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【最終章開始】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第9話 早すぎるシナリオと、予知夢の嘘

 王宮に戻ったわたくしたちは、息つく暇もなく執務室へと駆け込んだ。

 広い机の上に、王都の地図が広げられる。


「……ここだ。被害が出ているのは、東区画の貧民街」


 ルーカス様が赤いインクで地図の一角を囲む。

 先ほどの診療所があった場所だ。

 そこを中心に、井戸の位置を確認していく。


「この井戸水脈は、下流の商業区にも繋がっている。もし毒物が拡散すれば、被害は数千人規模になるぞ」

「すぐに封鎖を。飲み水は王宮の備蓄を放出してください」


 わたくしは即座に言った。

 頭の中では、別の思考が高速で回転していた。


(黒い斑点。魔法への耐性。そして、井戸からの感染……)


 既視感があった。

 前世の記憶。

 ゲーム『剣と魔法の乙女ファンタジア』の中盤で発生する、大規模災害イベント。

 通称、『黒死の風』。


 本来のシナリオでは、ヒロインたちが学園を卒業する直前に発生するはずだった。

 謎の疫病が王都を襲い、多くの犠牲が出る中で、聖女の力に目覚めたヒロインが特効薬の素材を見つけ出す――という感動的なエピソードだ。


 けれど。


(早すぎますわ!)


 今はまだ、学園に入学して数ヶ月。

 時期が全く合わない。

 それに、ゲームでは「自然発生した古代の病」という設定だったはずだ。

 黒い服の男が井戸に毒を撒くなんて描写はなかった。


 背筋に冷たい汗が流れる。

 シナリオが変わっている?

 それとも、わたくしが生き残ったことで、歴史に歪みが生じたのか。

 もしこれがゲーム通りの『黒死の風』なら、生半可な対応では防げない。

 初期対応を誤れば、王都は死の街と化すバッドエンドが待っている。


「セレス? どうした、顔色が悪いぞ」


 ルーカス様が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 わたくしは拳を握りしめ、覚悟を決めた。

 ゲームの知識だとは言えない。

 けれど、黙っていては手遅れになる。


「……ルーカス様。信じていただけますか」

「もちろんだ。君の言葉なら、どんなことでも」


 迷いのない返答。

 その信頼が痛いほど嬉しい。

 わたくしは小さく息を吸った。


「わたくし、夢を見たのです。黒い風が王都を包み、人々が倒れていく夢を」

「夢?」

「はい。ただの悪夢かもしれませんが……あの病気は、水だけでなく空気感染の恐れもあります。そして、火に弱い」


 嘘を重ねる。

 けれど、情報は正確だ。

 ゲームの攻略wikiに書いてあった弱点属性だ。


「感染者の衣類や吐瀉物は、すべて焼却処分してください。患者に触れるときは、必ずマスクと手袋を。そして、街の四方に結界を張り、風の出入りを制限するのです」


 矢継ぎ早に指示を出す。

 専門的すぎる知識に、ルーカス様が一瞬だけ怪訝な顔をした。

 しかし、彼は何も聞かずに頷いた。


「分かった。すぐに手配しよう」

「理由を聞かないのですか?」

「君がそう言うなら、それが正解なんだろう。……それに、君のその目は、患者を救おうとする医師の目だ」


 彼はわたくしの手を強く握った。


「私は君を信じる。だから、君も私を頼ってくれ」


 胸が熱くなる。

 この人と婚約してよかったと、心から思った。


 その夜は、王宮に泊まり込みで対策に追われた。

 騎士団を動員しての井戸封鎖。

 貧民街への食料と水の配給。

 隔離施設の設営。

 わたくしの知識と、ルーカス様の実行力が噛み合い、夜明け前には防疫体制が整いつつあった。


 これなら、被害を最小限に食い止められるかもしれない。

 そう安堵しかけた、翌朝のことだった。


 コンコン、と執務室のドアが激しく叩かれる。


「失礼します! 学園より急報です!」


 伝令の騎士が飛び込んできた。

 息を切らし、顔面蒼白だ。


「なんだ、騒がしい」

「も、申し訳ありません! ですが、緊急事態でして……!」


 騎士は震える声で告げた。


「学園の女子寮にて、高熱を出して倒れた生徒がいます! 症状は、全身に黒い斑点が……」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 まさか。

 貧民街は封鎖したはずだ。

 学園までは距離がある。


「その生徒の名は!」


 わたくしは叫ぶように尋ねた。

 騎士が答える。


「リリア・エヴァンス嬢です! 意識不明の重体で……!」


 目の前が真っ暗になった。

 リリアさんが。

 原作ヒロインであり、わたくしの親衛隊長であり、大切な友人が。


 シナリオの強制力だろうか。

 それとも、わたくしの対応が遅かったのか。

 平和に生きるための計画が、音を立てて崩れていく音がした。

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