Side シスレイ 6
勇者はシスレイの誘惑にまったく動じず、うっとおしそうに払いのけた。
けれど、それを見たカミーユは、前の婚約者のことを思い出したのだろう、顔色を真っ青に変えた。
勇者は、目ざとくそれに気づいた。
そして、カミーユにあまく囁きながら、彼女を抱きしめる。
「愛している、カミーユ、君だけだ。君以外の女なんて目に入らない」
カミーユはうっとりと目を閉じて、新しい恋人の逞しい腕の中、あまい甘い言葉を聞いていた。
そうして、カミーユの視界が阻まれたところで、シスレイは勇者の謎の力で、未開の地へと飛ばされた。
シスレイは勇者に拒まれ、目の前で勇者がカミーユを抱きしめていても、「あらあら」と思いながら、次の一手を考えていた。
けれどその時、ふっと目の前が暗くなった。
そして次の瞬間、草木さえない枯れた大地に、ひとり立っていた。
きらびやかな夜会から、一瞬で荒野に移動したシスレイは、これは夢ではないかと目をまたたいた。
が、ギラギラと照りつける太陽も、時折ごぉっと吹き付ける乾いた風も、そのたびに全身を襲う砂埃も、すべてが夢ではないことを示していた。
風の勢いに翻弄され、何度も砂に倒れながら、シスレイは人を探した。
けれど、人の影も見つからなかった。
助けを呼ぼうにも、人ひとりいない。
シスレイが身に着けた蠱惑的な所作も、美貌も、教養も、ここではなにも意味を持たなかった。
飲み水もないなか、照り付ける太陽の下を、どれくらいさまよったことだろう。
とうとうシスレイは助けを求めることも諦め、大地に倒れこんだ。
その大地も、灼けるように熱く、接した肌が痛いように熱い。
苦悶の声をあげるが、動く元気もない。
ただきつい熱をふりまく太陽が一刻もはやく沈むよう願うしかなく、流れ出る汗をぬぐうこともできぬままシスレイは、太陽が沈む時を待っていた。
そして、どれくらい時間がたっただろう。
ようやく、太陽が沈んだ。
けれど、シスレイが望んだ安息の時は、来なかった。
太陽が沈むと同時に、獣たちがあたりを徘徊しはじめたのだ。
なにもない大地の上で、彼ら以外の唯一の生き物であるシスレイが見つかるのは、一瞬の後だった。
獣たちは生臭い息をふきかけながらシスレイを取り囲んだかと思うと、恐怖で声もないシスレイの喉笛をかみちぎった。
そして、次から次へとシスレイの体の肉を食いちぎっていく。
なぜか最初のひと咬みで死ねなかったシスレイは、自分の体が食いちぎられていく痛みを声もなく耐えていた。
まさか、自分がこんなふうに死ぬなんて。
こんな人間がひとりもいない場所で、私を憎んでいるでもないけだものに、ただの肉片として消費されて、死を迎えるなんて。
ありとあらゆる怨嗟にまみれた死を想像したけれど、これは予想外の死に方だった。
ふと、シスレイは思う。
自分が消えたことに気づく人はいるのだろうか。
自分がいなくなって喜ぶ人や、悲しむ人がいるのだろうか、と。
どうだっていいと切り捨ててきたはずの他人の感情を、今さら気にしながら。
シスレイは、最期の時を迎えた。




