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第七節 部活動⑨...魔法の余波、気配り、過保護、男二人の喧嘩、ダンジョン選び

「っ、ななちゃん!」


 あれ?あき君が円卓の上に飛び乗って、俺達の方に駆け寄ってくる光景が見える。

 そして、いつの間にか、首にあった腕の感触が消えた。


「っつ!何してるの、白川輝明!?何であたしを姉様から...」

「ひなちゃん、ななちゃんの()()()を覚えているか?」

「急に何?そりゃ覚えてる、けど...」


 回りがうるさいな。ただでさえ、頭が痛いのに。

 ...だめだ。針で刺されるような痛みが続き、体もだるい。

 ちょっとうつぶせていい?机の上に体を乗せるだけ、ちょっとだけ怠けていい?いいよな!


「はぁ、はぁ、はぁ...」

 ...もういい。もう、無理。


(あね)さん?」

「まさか、今の魔法で!?」

「恐らくそう。

 でも、今まで種族魔法(カインドマジック)は平気な筈。何故急に...」

 蝶水さんも雛枝もあき君も...うるさいな...


 っていうか、胸が痛い。

 机の上に乗せているから、そのまま頭を乗せたが、微妙に呼吸がし辛い。酸素が足りない。

 頭が痛いけど、ちょっと体をずらしておこう。


「っ...はぁ、はぁ...」

 何とか胸を机の上からどかす事が出来た。頭と両腕をおざなりに机の上に残したままだが、もう体を動かす気力がないや。

 でも、少しだけ、頭痛が和らいだ気がする。


「どっ、どうしましょう?姉様をこのままにしてはいけないよね?指輪を外せばいいよね!」

「ひなちゃん落ち着いて!今、お前が一番、ななちゃんに近づいていけないんだ。」

「お嬢様の指輪を外す?

 でも、確か魔法の場合、別の対処法のような...むぅぅぅ?」

「顔が赤いけど...解毒剤(くすり)も確か、奈苗さんの体に悪いんですよね?」

「い、いったい何か起こってんスか?なぜお嬢の(あね)さんが急に...食事に毒でも...?」


 ...みんな、全員がうるさいな、ホント。

 気のせいか、タマの声も聞こえる。人の姿になったのか?何で急に...

 ......

 ダメだ。頭痛がまだ酷いまま、まともに物事を考えられない。

 胸もホント、今ほど邪魔だと思った事がない。机の上から退かして、呼吸しやすくなったけど、今度はこの二つの脂肪の塊に体を引っ張られてる感じで、体全体が痛い。

 ...この体、前よりも弱くなってないか?


「あ、あの!みんな、ヒスイの話を聞いて!」

 ヒスイちゃんの声だ...

 ......

 ちょっと静かになった。


 そして、気づいたら、俺は床で仰向けの体勢で、(せい)の膝の上に頭を乗せられていた。

 ...なんだ、これ?


「...好感度、イベント?」

「ちょっとの間、休んでいろ、ななえ。喋らなくていい。」

 お言葉に甘えます、(ひかり)様。


 ......

 ...


「つまり、私は先程に、魔法を掛けられていた状態だった、と?」

「恐らくそうだ。

 種族魔法だったし、直接に掛けられたのがひなちゃんだったから、全員、油断してた。」


 変だな。種族魔法なら、俺に影響が出ても、体調を崩す事にならない筈だ。


「間接的、だったからだと思う。

 ひなちゃんの体に魔力残滓が残ったまま、ななちゃんに抱き付いたから、それで体に...」

「私に直接に掛けたら問題起こらなかったけど、他の人の体だと残滓が残り、それで影響が出たって事か。

 いえ、魔法だから、魔法の余波、かな?」

 警戒すべき事がまた一個増えたぞ!めんどくせぇな!


「ごめなさい、姉様。あたしが姉様に抱き付いたから...」

 俺の手を握って、雛枝が申し訳なさそうにしていた。彼女の体にあった魔法の余波が完全に四散したようだ。


「謝らないで。雛枝の所為ではないし、私も初めての経験だったからね。

 あ、もちろん蝶水さんも、ですよ。蝶水さんは全く何も知らないからね。」

「すんませんっした、(あね)さん!」

 ずっと頭を下げたままの蝶水さん、体が柔らかいんだね。


「っていうか、(せい)、私達はいつから膝枕できる程に仲良くなっていたの?それとも、ケンタウロス族は『膝枕』が好きなのか?」

 昨晩の望様の膝枕を思い出して、(せい)を揶揄ってみた。


「親友同士は、しないのか?」

「恋人同士もなかなかしないよ。別に嫌いではないけど。」

 今も感じる、(せい)の太ももの感触。前は硬いと思っていたが、力が緩めた状態だと柔らかいのだな。


「でも、なかなかいい人選だっだよ。(せい)にしては、とっさの事でよく行動できたね。」

「お前の小さい義妹(いもうと)さんのお陰だ。」

「ヒスイちゃんの?」

「お前の、ななえの考えと状態を伝心術で僕達に伝えた。」

「伝心術?あっ、読心術(テレパシー)の事か。」

 確かに。俺の方はヒスイちゃんからの「受信」しちゃういけないか、心が読めるだけでは「テレパシー」とは呼べないな。


 俺が「うるさい」と考えたから、静かになったのか。

 俺が「胸が邪魔、体勢が辛い」と思ったから、横にされて、(せい)に膝枕をしてもらったのか。

 ...一番最初に、俺が頭痛を感じた時に、すぐに俺から雛枝を引き離そうとしたのも、ヒスイちゃんの力のお陰か。

 その上に、皆が慌てている時に、皆と頭の中で会話して、ベッドのない部屋の中で、魔法を掛けた蝶水さんと掛けられた雛枝、その雛枝に触れたあき君とヒスイちゃん以外の人から、いつ調子よくなるかが分からない俺に対して、一時間しか人で居られないタマも除き、望様と(せい)の二人の中で、()()(せい)を俺の介護相手に選んだのか。


 あの一瞬で、そこまでの議論を交わしたのか?


「うん、そう、ナナエお姉ちゃん。ヒスイ、頑張りました...」

「そうか。」

 雛枝と逆サイトにいるヒスイちゃんに手を伸ばして、傷跡のある彼女の小さな右腕を優しくに触れた。

「過去の経験を活かせたね。」

「ナナエお姉ちゃーーん、うぅ...」


 あぁ、やっちゃった。ちょっと泣かしちゃったな。

 本当...こんな優しい幼い子に、何で「隠れの里」の連中が傷跡を残すほどの虐めが出来たのだろう。日の国に帰ってから、性別関係なく、軽くお仕置きしちゃおうかな?


「タマ、久しぶりだね。」

「ななえお嬢様...」

「私が弱ってる姿なんて、もう見慣れているのでしょう?

 心配して人の姿になったのか?だとしたら、冷静さが足りなかったね。」

「そんな事を言わないでください!タマがどれだけななえお嬢様が大事なのか、分かっているでしょうに。」

「普段は猫の姿で私の心の弱点を突き、甘やかされにくる癖に...

 ありがとう、タマ。折角また人の姿を見せてくれたから、限界までそのままで居なさい。」

「あ、はい!仰せのままに!」


 今回の氷の国合宿で、考古学部の部員二人と妹二人がとても優秀だが、やはり「守澄奈苗」との付き合いが短いから、お父様も不安だったのだろう。望様を保護者として付けてくれたが、俺を優先して守ってくれるかどうか、信じられなかったのだろう。

 そこで、メイド隊の他の()が帰った中、タマだけを俺の側に残してくれた。俺のわがまま故の結果にも思えるが...あのお父様の事だ、タマが俺を護る「最終保険」的な何かだと考えて、俺の側にタマが残れるよう、俺の思考を誘導したのかもしれない。


 ...お父様、か。

 帰ったら、色々お話ししましょうね!望様の事とか、「海が広いで有名な国」と聞いた俺の「水着パラダイス計画」が頓挫した事とか...色々、お話ししましょうね!


「望様、妹さんをお借りしています。ありがとうございました。」

「一人残らず、全員に声を掛けましたな。その気配りの良さをわざと隠して、小悪魔ぶるのは何でです?」

「...この二日の望様が余裕あり過ぎではありません?隙を全く見せてくれないのですけど。」

()を全部見せたから、でしょうかな?もう私はななえちゃんに逆らえませんから。」

 冗談風に言っているけど、俺と望様だけがコレが本当だと知っている。

 ...身内のような人の弱みなんて、握りたくなかったな。



 ...さて、名残り欲しいが、起きよう。


「大丈夫か、ななちゃん?」

 真っ先に声を掛けてきたのがあき君だった。

「まだ本調子じゃない筈だけど?」


 確かにそうだけど...この男子高校生、俺より俺の具合に詳しいんだか、何でだ?


「私の体が『健康』になる日まで待っていたら、みんなおじいさんおばあさんになっちゃうよ。」

「そんな事は...いや、もうちょっと休んでもいいじゃないか?

 なんなら、今日はもう休もうか?」

「どーも、もういいから。頭痛しなくなったし、あと少しで終わらせるつもりだから、もうちょっと付き合ってくれ。」


「それは奈苗さんが自分現在の体調を考慮した上の考えなのか?」

 今度は望様だ。

「敢えて無理する事でもありません。白川君の言う通り、今日はもう解散しましょう。」


 ...何で俺が男二人に気を使われなきゃいけない訳?

 しかも望様が引率先生だから、彼の意見を反対しにくいんだよ。

 はぁ...めんどい。


「あのね、望様。私が倒れた事に、一々大袈裟にしないでくださいよ。

 自分がみんなと違うのは私自身が一番知っています。どのくらいなら『無茶』になるのかも、よく分かります。

 過度の気遣いは『過保護』になります。ガラス細工(さいく)だって、落ちないようにちゃんと置けば、割れたりしません。

 あんまり、私を舐めるな。」

 言ってから、俺は体を起こして、自分の席に戻った。


 意地を張るつもりはないが、意地を張っているように見えたのかもしれない。

 だけど幸い、ここにいるのはある程度俺の性格を理解している人達だ。俺が座った暫く、(せい)とあき君に続いて、他の皆も自分の席に戻ってくれた。

 最後に立っていた蝶水さんだったが、雛枝も座った後、色々と納得いかない表情を浮かんだまま、仕方なさそうに自分の席に戻った。


「では、皆様全員が座ったので、先程の話を続ける事にしましょう。

 ...の前に、蝶水さん。」

「は、へい!」

「なにか何だか分からないでしょうけど、私はもう説明が面倒なので、全部省けますね。

 私が『病弱令嬢(キャラ)』だと、納得してください。」

「えっ?あー...へい。」


 女の子なのに、態度がちょっとぞんざいだったのかな?

 まぁ、あき君と一緒に遅刻したから、俺にちょっと雑に扱われた、という事でいいか。


「先程は確か...蝶水さんの種族魔法の話でしたね。

 名称は何でしたっけ?」

「『幻像』っス。本人にそっくりの、しかもそいつと同じ行動態度が取れる幻影を作り出し、本人を別行動できるようにする魔法っス。」

「ふむ、本人と同じ行動ができる幻影か。割と凄い感じの魔法ですね。」

「視覚を騙すタイプの幻惑系魔法っスから、目のいい種族には効きが弱い。触れれば一気に全幻影が消える。

 だから、実は思ったほど凄くない種族魔法っスよ。私の種族・バタフライは『平民』っスから。」

「『記録』にも残るような感じ?」

「そうっスね。残像が残っているうちに、本体が『記録』に撮られないような感じに残るっスね。」


 つまり、残像を残したまま本人を別の場所に連れて行く事が可能、か。確かに疑われるレベルの種族魔法だ。千草さんに疑われても仕方ないと思える。

 けど、これで逆に「バタフライ族」が犯人ではないと、はっきり分かった。「幻像」の種族魔法なら確かに「記録」も騙せるが、魔力残滓の残る他の魔法と組み合わせなければ、「幻像」を掛けられた本人の許可がなければ成功しない犯行だ。

 相手が子供だから、それなりの数の犯行が成功するだろうが、件数の多さと「一つも、手掛かりすらない」事を考慮に入れれば、バタフライ族だけがこの大事件を起こすのは限りなく不可能に近い。

 他の種族と手を組んで行った、とかなら、まだ可能性はあるが、やはり「大掛かりすぎる」と、俺なら反論するし、どうしても「手掛かりがない」事が大きな関門となり、犯人捜しの邪魔となる。

 ......

 蝶水さんが嘘をついているなら?いや、吐いていないのだろう。

 雛枝もいるし、先程に試した感じ、千草さん程の陰険さを持ていなさそうだし、ちょっとおバカさんっぽいし。

 それが全て演技なら脱帽ものだが、今は「疑い」一割以下に下げよう。

 ......

 うわぁ、超迷宮入り事件だ!解けない。


「望様、何か補足はありますか?」

 机に突っ伏して、望様に助けを求めた。


「奈苗さん、教師としてなら、私は君に『諦めも肝心』という言葉を教えましょう。

 (あきら)ちゃんを見つけてくれた事にとても感謝しています。だからこそ、奈苗さんにはこれ以上、危険な事に深入りして欲しくありません。

 もう十分ではありませんか?これはこの国の政府が他国へ協力要請を求めてもおかしくないくらいの大事件です。『旅行客』が関与できる事柄ではありません。」

 淡々と、望様からの「諦め」の勧説(かんせつ)。実際に同じ経験をした者からの言葉故の重さを感じる。


 次から次に得られた情報の全部が俺に「これは解決不可能な事件だ」と言い聞かせてる気がする...心がモヤモヤする。

 別に世界の秘密が知りたいなんて大外(おおそれ)た事を望んでいない。あくまで人の身で出来るくらいの事件を解決したい、その程度の望みだ。

 なのに、偶々知った事件が知れば知る程、その事件が自分達の身の丈を遥かに超えた大事だと理解し、今になって「解決」を諦めると...

 ......


「先生!」

 大きな声と揺れる机に驚かされて、俺は体を起こす。

「人が困っているのに、助けないと言うのか?それが生徒に教えをする教師がする言葉か?

 自分達さえ良ければ、他の人の事はどうでもいいと?」

 あき君だ。歯を食いしばっていて、見た事がない怒り顔だ。


「白川君。君は歴史に残る猛者や智者、おとぎ話の中に出てくる英雄ではありません。まだ成人もしていない高校生、つまり子供です。

 Xクラスだからと、自分がこの世で特別だと思わないでください。」

「『成人』していなくても、高校生はもう子供ではない!

 英雄も目指してなるものだ!簡単になれるとは思っていない!

 それに、話を逸らすな!困っている人を放っといて、助けを待っている人を見捨てるのかって、聞いているんだ!」

「人助けの気持ちは尊いが、事の大きさから目を逸らさないでください。

 この事件、私達だけで解決できる事だと思いますか?」

「だからって、何もしない訳にもいかないだろっ!探す努力をしてもいいじゃん!」

「結果が徒労でも、ですか?」

「っ、良い先生だと思ってたのに、とんだ糞野郎だな、千条院先生!」

「......」


 睨み合う男二人。

 基本、俺は男に対して無関心を貫きたいのだが、流石に知り合い相手だとそれが出来ない。気分がよくない。

 何より、あき君が望様に暴言を吐いた。望様が平気な顔をしているが、あき君と仲のいい彼の妹の(せい)が焦りを見せた。


 あのポーカーフェイスの(せい)が焦りの表情を見せている...止めに入るか。


「あのぉ、二人共?合宿発案者抜きで争うのを、やめて頂きたいのですか。」

 体を椅子の背もたれに寄りかかって、俺は両腕を前に組んだ。

「三組に分かれて情報収集を決めたのは誰か、忘れてませんね。」


 全員の視線が俺に集中...うわ、やめてぇ!視線恐怖症になるぅ!


「いや、ななちゃん、今はそんな話ではなく、こいつが...」

「あき君!言葉遣い!」

「っ!

 いや、こいつにそんな...」

「まあまあまあまあまあ、あき君。一旦座って。

 喧嘩をしても、相手を間違えているよ。望様は私たち側だよ。」

「...ななちゃんはいつでも冷静だな。」


 あき君も少し熱が冷めたか、俺の言う通りに椅子に腰かけた。

「けど、何もしないのは反対だぞ。例え俺一人となっても、やめるつもりはないからな!」

 けれど、その意志は固く、曲げる事が出来そうにない。


「それと、望様?」

「...何でしょう?」

「私の質問に対しての返事がまだですか。」

「はて、何の質問でしたか?」

「補足はありますか?」

「それを聞いて、どうするつもりですか?」

「ありますね。それを教えてくれませんか?」

「繰り返し、『それを聞いて、どうするつもりですか』?」

「聞いてからでないと分かりませんね。

 もし教えたくないのなら、はっきりそう仰ってください。」

「......」



「『奈苗からの質問に、嘘をついてはならない』。」

 暫く考え込む望様。その口から声が出た時、彼の顔から、笑みが消えた。

「関係があるかどうか、正直分からない情報です。」


「別に言うだけならタダですよ。」

「ふふっ、『言葉』より強力な魔法はありませんよ。

 ...奈苗さん。この国では近いうちに、何かが起こります。」

「えっ...うん。」


 戦争、するんだよね。喰鮫組とこの国の政府と。

 まさか、それが望様が隠そうとした事?


「その所為なのか、旅行者の数が大幅に減っています。」


 あ、よかった!別の事だった。

 もし「戦争」の話を隠そうとしていたら、望様も「おバカさん枠」に入れるところだった。

 だって、絶対に隠せられるような話じゃないから。


「何となく予想はできます。けれど、それはこの国の内情を知ってる人達に限りますね。

 私のような箱入り娘なんて、氷の国(ここ)に来るまで、何も知りませんでした。」

「新聞に載せていい話でもないから、無理もありません。だからか、旅行者が来なくなる事にはなりませんでした。」

「私だけがおバカさんではない、という事ですね。

 それで?それが望様が隠している情報か?」

「...いいえ。」


 ほほーう、そうじゃないのか。

 まぁ、簡単に推理で得られる情報なら、隠す価値はないからな。


「旅行に来た人達の中、一部を除き、みんな予定より早めに帰国しました。けれど、そのうちには少し、中途半端な時期で帰国する人達がいました。」

「中途半端な時期?」

「奈苗さんより先に来た私達だが、すぐにこの国の内情を知ったし、奈苗さんが来てからすぐに帰るという議論もしました。

 けれど、今回の合宿は奈苗さんとご家族との再会の目的もある為、奈苗さんに伝えるのを後回しにすると私達が勝手に決めました。」

「そうなのですか。お気遣い、ありがとうございます。

 そして、話を元に戻して...この『中途半端な時期』に帰国した人達って、もしかして『来て、すぐに帰らなかった人達』の事ですか?」

「察しが良いですね。そうです。

 予定通りに帰国する人達と、来てすぐに帰国する人達。そのどっちでもない、途中で急に帰る事にした人達がいました。」

「それが望様の補足ですか?」

「関係があるかどうか分からない情報です。」


 確かに、微妙な情報だな。関係がありそうで、無さそうな、そんな微妙な情報。

 ......


「ねぇ、姉様?」

 雛枝が俺を見つめ、訝しむような、また驚いたような表情を見せて、俺の腕を指さす。

「そのポーズ、姉様の習慣?」


「腕を組むポーズの事か?何かおかしかった?」

 別に胸を他人に見せつける為のポーズではないけど、女子受けの悪いポーズだったのか?


「それは...姉様の習慣?」

「まぁ、そうなるね。」

 どちらかというと、前世の習慣?気づいたら取っていた楽なポーズだった。


「右腕が上なんですね。」

「右腕?」

 視線を下に向けてみたが、胸が邪魔で、両腕が見えなかった。けど、自分の体だから、わざわざ目で確認する必要はないね。

 確かに、右腕が上だったな。言われて初めて気づいたけど...それが何か問題でもあるのか?


「ただの習慣だよ。何か理由がある訳ではないよ。」

「ぁ...ぅん。」

 弱々しい返事だな。


「ねぇ、雛枝。何かあったの?」

「いいえ!特に何も...」

「そうなのか?」

「姉様は今、もっと別の事...重要な事を考えていらっしゃいましたわよね?あたしの事を気にしないで...」

「そうだけど...相手が雛枝だから、姉として心配よ。何か気になる事でも...?」

「ホントっ、何もっ...!ちょっと昔の事を思い出しただけで。」

「あっ...」


 実の姉との思い出か。

 それなら、俺にできる事はないな。


「ごめんね、雛枝。昔の事は何も...」

「いやホントっ、大した事じゃありませんわよ!姉様には今、もっと重要な事を考えなければいけないわよね?ね?」

「えっと...」

「わよね、わよね!あたしの事なんて、気にしなくていいから!ホント、大した事、ない、わよ、ね。」


 気丈に振舞っても、騒がしいのが特徴の雛枝が異常に静かだ。やはり、彼女の中に何かが起こっている。

 けど、それが「守澄奈苗」という女の子と関係する事なら、俺は何の力にも成れない。

 本当に悪いな、雛枝。俺はお前の本当の姉ではなくて、ごめん。



「...決めた!」

 俺は勢いよく立ち上がって、ふらつきながら歩き、千草さんから取り上げた地図を取ってから、それを円卓の上に広げた。

「思考に時間の無駄使いをやめて、今後の事について話しましょう。」


「今後の事?けど、ななちゃん、まださっきの話、決着はついてないぞ。」

「決着ってなんだよ、あき君。望様と勝負でもしているのか?」

「人助けの話だよ!何もしないつもりか?」

「それが『今後の事』だよ、あき君。」


 手をあき君に向けて上下に振って、「落ち着いてくれ」というサインを出す。


「...ななちゃんは一応、『人助け』をするつもりではある、よな?」

「可能の限り、ね。

 明日からはいつも通りの『合宿活動』をします。つまり、『ダンジョン探検』です。『遺跡調査』でもいいですよ、活動名は重要ではありませんから。

 この地図を参照して、気に入ったダンジョンをみんなで選びましょう。」


 千草さんと雛枝から学んだ操作法で地図を弄り、俺でも入れる「洞窟」タイプのダンジョンを表示させた。


「活動ですか。『子供誘拐事件』から手を引く訳ではない、ですよね、奈苗さん。」

「探検が主の目的ですよ、望様。その過程で運よくあき君が言う『人助け』も出来れば~とか、ご都合主義な良い出来事が起こる事を期待しています。」

 そんな都合のいい事が起こる訳がないが、一応「可能性の高い」ダンジョンから探索していこう。


「それが奈苗(きみ)の決定なんですね。」

 気のせいか、望様の表情が少し和らいだ気がする。



 今のところ、一番怪しいのは...


「ななちゃん、俺に選ばせてくれないか?」

「あき君?」


 意外だ。

 (せい)ほど静かではないが、あき君も基本俺の決定に従い、あまり意見を言わないタイプだった。

 特に雛枝が妙に大人しくなった今、考えを述べない蝶水さんに、人の顔色を伺うヒスイちゃん、怠け者のタマに、引率()()する望様という状況だから、てっきり俺のワンマン状態で話が決まると思っていた。

 だから、あき君の声が聞こえた時に、少しだけ驚いた。


「珍しいというか、初めてだよね。あき君が積極的にダンジョン探検(ばなし)に参加するなんて。」


「消極的に参加した覚えがないけど...」

 苦笑いを見せながら、あき君は氷の国の第一区・「福本区」を指さした。

「ここにあるダンジョンを最初に行ってみたい。」


「『神々の墓』か。」

 よりによって、このダンジョンか。


「しかしあき君、ここは『攻略済みダンジョン』ですよ。」

()()の俺達にびったりな、()()なダンジョンだ。

 そうですよね、先生?」


 挑発的な目つきで望様を見つめるあき君、血気盛んだな。


「そうですね。そこなら、私も道案内役(ナビゲーター)でみんなを見守るだけで済みそうですね。」

「ちっ」


 なんか、あき君がすっかり望様を敵視するようになったみたいだけど、別に望様が何か悪い事をしてないのに。

 まぁ、男同士だし、仲が悪くても俺には関係がない事だ。


「いいでしょう、そこにしましょう。

 ダンジョン、『神々の墓』。参加しない人はいますか?」

 あき君、(せい)、ヒスイちゃん、雛枝、俺。これで一応このダンジョンの入場団体(パーティ)人数下限に達している。入る時に、わざわざタマを人になってもらわなくても大丈夫だな。


 あとは...


「あ、(あね)さん。」

 蝶水さんが手を上げた。

「図々しいと思うが、私は組長から(あね)さんの護衛を務める命を受けてる。私も(あね)さんの活動に参加していいっスか?」


「よし、蝶水さん参加、と。」

「え、そんなすんなり...?」

「実はこちらも蝶水さんに参加してもらおうと、口説く文句を考えているところだったから、蝶水さんが自分から参加の意思を表明してくれたのが寧ろ手間が省けたと思っています。」

「ぁ、うぅぅ...」


 俺を不調にさせた事をまだ申し訳なく思っているのか、何か別の事を考えているのか、蝶水さんが何とも言えない表情で俯いた。


「雛枝。意見を訊かずに勝手にメンバーの一人だと数えているけど、構わないよね?」

「ぇ...えっ、えぇ!もちろんですよ、姉様!折角再会して巡り会えて邂逅(かいこう)を果たしたし、四六時中に一緒に付かず離れずくんず解れずくっついていましょうー!」

「四六時中は勘弁してね。寝る時は一人にさせてくれ。」

「もちろんですよかしこまりましたわ!あたしが勝手に姉様が隣で寝ている妄想をしながら寝ます寝かしつかせますので、姉様の一人寝にお邪魔したりしませんよ、姉様!」

「ま、まぁ、そうしてくれ。」


 なんか、また急にテンションのおかしい雛枝に戻ったな。どうしたんだろう?頭は大丈夫なのかな、雛枝が?


「他のみんなは?反対意見は御あり?」

「ヒカリさんもタマさんも良いって。」

「ありがとう、ヒスイちゃん。でも、勝手に他の人の考えを決めつけないでね。」


 ヒスイちゃんが「サトリ族」だとバレたら、一番困るのがヒスイちゃんだから、な。


「ご、ごめんなさい、ナナエお姉ちゃん。」

「今後は気を付けてね。」


 今後はヒスイちゃんを「悪い子」に育とうか?虐められる過去があったのに、純真すぎて心配だよ。


「タマは...聞かなくていいか。」

「えぇ、お嬢様!?」

「殆どの時は猫の姿でサボってる癖して、メイド隊の他の()と同じ給料をもらっている。そんなタマちゃんに意見を述べる権利があると思っているの?」

「...仰せのままに。くすっ」


「もちろん、(せい)も行くよね?」

「ななえ、そんな事を毎回聞くつもりか?

 一緒に行かないと思った時に言うから、次からはもう、僕に聞かなくていい。」

「ひゅー、かっこいいね。」


 期待通り、全員参加!っと。


 しかし、なぜあき君が偶然にも、俺が最初に行きたい「神々の墓」を提案したんだろう?

 ......

 ただの偶然、か?

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