お姫様
***
「えぇ…頼みましたよ、カイン」
「殺す、ですか。…アーリアと一緒に行うのですか?」
「いえ、違います。今回は少々事情が異なりまして」
「いや、理解しました」
「……ほう……流石は勇者。私の見込んだ通りの聡明さですね。決行はこの翌日に、タイムリミットは明後日までです、出来ますよね?」
「……その名に恥じぬよう、仕事を遂行します」
無機質な声のままで、カインは続けた。
「あの愚息のジョセフと、アーリア。両方を殺害し、その死を証明するーーひとかけらの容赦なく実行する……」
「ええ、正義を果たしなさい」
「ええ、ひとかけらの容赦なく」
ーーやっぱり、狂ってる。
そう思う。
これが自分にとってどうしようもないことである。
ということにも。
自分にできることはしたつもりだ。
勇者の嫁として浴びせられた、いっぱいの呪いに耐えたつもりだ。貴族として成すべき責任を果たしてきたつもりだ。
母親の期待に答えようと、常に。
けど、救いなんて無かった。
自分の母親は、私を分かってくれようともしない。
ただ自分の持つ正義しか、視界にない。
そしてついに、その正義は私を殺そうとしている。
逃げたい。
戦う力なんてあるわけない。
助けてほしい。
けど、こんな狂気からの解放を。
もはや私は、どこへ願えばいいのだろう。
もう死ぬことでしか、私は救われないのかな。あるかどうかも分からない来世に、期待をかけてみようか?
けれどそうしたら。
私が歩んだ人生の意味ってなんなんだろう。
***
「そういえばご主人ーー何故おとといは、私が洗濯かごを漁っていたことに気が付かれたのです?」
「いや、いきなり何を言うんだ。そりゃ深夜にヘンな物音がしたのだし、何かなと見に行っただけだ……今まで気がつかなかった自分の鈍感さにゾッとする……」
「ーー私が言うのもなんですけれど、ご主人が気づくはずはないでしょう。だって私ーーユニークスキルを使用していたのですから」
「……く、だから今まで気がつかなかったのか………ん?」
と、ここでようやくメアの発言の意図に気がついた。
「【気配消去】……そっか、それがメアの……ユニークスキルだったな……?」
「息とか声は消せないようですけどーー移動をするに当たって発生する気配は消去できます。一昨日もそうしていた筈……なんですが」
以前メアのスキルの一覧を見せてもらったことがある。
ユニークスキル4:【名称:気配消去】 属性:水
消費SP:12
[効果:行動する時生まれる気配を一時的に消す。]
[補足:消費SPは常に固定される]
確か、こんな感じだった。
記憶力には自信がある。
「まぁ……たまたまSPが切れてたんじゃないか?」
「むー……メイドとして何かこう……負けた気が……」
「……なんで負けた気がするんだ?」
「だって、世間一般のメイドは気配くらい消去できて当然ですよね?」
「お前の中の世間は何で構成されてるんだよ!?」
すると、ギシと音がした。この屋敷……もう補修もされていないからか、どうやらガタが来ているらしい。そんなお金もないから引っ越すのだが。
外観はそれなりに立派だが
……うん、ほら、お化け屋敷みたいな風格がある。
「あー……」
やっぱり、明後日にお別れかと思うと……なんとも言えない気持ちになる。
「しかし……一番は、やっぱり寂しいな」
そんなことを喋っていた時、突然玄関から大きな鈴の音がした。
来客のようだ。
「こんな夜中に……誰?」
「私が出ましょう」
「いいよ、俺が出る」
ドアを開けて、そこに立っていたのはーー
「アーちゃん!?」
そこに立っていたのは、アーリア・リン・クレトリア。
「ふむ……来訪人は、クレトリアのご令嬢であられましたか、しかしーー随分久しいですね」
「……どうしてアーちゃんがここに?」
この街の治安が決して良く無い深夜に家から出ていること事態異常。彼女のまるでーーぼろの雑巾をつぎはぎして作ったような格好は、余計その違和感を際立たせる。
「その呼び名はやめろと言った筈よ………」
「………懐かしいな。このやりとり」
「…………………もう私は……………」
「なーーアーちゃん?!」
アーちゃんはふらりと倒れかけ、そこへ素早く駆け寄ったメアが言う。
「凄く顔が赤いですね。運びましょうか?」
ここ数年の間、会っていなかったのもあったけれどーー
「すごい、変わりようだな」
手が足が細くなり、肌は異様に白かった。
髪だってぼさぼさで、とても
ーー貴族には見えない。
「いや……ここでいいの……ごめんなさい」
「どうしたんだ?」
「伝えなきゃいけないことがある、良く聞いて」
「…………………………」
「このままだと、あんたは勇者に殺される」
「……殺される、って」
「うん、このままだと。だから……伝えに来たの」
「いやいや!だって……殺される理由がない……のに」
「ジョゼフは貴族をやめようとーー放棄しようとしてるんだよね?」
「………………!?」
まさか。
あの商人達の間ウワサが本当ーーなのか?
だとしたら、このアーリアがここに来た理由は……
「……どういうことだ?教えてくれ、アーリア」
「私の許嫁のカイン、彼がなんと……勇者になったの。だからこの数年ばたばたしてて、ジョゼフに会えてなかったんだ。ごめん」
「………………続けて」
「それでね……お母様の意向で、そんな貴族は死ぬべきーーって。そうすべきだって、勇者に命令したの。あなたを殺せって」
「………………」
「もちろんそんなのは建前、要するに、利用価値のない人間は殺すってこと。………脅されてるの、あなたは」
「………………」
「そんなのひどすぎる、って伝えたら、お母様は、貴族を辞めないことを選ぶのなら、慈悲は与えるって」
「………………」
「このまま貴族を辞めると、あなたは死ぬ。【七つの技能】ーー知らないわけはないよね。ーーあの人、カインも、義母の命令は無下に出来ないから引き受けたけど、本当は殺したくないんだって、言ってた。だからーー」
「貴族を辞めることを、辞める………」
「そう。そうすべきだよ。……確かに貴族として形骸化したマツリ家が続いても、うちの家に一生、いいように利用され続けるだけかも知れないけどーー死ぬよりはいい。私はジョゼフに死んで欲しくないんだよ……」
「………………ありがとう。伝えてくれて」
「お母様は明日までに辞めない決断をしなかったらーーあなたを殺すって……言ってる。だから今すぐにでも家に来て、お母様に貴族を辞めないってことを伝えてほしい……」
「土下座したら、許してくれるかな?」
「手は尽くすべきよ」
「はははこれはさ冗談だ。分かった、期限まであと二時間くらいか?」
「うん。出来るだけ早く来てね。来るのはメルファひとりだけだよ、メアリーさんは来ちゃだめ」
そう言うとーーアーリアは、家の門から、身体を引きずりながら出ていった。
***
「ーーアーちゃんじゃないな」
「?……ご主人……それはどういう?」
「まあ、じゃあ先に説明するよ。メア、さっきのアーリアに違和感は無かったかい?」
「いえ………そもそも私、クレトリアの令嬢なんぞに興味がなく……顔を覚えていなかったので……」
間違いさがしどころか比較対象さえ無かったようだ。
おい。
「まあ……俺が感じた違和感はいろいろだよ。口調から何から何まで」
「確かに、肌のあの傷のつきかたには違和感がありましたね。他者がつけた外傷には見えないようなものがありました」
「何か、とんでもない仕打ちをアーリアが受けて、逃げ出すようにここに来た……って、体にしたいみたいだがーー親友の俺に言わせればばればれだけど。あれじゃあ……口調から何から何まで違う。それに」
「それ………に?」
「アーちゃんは、貴族をやめたくなったのなら」
貴族の役目を果たす必要なんてない。
その責任は他の人が負えるはず。
「って、他人にはそう言うからなぁ……自分には厳しいくせに」
「………………」
「あとアーちゃん、誇りに欠けるからって人に絶対に謝罪しないし」
「私が言うのもなんですけど、それこそ人としてどうなんですか………?」
「何言ってんだメア。それがアーちゃんのかわいいトコなのに!!」
?
「やっぱり、メルファ様、あなたは………」
「どうしたの、メア?」
「ああいえ。やっぱり変人だなと……」
「変態に言われたくないんですがね!」
「………しかしお嬢様、如何なさいましょう。もしここから今すぐ逃げるとしても、現実的に考えてーー【七つの技能】から逃れることができるのでしょうか……」
「逃げないよ」
「ご主人、まさか」
「………まあ、その通り。逃げることは現実的じゃない。だからこそ、この問題に向き合うしかないさ。最悪、勇者との戦闘さえ考えた方がいい」
「しかしあの勇者ですよ。小国の軍ひとつ凌駕する力を持つものに……立ち向かえるのでしょうか」
「まあその前にやるべきことが今、できたじゃないか」
「…………………?」
「お姫様がいるじゃないさ。囚われのーーあのひねくれツンデ令嬢がさ」
何かしらの大きな陰謀にアーちゃんは巻き込まれていると、俺はそう確信を得た。
クレトリア家にはあるウワサがあった。
敵対貴族暗殺のウワサーー単なるデマかと思っていたが……
「ともかく」
アーちゃんが危険な状態にあると言うのは確かだろう。
アーリアは……いい子だ。
俺という没落貴族相手に、高級貴族の彼女はいつも対等に接してくれた。
あの子は……いい子だ。
だからこそ、やるべきことなど決まっている。
成功の確率など雀の涙程だろうが、チャンスもある。
「例え法を犯してでも助けよう……メア」
「……躊躇とか無いんです?」
「まあ、右の頬を叩かれそうなら右の手でぶん殴るってことでね」
***
「何、被害者ぶってるわけ?僕はこんなに苦労して働いてるのにさ……」
「違うわ!……たださっきはあなたのコートをハンガーにかけようとしただけで……靴を踏んだのはわざとじゃないわよ……」
勇者カインと呼ばれた男は……挑発する。
「言い訳はいいよ、うるせぇな……だから女はダメなんだ」
「…………」
アーリアは決してこの男に手を出すことは無かった。もし本当にそうしてしまえば、一体何人の人間が不幸になるのか分からない。
だが不幸にも、そんなアーリアの我慢をカインは知っていた。
「ほら、靴舐めろよ。せめて汚れた靴を綺麗にしろ」
「………………」
「早く!アーリアぁ!早くしろ!!」
「………………」
気持ちを落ち着かせてからアーリアは屈む。
頭で靴を隠して、彼女は舐めるふりをした。
「……終わりました」
「………………これは罰だ!!この嘘つきが!!!」
彼の足はアーリアの頭を振り払った。
「がたん」と彼女の倒れた音がする。
「お前……いつになれば旦那にまともに奉仕ができるんだ!?」
「…………嘘はついてないわ」
「【千里眼】で分かる!!」
それは勇者の『七つの技能』のひとつ。心を読む力を主に与える力だ。
「泣いて許されると思ってるのか!!この……出来損ないが!!!」
「…………」
痛みから涙を流した。また彼の拳が「がんっ」と、身体に衝撃を加えているのが分かった。
ぽたりぽたりと血が垂れる。
指でそれを吹いて、今日は酷いな……と彼女は思う。
………それでも彼女には、捨てられないものがあった。
「その目は……何なんだよ!!」
「…………」
歯を食いしばって彼女は涙を流す。
彼の言いなりにだけはならないといつか決めていた。
その意思だけは、例え何を失おうとも揺るがない。
黙っていても、彼女はそれに抗う意思を持っていた。
「……………………」
それを、こそりと側から見つめていた影があった。




