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【最終章開始】悪役令嬢ですが、回復魔法しか使えないので平和に生きます!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第1話 なぜか親衛隊が結成されていました

 馬車の窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。

 王都のメインストリートを抜け、学園地区へと続く並木道。

 わたくし、セレスティーナ・フォン・アルヴァレスは、膝の上で小さくため息をついた。


「……気が重いですわ」


 左手の薬指には、アメジストとサファイアが輝く指輪が嵌まっている。

 第二王子ルーカス様から贈られた、婚約の証だ。

 魔力制御の機能付きという実用性はありがたいが、これをつけて学園に行くのは、看板を背負って歩くようなものだ。


『君はもう、この国の英雄だ』


 ルーカス様の言葉が脳裏をよぎる。

 英雄? 聖女?

 とんでもない。

 わたくしはただ、平和に長生きしたいだけの元ナースだ。

 あの吹雪の日だって、患者を見捨てられなかっただけ。

 それを美談にされても困る。


「御者さん、正門ではなく裏門へ回ってください」

「へ? ですがお嬢様、裏門は職員や納入業者が使う場所で……」

「いいのです。今日は目立ちたくありませんから」


 わたくしは強引に行き先を変更させた。

 正門にはきっと、野次馬や好奇の視線を持った生徒たちが待ち構えているに違いない。

 裏口入学ならぬ、裏口登校。

 これこそが、平穏への第一歩だ。


 馬車が学園の裏手に回り、木陰に停車する。

 よし、誰もいない。

 わたくしはフードを目深に被り、そっと馬車を降りた。


 その時だった。


「――総員、敬礼ッ!」


 ビシッ!

 空気を切り裂くような号令と共に、数十人の足音が響いた。


「え?」


 顔を上げる。

 裏門の左右にある植え込みから、わらわらと生徒たちが現れた。

 騎士科の男子、魔法科の女子、さらには文官志望の眼鏡をかけた生徒まで。

 彼らは一糸乱れぬ動きで整列し、わたくしに向かって最敬礼をしている。


 その中心に、見慣れたピンクブロンドの少女が立っていた。


「おはようございます! セレスティーナ様!」

「リ、リリアさん?」


 原作ヒロインのリリア・エヴァンスだ。

 彼女は満面の笑みで駆け寄ってくると、わたくしの手を取った。


「お待ちしておりました! お体の具合はいかがですか? まだ熱はありませんか? 歩けますか? おんぶしましょうか?」

「だ、大丈夫ですわ。それより、この方々は……?」


 わたくしは整列した生徒たちを指差した。

 全員、腕に『S・セレス・ガード』と刺繍された腕章をつけている。

 目が怖い。

 獲物を狙う猛獣のようにギラギラしている。


「彼らは志願兵です!」

「志願兵?」

「はい! セレスティーナ様が安心して学園生活を送れるよう、害虫を駆除し、道を清め、空気を浄化するための精鋭部隊です!」


 リリアが胸を張る。

 なるほど。

 わたくしはポンと手を打った。


(つまり、保健委員のボランティア版ですわね)


 先日の疫病騒ぎ(実際は魔力暴走による凍結だが)で、皆の衛生意識が高まったのだろう。

 病み上がりのわたくしを気遣って、道を掃除してくれようとしているのだ。

 なんて感心な生徒たちだろう。


「ありがとうございます。皆様の奉仕精神、素晴らしいですわ」

「ほ、奉仕……ッ! 聖女様からお褒めの言葉をいただいたぞ!」

「一生の誉れだ!」

「今日の警護、命に代えても完遂するぞ!」


 生徒たちが感極まったように叫ぶ。

 少し大袈裟な気もするが、若者の情熱とはこういうものかもしれない。


「では、教室まで案内をお願いできますか?」

「イエス・マム! 第一班、前方確保! 第二班、側面警戒! 第三班は埃を払え!」


 リリアの号令で、集団が動き出す。

 わたくしはその中心で、お姫様のように守られながら歩き出した。

 裏門からこっそり入る計画は、完全に失敗だ。

 むしろ、パレードのようになってしまっている。


 廊下ですれ違う生徒たちが、ギョッとして道を空ける。

 モーゼの十戒のように人波が割れていく。


「あ、あの……リリアさん、少し目立ちすぎでは?」

「いえ、これでも最低限の人数に絞りました。本当は全校生徒の半数が参加を希望していたのですが」

「半数!?」

「はい。ですが、セレスティーナ様の平穏が第一ですので、厳選な審査を通過したエリートのみを帯同させております」


 リリアは真顔だ。

 どうやら、わたくしが知らない間に、学園内で謎のオーディションが開催されていたらしい。

 頭が痛くなってきた。

 平和に生きたいだけなのに、なぜこうも大事になるのか。


 ため息をつきながら、教室のある棟へと差し掛かる。

 ふと、リリアの足が止まった。


「……む」


 彼女の表情から笑みが消え、剣士のような鋭い目つきになる。

 周囲の親衛隊たちも、一瞬で殺気立った。


「どうしましたの?」

「前方に障害物あり。……あれは、学園の人間ではありませんね」


 リリアの視線の先。

 わたくしの教室の前に、数人の人影があった。

 生徒ではない。

 全身を白く長いローブで包み、胸元に黄金の十字架を下げている。


(あれは……教会の神官?)


 この国で最も権威ある宗教組織、聖光教会の人間だ。

 彼らは教室の入り口を塞ぐように立ち、こちらをじろりと見据えていた。

 特に、中央にいる初老の男。

 眉間に深い皺を刻み、いかにも堅物そうな雰囲気を漂わせている。


「セレスティーナ・フォン・アルヴァレス嬢だな」


 男が低い声で告げた。

 リリアが一歩前に出ようとするのを、わたくしは手で制する。


「はい、そうでございますが」

「私は聖光教会、異端審問局のバルトだ。貴様に『聖女認定』の嫌疑がかかっている」


 嫌疑。

 まるで犯罪者のような言い草だ。

 わたくしは首を傾げた。


「聖女認定、ですか? 健康診断のようなものでしょうか」

「……ふん。とぼけるな。貴様の力が神の御心に沿うものか、それとも忌まわしき魔女の力か。それを査定しに来たのだ」


 バルトと名乗った神官は、侮蔑の色を隠そうともせず、わたくしを睨みつけた。


「放課後、礼拝堂へ来い。逃げれば異端とみなす」


 一方的に言い捨て、彼らは踵を返した。

 白いローブが翻り、廊下の向こうへと消えていく。


 残されたのは、殺気立つ親衛隊と、ぽかんとするわたくし。


「……喧嘩を売られましたね、セレスティーナ様」


 リリアが低い声で呟き、腰の剣に手をかけている。

 わたくしは慌てて彼女の手を押さえた。


「落ち着いて、リリアさん。ただの検査ですわ」


 そう。

 きっと、魔力測定の延長だろう。

 むしろ好都合かもしれない。

 教会のお墨付きで「ただの治癒魔法使いです」と証明されれば、この過剰な「聖女」扱いも収まるはずだ。


「行ってまいりますわ。誤解を解く、いい機会ですもの」


 わたくしは楽観的に微笑んだ。

 それが、さらなる騒動の幕開けになるとも知らずに。

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