救援要請
「無理無理無理無理!!!私帰る!!!」
「何処に帰るんですか………あと、落ち着いて下さい、アーちゃんさん。どうやら悪霊死霊の類では無いようですよ」
「……………………はえ?」
扉越しにジョゼフの様子を伺っていた二人のうち、メアリーは自分の倒れた主人に近づいた。月の輝く街の深夜遅く、宿の一室のみに点いていた明かりがドアから溢れる。
それを、メアリーは見た。
「お嬢様が聞いたのは、血液を踏む音だったのですね」
「ゴリゴリのスプラッタじゃないのよ!?いや……つまり怪我人ってこと!?」
「あら、前の私の怪我よりは軽傷みたいでしたよ?」
「………ならいいかとはならないと思うけど」
「あの内臓飛び出しそうな状況と比べれば、他の大抵の怪我が含む、グロさ不気味さのレベルなんてのはかわいいものでしょう?」
「くっ、一理ある……というかその……どのくらいの負傷レベルなの?」
「お腹に穴が………」
「どっこがマシなのよ!!!!」
***
「そしてその後……私めがジョゼフ様と、貴方様をこの部屋に運び込んだのですよ」
状況を気絶していた男に説明するのはメア。
窓の外では既に朝日が昇り、宿を照らしている。
まだアーちゃんは寝ているらしく、ソファで横になっていた。どうやらアーちゃん怪我人の処置を手伝ってあげたらしいけれど……その過程で苦手な血を見ることは避けられなかったらしい。おそらく貧血を起こしている……
その男のベッドの側には医療道具が一式。それは確かメアの愛用品だったはずだ。
処置を施されたのか男は包帯だらけであった。
「すまない……感謝する」
男は腹を抱えて朝食を口にする。
「内臓は避けていた様で良かったです……治癒魔術も万能ではありませんからね」
「ああ……だがそれでもかなりのレベルの治癒魔術だ。魔法使いでもいるのか?正直あの世行きは覚悟していたのだが」
「ええ。おりますよ」
「……メア。恥ずかしいからやめてくれ!」
にこりと俺に笑いかけるメア。
いや………なんか、何かを期待されている気がして……
「魔法使いなんて大層なものではありませんから、私は。ただのしがない浮浪人ですよ」
「む……何故謙遜するのだ?治癒魔術のレベルは魔法使いのクラスだった。あなたがそう呼ばれてーーなんら不釣り合いは無い。いや、むしろ私からそう呼ばせて欲しいくらいのものだが」
「ですってメルファ様。褒め言葉は素直に受け取っておくものですよ」
いやまあ。
確かに俺の魔術は、このスキルのお陰で中々のレベルに達しているのだけれども。
「うう…………」
「ふふ。ご主人様………そんなにご飯がおいしかったのですか?」
「はは。そうだな、この飯は随分と美味い。そうだ……名乗りが遅れてすまない。私はジグラット騎士団所属のアキラ・ムラカミ」
「ジグラット騎士団……?!」
アーちゃんが驚きに声を荒げるのも無理はない。
ジグラット騎士団とはこの国で最も有名な警察組織のひとつである。
この国の地方部では多数の民族が混在しており、文化や思想が大きく異なっているために、警察組織が複数存在している。
考え方が違えばルール、タブーなんてのも変わってくる話。その集合体である法律を一つに纏めてしまえば、それに馴染めないもの達からの反発を招くことに想像は難くない。
ジグラットは国王の名において大昔に設立された警察部隊。その活動は国のために、そして第二に平和のため、国の意思を代行する為の組織。
あらゆる法律を無視できる権限を持った諜報機関であり、時にはこの国の最後の砦とも表される組織――それがジグラット騎士団。
ただし一般人がこれに関わる機会などない。そもそもこんな物騒な組織に関わりを持たねばならない時点で一般人と言えるかどうかも怪しい。
この男はそう自身を名乗った。
もしや相当な厨二病患者か――それとも本気なのか。
「…………一つ聞くわよ。何故、ここにあんたらジグラットが居るのよ」
「極秘任務でな」
「極秘任務う…………?」
アーちゃんの顔に、『あんたは馬鹿なの?』の一節がますますくっきり浮かんでくるのが分かる。
「ええっと…………極秘なのに、俺らみたいな一般人にそれを明かしていいんですか…………?」
「協力を得るために必要だと思ったからだ。自分の身元すら明かさないものに力を貸す人間はそう居ないだろう」
「…………それを証明できるものは、何かあります?」
「勿論だとも」
がさごそと、何やら手持ちのバックを漁っている。
一秒、
二秒。
そして三秒。
「…………な…………ない」
「胸ポケットの中はどうです?」
「あ、あった。すまない」
「あるんかい!冗談のつもりだったんですがね!!」
そうして少し残念なイケメンから取り出されたのは、ひとつの茶封筒。取り出して、こちらに手袋と共に寄越してくれた。
「すまない。これだけは付けてくれ」
「あ、はい」
そうして俺が見てみれば、そこに書かれているのは極秘、というもはや忘れ去られた前置きと共に――
『アヴァBS街1番ユニークスキル制御障害者発生未解決問題』
という一文だった。
「それはジグラット諜報員である私に命令を下された証拠だ。文書に偽造防止の為の魔力が込められているだろ?この文書は公式のものだよ。そこに作戦の詳細から課せられたタスクの全てが記されている」
「本当だ……この印鑑、ジグラットのあれだ……」
「分かっていただけたのなら嬉しい。つまり、私はここにスパイとして潜入しているのだよ」
「スパイ…………」
「それで、私には遂行が難しいタスクが発生してしまった。未熟か力不足か…………昨夜の私の怪我はその影響さ。だがそしてそうなれば、確かに悔しいが、私にやるべきことは一つしかないのだ」
ジグラット騎士団のアキラ・ムラカミと名乗った男の声は、ただ真っ直ぐだった。揺らぎのない、迷いのない声。
「だからどうか私に、力を貸してくれ」
聞き覚えのある声だ。
父の声と、そっくりだった。
「…………………………」
俺は、引き受けることにした。
放って置けなかったというのもあるし、この人間と関係を結ぶのは後々役に立つ可能性もある。職のない家もない私達にとっても、この話はこの生活を抜け出す絶好の機会なのだ。
例え選択を後悔してもいい。
はじめの一歩をここに踏む。
「よろしくお願いします、アキラ・ムラカミ……」
「ああ。こちらこそだ、ジョゼフ」
その選択に向かう意思だけは
――きっと間違いではないのだから。




