第8話 野戦病院と、無限リリアシステム
警報音が洞窟内に鳴り響く。
低級ダンジョンでの実習中、事態は急変した。
「嘘だろ、数が多すぎる!」
「入り口が塞がれたぞ! 戻れない!」
男子生徒の悲鳴が上がる。
本来ならスライムやコウモリ程度の魔物しかいないはずの洞窟が、今はオークやゴブリンの群れで埋め尽くされていた。
明らかな異常事態だ。
(パニックは伝染しますわ)
わたくしは広場の中央にある岩の上に登った。
息を吸い込む。
「落ち着きなさい!」
凛とした声を響かせる。
騒然としていた生徒たちが、ハッとしてこちらを見た。
「重傷者はこの岩陰へ! 動ける者は円陣を組んで迎撃! 決して単独行動はしないこと!」
「で、でもアルヴァレス嬢、武器が……」
「わたくしがいます。貴方たちが腕を一本失おうと、その場で繋げて差し上げますわ。ですから、死ぬ気で守りなさい」
極上の微笑みで告げる。
生徒たちの目に理性の光が戻った。
恐怖が「頼もしさ」へと変わる瞬間だ。
「……うおおお! やってやる!」
「アルヴァレス嬢を守れ!」
前衛がラインを押し上げる。
わたくしは即座に「臨時救護所」を開いた。
「次! どこが痛みますか!」
「腕を噛まれました!」
「はい、治りました。次!」
流れるような作業で、運ばれてくる負傷者を治療する。
傷を塞ぎ、減った魔力をチャージし、背中を叩いて戦線へ送り返す。
回転率は最高だ。
その中でも、一際異彩を放っているのがリリアだった。
「はあぁぁッ!」
彼女は風魔法を纏わせた剣で、オークの群れに突っ込んでいく。
凄まじい速さだが、その分被弾も多い。
吹き飛ばされ、泥だらけになってこちらへ走ってくる。
「セレスティーナ様! 肩をやられました!」
「おかえりなさい、リリアさん」
わたくしは彼女の肩に触れ、一瞬で骨のヒビを修復する。
ついでに身体強化の補助魔法(プラシーボ効果付き)も乗せておく。
「ありがとうございます! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。無理はなさいませんよう」
言うが早いか、リリアは弾丸のように飛び出していく。
そして数分後。
「足首を捻りました!」
「はい、治しました」
「魔力切れです!」
「充填完了です」
傷つく→戻る→治る→突撃する。
このループが完成してから、戦況は一変した。
死を恐れない(即座に治るから)バーサーカーと化したリリアが、魔物の群れを次々と薙ぎ倒していく。
(……頼もしいですが、少々張り切りすぎではありませんこと?)
ふと、洞窟の奥から重低音が響いた。
巨大な棍棒を持ったオークキングが現れる。
ボスクラスの魔物だ。
生徒たちが怯んで後退る。
「リリアさん!」
わたくしは叫んだ。
彼女はこちらを振り返り、力強く頷く。
最後の補給のために、わたくしの元へ駆け込んできた。
「セレスティーナ様、全部の魔力をください!」
「任せなさい!」
わたくしは両手で彼女の手を握り、体内の魔力をありったけ注ぎ込んだ。
白光がリリアの身体を包む。
「いっけぇぇぇ!」
わたくしの声援を背に、リリアが跳んだ。
光を纏った剣が一閃。
オークキングの巨体が、スローモーションのように両断され、崩れ落ちた。
一瞬の静寂。
そして、爆発的な歓声が上がった。
「やったぁぁ!」
「勝ったぞ!」
リリアがふらつきながら戻ってくる。
顔もドレスも泥と血で汚れているが、その表情は晴れやかだ。
「やりました……セレスティーナ様……」
「ええ、お見事です」
わたくしは彼女を抱き留めた。
自分のドレスが汚れるのも構わず、二人で笑い合う。
攻撃魔法ゼロの悪役令嬢と、平民出身のヒロイン。
本来なら敵対するはずの二人が、今、最強のバディとしてここに立っていた。




