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【最終章開始】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第5話 聖女認定試験、合格しすぎて神になりました

 大聖堂の祭壇前。

 わたくしの目の前で、信じられない光景が広がっていた。


 ピカピカになった黄金の聖杯が、ふわふわと空中に浮いている。

 それだけではない。

 まるで甘える子犬のように、わたくしの顔の周りをブンブンと飛び回っているのだ。


『ママ! ママ、きれい! すき!』


 頭の中に直接響く、幼い子供の声。

 わたくしは頬を引きつらせながら、目の前を横切る聖杯を手で払った。


「……あの、少し静かになさって?」

『わーい! なでなでされた!』


 払ったのを「撫でられた」と解釈したらしい。

 聖杯はさらに激しく回転し、キラキラとした光の粉を撒き散らし始めた。

 鬱陶しいことこの上ない。


(これ、どういう状況ですの?)


 わたくしは助けを求めて周囲を見渡した。

 しかし、誰も助けてくれそうになかった。


 祭壇を取り囲んでいた数十人の神官たち。

 彼らは全員、床に額を擦り付けるようにして平伏していたのだ。


「おお……神よ……」

「奇跡だ……真の奇跡が顕現なされた……」

「あのような穢れた呪物が、精霊の宿る聖遺物へと昇華するとは……」


 ブツブツと祈りの言葉を呟いている。

 中には感極まって泣き出している者もいた。


 そして、最も近くにいたバルト神官長。

 彼は腰を抜かした姿勢のまま、震える手でわたくし――ではなく、聖杯を指差していた。


「あ、ありえん……。あれは建国神話に記された『精霊の杯』……。歴代の聖女ですら触れることすら叶わなかった至宝が、なぜ……」


 何やら難しいことを言っている。

 要するに、予想外のことが起きてパニックになっているようだ。


 わたくしはため息をついた。

 不合格になるはずが、どうやらやりすぎてしまったらしい。

 これでは「聖女辞退」どころか、「超・聖女」として祭り上げられてしまう。


「……セレス」


 背後から、呆れたような声がかかる。

 ルーカス様だ。

 彼は剣を鞘に納め、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていた。


「君という人は……。掃除をしろと言われて、なぜ国宝を進化させるんだ」

「進化させたつもりはありませんわ。ただ、頑固な汚れを落としたら、中から元気なのが出てきただけで」

「それを世間では奇跡と呼ぶんだ」


 ルーカス様は深く息を吐くと、鋭い視線をバルトに向けた。


「おい、バルト」

「ひっ、は、はいぃ!」


 バルトが弾かれたように反応し、その場で土下座の姿勢をとった。

 先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら。

 完全に萎縮している。


「試験の結果はどうなんだ。これでもまだ、彼女を偽物と呼ぶ気か?」

「め、滅相もございませんッ!」


 バルトは床に額を打ち付けんばかりの勢いで叫んだ。


「本物です! いや、本物以上です! これほどの御力、もはや『聖女』という枠に収まるものではありません! 彼女こそが、神の愛し子……いや、現人神あらひとがみであらせられる!」


 現人神。

 また面倒な単語が出てきた。

 わたくしはげんなりした。

 ただの人間だ。

 前世はナースで、現世は悪役令嬢。

 神様になった覚えはない。


「あの、バルト様。大袈裟ですわ」

「おおっ! 神よ、愚かな私をお許しください!」


 わたくしが声をかけただけで、バルトは感涙にむせび泣き始めた。

 会話にならない。

 これ以上ここにいても、事態が悪化するだけだ。


「ルーカス様、帰りましょう。疲れましたわ」

「……そうだな。これ以上は時間の無駄だ」


 ルーカス様が頷き、わたくしの肩を抱く。

 そして、冷ややかな声で神官たちに告げた。


「聞いたな。彼女は疲れている。今後のことは王家と教会で正式に協議する。それまで、彼女への接触は一切禁ずる」

「は、ははーっ!」


 神官たちが一斉に頭を下げる中、わたくしたちは大聖堂の出口へと歩き出した。

 やれやれ、とんだ茶番だった。

 試験は散々な結果(大成功)に終わったが、とりあえず家に帰って熱い紅茶でも飲みたい。


 重厚な扉をくぐり、外の空気吸う。

 夕日が眩しい。


「さて、馬車に戻りましょうか」


 わたくしがステップに足をかけた、その時だった。


『ママ! まってー!』


 背後から、元気な声が聞こえた。

 嫌な予感がして振り返る。


 黄金の聖杯が、猛スピードで飛んできていた。


「えっ、ちょっと!」

『いっしょにいく! ママといっしょ!』


 聖杯は迷うことなくわたくしの懐に飛び込み、ドレスの胸元にすっぽりと収まった。

 まるで定位置を見つけた猫のように、満足げに震えている。


「な、何をしているのですか! 貴方は教会の宝物でしょう? 戻りなさい!」

『やだ! あそこ、くらい! くさい! ママがいい!』


 駄々っ子だ。

 引き剥がそうとするが、見えない力で張り付いていて取れない。

 強力な磁石のようだ。


「……セレス」


 ルーカス様が、遠い目をして空を見上げている。


「どうやら、懐かれたようだな」

「笑い事ではありませんわ! これ、窃盗になりませんこと!?」

「向こうが勝手についてきたんだ。拾得物扱いでいいだろう」


 適当すぎる。

 しかし、大聖堂の方からは誰も追いかけてこない。

 むしろ、入り口に集まった神官たちが、遠くから手を合わせて拝んでいるのが見えた。

 どうやら「神具が自ら主を選んだ」と解釈されたらしい。


(……はぁ)


 わたくしは諦めて、胸元の聖杯を指でつついた。


「いいですか。家に来るなら、静かになさい。それと、勝手に浮かないこと」

『はーい!』


 元気な返事。

 こうして、わたくしの平穏な生活に、また一つ騒がしい要素が増えてしまった。

 聖女認定試験、結果は「合格」。

 おまけに「喋る聖杯」ゲット。


 ……どうしてこうなった。

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