第八節 神々の墓②...ヘタレ?
一対六の戦いは結果、あき君の言う通りに五秒で終わった。
圧倒的だった。
片手で剣を振るあき君だったが、剣の刃の部分すら使わず、剣背のみを使って相手を叩き、全員を気絶させた。
「『征人剣術』不殺法・赦...流石に六人だと疲れるぜ。」
そう言って、あき君は剣の持ち手を左手に変えて、右肩を回した。
「どうだ、ななちゃん?
と言っても、よく見えなかったんだろう?」
俺があき君の動きを見えなかった事を前提で話してきた。
しかも、ドヤ顔で言ってきたから、イラつくな。
「それくらいに動きが速かった、よね?」
「俺も少し体を動かしたい気分でな。無駄に体力消耗する剣術を使った。
...もしかして、速すぎて見えなかったから、つまらなかった、とか?」
「つまらなかったのは確かだが、理由は違うわ。」
「あき君、見えたんだよ。」
「...は?」
「相手の方ですら見えなかったあき君の動き、私にははっきりと見えたのだよ。相手の驚きの表情や、攻撃を受けた時に見せた苦痛に悶える顔を。」
「......見え、た?」
思えば、昔にも似たような奇妙な体験をしたかも。
紅葉先生が俺に向かって使ったドラゴンブレイズをゆっくりに感じた事とか、その少し前に見たタマと紅葉先生との戦いをちゃんと視認できた事とか。
「『反応加速』、カメレオン族の種族特性の一つだ。あき君の動きが見えたのは恐らくこの特性の所為でしょう。」
「カメレオン族の?それって、ななちゃんも種族関係の魔法と特性が使えるって事か?」
「違うだろうね。」
理由を説明しようと、俺は自分の髪の毛に手を伸ばそうとしたが、地面に倒れて気絶している探検家グループを見て、気まずい感じがした。
「進みながら語ろっ。居た堪れないわ。」
「あー、そうだね。」
気を使えなくてごめんって感じに、あき君が苦笑いし、俺の手を取って歩き出す。
さりげないボディタッチ...あのさ、あき君。俺だからいいものの、男が女の子の手を軽々しく掴んじゃダメなんだぞ!イケメンや彼氏にしか許されない行動なんだぞ!
って、あき君は憎きイケメンだった、か!
「チッ」
「...何で舌打ちされた?」
「あき君がイケメンだねーって思って。」
「何で不機嫌そうに言う?褒めてるのか、怒っているのか、どっちだ?」
「あき君の好きなように捉えればいいと思いまーす。」
「?」
倒れた「屍」を越えながら、俺とあき君は先に進んだ。
......
...
「たぶん、また『先祖返り』だ。この髪の毛と同じ。」
自分の髪を掬い、中断したさっきの話を再開する。
「カメレオン族には『変色能力』・『迎合能力』などの種族特性がある中、視覚の『反応加速』という幻惑系魔法に属しない特性もある。」
「『反応加速』か。
俺が持っている『危険回避』に似ている特性か?」
「似ているというより、下位互換?目で視認できるけど、体がそれについていけないらしい。
因みに、あき君の『危険回避』をも上回る『反応加速』があるわ。名称は確か...あ、そうそう!『瞬時判断』だ!」
「それは王族の種族特性の一つ?」
「いや、まだ『貴族』レベルよ。『王族』ともなれば『脳回転加速』とか、『即動』とかの想像もつかない特性になるんじゃない?確か、大樹の国の王族が『未来予知』できる特性も持っているという噂だね。
王族が持っている種族特性を数えるなら、汚れた天井のシミを数えた方が速く終わるわ。」
「...つくづく、私達人間の生まれは不平等だって思う。」
そうだな。
俺にとっては今更過ぎて、感覚が麻痺して、何も思わなくなっているけどな。
「それで、どうしてななちゃんが自分の、その『反応加速』の力を『先祖返り』現象だと思った?『返り変幻』もありえるじゃねっ?」
「...あき君、ちゃんと授業を聞いてた?」
「えっ!?え、いや...ちゃんと聞いてた、よ?」
そうじゃないとはっきり分かる反応だな、おい。
「じゃぁぁぁ...復習しよっか。」
「ため息は...」
「『返り変幻』と『先祖返り』の違いは、『自分の意志が介入可能かどうか』ね。自分の意志で『先祖返り』できる人は『返り変幻』できる優秀な人間で、無意識でしか『先祖返り』が出来ない人は出来損ない。これ、世界共通の暗黙な認識だよ。
まっ、『返り変幻』できる人とできない人に『優劣』はないわ。あくまで自分の意志で『先祖返り』を抑えられない人が出来損ないのが共通の認識ね。」
「......」
沈黙。また俺を同情しようとしてる?
うぜぇ。
「試験には出ないと思うから、覚えなくていい。
それより、さっきの、私に見せたドヤ顔に恥じれ。」
「ど、ドヤ顔なんてしてない!」
「『俺のかっこいいのところを魅せてやる』とか~、『速すぎて見えなかったよね』とか~、わざわざ技名を口にしてるし。うっわ~、はっずかしい~!」
「恥ずかしい!?そんなに!?」
「やってる事はただ体を回転して、剣背で相手の体を叩いただけでしょう?しかも同じ事を六回も繰り返して。ホント、つまらなかったわ。」
「ぅ...き、キツイや。頭を壁にぶつけたい気分だ。」
「本気でやるなよ、ダンジョンが崩れる。」
「ダンジョンより、俺を心配しろよ...」
よし、有耶無耶にできた。
なら、そろそろ本心語ろうか。
「カッコよかったよ、あき君。」
「ほへっ?」
「ねぇねぇ、あの技は何?『しょうじん剣術』とか言ったね?どういう剣術?」
「えっ?あっ、えっと...そ、そうね...あれは...
...ななちゃん、さっきと温度差が違い過ぎない?」
「あっれぇ?私の扱いが分かってきたって、言ってなかったっけぇ?さっきのはいつもの私の『遊び』だって、気づけなかった?」
「...あー!」
「私のマウントを取ろうだなんて、過ぎた願をやめる事だね。」
「ななちゃんって、良くも悪くも、負けず嫌いな性格だよな。」
「それより、さっきのあき君の剣術の事を教えて!すーごく興味ある!」
「あー...アレな。」
......
あき君の話によると、彼がさっき使った剣術は「調刃剣術」という対人剣術の中でも不殺技の多いタイプの剣術が元だそうだ。その中の技の一つ、赦、免許皆伝でようやく使う事が許される非常に難しい技だと。
「『赦』は剣の重さと突進力を利用した相手を殴る技。
刃の部分が相手に当たらないように気を付ける以外、所持した剣は一定の重さのある大剣故、腕の力も必要とする。しかも片腕だから、決まらなかったら勢いを止められず、剣に振り回される危険性がある。
その為の突進力だな。足の筋肉を鍛えて、相手の反応できない速さで走り、更に攻撃する前に体を一回転して勢いを増やし、限界までに威力を上げる。」
「ほぅ...え、つまり力業?」
レベルを上げて、物理的に殴るって感じ?
「一応は失敗した時の予防に、殴る前の回転回数を足の力で止められるように計算したり、空いてるもう一本の腕に短剣を用意するとか、意外と頭を使う技、なんだけど...」
「むー...いいやぁ、あき君をバカにしていないわよ。
ただ、何かの剣術の技にしてはパッとしないなー、と思って。」
「『調刃剣術』はどちらかというと近現代の剣術だから、相手に負けを認めさせ、戦意喪失させる剣術。だから武器破壊系の技の多い剣術なんだ。パッとしないと思われるのも仕方ないと俺も思う。」
「でも、あき君が口にしたのは『調刃剣術』じゃなくて、『しょうじん剣術』だよね?
微妙に違うのはなぜだ?」
「それは...」
恥ずかしそうに目を逸らしながら、あき君は自分の剣術は「調刃剣術」の免許皆伝習得後、技を追加し、自分で「征人剣術」と名付けた新流派だと告白した。
「まだ成人もしていない若造が何を偉そうにって、師匠にかんかん怒られた。けど、試合で俺が勝ったから、仕方なく俺の流派を認めたって感じ。」
「ふーん。」
蓋を開けてみれば、大した事がなかった。
「ま。技名を付けるや、口にするなど、かっこよく感じるよね。ただ、ネーミングセンスがー、ね?」
「え、もしかしてイタかった!?」
「いや、私はとやかく言うつもりはないよ!感性、人それぞれだもの。
あき君がカッコいいと思うなら、それはカッコいいって事だよ。」
「微妙なフォロー、ありがとう...」
しゅんと、あき君は肩を竦めた。
「しかしね、あき君。」
「はい...」
「あき君が使ったのは『魔法』ではなく、『剣術』だよね?」
「えぇ、そう。
魔法は使わないように心掛けているし、万一使ってしまった場合、ななちゃんと暫く距離を取るようにしてる。」
「あぁ、だからなのか。」
紅葉先生のドラゴンブレイスを防いでくれた時、俺から不自然に距離を取ったのはこれが理由だったのか。
「魔法でもないのに、毎回技名を口にするの?」
「流石にヒカリさんや顧問の先生を相手にする時、そんな余裕はなかったな。
ただ、技名を口にすると、使う技のイメージも頭の中でより鮮明になるから、カッコつけたいだけの行動ではないぞ。」
「ヒカリさん...」
俺の親友を下の名前で呼んでいる...
......
「そういえば、あき君は星と手合わせした事があったわね?引き分け?」
「何とか『引き分け』にできたよ。
苦戦したな、ヒカリさんすげぇ強かった、どんな武器も極めた人間兵器だよ。
やっぱ天賦の才って強ぇって思ったよ。『武神の再来』と持て囃されるのも納得がいく。」
「なのに、あき君がその『武神の再来』の星と引き分けできたんだ。他者を褒めるふりをして、自慢しているよね?」
「...ま、俺も『剣技の申し子』と呼ばれているからな。少しくらいは、な?」
自慢げな笑みを浮かべるあき君、ガキだな。
でも、まぁ...自分の師匠を倒したから、誰かに自慢したい気持ちは分かる。褒められたいだろうな。
「あき君は凄いね。」
「...急にどうした?」
「あき君を褒めているのだよ。褒められたいでしょう?」
「だ、誰も褒められたいと思ってる訳じゃっ!」
そんな事を言いながらも、照れ笑いを隠せないあき君である。態度がバレバレだよ。
顔を覗きながら、下から見上げてあげよう。
「剣を使う才能でもあったの?」
「いや、それはなかったよ。好きで剣を振って、努力して極めた。それだけの事だよ。」
「すごーい!カッコいいね、あき君!努力だけで『剣技の申し子』になったなんて、凄すぎるでしょう!」
「いや、まー、俺なりに研究を重ねて、上手く剣を振るように努力したんだよ。
絶対、魔法に頼る生活にならないよう、努力に努力を重ねたっていうか?まぁ、頑張った末、報われたっていうか?」
「生き様もカッコいいね!魔法に頼らない生活とか、今の時代では考えられない話だよ。
やっぱり、あき君はカッコいいね。女の子なら、みんな惚れちゃうよね。」
「いや、そんな事は............ななちゃん、俺で遊んでる?」
「ふふっ、ようやく気付いたね。」
褒める頻度がちょっと高かったから、それでバレたのかな?
「つまり、今までのが全部『嘘』かよ...」
「『嘘』じゃないよ。全部『本当』だよ。」
「え?」
「君で遊んだのは確かだが、言った事は全部『本当』、『嘘』は一つも入っていない。」
「...あっ!」
「気づいたみたいだね。私に神輿の上に乗せられたけど、私自身、あき君に一つも『嘘』をついていない。
あき君は凄いと思うし、その努力もカッコいいと思っている。女の子なら、みんな惚れちゃうかも?けど、誰があき君に惚れるのを言っていない。
ね?どこにも『嘘』はなかったでしょう?」
「はぁ...はははっ。
あっははは!」
突然にあき君が笑い出した!
何これ?こっわ!
「えっ、ちょっとイジリ過ぎて、頭おかしくなった?
それならごめんね!度がすぎないように気を付けているつもりだが、やり過ぎたのなら謝るわ。」
「いや、単純にななちゃんと一緒だと楽しいなーと思ってさ。
なんか、一緒にいると飽きないんだな。みんなと一緒にいる時も、二人きりの時も、ななちゃんがいれば退屈を感じないんだよ。」
「はぁ...?」
俺は退屈しのぎでみんなを無理矢理色んな場所に連れまわしたのに、それを嫌どころか、楽しいと感じてくれたのか?
「その言い方だと、私がいない時、あき君は退屈を感じる事がある、って事だよね?
それはどういう時?」
「退屈っていうか...実は俺、人と喋るのが苦手てな。」
「は?」
「特に女の子相手だと吃る。マジで何を言えばいいのか、分からない。」
「その割には星達と仲良くしているけど?」
「ヒカリさんとひなちゃんはまたちょっと別って感じだな。
ひなちゃんは幼馴染で、その傲慢無礼な態度は昔から続いてきたもので、もう慣れた。
ヒカリさんはなんていうか...何を言っても『あぁ』『うん』とか、適当な返事しかして来ないだろう?でも話をちゃんと聞いてて、時に真面な返事をしてくれる。つまり、聞き上手なキャラだと、無理して明るい雰囲気を作らなくていいと分かった。話しかけるのを、気楽にできる。」
「ねぇ、あき君。自分でそれ言ってて、『矛盾』だと思わない?」
「確かに。これだけ聞くと、自慢のようにしか聞こえないな。はは...
けど、本当の事だ。他の女の子だと本当に話しかけられない。翡翠ちゃんの扱い方は今でもよく分からない。
昨日も、園崎さんの隣に座ってて、気を使ってやりたいのに、何を言えばいいのかが分からず、結局遠くの料理を彼女のお皿の上に乗せる事くらいしかできなかった。
一昨日なんか、ななちゃんと千条院先生がいないから、男一人が女の団体に混ざってる感じがして、疎外感が凄かった。」
「...私も一応、戸籍上の性別は『女』なんだか。」
「そうだな。
でも不思議に、ななちゃんがいるだけで、疎外感がないんだよ。俺は寧ろ、その理由をななちゃんに訊きたいんだ。」
「自分の感覚の問題なのに、私に丸投げか!」
青少年特有の悩みなのかな?
俺はそれで悩んだことがないな。
「私と一緒にいると楽しいのか?」
「楽しっ...いや、ずっと楽しいって訳じゃないか。弄られた時はやっぱ少し怒るし、慌てたりする。
ただ、最後はすべて『楽しい』で締められるから、結果的に楽しくて、退屈しない。」
「その理由について、自分で考えた事はあるのか?」
「勿論考えたよ。
でも、出した結論はきっと間違いだ。」
「どんな結論?」
「...言わない。」
「はい?」
「俺が考えた結論は間違いだ。だって、その場合だと『すべてが楽しい』で終わる筈がないと、俺は知っているから。」
「いや、あのね、言ってくれないと、こっちが分からないんだよ。」
「それでも言わない。」
「何で!?」
「子供の頃の話までに遡るからだ。」
......
つまり、「記憶喪失」前の話、か。
「ななちゃんが忘れた頃の話をしても、お互いを傷つけるだけ。だから、俺は言わない。」
「そっ、か...」
俺じゃない過去の話には、俺が勝手に踏み込んじゃいけない。
俺は...「守澄奈苗」じゃないから。
「なら、教えて。私のいない時のあき君はどんな感じなのか、教えてくれ。」
「と、言われても、何から言えばいいのか。」
「手始めに、学校ではどんな感じだった?」
「学校かぁ...一研学園の話でいい?」
「うん。少しの情報から広げていく方が、考えが纏まりやすい。」
「そうか...
クラスの中では普段、特に誰とも喋らなかったな。『体強』の授業だけ、ヒカリさんとペアで、割と死闘を広げていた。」
「休み時間や昼休みの時は?」
「休み時間はずっと窓の外を見ていたな―。昼休みは素早く食事を済ませて、窓から体を出して、風を感じていた。」
「カッコよく言っても、『ぼっち飯』した事実は変わらないよ。
星と一緒に食べなかった?」
「ヒカリさんはそういうの好きじゃないんだ。きっと俺が彼女の近くで食事しても、俺に見向きもしないだろう。
それに、あの星様の隣に座るのって、激むずくない?」
「他人の目を気にするなよ。私なら遠慮なく星の隣に座れるわ。」
「そりゃななちゃんの容姿なら誰も文句言わないし、女の子だしさ。
しかも、ヒカリさんが唯一親友だと認めた人間だよ。あの星様だよ、勝ち組グループだよ!
時々、俺が考古学部に居て本当にいいのかって思う事もある。」
気負い過ぎだと思うが、前世の俺も人の事が言えない。
「星だけじゃなく、あき君も『ぼっち』だったとは...可能性はあると思ったが、知りたくなかった。」
「...いや、話そうと思えば、話せるよ、俺...」
「往生際が悪いね。
ん...いいえ、寧ろそこが問題では?」
「え、何が?」
「あき君、誰かと話がしたいと、思った事はある?」
「いや...別に誰でも、話しかけてくれたら、話するよ。」
「そーこーだーよー!あき君、君は他人に興味ないんだ!」
「えぇえええ!
いや、そんなこ、とは...」
考えに耽るあき君。どうやら心当たりはあるみたい。
「あき君。クラスメイトの名前、何人言える?」
「えぇっと、ヒカリさんとか...五、六人くらい?」
「私は全校生徒のフルネームを覚えてるわ。」
「全校生徒!?マジで?」
「本当よ。
誰だってその気になれば、少なくとも全クラスメイトの名前を覚えられるはずだよ。
想像してみて。クラスメイトにいざ話しかけられた時、『えっと、すいません、誰でしたっけ』とか言う自分を想像してみて。
嫌じゃない?」
「確かに、嫌だな。相手に凄い失礼だし。」
「でしょう?
だからあき君は私と居て、退屈しないんだよ。
私はあき君に興味を持っているから、あき君を認知していて、あき君が好む話を積極的に振っていく。二人きりの時でも楽しい理由はこれね。
大人数の時、私はその場の全員の性格を考慮し、その発言具合を想定して、想定より下回った場合はその相手に話題を振る。
あき君だって、偶に星に話題を振るでしょう?」
「そう言われると、そう思うね。確かに俺も、よくヒカリさんをななちゃんのイジリに巻き込む事はある。」
「あき君は結局、今のところは星にしか興味がなかったんだよ。昨日は蝶水さんに気を使ったりしたが、その興味は長く持たなかったでしょう?
今日、蝶水さんに気を掛けたり、したか?」
「......」
「後、正直これは私が一番気に入らなかった事だか...あき君は雛枝にも興味がなかったんだね。」
「なかったのか、俺?」
「少なくとも、私が見た範囲では、あき君と雛枝が会話した時、いつも雛枝が先にあき君に絡んで始まった会話だ。あき君が雛枝に声を掛けたところを見た記憶がない。」
「そんな事はない...けど、声を掛けたら怒られるだろうと思って、確かに積極的に話しかけてないかも。」
「二人に仲良くなって欲しくて、君に雛枝と仲良くなって、ってお願いしたのに、無駄骨だったとは。」
「ごめん...」
あき君がまさかのヘタレ男だというシナリオを想定していなかった。思い返すと、高校入学式の日には既にそのヘタレっぷりの片鱗を俺に見せていたじゃないか。
幼馴染に会うのが怖くて、校門を跨ぐ事が出来なかった新入生...紛うことなきヘタレじゃないか!
はぁ、本当に...あき君はまだまだ「子供」だな。
「謝ったから、許す!」
男相手に、謝った程度で許したのはこれが初めてじゃない?今までの俺なら、遊び心があろうかなかろうか、簡単には許さなかった筈だか。
「光栄に思ってね、ホントに。あき君が初めてなんだから。」
「初めて...?うん、よく分からないけど、許してくれて、ありがとう?」
「なにを許されたのか、分かってない顔だね。」
「いや、分かってる!ひなちゃんときちんと向き合って、仲良くする努力して来なかった事、だよな?」
「いいでしょう。それで『正解』にしてあげよう。
それで、あき君はどうして私と一緒にいると楽しいと感じると思う?」
「話の流れ的では、俺がななちゃんに興味を持っているから、という事になるな。」
「私に興味はある、と?」
「...まぁ、否定はしない。」
「では、次に雛枝にも興味を持つようにして。そしてヒスイちゃんに望様、他のクラスメイト達にも。」
「......」
「ねぇ、あき君。私と一緒にいると楽しいでしょう?」
「うん、凄く楽しい。」
「なら、一緒に居て楽しいと感じる人数を増やせば、人生がもっと楽しくなると思わないか?」
「そんな風に考えた事がない...が、ななちゃんの言う通りにやってみる。
それでいいよね?」
「私に判断を委ねないで。自分で考えて、自分で決める。自分の人生なんだから。
とはいえ、私達はまだ子供だしね。考えても分からない事なんて、きっとまだ一杯あるでしょう。その時は一緒に考えようよ、それが『友達』だと私は思うわ。」
こういう風に言えば、あき君もきっと悩んだ時に俺に相談してくるだろう。望様ほどじゃないか、俺も中身が成人してる大人だ、子供達の相談相手くらいは務めよう。
......
...
「着いたね。」
「あぁ...」
目の前の中途半端に大きい引き戸タイプのドアを見て、微妙なため息を吐いた。
「とても『ボス』が潜むような部屋のドアには見えないね。」
「だな。」
...気のせいか、あき君はさっきから俺に相槌しかしてきていない。
俺と一緒に居るのが楽しいと言ったのに、楽しそうにしていない。
...悩み事?
「あき君、何か悩んでいる?」
「...ななちゃんはいつも『正解』を引き当てるな。
でも、ごめん。これは完全に私事だ、ちょっとななちゃんには相談できない方の、な。」
「そう?友達だから、一応何でも聞いてあげるよ。
部長だし、部員のケアも部長の責任だと思う。」
「いや、そこは顧問先生の担当だろう。
大丈夫だ。どうしようもない時がもし来たら、紅葉先生に相談するよ。」
「そう?」
そんなに俺に言いたくない事なら、俺も無理強いはしない。男であるあき君に過度の世話を焼きたくないし、な。
「では、とりあえず。ドアを開こう。」
そう言って、俺はドアノブを掴んで、横に引っ張る。
「...あれ?」
意外と重い?
「ふーむ!」
全力で引っ張っても動かない!?マジで重い!
「ななちゃん、ちょっと退いて。」
あき君が俺の肩に手を置き、代わりをやろうとする。
「いやいやいや!大丈夫、だーいじょうぶ!一人で開けられる!
このくらい、なんてことは!ふーーーむ!」
くっそぅ、開かない!
けど、力がないと舐められたくない!
「ロックがないのに...このっ!開けよ、ごま団子め!」
「はぁ...」
後ろからため息が聞こえてくる。
くっ、舐められている!
「重そうな扉だなー、一人だけじゃ開けられそうにないなー。」
そう言って、あき君は体を寄せてきて、片手でドアノブの上の部分を掴んだ。
気遣いは嬉しいが、棒読みがムカつく!
「一人でも、開けられるわよ!」
「ななちゃんは頑固だな。」
距離が近いせいで、あき君の声が耳元で響いた気がする。
耳たぶ辺りに生暖かい風を感じたが、きっと俺が先まで目一杯の力を使った所為で、全身が火照っていただけだろう。
「...近いよ、あき君。」
「なら、早く一緒に扉を開けないと、な?」
「...分かったよ。
じゃ、ドアを開けるね。一二の三で!」
「ほい。」
俺の合図を待たずに、あき君が勝手に力を入れて、ドアを開けた。
...いや、分かってたよ。この世界、俺だけ力が弱いんだよ。普通の人間なら簡単に開けられる扉でも、俺にはできないかもしれないと、最初から分かってたよ。「いやー、マジで箸以上重い物を持った事がないぜ」って言えるか弱い体だよ。
はぁ...改めて、この世界は俺に優しくしてくれないなーって実感された。
「一人では開けられなかったね、あき君。」
極上な笑顔であき君を睨んだ。
「そうだな。ななちゃん一人では開けられなかったな。」
同じ極上な笑顔を返してくるあき君。その言葉の中の棘に気づけない程、俺はバカではない。
舐められている。クソ舐められている!完全に見下されている!
これからも、こういう目に遭い続けるだろう。そういう定めなんだ!そういう運命なんだ!容易に想像できる。
「もういい、現実を受け入れる事にするよ。」
天に向かって唾を吐いてもしょうがないので、俺は「前に進む」とし、ドアの先の空洞を覗き込む。
何も無い...
石の壁しかない...
左を見ても、右を見ても、本当に何もなかった。本当にただの空洞だった。
他のみんなから望様からの念話を聞いていたが、実際に目にすると、予想通りに肩透かしを食らった気分になった。
「期待してはいけないと何度自分に言い聞かせても、結局期待してしまうのはどうしてでしょう...?」
言いながら、最後の悪足掻きかもしれないが、俺は空洞に踏み入れた。
「ぷっ!」
その直後の事だが、俺は胃の中から急に込み上がってきたモノを耐えきれず、思い切りに吐き出した。
「ななちゃん!!!」
あれ、ナニコレ?
赤い...血、なのか?
......
「やばっ!」
全力で地面を蹴って、空洞から離れるように後ろ跳びをした。
あー、こりゃやばいな。倒れた先の地面に変な突起物でもあったら、背中痛いだろうなー。頭でぶつかった場合、死ぬかもしれないなー。
そんな事を思いながら、襲ってくるだろう衝撃に心の準備をしていたが、背中に感じたのが温かい掌の感触だった。
「ななちゃん、大丈夫?何かあった?何で急に吐血!?」
あき君か。
地面に倒れる覚悟をした俺を支え、守ってくれたのか。
...助かった。
「ケホッ、ケホッ...」
今更になって、体の内部からの痛みが襲ってきた。
けど、今回は俺の素早い判断で、たぶん死ぬ事も、気絶する事もしないのだろう。
「また血がっ!どうすればいい!?どうしっ、何をどうっ...ななちゃん!」
「大丈夫、あき君...今回は...大丈夫、ケホッ!」
「でも、まだ血がっ!」
「もう...終わる...おち、つ、い、て...」
目を閉じて、痛みが消えるまで耐える。やれる事はこれだけ、それ以外できる事はない。
「ななちゃん、大丈夫だよな?死んだり、しないよな?」
「あぁ...」
苦しいけど、今回はきっと大丈夫。自分の体を自分が一番知っているからな。そうでなきゃ死ぬからな。
「あき君。どうやら、当たり、みたい。」
「当たり?何の事?」
「この空洞の事だ。」
俺は目を開き、空洞を見て指さした。
「この空洞、どんでもない『魔法』が施されている。」




