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第七節 部活動⑧...警察側の情報、あき君達の話、バタフライ特徴

「えーとー、誰か様が予想外の遅刻した事によって冷めた食事だけれど、皆さん、どうぞ雛枝のご厚意に預かりください。」

 全員が着席している中、俺は薄笑いしながらあき君を睨んだ。

 この俺の態度に対して、あき君は「暫くはこのネタで弄られそう」とでも言いだけな溜め息を吐いて、料理に箸を伸ばす。



 約30分前、あと僅かに6時になる時、望様が(せい)達大勢を連れて喰鮫組のこのビルに着き、俺と雛枝のところへ来た。

 そして、6時になった時、喰鮫組が用意した高級食事が大きな円卓と幾つの椅子と共に部屋内に運び込まれ、すぐに食事できるように準備が終わった。流石組長代行()が在籍する支部、手際がいい。

 後はあき君と蝶水さんが来たら、みんなで食事ができる。が、そのあき君がいつまで経っても来ない。望様達の方が距離も遠いし、歩きも遅い筈なのに!と、俺は段々とイライラしていた。

 そして、予定の6時の約30分後、ようやくあき君達が顔を見せてくれた。


「よかったね、あき君。みんなが優しくて。」

「ちゃんと謝れば許してくれる人達に囲まれて、俺は実に幸せ者だよ。

 きっと部長が優しいからだろう。素直じゃないところも愛嬌よね。」


 慣れってのは実に恐ろしいや。半年未満の付き合いで、もう俺の弄りをスルーし、軽口を叩けるまでに成長したとは。

 遅刻した理由も「園崎さんとちょっと話し込んじゃって」とかいう特に深くない理由だったのに。面の皮が厚くなったね、あき君。



「まあいい。」

 魚肉ステーキらしきものを一切れを口に入れて、本題に入る。

「まずは先生達組の話を伺いましょうか。

 望様、警察側から何らかの情報を得られましたか?」


翡翠(いもうと)さんのお陰で、君の期待以上の情報を得られたと思います。

 まず、何から知りたい?」


 一研(いちげん)で教鞭を執る人は流石だな。俺が混乱しないように、一気に得た情報を全部出さず、俺が情報の整理しやすいように質問形式で教える。

 そう考えると、俺はまだまだ人生経験が足りないね。俺と大して歳が違わない癖に、生意気な奴(イケメンめ)


「ではまず、件数を教えてください。」

「奈苗さんもここである程度を知ってると思うから、気を使った回りくどい言い方を辞めますね。恐らく、千件近くあります。」

「ありがとう。やはり警察の方もかなり多く報告されてますね。

 重なっていない分もあるかもしれないから、多く見積もって千五百件くらいだと考えましょう。」


「千五百!?」

 何故か蝶水さんに料理を取り分けるあき君だが、俺の言葉に驚いて、握ってる箸を落とした。

 別件を任されたから、驚くのも仕方ないか。


「あき君、一旦蝶水さんの皿を彼女のところに置いておいて。蝶水さんが可哀そう。」


「あ、ごめん!」

 そう言って、あき君は箸を拾って、皿と一緒に蝶水さんにあげた。


「どうぞ、園崎さん。」

「あ、どうも。けど...」

「え?」


 自分の皿の上に置いてた取り箸を見て、蝶水さんは困惑そうに俺と雛枝、そしてあき君の間に視線を泳がせる。


 あき君が珍しくドジを踏んだし、蝶水さんの困り顔も可愛いけど、今は望様の話を先に進みたいから、我慢我慢!


「あき君、これからの話はもっと一杯驚くから、一々感情を見せるようにしないで、耐えてください。

 手始めに、取り箸を元の位置に戻して。蝶水さんが困ってるじゃない。」

「ご、ごめん!」慌てて箸を元に戻すあき君。

「あき君って、意外と女だらしだね。」そして、我慢と決めたのに、結局イジリモードに入った俺。

「そんなつもりはなかって...俺はただ園崎さんが取りにくそうに見えたから、それで...」

「はいはい、わかったわかった!私の性格が悪かったよ。

 もうこの話は終わり、あき君お座り!」


 俺の強引さに、あき君が渋々従って座った。

 そして、「この隙を突かなきゃ!」とでも思ったのか、雛枝が隣で「これが白川輝明の正体ですよ、姉様!」と耳元で囁いた。

 スルー!


「次に知りたいのは発生地点ですね。

 望様、調べられましたか?」

「はっきりとしたモノを得られませんでした。ただ、翡翠さんの読心術では『全国各地』だそうです。」

「これは聞き込みと盗み聞きの限界ですね。仕方ありません。

 こちらは一応喰鮫組が持つ具体情報の地図があります。」

「奈苗さん達の方は詳細を得られたのですね。」

「えぇ、食後(あと)で見せます。」


 かなりの事件だから、警察の末端では詳細が伝わっていないが、秘密にされているかもしれない。

 それでも、「全国各地」だと知れ渡る程に、事が大きかった、か。こうなりゃ、雛枝とお母様が知らないのは寧ろ異常かも、意図的に隠された感がある。


「被害者はみんな、どっちに属してる?」

「...どちらも。この件はかなり意識されているみたいです。」

「やはり警察の方も『無差別』だと...いや、そう思いざるを得ないかも。

 そしたら、いよいよ『他国による』という陰謀論が『陰謀論』じゃなくなるかも。

 だけどなぜ...」

「ななえちゃん。」

「はい?」

「言葉遣い。

 ちょっと冷静になって。」

「いや、別に冷静だけど?」


 ん?冷静?

 俺、冷静、だよな?

 いや、でも...じゃ何で指摘された?

 ん?


「言葉遣いがおかしくなっていました?」

「センセイに『る~』とか、『だ~』とかを使ってました!」

 俺の望様への質問をヒスイちゃんが代わりに返事した。


「っ...」

 その舌足らずな言葉に萌えた...じゃなくて、望様の言いたい事を理解した。


「そうですね。危うく『沼』に入りそうになりました。」

 他国からの国犯罪を妄想して、解のない問題で迷子になるところだった。

「言葉遣いで私の精神状態に気づくとか、望様も読心術が使えるのですか?」


「私が教師で、君は私の生徒だからです。」

 隣の(せい)と同じ何食わぬ顔で俺の弄りを躱して、食事を続ける望様。この兄妹が並ぶと、どことなく威光が見えるね。流石日の国三名門の一つ、千条院(せんじょういん)家だな。


「軽く頭の中を整理するね。

 千五百件。全国各地。『反政府分子』とか関係なく発生する。

 ...次は、コレですね。望様、『外国人』の被害者はいましたか?」


「外国人?」

 望様の回答を待たずにして、雛枝が先に声を上げた。

「そんなんのを知りたいなら、さっき千草に聞けばよかったじゃないですか?何で急に今になって『外国人』?」


「......」

 別に注目するほど大きな問題点じゃないから、聞くのをド忘れしちゃった。

 っと、素直に返事してもよかったけど、なんか捻った返事がしたいなぁ。


「雛枝、入国審査するのは、誰?」

「国王。」

「そう、海関でアルバイトしている国王様。彼は喰鮫組の人間か?」

「いや、そんなわけ...そういう事ですか。」

「そういう事ですよ、妹様。幾ら国が二分している状態でも、海関を管理しているのは政府側。喰鮫組は他国の人間に気を回さないと思わない?」

「そう、ですね!姉様凄~い!」

「まぁ、今思いついた、けどね。」

「適当な答えだった!!!」


 大袈裟に驚いた後、雛枝はふくれっ面で俺を睨んだ。

 可愛い...


「んで、望様。どうですか?」

「とても仲良しですね。」

「いえ、そっちではなくて...分かっててやってますね。」


「血の分けた家族が仲良しなのは良い事だと思っています。見習いたいですね。

 私はどうすれば(ひかり)ちゃんを積極的な子にできるか、今も悩み続けています。」

 そう言いながら、望様は(せい)の頭を撫でた。が、すぐにその手が(せい)に振り払われた。

「ね?」


 ねって言われても。


「妹さんを調教しました?」

 望様を揶揄ってみた。

「教師だから、(せい)を調教改め、教育しました?」


「どこで『調教』という言葉を学んだか...いいえ、していません。

 そして無駄話もここまでにしましょう。続けると、必ず私の方が負けるでしょうからね。」

「挑戦することに価値があるとは思いませんか、先生?」

「...外国人について。」


 あ、逃げた。

 まぁ、見逃してやろう。


「私達の推測ですが、いると思います。」

「いるの!?」


 予想外だ。

 外国人までがターゲットの内となると、本当に「無差別」となるな。

 ...本格的に迷宮入り案件になりそうだ。


「一応望様達がそう思った理由を訊いても...?」

「警察署で国籍を明かした時、予想以上に冷静な反応をされたからです。

 初めて、あるいは珍しい外国人案件なら、少しの動揺を見せてもおかしくなかったのですか。」


「ぜんぜんだったのです。」

 望様の返事を補足するように、ヒスイちゃんはまたも可愛い声で、しかも今回は両手を俺の膝の上に載せて話した。


「ヒスイちゃんは愛らしいね。」

 その小さな頭を乱暴に撫でてみた。


「いやだ、もう!きゃはは!」

 嫌と言いながらも、ヒスイちゃんは俺の手から逃げなかった。


 やっばい!女の子は本当に可愛い!



「これ程の大事になっているとは...ななちゃん、どうする?」

「むっ...」


 あき君、俺は今女の子を可愛がるのに忙しいのを見えなかった?空気を読んで欲しい!

 ...いや、俺が落ち着け。


「そうだね。どう考えても私達の手に余る事件だからね。」

 空きになった皿が下げられていくのを見つめながら、俺は次の事を考える。

「あき君にとって、あのご夫婦両人が気になって、しょうがないのだね?」


「約束をしたのに、予想外の大事件だからな。もし解決するなら、相応の戦力が欲しい。」

 意外にも、あき君がまだ諦めていなかった。

 子供って、英雄気取りだかるから、ちょっと心配だ。


「奈苗さん、被害者に関して、一つ補足していいですか?」

「え?」


 望様の言葉にキョドる俺。なんか漏れた?


「こちらもまた予想だが、恐らく被害者全員、一人っ子です。」

独子(ひとりご)?」

「そうです。私の兄弟だと告げた時、繰り返して確認をしたから、『兄弟のいる家庭が珍しい』と、訝しいんでいたようです。」

「一人っ子家庭のみを狙った犯行、か。」


 考えていなかった。考えが足りなかった。

 そうか、全員が一人っ子か。新たな可能性が出てきたな。


「ありがとうございます、望様。凄く助かる補足でした。

 ってか、望様はもしかして、何かを見通している?こんな時まで子供の自主性を尊重する教師でいるつもりですか?」

「本当に引率を務めるだけなら、私はここで君達を止めなければならなかったのです。

 奈苗さん、分かりますか?今、君はどれほど危険な事に関与しようとしているのかを...?」

「ぅっ...」


 確かに、引率の望様先生が大分大目に見てくれているな。

 心がモヤモヤするが、もしかしたら、俺はここで身を引くべき?



「...もう少しだけ、現時点で集めた情報全てをまとめてから、先生の役割を全うしてください。

 折角のあき君達の情報もまだ聞いていないし、聞かずに辞めるのは、その、あき君に悪いですし。」

 別に止められていないのに、ついつい低姿勢になり、望様を上目遣いで見つめた。


「安心しなさい、奈苗さん。私もここでみんなを止めるつもりではありません。

 大事な生徒に憎まれたくありませんし。」

 言って、あき君の方に視線を遣る望様。

 釣られて、俺もあき君に視線を遣ったら、ものすごい顔で望様にガン飛ばすあき君を見れた。


「怖っ!」

 うっかり口に出すほどに、今のあき君の顔がヤバかった。普段とのギャップが酷すぎる。

「あの、あき君。幾つ質問しても、いい、ですか?」

 ちょっよ声が震えているのが情けないよ。


「......」

 無反応...

 もう一度声掛けてみよう。


「あき君?」

「えっ、ぁあ!あれ?

 ごめん、ななちゃん。何の話?」

「え、聞いてなかった?酷い!」


 よよよっと泣くフリをする。

 無くした訳じゃないと思うけど...あき君が正気に戻ったようなので、普通の会話ができる事になった。が、俺はホントにとことん性格悪いと思う。チャンスがあれば、人をイジメずにいられない。


「人が精いっぱいの勇気を出しての『告白』を聞いてなかったのだなんて、酷すぎるよ、あき君!」

「告白!?今!?

 ごめんなさい!ホント、何を言われたのか、聞いてなくて...えっと、その?ありがとう!」

「そんな、酷い!何で『ありがとう』なの?そんな曖昧な返事で誤魔化さないでください!」

「えぇっ!その、な、何を言えば...ぇぇぇぇぇ?」


 あたふたしている。大人未満の青少年をイジメるのはやっぱ楽しいな。

 これが将来イケメンになる予定な奴だと思うと、スカッとするし、以降はもっとあき君をイジメてやろうか?


「あー。なんかあたし、今の姉様がどういう人なのか、分かったような気がするわ。一度でもツッコんだら、連続ボケをかまして、ツッコむ暇も与えないボケ倒してくるって感じ?」

「僕は何も見ていない、聞こえていない。こういう時のななえには近寄らない方がいい。」

 なんか雛枝と(せい)が勝手な事を言っているようだが、こいつらも巻き込んじゃおうか?


「ごちそうさまでした!」

 そう言って、ヒスイちゃんが椅子から降りて、遠~く、部屋の隅に走っていた。

 まるで俺から逃げるように...


 ...あれ?俺、皆から腫物扱いされてない?


「あの、ななちゃん。ホントごめんだけど、もう一度その...『告白』を、言ってくれない?」

「女の子に二度も告白させるなんて...あき君、酷い。うぇ~。」

 嘘泣きを続けたが、そろそろ本題に戻そうと、心の優しい俺がそう思ったんだか。


「私達の調査結果が聞きたいだそう、です。」

 何故かずっと黙っていた蝶水さんがあき君のフォローに入った。

「場違いだと思うだが、私が説明した方が一番いいっしょ。」


「...えっと、何で蝶水さんがあき君に助け船を出すのです?」

 その所為で、俺が性悪な奴で終わってしまったじゃないか。

「二人きりの間に、何かありました?」


「えっ...いや、特に...」

 否定の意味な返事をしずつ、蝶水さんはあき君の方に顔を逸らした。

 ちょっ!その反応、めっちゃ怪しいんだけど!?


「遅刻した事ですし、二人の間に何かありました?」

 いかがわしい事でもしたのか?

「ねぇ、あき君!どういう事?ちゃんと私が納得できる説明が...で・き・る・よ・ね?」

 幾ら蝶水さんの事が怖いと思っていても、彼女は女性!俺はそれだけで彼女を贔屓する!

 あき君ー...俺はお前と友達として、()()()のままで居たいんだよ。理に適った言い訳をしてくれ。


「え?いや、特に何もっ...!」

「蝶水さんと同じ事を言ってる...怪しい!」


「童顔は年上の異性に受けやすいって、本当なんだね。い~やー、やらし~いわねー。」

 雛枝の奴、望様との時は特に何も反応しなかったのに、相手があき君に変わった途端活き活きになった。

「姉様、白川輝明は酷い女泣かせですよ!絶対(ぜってぇ)に関わらない方がいいって!

 もう縁を切りましょっ。アイツはあたし達の幼馴染でもなんでもなかった、存在しなかった人間です。」


 さっき同じことを言ってなかった?何であき君相手だと、雛枝がこんなに積極的に・過剰に悪く言うんだ?どんだけあき君の事が嫌いなんだ?

 ......

 うわぁ...嫌な想像をした。

 好きの反対は嫌いではなく、無関心だそうじゃない?だったら、雛枝からあき君への「嫌い」を抜いたら、非常に大きな「関心」が残るじゃない?

 そうなると、雛枝が...

 ......

 考えるのを止そう。無心だ、無心。


「別にいやらしい事なんて、何にもしていない!ホントだよ、ななちゃん!

 ただ、ちょっと言えない事が...いや、それも別にいやらしい事じゃなくて、ただ言えないだけで...あぁああ、何で言えばいいのか。」

「蝶水は母様の忠実な部下、未成年に手を出す事なんて、と~てもとても、あり得ない事だと分かりますわよね。

 しかし、お前は怪しい。蝶水にその童顔女顔で誘惑しようとしたじゃねぇの?やらしい卑しい最低野郎畜生野郎ですよね。」

「ホントだってば!ひなちゃん、もう勘弁してくれよ、ななちゃんの前で。」

「なにそれ?姉様には良い子で居たい訳?本当、やらしいわね!

 ねぇ、姉様、全力であの鳥野郎に気を付けましょうよ!子供ができるって。」

「できませんよ!

 あっいや、将来の事が分からないという意味で、他意は...あぁもう、何口走ってんの、俺!」


 俺を挟んでのあき君と雛枝のやり取り。

 俺抜きっていうのが気に入らないが、この二人の口喧嘩もなかなか見応えがあって、面白いな。

 でも、なんか話がどんどん明後日の方向に向かっているようなので、止めに入るとしようか。


「雛枝はあき君の事が好きなの?」

「ふぁっ!?」

 素っ頓狂な声を出して、雛枝は俺を見つめて、固まった。


「あき君の事をよく思っているのはちゃんと伝わったわ。

 でも、ごめんね雛枝、ちょっとあき君を借りるわね。」


「えっ...いやいやいや、ちょっと待てくださいっ!あたし、別に()()()の事なんて、何とも思ってなくて...」

 そう言いながらも、ちょっとずつ顔赤らめていく雛枝。

「誤解ですよ、姉様!()()()の事なんて、本っっっ当に何とも()ってません!これっぽっちも、あれっぽっちも!」


「本当かなぁ?」

 あっ!いやいや、弄るのをここで辞めようと決めたじゃないか。

「...なら、落ち着いて、お茶でも飲もう。デザートを食べながら、そのトマトみたいに赤い顔の熱を冷ましておくれ。」


 俺の言葉を聞いて、ようやく自分の事を客観的に見れるようになったか、雛枝は自分の頬に両手を添えて、温度を確かめた。

 そして、頬の温度を確かめた後の雛枝だが、更に赤い顔になってから、俺を見ないように俯いた。


「だから、こういう時のななえには近寄らない方がいいって、言ったんだよ。」

「うせっ。」

 小声で(せい)と雛枝が言葉を交わしているが、俺を挟んで座っているから、丸聞こえなんだよ、お前ら。

 いかんいかん!今はあき君に集中しよう。


「あの、ななちゃん...」

「ストップだ、あき君!今は何もしゃべらなくていい。」

「あっはい!」

 あき君と蝶水さんの間に何かあったのかは気になるが、それは後のネタに別の機会で弄るとして、今は仕切り直りだ。



「まず、『記録』に異常はなかったのか?」

「『記録』...?あっ、さっきの話に戻るのか!ホント、いつも急に...

 えぇっと、そうだな。『記録』には何もなかった。誰かが弄った痕跡もなかったし、時間が跳んだ部分もないので、『記録』の削除も行われなかったと思う。」

「日の国で『記録』を削除する権限を持っているのは国王と三名門当主の四人だけ、だったね。あの四人の許可印無しで、日の国での『記録』を消すのは不可能。

 ここ、氷の国では国王以外誰がその権限を持っているのかは分からないが、確認する必要がなくなったね。」

「えぇ。『記録』が消され、別の『記録』で継ぎ足しされた痕跡はなかった。本当に、その日のままの『記録』だった。

 本当に、人が急に消えた...」


 その場に発生した出来事を再放送する「記録」という世界規模な大魔法、その確認は小学生でもできる。高校生にもなれば――ちゃんと勉強していれば――「記録」が操作されているかどうかの確認もできるし、それが許可された行為かどうかも。

 とても簡単だそうだ...魔法が使える人達にとっては。


「転移魔法みたいに消えるのか?」

「転移魔法?

 確かに転移魔法陣に乗る人達はみんなああやって消えるか。ななちゃん、転移魔法は誰も使えないぞ。」

「それは生まれた時に自動的に(ふう)(いん)』を施されたからでしょう?最近、丁度その封印(ふういん)されている筈の(しるし)を消した人と出会ったので。」

 言いつつ、横目でデザートのケーキを一心不乱に食べる雛枝を見る。


「普通は消せない筈だが...でも、例外が出るの、想像できない事もない。

 だとしたら、ななちゃんは『転移魔法』によるものだと、推測しているのか?」

「可能性の一つとして、ね。」


 一旦あき君との会話を中断して、隣の雛枝の肘を突いた。


「雛枝、ちょっとみんなに自慢する?」

「はぇ?」

 フォクの先に刺しているイチゴを口に入れる手前で止めた雛枝、俺を見て微笑んだ。

「いいよ、姉様」

 そう言って、雛枝が急に俺の目の前から消えて、そして俺の背後から椅子越しで抱き付いた。

「はい、姉様、あーん。」

 フォクの先にあるイチゴを俺の口に近づけた。


 マジか。女の子の一番好きなイチゴを人に「あーん」するのか。「姉様大好き」にも、程があるぞ!

「あむ。」

 だけど、俺は遠慮しなかった。甘いものが苦手になった前世でも、イチゴは好物だったからだ。


「あ、姉様が本当に食べた!普通は一度遠慮して、そこからイチャイチャする展開の筈じゃない!」

「私は雛枝の好意に甘えただけのつもりだった。けど、雛枝にそんな下心があったなんて、知らなかったね。

 次はちゃんとイチャイチャしてあげるから、席に戻ってなさい。」

「はーい。」

 ショボーンっとした顔で、雛枝は歩いて自分の席に戻った。


「次があっても、ななえは絶対ぱくっと食べるから、信じるな。」

(せい)うるさい!」

 部員内での俺の情報の共有は禁止!というルールでも作ろうかな?



「でもななちゃん、ひなちゃんが転移魔法を使えるのもびっくりだが、その方法なら確かに。」

 そう言って、あき君が俺の考えに同意しずつ、その次の事を考える風に、自分の頭の先に指一本当てた。


 が、予想外の方向から反論が出た。

「それは個人で使う場合の話でしょっ。」

 まさかの蝶水さんの反対意見。

「お嬢の(あね)さん、先程も言いましたが、場違いでも、私が説明した方が一番いい、と。」


「お、応。珍しいですね、蝶水さんが積極的に私達の話に加わってくるなんて。」

 自分を「部外者」だと気を使って、基本無言でいるのが蝶水さんなのに。


「雛枝お嬢の転移魔法をよく目にします。けど、お嬢が他の人を転移するところを見た事がない、です。『(しるし)』は魔法そのものの制限ではない、人の制限っす。

 『印』のある人は魔法陣なしでの転移はできない...ません。」

「そっか。蝶水さんは私より、雛枝との付き合いが長いから、色々知っていますね。」

(あね)さんとお嬢の仲良しさはとても微笑ましい。が、知らない事はまだ多いっしょ。

 ...お二人が仲良くなっていると分かった今、私も積極的に二人の力になりたいと思う、です。よ?」

 話の途中で、何故か雛枝を見てビクッと小さく体を跳ねた蝶水さん、冷汗をかいたような表情で目を泳がせる。

「なので、魔法陣の痕跡も、魔力の残滓もないあの場所での他者転移は不可能です。」


 転移自体が可能のような言い方だな。


「話を進む前に、まずこれを先に確認させてください。転移魔法陣は作れるのですか?国の許可印無しでもできるのか?」

「いや、許可印は必須です。喰鮫組(うち)は色んな許可印を闇市場に流してる。転移魔法陣作成の許可印も、その中にある筈だっです。」


 うわぁ、悪党だ!

 お父様が大金を叩いて、ようやく日の国で一対の転移魔法陣を作れたというのに、氷の国では喰鮫組(くいざめぐみ)がその作成許可印を横流ししている。

 ますます犯人が分から...いや、関係ないか。


「作れるのは作れるけど、転移魔法陣が作られた痕跡がないと、そういう事ですか?」

「そうっす、です。白川君と一緒に確認した、です。」

 積極的になったけど、蝶水さんが喋るの下手な人になったようだ。


「ねぇ、蝶水、もう敬語はいいから。」

 不意に、雛枝が蝶水さんに話しかけた。

「姉様達を怖がらせないように『ですます使え』って言ったのはあたしですが、やっぱいいよ。そんな無理して使ってると、逆に聞いてる方がイライラするわ。失礼のない程度に留まっておけばいい。」

「お、お嬢がそう言うなら。」


 俺も同じ事を思ったが、喰鮫組の人間ではない俺では蝶水さんにそういうお願いが出来ないから、雛枝が代わりに言ってくれたのかがとても助かった。

 雛枝の言葉遣いを直そうと考えてる俺だが、流石に親しくない蝶水さんにまで言葉遣いの強要はしたくない。する価値もないし。


「ありがとう、雛枝。

 それで、蝶水さん。蝶水さん的にはどうすればこの犯行が可能になります?」

「生まれつきで他人を転移できる魔法が使える『奇形児』なら、何人の犯行は可能だと、件数を聞くまでそう思ってた。けど、千五百件もあるのなら、無理だ。」

「そういう『奇形児』がいるのです?」

「いや、そういう記録はない。少なくとも氷の国の記録では。」


 他国の出生記録ならいるかもしれないが、そもそも一人二人程度では不可能の犯行だ。


「なら、種族魔法はどうです、バタフライの蝶水さん。」

「『転移』の種族魔法は大昔に滅んだ。存在しない。」

「バタフライ族としての意見?」

「...はい、そうです。

 バタフライでなくても、同じ意見だと思う、けど。」


 ふーん、そういう反応か。

 言葉の裏に本当に気づいていないのか、気づいていないフリなのか、まだ現時点では判断しにくいな。


「なら、人の姿を消す魔法はあります?」

「もちろんあるけど...その、カメレオン族の(あね)さんがそれを訊く?」

「まぁ、カメレオン族は『自分自身』しか消せないから。」

「でも、種族上幻惑系の魔法が得意だよね?」

「ですね。カメレオン族の中では普通、幻惑系の魔法が得意です。

 だから、今はそういう質問ではありません。」

「えっと...よく分からないが、『人の姿を消す魔法はある』って答えればいいのか?」

「そうね。まぁ、それでいいでしょう。」


 ダメだ。これ以上蝶水さんと無駄な心理戦をしても、俺が疲れるだけだ。


「なぁ、ななちゃん。一応俺も姿を消す魔法が...」

「あき君、ちょっと黙ってて。」

 笑顔であき君に八つ当たりした。

 ったく、これだから、あき君はまだまだ子供だよ。


「魔法陣を残さないなら魔法。けど、魔力残滓は残るのですよね?」

「はい、魔法を使った跡として、ゆっくり消えていく魔力の残り香、みたいなものだ。」

「それは少しも残ってなかったのですか?」

「雛枝お嬢が転移後の魔力残滓を元に参照した。大分時間が過ぎているが、私ならまだ見つけられると思ったんだ。」

「バタフライ族だからですか?」

「はい。バタフライ族は種族上、魔法に敏感なので。」

「敏感なんだ。」


 なんだか、イケない香りがする言葉だな。


「なら、さっきの話に戻るけど、『転移』魔法ではなく、ただ人の姿を消す魔法なら、どう?」

「あぁ、そういう事か。それならはっきり言ってくれれば...」

「人の姿を消す・隠す魔法なら、その魔法残滓を蝶水さんは見つけられます?」

「感知できる。

 長い年月使ってなかったが、種族上、幻惑系の魔法が得意バタフライの私、昔はかなり色んな幻惑系魔法を身に着けていた。

 バタフライ族の中でも、私の幻覚魔法は上位だ。」

「使う事も出来ます。」

「もちろんっス。」

「それを魔力残滓を残らずに使えます、か?」

「それはあり得ない話だね。

 どれだけ得意でも、種族魔法じゃない魔法を使った場合、必ず魔力残滓を残す。」

「って事は、種族魔法なら、魔力残滓は残らない、という事です?」

「魔力残滓を残さないだけなら、確かに種族魔法は一つの方法っすね。バタフライ族なら、可能だろうか?」


 あ、自分で言っちゃうんだ。

 蝶水さんはまだ千草さんが自分を疑っている事を知らないのかな?

 俺も疑っているけど。


「いや、無理だね。」

「無理!?」


 考えてから否定する?保身の為か?


「魔力残滓が残ってないとしても、『記録』に違和感のある映像が映りだす。

 持続時間も問題になる。」

「へ~...例えば!例えば、さ!蝶水さんなら、人の姿を消せます?」

「私?私の種族魔法は『幻像』。視覚を撹乱する魔法っす。」

「できる?できない?」

「本体を一時的に隠す事はできるけど...」

「では、それを使って人一人を隠せます?」

「いや、本体を隠せるが、『人』を隠す事が出来ない。」

「はい?」


 本体を隠せるが、「人」を隠せない?

 人と本体の違いは何?


「口で説明するより、実際に『幻像』魔法を使っていい?」

「あぁ、そうですね。そのやり方なら分かりやすいかも。

 ねぇ、雛枝、お願いできる?」


「ふえ?」

 静かに俺と蝶水さんのやり取りを見守ってくれていると思ったら、今日二度目の素っ頓狂な声を出す雛枝。

 おい!大人しいと思ったら、話を聞いてなかったのかよ!


「でも、姉様、もうデザートもないのですわよ?」

「そりゃ、食事が終わったから、当たり前じゃないか?」

 全ての食器が下げられた空っぽな食卓を見て、暫く雛枝の言葉について考えた。

 そして、俺はようやく雛枝の言いたい事が分かった。


「イチゴを取られた事を恨んでいるの?」

「違ーーう!姉様に『あーん』してあげる分の食べ物がないって事!」

「はっ、だと思った。」


 実にくだらない理由だった。


「では、雛枝、そして蝶水さん、お願いできます?」

「はーい、いつでも準備万端ですよ、姉様!また後ろから抱きしめてあげますからね、姉様!」

「はいはい。」


 適当に雛枝をあしらって、蝶水さんに視線を遣った。


 が...

「もう終わってる。」


 ...ん?

「えっ...」

 終わってる?何か?「幻像」魔法の事?

 でも、隣に雛枝がまだいるけど...


「姉ー様っ!」

「わっ!」

 急に誰かに後ろから抱きしめられた。

 すぐに後ろを確認!


「あれ、雛枝?」

「そうでーす!姉様大好き、雛枝でございまするよ。」

「でも、隣の『雛枝』がまだいるし。ってか、動いているし!」

「それが『幻像』ですわ。あたし、雛枝の幻像でありますすすすすす。」

「そ、そう...?」


 って事は、「幻像」魔法は人を隠せるか...代わりに、何かを...創って...

 ...あれ?なんか、頭が...痛い...


「だめーーー!ナナエお姉ちゃんから離れてーーー!」

「えっ、何?ちょ、手を引っ張らないで!」

「離れてっ!離れてぇ!」

「えっ、姉様から?何で?」

「はーなーれーてーーーー!」

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