第7話 舞踏会のドレスは破れない
シャンデリアの煌めき。
オーケストラの奏でるワルツ。
学園主催の舞踏会は、華やかな熱気に包まれていた。
しかし、わたくしは壁の花になるつもりなど毛頭ない。
狙うは人気のないテラスだ。
原作ゲームの知識が正しければ、今頃そこで「事件」が起きているはずだ。
「……うっ、ひぐっ」
重いカーテンを開けてテラスに出ると、予想通り嗚咽が聞こえた。
月明かりの下、リリアが震えている。
彼女を取り囲むのは、扇子を持った三人の令嬢たちだ。
「あらあら、可哀想に」
「そんなボロ布で会場に戻るおつもり?」
「皆様には『アルヴァレス公爵令嬢にやられた』と言いなさいな。そうすれば信じてもらえるわ」
典型的な悪役ムーブだ。
彼女たちはリリアのドレスを切り裂き、その罪をわたくしに着せる算段らしい。
本来なら、ここでわたくしが登場してさらに罵倒を重ね、断罪フラグが成立する。
(させませんわ)
わたくしは足音高くヒールを鳴らした。
「ごきげんよう、皆様」
「ッ!? セ、セレスティーナ様!?」
令嬢たちが弾かれたように振り返る。
わたくしは優雅に微笑みながら、リリアの隣に立った。
彼女のドレスは背中から腰にかけて、無惨に引き裂かれている。
肌が露出し、このままでは恥をかくだけでは済まない。
「あ、あの……アルヴァレス様、これは……」
リリアが涙目でわたくしを見上げる。
わたくしは彼女の肩を抱き、安心させるようにトントンと叩いた。
そして、犯人の令嬢たちに向き直る。
「リリアさんのドレスがほつれてしまったようですわね。すぐに直しますわ」
「は? 直すって、そんなビリビリなもの……」
「あら、ただのほつれです」
わたくしはリリアの背中に手を当てた。
イメージするのは人体組織の結合ではない。
植物繊維の結合だ。
裂けた布の断面同士を認識し、魔力の糸で瞬時に縫い合わせる。
(組織も繊維も、繋げば治る。一緒ですわ!)
魔力を流し込む。
淡い光がドレスを包んだ。
シュルシュルと音を立てて、垂れ下がっていた布地が元の位置へと戻っていく。
縫い目すら残さない、完全な復元。
「えっ……!?」
「な、何が起きたの!?」
令嬢たちが悲鳴に近い声を上げた。
光が収まると、そこには新品同様のドレスを着たリリアが立っていた。
わたくしは何食わぬ顔で手を離す。
「ほら、元通りですわ」
「嘘よ! さっきまで裂けていたのに!」
「見間違いではありませんこと? 会場の照明が暗いですから」
わたくしは首を傾げてみせた。
令嬢たちは顔を見合わせ、青ざめている。
目の前で起きた現象が理解できず、恐怖すら感じているようだ。
「……わ、わたくしたちは、飲み物を取りに行ってまいります!」
彼女たちは逃げるように会場の中へと消えていった。
後に残されたのは、呆然とするリリアとわたくしだけ。
「あの、セレスティーナ様……魔法で、ドレスを?」
「内緒にしてくださいね。裁縫は得意なのです」
人差し指を唇に当てる。
リリアの瞳が、再び潤んだ。
今度は悲しみではなく、感動の色で。
「すごいです……! 怪我だけじゃなく、ドレスまで治してしまうなんて!」
「お役に立てて光栄ですわ」
「私、一生セレスティーナ様についていきます!」
ガバッ、と勢いよく抱きつかれる。
華奢な体が温かい。
ドレスが直ったことよりも、わたくしが助けに来たことが嬉しいようだ。
(これで、断罪イベントは完全に回避しましたわね)
わたくしは彼女の背中を撫でながら、夜空を見上げた。
今夜の月は綺麗だ。
破れたドレスも、破滅の運命も、わたくしの手にかかれば「なかったこと」にできる。
平和な未来は、この手の中にあるのだから。




