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【最終章開始】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第8話 街の診療所と、黒い服の男

 石畳を蹴って走る。

 腕の中の子供は、火のように熱かった。


「そこだ! あの看板が見えるか!」


 ルーカス様が指差す先、古びた木造の建物の軒先に『診療所』の看板が揺れている。

 わたくしたちは迷わず扉を押し開けた。


「急患です! 場所をお借りします!」

「な、なんだあんたたちは……?」


 奥から白髪の老医師が出てきた。

 突然の来訪者に目を丸くしているが、わたくしの腕にいる子供を見るなり表情を変えた。


「その子もか! こっちのベッドへ!」


 その子『も』。

 気になる言葉だが、今は問いただしている時間はない。

 わたくしは子供を診察台に寝かせ、即座に治療を開始した。


「ルーカス様、明かりを。それと水を確保してください」

「分かった」


 ルーカス様が手際よくランプを近づける。

 わたくしは子供の服を寛げ、胸に手を当てた。

 掌を通して、体内の様子をスキャンする。


(……やはり、おかしいですわ)


 肺の奥に巣食う黒い影。

 先ほど路地裏で確認したときよりも、確実に大きくなっている。

 増殖スピードが異常だ。

 このままでは数時間で呼吸不全に陥る。


「ヒール!」


 魔力を流し込む。

 しかし、黒い影は光を嫌うように逃げ回り、決して消えようとしない。

 それどころか、わたくしの魔力を餌にして活性化しているようにも見える。


「魔法が……効かない?」


 老医師が絶望的な声を上げた。


「ああ、やはり駄目か。ここ数日、教会から治癒士を呼んでも、誰も治せなかったんじゃ。呪いだと匙を投げられて……」

「諦めません」


 わたくしは強く言い放った。

 治癒魔法で浄化できないなら、やり方を変えるだけだ。


「メスをイメージして……」


 魔力の質を変える。

 温かな光ではなく、鋭利な刃のように研ぎ澄ます。

 病巣を癒やすのではなく、物理的に切り離して体外へ排出するのだ。

 患者への負担は大きいが、これしかない。


「少し痛いですよ。頑張って」


 わたくしは子供の胸に指を突き立てるようにして、魔力を打ち込んだ。

 黒い影を包囲し、正常な細胞から引き剥がす。


「がっ、あぁ……ッ!」


 子供が苦悶の声を上げ、背中を反らせる。

 ルーカス様が即座に肩を押さえてくれた。


「動くな! 今、助かるぞ!」

「出ろぉぉッ!」


 わたくしは気合と共に腕を引き抜いた。

 指先から、黒いタールのような粘液が糸を引いて飛び出す。

 それを空中で魔力の檻に閉じ込め、焼き尽くした。


 ジュッ、と嫌な音がして、黒い塊が消滅する。

 同時に、子供の呼吸が深く、穏やかなものへと変わった。

 顔の赤みも引いていく。


「……はぁ、はぁ」


 わたくしは額の汗を拭った。

 成功だ。

 だが、たった一人の治療で、かなりの魔力を消耗してしまった。


「す、すげぇ……」


 老医師が震える声で呟く。


「あの『黒い熱病』を治したのか……? あんた、一体何者だ?」

「ただの通りすがりの治癒士です」


 わたくしは誤魔化した。

 認識阻害の眼鏡をしていてよかった。

 それより、聞くべきことがある。


「先生。先ほど『その子もか』と仰いましたね? 他にも患者がいるのですか?」

「ああ。この三日で急に増えたんだ。みんな貧民街の住人で、高熱と咳が出て……最後には血を吐いて死ぬ」


 致死性の伝染病。

 しかも、魔法耐性持ち。

 自然発生したとは考えにくい。


 その時、診療所の扉がバンと開いた。

 痩せこけた女性が飛び込んでくる。


「トミー! トミーはどこ!?」

「母さん……?」


 ベッドの上の子供が目を覚ます。

 女性は泣き崩れながら子供を抱きしめた。

 どうやら母親らしい。

 ひとまず安心だが、わたくしは彼女の服の袖が濡れていることに気づいた。


「奥さん、落ち着いて聞いてください。トミー君が発症する前、何か変わったことはありませんでしたか? 変なものを食べたとか、行ったとか」

「変なこと……?」


 母親は涙を拭いながら、記憶を辿るように視線を彷徨わせた。


「食べるものなんて、いつもと同じパンとスープだけだよ。……ああ、でも」

「でも?」

「井戸の水汲みに行ったとき、変な男を見たって言ってたわ」

「男?」


 わたくしとルーカス様が顔を見合わせる。


「ああ。全身黒い服を着て、フードを目深に被った男だって。その男が、共同井戸の中に何か粉みたいなものを撒いていたって……トミーは『お薬かな?』って不思議がってたけど」


 粉を撒いていた。

 井戸に。


 背筋が凍りついた。

 それは間違いなく、毒物の混入だ。

 いや、あの黒い粘液の性質を考えれば、毒というより「種」に近いかもしれない。


「……人為的なバイオテロ、ですわね」


 わたくしは低い声で呟いた。

 誰かが意図的に、この貧民街で病を広めようとしている。

 実験か、それとも愉快犯か。

 いずれにせよ、許せることではない。


「セレス」


 ルーカス様がわたくしの肩に手を置いた。

 眼鏡の奥の瞳は、鋭い光を宿している。


「デートは中止だ。すぐに城へ戻り、防疫体制を敷く。……この件、ただの流行り病では済まないぞ」

「はい。わたくしも協力します」


 わたくしは頷いた。

 平和に生きたいと願うわたくしにとって、公衆衛生を脅かす敵は、断罪イベント以上に排除すべき対象だ。


 黒い服の男。

 その正体を暴き、二度とこんな真似ができないようにしてやる。

 わたくしは静かな怒りを胸に、診療所を後にした。

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