第4話 お荷物令嬢は、休憩所になりたい
数日後の午後。
学園の広大な演習場には、砂埃と熱気が立ち込めていた。
「うわ、マジかよ……」
「俺たちの班、アルヴァレス嬢か……」
露骨なため息が聞こえる。
騎士科と魔法科の合同演習。
くじ引きの結果、わたくしと同じ班になった二人の騎士科生が、絶望的な顔で天を仰いでいた。
無理もない。
演習の内容は、模擬モンスター(魔法で動く泥人形)の討伐数を競うというもの。
攻撃魔法ゼロのわたくしは、戦力外どころか足手まといだ。
「申し訳ありません。できるだけ邪魔にならないよう、後ろをついていきますわ」
わたくしは殊勝に頭を下げた。
本心だ。
前線に出て怪我をするなんて御免である。
安全な後方でピクニック気分で見学させてもらおう。
「……はぁ。まあ、怪我だけはしないでくださいよ、お姫様」
リーダー格の赤毛の男子が、諦めたように剣を構えた。
開始の合図が鳴る。
演習は過酷だった。
次々と湧き出る泥人形。
他班の魔法使いが派手な炎や雷で応戦する中、わたくしたちの班は二人の剣技だけで凌がなくてはならない。
「くそっ、キリがねえ!」
開始から十分。
赤毛の彼が肩で息をし始めた。
泥人形の腕が掠めたのか、腕から血が滲んでいる。
もう一人の男子も膝に手をついていた。
(お疲れのようですわね)
ここが出番だ。
わたくしは水筒を持って駆け寄った。
「失礼します」
背後から、彼の背中をポンと叩く。
同時に、掌から『急速疲労回復』と『止血』の魔力を流し込んだ。
マッサージチェアの百倍の効果をイメージして。
「うおっ!?」
彼が素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。
驚いたように自分の腕を見ている。
「傷が……消えた? それに、なんだこれ」
「水分補給もどうぞ」
「あ、ああ……」
彼は不思議そうに剣を握り直すと、向かってくる泥人形に向き直った。
「せぇぇいッ!」
ドォォン!
凄まじい風切り音とともに、泥人形が上半身を吹き飛ばされて霧散した。
「すげえ……! 体が羽みてぇに軽い!」
「おい、俺も頼む!」
もう一人の男子も駆け寄ってきた。
はいはい、順番ですわよ。
わたくしは彼の肩にも手を置き、魔力を注入する。
ついでに「集中力アップ」のおまじないも込めておいた。
そこからは、一方的な蹂躙劇だった。
「オラオラオラァ!」
「止まらねえ! いくらでも振れるぞ!」
先ほどまで死にそうだった二人が、バーサーカーのように戦場を駆け巡る。
疲れた素振りを見せても、わたくしが背中を叩けば即座に完全復活。
魔力切れもスタミナ切れもない、永久機関の完成だ。
(騎士科の方々の体力作りは凄まじいですわね)
わたくしは感心しながら、彼らの後ろをてくてくとついて歩く。
たまに飛んでくる泥の飛沫を手で払う程度で、汗ひとつかいていない。
とても楽な演習だ。
終了の鐘が鳴る頃には、わたくしたちの班の周りには泥人形の残骸が山となっていた。
ダントツの討伐数一位だ。
「アルヴァレス嬢!」
演習が終わるなり、汗だくの二人がわたくしに詰め寄ってきた。
目がぎらぎらと輝いている。
「あんた、すげえよ! こんなに体が動いたの初めてだ!」
「俺、今ならドラゴンでも倒せる気がする!」
「魔法使いがいなくても、あんたがいれば最強だ!」
彼らは興奮気味にわたくしの手を取り、ぶんぶんと振った。
周囲の生徒たちが、何事かとこちらを見ている。
「お役に立てたのなら光栄ですわ」
わたくしは愛想笑いを浮かべた。
どうやら「水筒係兼応援団」としての働きを評価してもらえたらしい。
やはり、後方支援こそがわたくしの天職。
「次の演習も絶対同じ班になってくれよな!」
「あ、いえ、それはくじ引き次第でして……」
熱烈な勧誘にたじろぐ。
まさか、わたくしの周りに漂う魔力の余波を吸うだけで、彼らの古傷や肩こりまで治っているとは夢にも思わずに。
役立たずのレッテルは、いつの間にか「勝利の女神」へと書き換わりつつあった。




