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Side サイラス 1

 俺は、なにも悪いことなどしていない。

なのに、なぜ、こんな仕打ちを受けなければならないのか……。


 サイラスは汚れたベッドの上で、うつろな目で天井を見上げた。

薄暗い室内は、殴られた時にほとんど失われたサイラスの視力では、ただの暗闇にしか見えなかった。

長時間さいなまれた肉体は疲れ果て、あちこちが痛む。


「ちくしょう……」


 サイラスの目からは、涙がこぼれた。

思い出すのは、8年もの長い間婚約していた女、カミーユの顔だった。


 カミーユとサイラスが婚約したのは、カミーユが20歳、サイラスが22歳の時だった。

サイラスがカミーユと婚約した理由は、たったひとつ。

カミーユの実家であるアッシュバーン男爵家が、たいへん裕福だったからだ。


 サイラスは、生まれた時から不幸だった。

サイラスが生まれたのは、貧しい騎士の家だった。


 父は騎士爵という一代限りの地位を得ていたものの、それは金とコネで祖父の騎士爵を譲り受けるように得たものだった。

 その時に家にあったささやかな蓄えはすべて費やしていたし、父には騎士としての能力などなかった。

必然、家にはいつも金がなく、サイラスは美味しい食事とも綺麗な衣服とも縁遠く育てられた。

 食事といえば、鶏肉だの卵だの野菜だの……。

噂に聞く牛肉の煮込みやあまい菓子などは、ほとんど食べたことがない。

 することといえば、野遊びや走り込みばかりで、子ども同士の交流を深めるお茶会にも数えるほどしか行ったことがない。

そのお茶会だって会えたのはしょぼい騎士の子どもばっかりで、いいところの貴族の子どもになんて会えなかった。


 そんな哀れな境遇を、さらに惨めにしたのは見習い騎士の時のささやかな出来事だった。


 サイラスは、自分の父があんな無能人間だとばれれば、周囲の評価も下がると思って、父のことは口にしないようにしていた。

 それなのに、父と同じくうだつのあがらない平騎士のじじぃが、人前でサイラスの父の名を口にしたのだ。


「セイジーさんの息子さんだったのか。あの人、いい人だよな。面倒見がよくて、優しいし」


 見習い騎士たちはそういったが、それがサイラスをあざ笑うための言葉だと気づかないほど、サイラスは間抜けではなかった。

騎士がいい人で、なにになるのか。

面倒見がいい? 優しい?

それで出世ができるのか?


 サイラスの父をほめた彼らの父は、将校や司令官などの役職についていた。

彼らはいい人でも優しくもないかもしれないが、出世している。

きっと金もあるだろう。

 サイラスは、そっちの父親のほうがずっといい、と思った。


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