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【最終章開始】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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最終話 聖女の休日と、嵐の前の静けさ

 王宮のテラスで、わたくしは優雅に紅茶を傾けていた。

 爽やかな風が吹き抜ける。

 眼下に広がる王都は、数日前の惨状が嘘のように活気に満ちていた。


 いや、活気がありすぎる。


「……賑やかですわね」

「ああ。君を称える祭りだそうだ」


 向かいの席で、ルーカス様が苦笑交じりに答える。

 街の方から、太鼓や笛の音と共に「セレス様万歳!」という歓声が風に乗って聞こえてくるのだ。

 広場には巨大な垂れ幕が掲げられ、わたくしとルーカス様が手を取り合って虹を架ける絵が描かれている。

 美化されすぎていて直視できない。


「教会も張り切っているようだな。見ろ、あそこを」


 ルーカス様が指差す先。

 大聖堂前の広場に、長蛇の列ができていた。

 その先頭で、白いローブの男が何かを配っている。

 バルト神官長だ。


「さあ、並んで! これぞ聖女様が浄化した『奇跡の聖水』! 飲むだけで健康になり、夫婦円満、家内安全! 今なら聖女様のブロマイド付きだ!」


 ……何をしているのだろう、あの聖職者は。

 わたくしはこめかみを押さえた。


「止めなくてよろしいのですか? 肖像権の侵害ですわ」

「民の不安を拭うには、ああいう分かりやすい偶像が必要なんだ。それに、教会の暴走は私が手綱を握っている。君に直接迷惑はかけさせない」


 ルーカス様は涼しい顔で紅茶を飲んだ。

 どうやら、裏でしっかりと釘を刺してくれたらしい。

 頼もしい婚約者だ。


「それにしても……犯人は見つかりませんでしたか」


 わたくしは声を潜めた。

 疫病騒ぎの実行犯である「黒い服の男」。

 騎士団が貧民街を捜索したが、痕跡一つ残さず消えていたという。


「ああ。プロの仕業だ。単独犯ではなく、何らかの組織がバックにいる可能性が高い」


 ルーカス様の瞳が、鋭く細められる。


「だが、心配はいらない。君の予知夢……いや、知識のおかげで、最悪の事態は防げた。それだけで十分な戦果だ」

「お役に立てて光栄です」


 わたくしは微笑んだ。

 ゲームのシナリオ通りなら、王都は壊滅していたはずだ。

 それを防げたのは、間違いなく彼との協力があったからこそ。


「セレス」


 不意に、ルーカス様がテーブル越しに手を伸ばしてきた。

 わたくしの左手に触れる。

 薬指の指輪が、陽光を受けてキラリと輝いた。


「今回の件で、はっきりしたことがある」

「はい?」

「私はもう、君なしでは生きられないということだ」


 真剣な眼差し。

 甘い言葉に、心臓がトクンと跳ねる。


「私の氷を溶かせるのは君だけだ。そして、君の光を守れるのも私だけだと思いたい。……これからも、私の隣にいてくれるか?」

「……もちろんですわ」


 わたくしは彼の手を握り返した。

 平和に、目立たず生きるという当初の目標は、もはや修正不可能なくらい崩壊している。

 聖女だの英雄だのと騒がれ、教会には崇められ、親衛隊には守られ。

 けれど。


(この方の隣なら、それも悪くありませんわね)


 騒がしい日常も、彼と一緒なら愛おしく思える。

 わたくしは幸せな気分で、冷めかけた紅茶を口に運んだ。


 その時だった。


 カツカツと、慌ただしい足音がテラスに近づいてきた。


「殿下! 申し上げます!」


 近衛騎士が息を切らして現れる。

 ただ事ではない様子に、ルーカス様が表情を引き締めた。


「どうした」

「隣国、ガルディア帝国より使者が到着しました! 至急、謁見を求めております!」

「帝国だと? 予定より早すぎるな」


 ルーカス様が舌打ちをする。

 帝国。

 軍事力に優れた大国であり、我が国とは微妙な緊張関係にある国だ。


「用件はなんだ」

「はっ。……『聖女セレスティーナ嬢の引き渡し』、あるいは『帝国皇太子との婚姻』を提案したいと……」


 ブッ。

 わたくしは紅茶を吹き出しそうになった。

 ルーカス様の周囲の気温が、一瞬で氷点下まで下がる。

 テラスの手すりがピキピキと音を立てて凍りついた。


「……ほう。面白い冗談だ」


 ルーカス様が、この世の終わりみたいな笑顔を浮かべる。

 目が笑っていない。

 完全に戦闘モードだ。


「セレス。少し行ってくる。……害虫駆除だ」

「あ、あの、殿下? お手柔らかに……」


 止める間もなく、彼はマントを翻して去っていった。

 その背中からは、どす黒い殺気が立ち昇っている。


 わたくしは空を見上げた。

 雲ひとつない青空。

 けれど、その向こうから新たな嵐が近づいているのを、肌で感じていた。


 聖女の休日は、どうやらこれでおしまいのようだ。

 平和への道のりは、まだまだ遠いらしい。


第2章-完-

第2章完です!!

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