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第八節 神々の墓①...ペア、蝶水エゴ、衝突

1年目5月6日(木)

「よりによって、あんたと組む事になるとは...はぁぁ」

「わざわざ人に聞こえるように言わないでくれよ。」


 文句の一つも言いたくなるよ。


 神々の墓、攻略済みのダンジョン。そういうダンジョンは様々な姿をする「ダンジョンボス」が倒され、罠などもほぼ全部解除済みだし。それで人が楽に出入りがしやすくなり、獣や魔物も殆ど見なくなった。冒険に慣れていない「学生」や、雰囲気を楽しみたい「家族連れ」などに人気の場所だ。

 それを知ってはいる。でも「攻略済み」または「踏破済み」のダンジョンは「完全踏破」のダンジョンではない。まだ探索していない区域もあるし、魔物などが絶対ないとも限らない。まだまだ楽しめられると思っていた。

 「完全踏破」とされているダンジョンでも、隠れ区域が発見されるケースがある。


 だから、「あまり期待するな」と自分に言い聞かせていたが、俺は少しだけ「期待」をしていた。自分は参加できないとしても、隣で見ているだけでも楽しめると、みんなの戦闘シーン(かっこいい)を期待していた。


「なのに...期待していたのに...敵が全然ないじゃないか!」

「それに期待するのはどうかと思うけど。」


 隣のイケメン少年が俺を慰める。


「私が機嫌悪いのはあんたもその一因を担っているのだよ、あき君!何でよりによってあんたと組む事になっている訳!?」

「公平なくじ引きの結果に文句をつけても...」


 ノー戦闘シーンでダンジョンを降りて行き、気づけば最下層。望様が入口のダンジョン監視室で道案内役(ナビゲーター)をやってくれたお陰て、ダンジョンを隈なく探索する事が出来た。が、最後の三つの道が全部「終わり地点」に繋ぎ、三つとも探索済みの空洞だから、みんなで一人ずつ探索するのは効率が悪いと、俺が勝手に「三組に分かれましょう!」と部長権限を行使した。

 その時に使った組み分け方法はとてもシンプルな「くじ引き」だった。俺は魔法が使えないし、組み分けの提案者だったから、雛枝にくじを作ってもらって、最後に彼女の手に残ったくじが俺の分だと妥協した。

 だけど...


「最初の確率は八十パーセントだったのに、何で二十の方とペアになった?私は女の子と一緒の方がよかったのに!」


 公平なくじ引きの結果は、俺とあき君、ヒスイちゃんと雛枝、そして(せい)と蝶水さんだった。

 タマはヒスイちゃんのおまけで、カウントしていない。


 おかしい。この世界は絶対おかしい。

 まるで俺が女の子と一緒になれないよう、男と一緒にさせられているように、誰かが仕込んでいるように感じる。

 いくら俺が()()()()()のが嫌なノーマルな人間でも、心が男だから、かわいい女の子とイチャイチャするのは嫌じゃない!

 というより、男とくっ付けようとする悪意すら感じる。あき君の事が嫌じゃないから、尚更この状況が嫌なんだけど!


「えっと...こういう時、何を言えば分からないけど。

 ななちゃん、気を落とすな。」

「うるさいわ!」


 八つ当たりした。


「大体、魔物一体も出て来ないって、どういう事!?探()する意味あるの?危険を探しているんだからさ、ちょっとくらい怖い目に遭っても良いじゃないか!」

「...ななちゃんは時々おかしな事を言うね。」

「つまらなくて、おかしくなっているんだからだよ!派手な魔法とか、観たいんだよ、私は。」

「けどさ、その場合はななちゃんに『魔法の余波?』というのに影響されるよ。巻き添えにされたくないだろう?」

「そこは...気を付けるから。ちゃんと気を付けるから。

 みんながかっこよく戦っているところが見たいんだよ。滅茶苦茶、めーーーちゃくちゃに見たいんだよ!」

「アハハ...」


 苦笑いをされた。


 俺も、これが自分のわがままだって知ってるさ。だから一応みんなの前ではそれを見せないように、それを隠してきた。

 なのに、最後のくじ引きで堪忍袋の緒が切れた。みんなと別れてあき君と二人きりになった途端、彼に八つ当たりをしまくった。


「あき君が羨ましい。」

「あっ、やっぱりこっちに流れ弾が...」

「『流れ』じゃないよ、狙っての弾だよ。

 本当にいいよね、あき君は。女の子とペアになる確率が百パーだもん!」

「確かに、他の団体(パーティ)と比較すると、男女比が逆になってだな。」

「ホントにそう!望様が道案内役(ナビゲーター)で上に残ったから、男一人が女の子五人を連れての団体(パーティ)になったよ。

 途中で出会った他の団体(パーティ)の視線が凄かったよ。『え、見て?あの団体(パーティ)酷くない?』、『ちっ、ガキの癖に、見せつけやがって。』、『何アイツ?ラノベの鈍感主人公気取りか?』、とかの視線がきつかったよ!」

「別に言われた訳じゃないんだな...

 それにななちゃん、俺は別に『鈍感』ではないと思うけど。」

「あ゛ぁ゛?」

「いや、何でもない。」

「『疎外感』とか、そういうのを感じた?感じてなかったでしょう?

 それで『鈍感ではない』と抜かす?女子の輪の中に普通に馴染む男が鈍感ではない?普通に図太いわよ!」

「やぶ蛇...」

「そりゃ、『ダンジョン探検』は女子より、男子受けがいいのは理解しているヨ。男ばかりの団体(パーティ)が多いのも想像できるヨ。それで私達が奇異な目で見られるのも仕方ないと思うヨ。

 でもさー、本当にさー、つくづく思うけど、あき君って、おいしい立ち位置だよねー。

 部員も、私視点からだとあき君と(せい)の男女一人ずつだけど、自分の事も入れたら、あき君が両手に花じゃん!」

「花ー、なのかな?

 まー、二人共、見た目抜群だからな。」

「加えて顧問が(じょ)教師紅葉先生でしょう?(おんな)教師...その響きだけで、もうなんか、なんかなんか!」

「積極的に部員の募集してなかったからな。

 というか、そもそもななちゃんが男子部員の勧誘に反対してたじゃないか。」

「そうだけど!」


 というより、俺は体質の問題で、人増やす事自体に渋ってしまっている。本気で勧誘とかしたら、半年も三人だけの部活にはならなかった。何せ、考古学(うちの)部には男女共に人気の高い高嶺の花、(せい)がいるから。


「雛枝も部に入れる予定だし、冷静に考えたら、着実に『あき君のハーレム部』が出来上がっていく。ヒスイちゃんにも『輝明(てるあき)お兄ちゃん』って甘い声で呼ばれているし、昨日も蝶水さんと謎の理由で遅刻して帰って来たし!

 ...あき君って、女難の相とか、インチキな占い師とかに言われた事ない?」

「部名がひどいな。ってか、なぜ『インチキ』限定なんだ?

 占いをしてもらった事がないし、未来予知はお金が掛かるって、ななちゃんも知ってるだろう?」

「うっ...」


 そうだった。

 この世界に嘘つきはいるが、未来予知できる種族は存在する。その種族魔法の力自体が大分弱まっているが、曖昧でも自分の未来だ、知りたいと思うのは人の性。それでなのか、自分の「未来予知」の魔法頼りに生活する人達はみんな診断料金を高く設定している。

 俺はそういうの嫌いだから、視てもらった事がないけど。


「でも、『女難の相』はあってるかも。今正に、とある女の子から色々難癖をつけられているところだ。」

「なにそれ、反撃のつもり?」

「いやなに。ご機嫌取られるのが嫌いなのに、反抗的な態度を見せたら拗ねる幼馴染をどうすればいいのか、酷く悩んでいるだけだよ。」

「あき君が色んな女の子と仲良くなるのがダメなんだよ!」


 本当に羨ましくて仕方がないぞ!俺もイケメンに生まれたかったよ!前世でも、現世でも!


「...あ、あのさ、ななちゃん。今の言葉、深い意味はないよね?」

「...あっ、ああ!」


 男の子にとってちょっと意味深な言い方をしたな。


「あって欲しいという気持ちは分かるわ。でも、残念!深い意味はなーい。

 言葉そのままの意味だ。嫉妬心をぶつけているだけだ。」

「その言い方もまた...」

「あき君に嫉妬心を燃やしているのだよ!

 蝶水さんとも仲良くなりやがって、なんか、秘密を共有しているっぽくて...うらやまけしからんぞえ!」

「遂に言葉遣いまでおかしくなったか。」


 肩を竦めるあき君。

 そして、何か覚悟を決めた表情で俺の目を見つめて来る。


「あのさ、ななちゃん!」

「えっ、はい!」


 急に真面目な顔をするなよ!一瞬、きょとんしたじゃないか。


「これ、絶対に『秘密にする』と言ったから、ななちゃんがどうしても聞きたいなら、誰にも言わないと約束してくれ。」

「ひ、秘密?」

「昨日、園崎さんと一緒に遅刻した件だ。」

「あー...うん。」


 蝶水さんとの秘密?

 昨日、二人は確かに不可解な遅刻をした。が、俺は別に真剣でそれに怒ってはいない。時間厳守とか、厳しく要求してない。あくまで弄るネタとして面白がっていただけだ。

 昨日に続き、今日も弄ったのが良くなかったのかな?


「実は昨日、昨日の帰りに園崎さんと少しお話を...」

「ストップだ、あき君。」

「...え?」

「『秘密にする』と約束しておきながら、誰かにその秘密を漏らすの?あき君って、そんな口の軽い人間だったの?」

「えっ、そういうつもりでは...」

「確かに私は、君が蝶水さんと二人だけの秘密を共有した事に少しの反感を持っている。それを認めるよ。

 だけど、それであき君が人との約束を破る原因となったら、私の心が痛いわ。」

「ななちゃん...」

「余程の理由がない限り、人との約束は守るようにしてくれ。私の知らない事をあき君が個人的に持っているのは確かに気分のいい事ではないが、簡単に人との約束を破るあき君が好きではない。

 いや、はっきりと『嫌い』と言うね。秘密を人に漏らす人間に、私も自分の秘密を教えられなくなるわ。」


 嘘つきほど、不誠実な人間を嫌い者はいない。


「そうだな、ななちゃんの言う通りだ。」

「けど、言って欲しい。」

「どっちだよ!?」


 素直に俺の言う事を聞いてくれたお前をイジメたくなるんだよ。


「約束を破るような人間になって欲しくはないけど、私には秘密を持たない人間になっていて欲しいとも思っている。矛盾だよね?」

「矛盾だよ!自分で分かってるのに、なぜそれを言う?」

「私の性格が悪いのを知ってるのに、『なぜ?』と思うの?」

「...つまり、いつものななちゃんの『弄り』?」

「『いつも』だなんて、あき君は酷い事を口にするのね。

 選んで。蝶水さんと私、どっちが大事なのか。」


 まあ、どっちを選んでも『不正解』だけどな。

 ここでの一番の正解は、私を責める事、だよ。


「...キッカケは一昨日の『遺跡調査』だった。」

「は?」

「園崎さんは様々な幻術を見破り、私達の遺跡調査にかなりの助けとなった。」

「ちょっと待て、あき君...」

「だけど、園崎さん自身が幻惑系の魔法を...」

「待ってたら!」


 大声であき君の言葉を遮った。


「まさか、『私』を選んだの?」

「『どっちが大事』と訊かれたら、俺はななちゃんを選ぶよ。」

「いや、あのっ...そういう事が聞きたい訳じゃなくって...」


 一瞬だけど、調子を狂わされた。

 別に選ばれたいと思ってる訳じゃないのに、選ばれると妙に嬉しくなるから、本当にやめてくれよ!


「蝶水さんに申し訳ないと思わないの?」

「俺はななちゃんの方が大事だからな。」

「いや、だからぁ!そういう口説き文句が聞きたい訳じゃなくって...

 あのね、あき君。もし、私が他のみんなに君達二人だけの秘密を言いふらしたら、どうなると思う?」

「俺が園崎さんに嫌われるだろうな。憎まれるかもしれない。」

「分かってるじゃん!分かってるのに、私に教えようとしているの?蝶水さんの秘密をばらそうとしているの?」

「あぁ、そうだよ。」

「かぁぁぁぁ...」


 この少年は...

 ってか、何考えてんの、こいつ?ちょっと理解できないんだけど!


 えっと、俺に蝶水さんとの秘密を教えようとしている。

 蝶水さんに嫌われるかもしれないのに、俺に彼女の秘密を教えようとしている。下手すれば俺にも嫌われるかもしれないのに。

 ...何で?


「園崎さん自身は一切幻惑系統の魔法を使わない。」

「うわっ!話し続けさせるなよ!もうちょっと私に時間をくれ!」

「そして昨日、四散しずつある魔力残滓を『陽炎』の二文字深度魔法で光らせ、種類別に分けるという難度の高い幻像魔法を使った。幻惑系魔法の造詣(ぞうけい)がかなり深い事を知った。」

「...もういい。最後まで言っていい。思い切り、全部、言っていい!」

「観念したな、ななちゃん。」

「独り言でも、聞こえるように言われたら、普通に気になるよ!」

「いつもななちゃんがマウントを取れる訳じゃないぞ。俺もこの半年で、大分ななちゃんの扱いが分かってきたからな。」

「くっ...」


 このクソガキか!


「園崎さんがみんなに秘密にしていた事、それは彼女が得意とする幻惑系の魔法を一切戦闘用に使わなかった事の、その起因だ。」

「へ~。得意のに、逆に使わないんだ。普通とは真逆の事をしているね。」

「それで昨日、『なぜ』と訊いたんだ。もちろん、無理して聞き出した訳じゃない。」

「へー、ムリシテキキダシタワケジャナイんだ。ふー...」


 そこだよ、あき君。そこなんだよ!

 そこが俺が気に入らないところだよ!


「蝶水さんに自分の秘密を言わせる程、仲良くなったんだ。凄いね、あき君。

 凄い女だらしだね、あき君。」

「はいはい。じゃ、今の俺がななちゃんをたらしてる最中だな?それでいいんだな?」

「うっ、よくない。」


 でも、言われてみれば...いや、この先を考えないでおこう。


「俺はあの時、もし園崎さんが言わないのなら、しつこく訊ねないと考えていた。でも、園崎さんはどうやら本当は誰かに聞いて欲しかったみたいだ。

 だから、無理して聞き出した訳じゃない。そして、俺は『女だらし』じゃない。」

「尤もらしい言い訳だね。ホント、アリガトウゴザイマシタ。」

「なぁ、ななちゃん。ここから先、本当に『秘密』に入るけど、それでも聞く?」

「責任の押し付け、(おつ)!いいから、続きを言いなさい。」

「止めなかったな?これで共犯だね。」


 うわっ、タチ悪っ!まんま、俺の手口だ。


「一応私にはまだ『逃げ道』があるか。

 良いでしょう、共犯になろうじゃないの。」

「ふふっ。

 園崎さんが得意の魔法を戦闘時に使わない理由、どうやら彼女がまだ成人して間もない時。若くして喰鮫組の若頭補佐になった事で天狗になって、格上の相手にこてんぱんにされた事があったんだ。」

「わっ!結構恥ずかしいヤツの過去だった。」


 人はそれを「黒歴史」という。


「相手は当時の()若頭補佐。園崎さんにとっては『新旧若頭補佐対決』のつもりで挑んだらしいが、実は捨て駒扱いで、時間稼ぎとして使われていた、だそうだ。

 顔にも大きな火傷を残したが、プライドが完全にへし折られて、心の方のダメージが大きかった。

 だから、その事を機に、彼女は幻惑系の魔法を使わなくなった。」

「ふーん。」


 羨ましい...


「可哀そうですね、蝶水さんが。

 因みに、その因縁の相手は誰なの?」

「聞かない方が良いと思ったが、俺も軽く確認はした。いつか園崎さんが相手の人に見返してやればいいかなと思っていたが、どうやらその相手はもう...故人らしい。」

「コジン?もういなくなった方の事か?」

「えぇ。名前を尋ねなかったが、ななちゃんが気になるのなら、自分で調べられるじゃない?ご両親の『結婚』にも関連していた話らしいよ。」

「あー...そうだねー。」


 今、お母様と関係が(こじ)れているからな。日の国に帰ってから、お父様に訊こう。


「...結構の事を喋らせたね!あき君、やっぱ女だらしじゃない?」

「なぜまたその話を蒸し返す...俺は自分の事、かなり一途な男だと思うぞ。」

「いーやーいーやー、そういう羊の皮を被った狼を一杯見てきたからね。

 本当は女の子が好きで好きで、しょうがないのでしょう?」

「それは『男』の俺への『女の子の挑発』か、なーなちゃん?」


 言葉と共に送ってきたあき君の視線に、背筋が凍るように感じた。


「ノー、サンキュー!あき君は大人になっても、絶対にお酒とか飲まないでね。」


 あの夜、マジで望様に「食べられる!」と思った。実は、今になってちょっとビビってる。



「若い恋仲でダンジョン密会か?羨ましい事だね!」

 ...知らない人の声がした。


 声のした俺とあき君が向かう先に視線を送ると、別の団体(パーティ)の人間が通路の真ん中で(たむろ)っているのを見た。

 男の大人が6人。服装からして普通そうな探検家に見えるけど、表情が小物チンピラそのものだ。

 厄介な事に、無駄に広く場所を取って屯っているから、俺とあき君の道の邪魔になっている。


「そこを退()け。」

 あき君の急な喧嘩腰!ちょっと気が短くない?


「あ゛?何か言ったか、ガキ!?」

 早速喧嘩を売り返してきた。


 普通に考えれば、子供2人が大人6人に勝てる訳がない。しかも、俺が完全にお荷物で、実質上一対六、下手したら俺が人質に取られて、一対七にもなりかねない。

 が、普通ならそうなる。あき君なら、もしかしたら余裕で対処できるかも、彼が一研(いちげん)学園のXクラスの生徒だから。


「道の邪魔だから、『退け』つったんだよ、クズ共。」

「おいおい、ガキ共がイキがってるぜ!がっかっか!」


 一人の探検家が笑い出して、他の探検家も一緒になって笑い出す。


「通りだければ、俺らの後ろに開いてる隙間から通ればいいじゃん、チビ共。」

 嘲笑、侮辱...あからさますぎた挑発だな。

 良い年の大人が子供相手に...大人げねぇー。


「ななちゃん、お待ちかねの戦いだ。

 今からアイツらをぶちのめす!」

「相手が人間よ。なのにやるの?」

「俺達の邪魔した奴らが悪いんだ。」

「だったら、私は君を止めるわ、あき君。」

「......は?」


 腰を低めて、なんか「戦闘体勢」っぽいポーズを取っていたあき君が俺の言葉に呆気(あっけ)を取られて、マヌケな顔で俺を見つめた。


「仲間同士が好きな所で集まって談笑する、憩いのひと時。

 そう考えると、彼らがしている事はそれほど悪い事だと、思わなくはないか?」

「...ななちゃん、何言ってんの?

 こんな通路の真ん中で(たむろ)う奴らが悪くないなんて、思える訳ねぇだろう!」

「言葉遣いが乱暴になっているよあき君。後、『(たむろ)する』ね。

 通路のど真ん中だけど、この先にあるのは何もない空洞一つだって、忘れてないね。最下層の通路なら、大勢で屯っていたところで、殆どの人にとって邪魔にはならない。そう思わない?」


 コンビニのドアの()で屯っている若者達と同じ。


「いーや!今は俺達の邪魔になっているから、邪魔じゃない事はない。

 このままだと、先には進めないよ。」

「彼らの言う通りに、その横を通ればいいではないでしょうか?」

「そんな細い空きを?何で俺達がこんな屈辱的な目を受け入れる訳!?」

「それが本音でしょう?」

「何か!?」

「プライドが許さない。

 それがあき君が喧嘩腰になった本当の理由でしょう?」

「そんな事は!

 ......」


 少し冷静になったのか、あき君はゆっくりに姿勢を元に戻した。

 だけど、表情がまだまだ硬い。怒りが消えていないようだ。


「私もよく考えるのだよ、あき君。仲良し同士が一つの場所に集まる、秘密基地を作る行為。

 そこでみんなで集まって他愛のない話をしたり、人の邪魔にならない程度に(はしゃ)いだり、夜中まで隠れて秘密の祭りを開いたり。

 記憶がないとはいえ、子供の頃の私達はそういう事をしなかったのか?」

「...してたな。ななちゃんの屋敷の中で草むらの深いところにシートを敷いて、上流階級お茶会ごっこをしてたな。

 あー、クソ恥ずかしい!あんなの、絶対あの怖いメガネメイドにバレバレじゃないか!なのに俺達が本気で大人達を騙せたと思い込んで、実は見逃されていただけとか。ぐぅぅぅぅぅ。」


 余程恥ずかしかったのか、あき君は片手で何度も自分のオデコを叩いた。


「メガネメイドって、もしかして早苗の事?」

「え?いや、ごめん。名前は分からない。俺はななちゃんしか見てなかったから。」

「角を生えてない方?」

「あー...生えてなかったね。生えてたメイドもいたな、メガネかけてなかったけど。」


 神月椎奈(シイちゃん)のはカッコ付けの伊達メガネだからな。

 そうか。早苗(メイド長ちゃん)は奈苗がまだ幼い子供の頃からメガネをかけていたのか。新事実!

 それはそうと...


「私達も昔、秘密基地っていうか、秘密の花園?みたいな場所を作ったではないか。

 今も考古学部の部室で集まったり、雛枝の喰鮫組が所有する場所に大人数で押しかけたり、完全に自宅感覚で(くつろ)いでいたのでしょう?」

「でも、部室は部活動の為で、ひなちゃんの部屋とか、別に人に迷惑は...」

「...私は喰鮫組に入った記憶はないよ。」

「そう、だけど...でも、お母さんは組長でしょう?」

「私も雛枝も喰鮫組の組員ではない。雛枝はあくまでお母様のお手伝いで喰鮫組に『協力』しているわ、喰鮫組の『若頭』ではない。

 そして、私達姉妹以外のみんな、喰鮫組と何の関係もない部外者だ。

 喰鮫組の部屋を借りる行為はしてはいけなかったのだよ。喰鮫組に迷惑を掛けているのだよ。」

「......」

「お金を支払ってもいないのに、喰鮫組の所有する建物を旅館扱いしているのよ?迷惑を掛けていないと言えるのか?」

「だから、俺達はアイツらの言う事を我慢しなければいけない。そう言いたいのか?」

「そうだね。

 限度はあるけど、少なくとも、こちらから啖呵を切る権利はないと思うわね。

 そこにいるだけで人の迷惑なんて、複数人相手だと自分に理があると思うけど、相手が一人だけだったら...ただのイジメじゃないか。」

「ふはっ、ななちゃんの屁理屈はいつも想像の斜め上にいくな~。『敵』がいないと喚いていたのに、『敵』になり得る相手が現れると逆に俺を止める。」

「相手が一応人間だから、無闇に『敵』を増やしたくないだけだよ。

 穏やかな気持ちで対処、対処。おばあちゃんになった気分で見れば、アイツらみんな粋がってて可愛らしいではないか。」

「その域まで辿り付けないか。

 今回はななちゃんの言う事に従う事にしよう。」


 ようやく殺気?みたいなものを抑え込んだか、あき君が穏やかな表情に戻った。


「では、あき君は私の後に続いて、一緒に通ろう。」

「あいよ。」


 背中を壁に寄せて、ガラの悪い探検家団体(パーティ)の横を通る。

 が、通る直前に、その団体(パーティ)の内の一員が急に体を寄せてきた。


「失礼ー、ちょっと疲れたから、寝かせてもらうぞ。」

 そう言って、俺が通ろうとしたところに横になって寝そべる。


 (あっぶ)ねぇ!胸を触られそうになった。

 触られたら、また体調を崩すかもしれないのに、こいつら...!


「テメェ、ななちゃんに何しようとした!?」

「ふあ~...寝心地良さそな場所(もの)を見つけて、そこで寝ようとしただけだ。」

「寝心地良い、モノ!?」


 再び、あき君の表情が険しくなった。

 とはいえ、俺も流石に少しだけ、イラついてきた。


「すみません、ちょっと奥へ行きたくて。少し場所、譲ってくれません?」

 できるだけ穏やかな声でお願いしてみた。


「おう良いぜ。俺の上を跨って通っていいぜ。俺は気にしないから。」

「そ、そうですか。」


 俺の体が男だったら、マジで気にせず跨るのだろうな。

 けど、今の俺の体は女だ。履いているのはスカートだ!その奥はパンツだ!人の頭上を跨れる訳ねぇだろうか!


「なぁ、ななちゃん。俺、キレていい?」

「私としては穏便に済ませたい、けど。」


 子供だと思って舐めているだけなら、まだギリギリ許せる俺であるが、その子供の下着を見ようとしているなら、もう「大人」とは呼べない。


「向こうは心がまだ子供だが、成人した大人だ。何とかできるの?」

「ふっ、五秒で十分。」


 そう言って、ドヤ顔で物入れ結界から剣を取り出すあき君、いつも両手で持つその剣を床を叩き、右手だけで剣柄(たかび)を握る。


「相手の力量も測れないクズ共。殺さない程度に手加減してやるから、防御の準備をしておけ。」


 魔力こそ出していないが、あき君の尋常じゃない殺意を感じたのか、相手の六人全員が険しい顔で、それぞれの武器を取り出した。


「クソガキ、今ならまだ止めてあげる事をしてやらん事もないぞ。今から頭下げたら、その無礼な態度も許してやらんでもない。」

「弱い犬ほど、よく吠える。」


 強く剣を握るあき君、俺の顔を見て微笑む。

「見ててな、ななちゃん。今から、俺の戦闘シーン(かっこいい)のところを!」

 そう言って、あき君は地面を蹴り、相手団体(パーティ)に向かっていた。

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