決戦の前に
「怖いよ……」
「どうして何も言わないの……」
「お願い、何か言ってよ……」
「やだ、やだ、やだ。何をする気なの……!?」
「やだ、やだ、やだ……」
***
「広そうな洞窟だが……どう竜を追い込んだんだ?」
「ある組織の手を借りてね」
「……それは依頼主か?」
「うん、一応ね」
「何してんのよ!急ぐわよ!」
「ああ、すまない。確かに優先事項はそちらだな」
「結界破ったからって終わったつもり?少しは考えて」
「あ、ああ……」
アーちゃんは基本的には穏やかな性格だとは思うけど、先程から急にピリピリし始めた。
洞窟の特殊な魔力の影響を受けているのかもしれないが、それに突然、何かに急いでいるような……
「ぼさっとしない!あんたが竜化解除の鍵なんでしょ?」
「ああ、アーちゃん、その女の子の元へ行こう」
魔力の残りが少なければ……竜が衰弱死する危険も充分あり得る。今すぐに救出に行かないとならないのは依然として変わりはなく、結界が壊せたからとうかうかしてられないのも事実。
「……悔しいけど、竜化スキルの解除はメルファしかできないでしょ。だからアンタは一秒でも早く……」
それでもこのアーちゃんの焦りは何なんだろう。
まるで、その少女を知っているかのような。
「……アキラさん、出発の前に一つ質問いいですか?」
「どうした?準備ならもう出来ている」
「その竜化した少女って、どんな子なんですか」
アーちゃんの表情が僅かに曇る。
「調査報告書にはこうあった……マリア・ノバラ。十三歳二ヶ月……性格はけして明るい方ではないと聞いている。人との関わりも少ないらしい」
「……っ」
「だがそれは本来の彼女の性格というより、外部の不可避的要因である可能性があるらしい。つまるところマリア・ノバラは……実の両親から虐待されていたそうだ」
「虐待……」
アーちゃんがあった境遇も、似たようなものと言えるかも知れない。
「だがその両親……一昨日失踪したらしい。……そう。少女が竜と化したことが判明した、そのつい前日のことだ」
「…………!?」
「!!!?」
「?」
その言葉に、皆が動揺した。
「まさか…………このユニークスキル暴走って……」
「人為的に引き起こされた、とでも言うの」
アキラに迫り、アーちゃんは問うた。
この現象が人の意思によるものならば。
この恐ろしい現象は、悪意に満ちた陰謀の一片……と、捉えることもできてしまう。
「警察は何をしてるのよ!まさかそれで、取り逃したの!?」
「行方不明だ。だが無論、重要参考人として捜索は開始されている。しかしこんな事件を外部に漏らせば世間は混乱する……大規模な捜索はできん」
「そいつらが犯人よ!!」
「横から口を挟んで申し訳ないけど、アーリアさん……まるで現場を見たかのような口ぶりだよね。けれどその証拠はないでしょう。何で、その両親が巻き込まれただとかの可能性を考えないの?」
「アーちゃん。もしかして……【千里眼】かい?」
ほんの一拍のち、アーちゃんは口を詰まらせた。勇者のスキル【千里眼】の残り火……それがアーちゃんに残っていても、何らおかしくは無い。
魔力を封じ込める結界が崩壊したことにより、初めてここまで竜の魔力が流れてきたのだ。そして、アーちゃんはそれを受け取った。
「……そうよ。勿論このスキルの名前は【千里眼】じゃあないのだけれど」
「【千里眼】って……確か勇者の……?」
「まさか、アーリアさんって、今現在行方不明の……勇者なんですか!!??」
「ごめんなさい。厳密にはち、違うわ。ただ事情は後で説明する。……けれど、その残火のスキルが感知したのよ。あの少女の苦しみの記憶が叫びとなって……魔力の波となって、ここまで流れてきたの」
「マリア・ノバラの記憶が流れたと……なるほど、虐待は事実だったのか」
『七つの技能』その力は絶大だ。
残り滓のように、アーちゃんに残ったものだったとしてもそう。
それは人の記憶を覗き見る程の力さえ有していた。
だが、ここまで……
「……その記憶は見るに耐えないものだった。何も出来ない苦しみと無力感、屈辱さえ忘れて、自尊心なんて壊れてしまうあの経験。……それが片っ方だけじゃなく、両親だけなんて……想像もできない」
……ああ。これは……アーちゃんが求めたもの……
気づいてしまった。
アーちゃんが抱えている大きな感情に。
「何より、その記憶の最後よ。マリアちゃんの結末が、よ?実の両親に……まるで道具の様に捨てられたことが一番に許せない。絶対に許さない。…….こんな私だって救われたの。だから……だから!……こんな悲惨な結末を許していい筈が無いの!!」
洞窟の入り口で声が響く。
皆んなが黙って聞いていた。
「……行きましょう、皆さん」
皆んなに声をかける。
振り返らず、洞窟の暗い道を進んだ。




