの?取り戻そうと思わないの?」

「取り戻せないじゃん。」

「難しい事だけど、私は諦めないわ。

 みっともなく足掻き、背後霊のように(せい)の後を追うよ。」

「そこまでになると怖いんだけど。」

「それくらいに(せい)が大事なのよ。」


 ストーキングはしない。けど、逃がさない。


「何はともあれ。

 私は(せい)を大切にしている。(せい)は私と親友だ。証拠に恋人繋ぎもできる。

 これで安心できた?」

「僕はななえに何もしてあげられていないのに、いいのか?」

「貸し借りの関係ではないでしょう、友達は?私は否定していないから、私達は親友だ。親友アピールも一緒にできるわ。」


「そう...親友か。」

 (せい)が少しだらしない笑みを見せた。


「安心できた?」

「えぇ。」

「よしっ、手を離せ!」

「ほぇ?」


 俺はちょっと乱暴に(せい)の手を振り解いた。

 そして、大袈裟に手を振る。


「うへぇ、手汗すごっ!」

 自分の服に手を拭く仕草をした。

「部員の心のメンテナンスもする部長、偉いぞぃ!」


「あれ?まさか、さっきの、全部、嘘?」

「二割程度ね。嘘も方便。」

「え?だって...えぇ!?」


 (せい)が珍しく感情剥き出しなキョトン顔をした。本当に、ポーカーフェイスの(せい)のレアなキョトン顔。


「いいね!そのアホっぽい表情、良い!」

 写真に残して、机に飾りたい。


「ななえ、また僕を弄んだ?」

「いつも無表情だもの。弄りたくなるでしょう?」


 二割の嘘は(せい)と付き合いたくないという嘘。今は女の子だから、女の子と付き合わないだけで、付き合いたくなくはない。


「...奪ってやる。」

「へっ?」

「ななえの唇を奪ってやる!」


 (せい)が襲ってきた。


「ちょっ...!えっ、あれ?力強っ!」

 まさか、本気!?


「洒落にならないよ、(せい)!何で唇が奪われる事になったの?」

「ななえは僕と恋人になりたくないから、僕をからかう嘘をしたろ!恋人しかしない事をしてやる!」

「いや、恋人なりたくなくないよ!そっちの方が嘘よ!」

「なら、恋人しかしない事をしてやる!」

「結末が同じ!?」


 待て待て待て!女の子同士はダメだぞ!

 いや、ダメって事はない。ユリはイイモノだ。

 でも、俺は勘弁だ。ユリられるのは絶対に嫌だ!

 百合展開になるとしても、ユリる方がいい。ユリられる方はごめんだ。


「...あれ?」

 不意に、自分を掴む(せい)の手の力が緩くなった気がする。

(せい)?」

 (せい)の手を掴んでみたら、(せい)が突然、俺の方に倒れて来た。

「...あれ?」


 (せい)は寝ている。

 なぜ急に寝たのかは分からないが、寝息が聞こえたので、確かに()ている。

 何でこんな急に?


 ケンタウロス族に「寝落ち」とかのような特性はあったのかな。記憶にない。

 あるとしても、「寝落ち」なんてふざけた呼びではないだろう。

 (せい)自身に持病があるとか?望様が子供の(せい)の脳に魔法を掛けた後遺症とか?


「望様ぁ!ちょっとこちらに来てくれませんか?」

 一人で悩んでもしょうがない。俺は早速、望様に助けを頼んだ。


 ...(せい)が寝ている。

 ...超美人の(せい)が寝ている。

 俺の自制心に感謝しろよ、(せい)。お前と違って、俺は他人の唇を強引に奪わない。

 .........長くない?


「望様ぁ!聞こえますか?望様!」

 ずっと返事が来なかったから、もう一度呼んでみた。

「望様ぁ!返事しろ、このイケメン!望様ぁあ!」

 けど、今回は返事するまで、呼び続ける事にした。


「望様ぁッ...!」

 突然、誰かの手に口を塞がれた。

 その直後に吐き気にも襲われて、ようやく何か良くない事が起こってる事に気がついた。


「守澄奈苗か?」

 俺の口を掴んだ人が質問して来た。


 血の気のない肌に無精髭、色が抜かれたかのような白い髪がぐちゃぐちゃ。紅葉先生と同じように外見を気にしない人のようだ。

 けど...


「オマエは、姉の方の守澄奈苗か?」

 俺を見下しながら質問するその男は、決して俺にとって友好的な存在ではないのだろう。

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